Google DeepMind、英国初の「AI自動化研究ラボ」を2026年開設──超伝導材料開発で科学研究を革新

[更新]2025年12月14日

 - innovaTopia - (イノベトピア)

Google DeepMindは2025年12月11日、英国政府とのパートナーシップを発表し、2026年に同社初の自動化研究ラボを英国に開設することを明らかにした。このラボはAIとロボティクスを活用して実験を実施し、超伝導材料や半導体材料の開発に焦点を当てる。

施設はGeminiと完全に統合され、1日数百の材料を合成・評価できる。英国の科学者にはAlphaGenome、AlphaFold、AI co-scientistなどの最先端AIツールへの優先アクセスが提供される。

パートナーシップには核融合エネルギー研究での協力、教育向けGemini、政府向けGeminiの開発、AI Security Instituteとの安全性研究の拡大が含まれる。

Googleは以前に英国のAIインフラ支援として50億ポンドの投資を発表しており、政府は1億3700万ポンドのAI for Science Strategyを推進している。

From: 文献リンクAI to accelerate national renewal and growth as Google DeepMind backs UK tech and science sectors

【編集部解説】

今回のGoogle DeepMindと英国政府のパートナーシップは、単なる研究協力を超えた、科学研究そのものの在り方を変える歴史的な転換点です。

「自動化研究ラボ」という言葉を聞いて、皆さんはどのようなイメージを持たれるでしょうか。これは人間の研究者がいなくなるという意味ではありません。むしろ、AIとロボティクスが「仮説の生成」「実験の設計」「材料の合成」「結果の分析」という科学研究の全サイクルを24時間365日休むことなく実行できる体制を指します。

従来、新しい材料の発見には数年から数十年を要していました。研究者が仮説を立て、材料を合成し、特性を評価し、失敗から学び、また次の仮説へ進む。この反復プロセスは本質的に時間がかかるものでした。しかし、Geminiと統合された自動化ラボは1日に数百の材料を合成・評価できます。これは人間の研究者の数百倍、場合によっては数千倍の速度です。

特に注目すべきは超伝導材料研究への応用です。室温超伝導体は物理学の聖杯の一つとされ、実現すれば送電ロスをゼロにし、MRI装置のコストを劇的に下げ、量子コンピュータの性能を飛躍的に向上させます。しかし、その発見は極めて困難でした。AI駆動の自動化ラボは、この探索空間を系統的かつ高速に探索できる可能性を持っています。

このパートナーシップが示すもう一つの重要な側面は、AI開発における「産官学」の新しい協力モデルです。Google DeepMindはAlphaFold、AlphaGenome、AI co-scientistといった最先端ツールへの優先アクセスを英国の研究者に提供します。これは民間企業の知的財産を国家の科学力強化に直接結びつける試みであり、従来の産学連携とは質的に異なります。

AI Security Institute(AISI)との協力拡大も見逃せません。AIが科学研究の中核に組み込まれるほど、その安全性と信頼性の担保は重要になります。AIの「思考過程」を可視化し、バイアスや誤りを検出する技術開発は、AI時代の科学研究の基盤となるでしょう。

教育分野への展開も興味深い点です。北アイルランドでの試験プログラムでは、Geminiを使用した教師が週あたり平均10時間を節約できたと報告されています。これは教師が本来の仕事である「教えること」に集中できる環境を作ることを意味します。

しかし、いくつかの課題も存在します。第一に、AI駆動の研究が加速することで、人間の研究者の役割がどう変化するかという問題です。AIが実験を設計し実行する時代に、人間の研究者に求められるのは「問いを立てる力」「文脈を理解する力」「倫理的判断を下す力」といった、より高次の能力になるでしょう。

第二に、データの所有権とアクセスの問題があります。Google DeepMindのような民間企業が開発したAIツールに国家の科学研究が依存することのリスクも考慮すべきです。今回のパートナーシップは「覚書」であり法的拘束力を持たない点も留意が必要です。

第三に、研究の民主化と集中化のバランスです。最先端のAIツールへのアクセスが特定の機関や研究者に限定されれば、科学研究における格差が拡大する可能性があります。

長期的な視点で見ると、このパートナーシップは「AI for Science」という新しいパラダイムの実証実験と言えます。材料科学での成功が確認されれば、創薬、気候科学、エネルギー研究など他分野への展開も加速するでしょう。2030年代には、AIなしの科学研究は考えられない時代が来るかもしれません。

Google DeepMindの創業者デミス・ハサビスがノーベル化学賞を受賞したのは2024年のことです。わずか1年後、彼の会社は科学研究そのものを自動化する施設を開設しようとしています。これは単なる技術進化ではなく、人類が知識を獲得する方法の根本的な変革を意味しています。

【用語解説】

超伝導材料
電気抵抗がゼロになる性質を持つ材料。従来は極低温でのみ実現していたが、室温・常圧で動作する超伝導体の発見は物理学の最重要課題の一つである。実現すれば送電ロス削減、高性能コンピュータ、医療機器の小型化など幅広い応用が期待される。

Gemini
Googleが開発したマルチモーダル大規模言語モデル。テキスト、画像、音声、動画など複数の形式のデータを処理できる。2024年にリリースされ、Google DeepMindの中核技術として位置づけられている。

核融合エネルギー
太陽のエネルギー生成メカニズムを地上で再現する技術。軽い原子核同士を融合させてエネルギーを取り出す。実現すれば、CO2を排出せず、放射性廃棄物も少ないクリーンなエネルギー源となる。

AI Security Institute(AISI)
英国政府が2023年に設立したAIの安全性を評価・研究する機関。先進的なAIモデルのリスク評価や、AI開発における安全基準の策定を担当する。世界的にも先駆的な取り組みとして注目されている。

AlphaFold
Google DeepMindが開発したタンパク質の立体構造予測AI。2020年の発表以来、生物学・医学研究に革命をもたらし、デミス・ハサビスらは2024年にノーベル化学賞を受賞した。

【参考リンク】

Google DeepMind(外部)
GoogleのAI研究部門。AlphaFold、AlphaGo、Geminiなど多数の革新的AIシステムを開発している。

UK AI Security Institute(外部)
英国政府が運営するAI安全性研究機関。AIモデルの能力評価、リスク分析を行う。

UK Department for Science, Innovation and Technology(外部)
英国の科学技術政策を統括する省庁。AI研究開発支援やデジタルインフラ整備を担当。

AlphaFold Protein Structure Database(外部)
AlphaFoldが予測した2億以上のタンパク質構造を公開するデータベース。世界中の研究者が利用可能。

【参考記事】

Google DeepMind & The UK: The First Automated AI Science Lab(外部)
2026年開設予定の自動化材料科学ラボの詳細と提供されるAIツールの概要を解説。

Google DeepMind agrees to sweeping research collaboration with the U.K. government(外部)
Fortune誌による包括的分析。超伝導体研究の重要性や教育分野での成果を詳述。

Google DeepMind expands UK science push with new AI research lab(外部)
自動化ラボの位置づけとMicrosoft・OpenAIとの競争関係を分析している。

DeepMind opens first automated lab in UK to accelerate AI discovery(外部)
バッテリー、半導体、医療画像向け新材料研究の詳細と核融合研究への応用を報告。

Government partners with Google DeepMind(外部)
覚書が法的拘束力を持たない点を指摘。AlphaGenomeによるDNA配列解析機能を詳述。

Google DeepMind plots UK science lab(外部)
2025年9月の50億ポンド投資の文脈で今回のパートナーシップを位置づけている。

【編集部後記】

AIが科学実験を自律的に行う時代が、もう目の前まで来ています。私たちは今、科学研究の在り方が根本から変わる瞬間を目撃しているのかもしれません。

このニュースを読んで、皆さんはどのように感じられたでしょうか。人間の研究者の役割はどう変化していくのか、AIに任せるべき領域と人間が担うべき領域の境界線はどこにあるのか。そして、こうした技術革新の恩恵を社会全体で公平に享受するには何が必要なのか。

innovaTopia編集部も、明確な答えを持っているわけではありません。ただ、こうした問いを皆さんと一緒に考え続けていきたいと思っています。2026年にこのラボが実際に稼働したとき、どんな発見が生まれるのか。私たちも注目し続けます。

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Satsuki
テクノロジーと民主主義、自由、人権の交差点で記事を執筆しています。 データドリブンな分析が信条。具体的な数字と事実で、技術の影響を可視化します。 しかし、データだけでは語りません。技術開発者の倫理的ジレンマ、被害者の痛み、政策決定者の責任——それぞれの立場への想像力を持ちながら、常に「人間の尊厳」を軸に据えて執筆しています。 日々勉強中です。謙虚に学び続けながら、皆さんと一緒に、テクノロジーと人間の共進化の道を探っていきたいと思います。

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