英国医療AI最前線:InTouchNow.ai、Smart Triage、iatroXが変える診療所の未来と患者体験

 - innovaTopia - (イノベトピア)

英国でInTouchNow.ai診療所向けのAI電話応対ソフトウェアを提供している。創設者のDaniel Parkは医療コールセンターで30年以上の経験を持つ。

システムは音声ベースのAIで電話処理、予約スケジュール、患者ニーズ評価を行い、複数の電話を同時に処理できる。

Surgery Connect、AWS、Animaなどの一般的なGPソフトウェアと統合し、200以上の言語をサポートする。英国の複数の診療所が既に使用している。

また英国ではSmart Triageというトリアージシステムも導入されており、2024年のサリー州GP診療所での評価では平均患者待機時間を73%削減した。臨床医向けにはiatroXというAI臨床リファレンスプラットフォームがあり、2025年の評価では約86%が有用、約79%が信頼できると回答した。

NHS Englandによると、AIプラットフォームは診断、慢性疾患モニタリング、処方アドバイス、管理業務などに使用されている。

From: 文献リンクUK doctors’ surgeries deploying AI in patient care

【編集部解説】

英国の医療現場で進む「AI革命」は、単なる技術導入ではなく、構造的な医療危機への処方箋として展開されています。本記事で紹介される3つのシステムは、それぞれ異なる医療プロセスの痛点を狙った戦略的な配置と言えます。

InTouchNow.aiが解決しようとしているのは、英国GP診療所の慢性的な「朝8時問題」です。患者が予約を取ろうと一斉に電話をかける時間帯に回線が混雑し、緊急性の高い患者でさえ長時間待たされる状況が続いていました。Daniel Parkが30年以上の医療コールセンター経験を基に開発したこのシステムは、音声AIで同時に複数の電話を処理し、Surgery Connect、AWS、Animaといった既存のGPソフトウェアと統合することで、診療所のデジタル基盤にシームレスに組み込まれます。200以上の言語と方言に対応する点は、ロンドンなど多文化都市での実用性を高めています。

一方、Smart Triageはより臨床的な判断を自動化します。Rapid Health社が開発したこのシステムは、患者の初回問い合わせ時に症状を評価し、GPや看護師への予約、専門医への紹介など、適切なケア経路に自動で振り分けます。2024年のサリー州Groves Medical Centreでの評価では、予約可能な枠の平均待機時間が11日から3日へと73%削減されました。さらに注目すべきは、ピーク時の電話が47%減少し、同日予約の必要性が62%から19%へと激減したことです。これは臨床需要の再配分に成功したことを意味します。

医師向けのiatroXは、臨床判断支援という異なるレイヤーで機能します。RAG(Retrieval-Augmented Generation)技術を用いて、NICE、BNF、Royal Collegesなど英国の権威ある臨床ガイドラインから情報を抽出し、GPが専門外の症状に遭遇した際のリファレンスとして機能します。2025年の評価では、16週間で約40,000件の臨床クエリが処理され、ユーザーの86.2%が「有用」、79.4%が「信頼できる」と評価しました。これは情報過多に直面する臨床医の認知負荷を軽減する試みです。

NHS EnglandがこうしたAI技術を積極的に導入する背景には、深刻な資金不足と人材不足があります。英国政府は既に86のAI技術に1億2300万ポンドを投資し、脳卒中診断、心血管モニタリング、在宅慢性疾患管理などの分野で成果を上げています。また、2023年には診断用AIファンドとして2100万ポンドを追加投資し、がん、脳卒中、心疾患の早期発見を加速させています。

しかし、医療分野は機密性の高いデータを扱うため、AIの導入は運用効率とプライバシー保護の繊細なバランスを要します。NHS Englandは臨床意思決定支援(CDS)の実装ガイダンスを公開し、臨床安全性評価、継続的なパフォーマンスモニタリング、問題志向の設計を求めています。AI出力には必ず「ヒューマン・イン・ザ・ループ」の承認プロセスが必要で、ハルシネーション(誤った情報生成)のリスクに対処しています。

これらのシステムが示すのは、AIが医療従事者を置き換えるのではなく、認知的補助として機能し、人間の判断を増強する未来像です。InTouchNow.aiは受付業務を、Smart Triageはトリアージを、iatroXは臨床判断を支援することで、医療専門家がより高度な臨床業務に集中できる環境を創出しています。

【用語解説】

GP(General Practitioner / General Practice)
英国の一般診療医または一般診療所を指す。日本のかかりつけ医に相当し、患者が最初に接触する医療提供者。専門医への紹介前の初期診断やトリアージを担当する。

トリアージ
患者の緊急度や重症度を評価し、治療の優先順位を決定するプロセス。医療資源を効率的に配分するための重要な医療行為である。

RAG(Retrieval-Augmented Generation)
検索拡張生成と呼ばれるAI技術。大規模言語モデルに外部データベースからの情報検索機能を組み合わせることで、より正確で根拠のある回答を生成する手法である。

NHS(National Health Service)
英国の国営医療サービス制度。1948年に設立され、原則として無料で医療サービスを提供する。慢性的な資金不足と人材不足に直面している。

Surgery Connect
英国のGP診療所で広く使用されている診療管理ソフトウェア。患者記録、予約管理、処方箋発行などの機能を統合している。

NICE(National Institute for Health and Care Excellence)
英国国立医療技術評価機構。臨床ガイドライン、医薬品の費用対効果評価、医療技術の評価を行う公的機関である。

BNF(British National Formulary)
英国国民医薬品集。英国における医薬品の処方に関する標準的なリファレンスガイドで、用量、相互作用、禁忌などの情報を提供する。

【参考リンク】

InTouchNow.ai(外部)
AI音声エージェントを提供する英国の医療テクノロジー企業。GP診療所向けの電話応対自動化システムを開発している。

Rapid Health(外部)
Smart Triageを開発する医療テクノロジー企業。自律型患者トリアージシステムで英国のGP診療所の業務効率化を支援。

iatroX(外部)
英国の臨床医向けAI臨床リファレンスプラットフォーム。NICEやBNFなど英国臨床ガイドラインに基づいた情報提供を無料で行う。

NHS England(外部)
イングランドの国営医療サービスを統括する組織。AI導入ガイダンスや診断ファンドの提供を通じて医療のデジタル化を推進中。

【参考記事】

NHS-backed study shows 73% reduction in GP waiting times using AI triage system(外部)
サリー州でのSmart Triage評価結果。予約待機時間73%削減、ピーク時電話47%減少を報告する独立評価の詳細。

Adoption, usability and perceived clinical value of a UK AI clinical reference platform(外部)
iatroXの16週間の実世界評価を報告。1,223人の調査で86.2%が有用と評価した研究論文である。

AI Startup Aims To Solve Patient Demands With AI Receptionists(外部)
InTouchNow.aiの創設者Daniel Parkと30年以上の経験、200以上の言語対応について詳述したプレスリリース。

NHS England: Artificial intelligence (AI) and machine learning(外部)
NHS EnglandによるAI導入の包括的ガイダンス。診断や慢性疾患モニタリングでのAI使用例を文書化している。

Preparing the NHS for the AI Era: A Digital Health Record for Every Citizen(外部)
英国医療システムのデジタル化とAI統合の戦略的展望を論じる政策文書。患者ポータルやリスク評価ツールの実装例を紹介。

【編集部後記】

英国の医療現場では、AIが「朝8時の電話ラッシュ」という具体的な痛点を解決しています。日本でも診療所の電話が繋がりにくい、待ち時間が長いといった課題は共通しているのではないでしょうか。ただ、AIが医療従事者を置き換えるのではなく、認知的な補助として機能し、人間がより高度な判断に集中できる環境を作る――この設計思想は、あらゆる業界のAI活用にも通じるヒントかもしれません。みなさんの身近な医療体験や職場で、こうした「認知負荷を減らすテクノロジー」が活きる場面を想像してみると、未来の働き方や暮らし方が少し見えてくるかもしれませんね。

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Satsuki
テクノロジーと民主主義、自由、人権の交差点で記事を執筆しています。 データドリブンな分析が信条。具体的な数字と事実で、技術の影響を可視化します。 しかし、データだけでは語りません。技術開発者の倫理的ジレンマ、被害者の痛み、政策決定者の責任——それぞれの立場への想像力を持ちながら、常に「人間の尊厳」を軸に据えて執筆しています。 日々勉強中です。謙虚に学び続けながら、皆さんと一緒に、テクノロジーと人間の共進化の道を探っていきたいと思います。

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