OpenAIは12月10日、SlackのCEOを務めるデニス・ドレッサーを最高収益責任者として採用すると発表した。
ドレッサーは同社のグローバル収益戦略を監督し、企業の日常業務へのAI活用を支援する。ドレッサーはSlackの親会社であるSalesforceで12年間勤務した後、2023年にSlackのCEOに就任した。Slackでの在任中、チャンネルやスレッドを要約するツールや企業の専門用語を翻訳するツール、SlackbotのAIアシスタント化など複数のAI機能のリリースを監督した。
Salesforceのチーフプロダクトオフィサーであるロブ・シーマンがSlackの暫定CEOを務める。
OpenAIは先月、100万社以上の企業顧客が同社のAIツールを使用し、毎週8億人がChatGPTを利用していると発表している。
同社は10月にChatGPTを使ってワークスペース情報を検索できるツールを立ち上げるなど、企業向け機能の拡大を続けている。
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OpenAI hires Slack’s CEO as its chief revenue officer
【編集部解説】
OpenAIが営利企業への再編を完了してわずか1か月余り、AI業界を代表する企業が新たな戦略的人事を発表しました。SlackのCEOであるデニス・ドレッサーを最高収益責任者として迎え入れるというこの決定は、OpenAIが直面する課題と今後の方向性を象徴的に示すものです。
ドレッサーはSalesforceで10年以上にわたり、大企業向けのエンタープライズ販売を統括してきた実績を持ちます。2023年にSlackのCEOに就任してからは、チャンネルやスレッドを自動要約するツールや、企業の専門用語を翻訳する機能、SlackbotのAIアシスタント化など、複数のAI機能を市場に投入しました。こうした経験は、まさにOpenAIが今必要としているものです。
OpenAIは2025年に年間収益率200億ドル以上を達成する見込みで、2030年までに数千億ドルの売上を目指しています。しかし、この野心的な目標を達成するには、単なる技術力だけでは不十分です。企業顧客との長期的な関係構築、複雑な契約交渉、そして何百万ドル規模の案件をまとめる能力が求められます。ドレッサーはまさにこの領域において豊富な経験を持つ人材なのです。
この採用のタイミングは重要な意味を持ちます。OpenAIは10月末に営利企業への再編を完了し、Microsoftが27%の株式を保有する新体制をスタートさせました。この再編により、OpenAIはより柔軟な資金調達が可能になり、将来的な株式公開への道も開かれています。同時に、Microsoftとの関係も再定義され、OpenAIは他のクラウドプロバイダーとも提携できるようになりました。
しかし、OpenAIの状況は決して楽観できるものではありません。複数の報道によると、Sam Altman CEOは社内で「code red」を宣言しており、競争環境の激化に対する危機感を示しています。GoogleのGemini 3がChatGPT 5.1を複数のベンチマークで上回る結果を出すなど、技術面での優位性も揺らぎ始めています。さらに、OpenAIは1.4兆ドルという巨額のインフラ投資を約束しており、この資金をどう捻出するかが大きな課題となっています。
財務面での圧力も無視できません。OpenAIは年間80億ドル以上を消費しているとされ、2029年にようやくキャッシュフロー黒字化を目指すという計画です。現在の収益規模から2030年の目標まで到達するには、前例のない速度で成長し続ける必要があります。これは、GoogleやMetaが10年かけて達成した規模を、わずか数年で実現しなければならないことを意味します。
ドレッサーの役割は、まさにこの収益化の加速にあります。OpenAIは現在、毎週8億人がChatGPTを利用していますが、有料会員はわずか5%程度とされています。100万社以上の企業顧客を抱えていますが、これをさらに拡大し、安定した収益源に変えていく必要があります。
興味深いのは、わずか数週間前にAltman CEOがSlackを「偽の仕事を生み出している」と批判していた点です。そのSlackのCEOを採用するという決断は、OpenAIが実用的なビジネスツールの開発に本格的に乗り出す意思表示とも読み取れます。一部では、OpenAI自身がAIネイティブなコミュニケーションツールの開発を検討しているのではないかという憶測も流れています。
企業向けAI市場は急速に成熟しつつあります。Anthropicも2025年に年間収益率70億ドルに達し、OpenAIと合わせて200億ドルを超える市場を形成しています。この市場では、単なる技術の優位性だけでなく、企業の業務フローへの統合のしやすさ、セキュリティ、コンプライアンス、そして長期的なサポート体制が重視されます。
ドレッサーの採用は、OpenAIがこうした企業ニーズに真剣に向き合う姿勢を示しています。研究機関としてのDNAを持つOpenAIが、真のエンタープライズ企業へと変貌を遂げられるかどうか。この人事は、その試金石となるでしょう。
【用語解説】
最高収益責任者(CRO:Chief Revenue Officer)
企業の収益戦略全体を統括する役職。営業、マーケティング、カスタマーサクセスなど、収益に関わる全部門を横断的に管理し、収益目標の達成を責務とする。
年間収益率(ARR:Annual Recurring Revenue)
サブスクリプションビジネスにおいて、1か月の収益を12倍することで算出される年間換算の収益指標。実際の年間収益とは異なり、現在のペースが続いた場合の推定値を示す。
営利企業への再編(For-Profit Restructuring)
OpenAIが2025年10月に完了した組織再編。非営利団体として設立されたOpenAIが、営利企業OpenAI Group PBCを設立し、非営利団体OpenAI Foundationが約1300億ドル相当の株式を保有する形に移行した。
公益法人(PBC:Public Benefit Corporation)
株主利益だけでなく、公共の利益や社会的使命も考慮することが法的に認められた企業形態。OpenAIは営利企業への移行にあたり、この形態を選択した。
AGI(Artificial General Intelligence:汎用人工知能)
人間と同等かそれ以上の知的能力を持ち、あらゆる知的タスクを遂行できる人工知能。OpenAIとMicrosoftの契約では、AGIの達成判定が重要な契約条件となっている。
エンタープライズ販売
大企業を対象とした複雑で高額な商品やサービスの販売活動。長期的な関係構築、複数の意思決定者との交渉、カスタマイズされたソリューション提供が求められる。
【参考リンク】
OpenAI(外部)
ChatGPTを開発したAI企業の公式サイト。製品情報、研究成果、企業ニュースを提供。
Slack(外部)
ビジネスコミュニケーションプラットフォームの公式サイト。チャンネルベースのメッセージングツールを提供。
Salesforce(外部)
世界最大のCRMプラットフォーム企業。Slackの親会社として2020年に277億ドルで買収。
Denise Dresser – LinkedIn(外部)
デニス・ドレッサーの公式LinkedInプロフィール。Salesforceでの長年の経歴を確認できる。
Microsoft Azure(外部)
Microsoftのクラウドコンピューティングプラットフォーム。OpenAIの主要インフラプロバイダー。
【参考記事】
OpenAI hires Slack CEO Denise Dresser to lead global revenue strategy(外部)
CNBCによる詳細報道。OpenAIの年間収益率200億ドル超の見込み、2030年までに数千億ドルの売上目標を報告。
OpenAI Appoints Slack CEO Denise Dresser as its New CRO Amid Internal ‘Code Red’(外部)
OpenAI内部の「code red」状況について詳述。GoogleのGemini 3がChatGPT 5.1を上回る性能を示したと報告。
OpenAI completes restructure, solidifying Microsoft as a major shareholder(外部)
OpenAIの営利企業への再編完了を報道。Microsoftが27%の株式を保有し約1350億ドルの価値を持つと詳説。
Sam Altman says OpenAI will top $20 billion in annualized revenue this year(外部)
Sam Altman CEOによる収益見通し発表。2025年に年間収益率200億ドル超、1.4兆ドルのインフラ投資計画を明らかにした。
Salesforce appoints longtime executive Denise Dresser as Slack CEO(外部)
2023年11月のドレッサーのSlack CEO就任を報道。Salesforceで12年以上の経歴を持つと報告。
Why Has OpenAI Hired Slack’s CEO as Chief Revenue Officer?(外部)
OpenAIの2025年の組織拡大について分析。経営陣の大幅な刷新を報告。
OpenAI Crosses $12 Billion ARR: The 3-Year Sprint That Redefined What’s Possible in Scaling Software(外部)
OpenAIの急成長を歴史的視点で分析。2025年7月に月間収益10億ドルを達成と報告。
【編集部後記】
OpenAIのこの人事は、AI業界が新たな局面に入ったことを示しているように感じます。技術の優位性だけでは勝負が決まらない時代、企業との関係構築やビジネスモデルの成熟が問われる段階へと移行しています。私たちが日常的に使うAIツールが、今後どのように進化し、どんなビジネスの現場で活用されていくのか。ドレッサーの手腕によって、AIと企業の関わり方が大きく変わる可能性があります。皆さんの職場でも、AI活用の波は感じられているでしょうか。この変化をどう捉え、どう備えていくか、一緒に考えていければと思います。






























