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人間の脳はLLMと同じ方法で言語を理解している――ヘブライ大学の研究がAIと脳の驚くべき類似性を発見

[更新]2026年1月21日

ヘブライ大学のアリエル・ゴールドスタイン博士らの研究チームが、人間の脳が話し言葉を理解する過程が大規模言語モデルの処理方法に酷似していることを発見した。

この研究はNature Communications誌に掲載され、Google Researchのマリアーノ・シャイン博士、プリンストン大学のウリ・ハッソン教授とエリック・ハムが協力した。

研究チームは30分間のポッドキャストを聴く参加者の皮質脳波記録を使用し、脳活動のタイミングと場所を追跡した。その結果、脳はGPT-2やLlama 2などの大規模言語モデルの階層設計と一致する構造化されたシーケンスに従うことが判明した。

特にブローカ野などの高次言語領域では、脳の後期反応がAIモデルのより深い層と強く一致した。

従来は言語理解が固定されたシンボルと厳格な階層に依存すると考えられてきたが、この研究は文脈を通じて意味が徐々に現れる柔軟で統計的なプロセスを示唆している。

チームは神経記録と言語特徴の完全なデータセットを公開し、世界中の研究者が利用できるようにした。

From: 文献リンクThe human brain may work more like AI than anyone expected

【編集部解説】

ヘブライ大学のアリエル・ゴールドスタイン博士らの研究は、人間の言語理解のメカニズムに関する根本的な理解を書き換える可能性を秘めています。今回の発見で最も注目すべき点は、人間の脳が言語を処理する際の時間的な展開パターンが、GPT-2やLlama 2といった大規模言語モデルの階層構造と驚くほど一致していたことです。

研究チームは皮質脳波記録(ECoG)という高度な測定技術を使用しました。これは脳の表面に直接電極を配置して脳活動を記録する手法で、通常の脳波計(EEG)と比べて、時間分解能(ミリ秒単位)と空間分解能(ミリメートル単位)の両方で優れた精度を持っています。この技術により、参加者が30分間のポッドキャストを聴いている間の脳活動を、これまでにない精度で追跡することが可能になりました。

研究の核心は、脳の反応パターンとAIモデルの層の深さが時間的に対応していたことです。AIモデルの初期層は基本的な単語の特徴を処理し、より深い層では文脈やトーン、より広い意味を統合します。人間の脳も同様に、初期の神経信号はAI処理の初期段階と一致し、後期の脳反応はモデルのより深い層と一致しました。特にブローカ野という言語理解に重要な脳領域では、この一致が顕著でした。

ブローカ野は左前頭葉に位置し、従来は主に言語生成を担うと考えられてきましたが、近年の研究では言語理解にも深く関与していることが分かっています。今回の研究では、ブローカ野の反応が、AIモデルのより深い層と強く相関し、しかもそのピークが時間的に遅れて現れることが確認されました。これは、脳が段階的に意味を構築していることを示す決定的な証拠といえます。

この発見が重要な理由は、長年支配的だった言語理解の理論に挑戦するものだからです。従来、言語は固定されたシンボルと厳格なルールに基づいて処理されると考えられてきました。しかし今回の研究は、脳が音素や形態素といった伝統的な言語学的要素よりも、AIモデルが生成する文脈表現によってより正確に説明できることを示しました。つまり、人間の言語理解は固定されたルールではなく、文脈に依存する柔軟で統計的なプロセスである可能性が高いのです。

この研究のもう一つの重要な貢献は、神経記録と言語特徴の完全なデータセットを公開したことです。これにより世界中の研究者が同じデータを使って理論を検証し、新しい計算モデルを開発できるようになりました。科学研究における再現性と透明性の向上という意味でも、大きな前進といえます。

将来的には、この知見がブレイン・コンピューター・インターフェース(BCI)の開発や、言語障害の治療法の改善に繋がる可能性があります。脳が実際にどのように言語を処理しているかを理解することで、失語症などの言語障害を持つ人々への、より効果的な介入方法を開発できるかもしれません。また、AIモデルと人間の脳の共通点を理解することで、より人間らしい言語理解を持つAIシステムの開発にも貢献するでしょう。

一方で、この研究には留意すべき点もあります。ECoGは侵襲的な手法であり、主にてんかん患者を対象としています。そのため、得られたデータが健常者の脳活動を完全に反映しているかどうかについては、今後さらなる検証が必要です。

それでも、人間の脳とAIが収束する共通の計算原理を持つという今回の発見は、意識や知能の本質に関する哲学的な問いも提起しています。異なる基盤(生物学的ニューロンと人工ニューロン)から出発しながら、同じような問題解決の方法に辿り着くということは、言語処理には何らかの最適な計算原理が存在することを示唆しているのかもしれません。

【用語解説】

皮質脳波記録(ECoG / Electrocorticography)
脳の表面に直接電極を配置して電気活動を記録する侵襲的な神経生理学的測定技術である。通常の頭皮脳波(EEG)と比較して、時間分解能(ミリ秒単位)と空間分解能(ミリメートル単位)が優れており、頭蓋骨や頭皮による信号の減衰を受けないため、より鮮明な脳活動データが得られる。主にてんかん患者の発作焦点を特定する臨床目的で使用されるが、言語処理や認知機能の研究にも活用されている。

ブローカ野(Broca’s area)
左前頭葉の下前頭回に位置する脳領域で、ブロードマン領域44番と45番に相当する。フランスの医師ピエール・ポール・ブローカが1861年に発見した。従来は主に言語生成を担うと考えられてきたが、近年の研究では言語理解、文法処理、音韻処理にも深く関与していることが明らかになっている。この領域が損傷すると、言葉を流暢に話せなくなるブローカ失語症を引き起こす。

GPT-2
OpenAIが2019年に発表した大規模言語モデルである。Transformer アーキテクチャを基盤とし、15億個のパラメータを持つ。文脈を理解しながらテキストを生成する能力を持ち、複数の層(レイヤー)を通じて段階的に言語表現を構築する。各層は異なるレベルの言語的特徴を捉え、深い層ほど抽象的で文脈依存的な意味表現を扱う。

Llama 2
Metaが2023年に発表したオープンソースの大規模言語モデルである。70億から700億のパラメータを持つ複数のバージョンがあり、GPT-2と同様にTransformerアーキテクチャを採用している。階層的な処理構造を持ち、各層で言語の異なる側面を段階的に処理する。

音素(Phoneme)
言語音の最小単位であり、意味の違いを生み出す音の単位である。例えば日本語の「か」と「が」は異なる音素として認識される。従来の言語学では、言語処理の基本的な構成要素と考えられてきた。

形態素(Morpheme)
意味を持つ言語の最小単位である。単語よりも小さい単位で、例えば「走る」という動詞の「走」と「る」はそれぞれ形態素である。伝統的な言語理論では、言語理解の基本的な構成要素とされてきた。

【参考リンク】

Nature Communications – 原著論文(外部)
ヘブライ大学のゴールドスタイン博士らによる原著論文。人間の脳における自然言語処理の時間構造が大規模言語モデルの階層構造に対応する。

The Hebrew University of Jerusalem(外部)
研究を主導したヘブライ大学の公式サイト。イスラエルを代表する研究大学で認知科学や脳科学の分野で世界的な研究成果を挙げている。

Google Research(外部)
共同研究者マリアーノ・シャイン博士が所属するGoogle Researchの公式サイト。AI、機械学習、神経科学の交差領域で先端的な研究を行っている。

Princeton Neuroscience Institute(外部)
共同研究者ウリ・ハッソン教授とエリック・ハムが所属するプリンストン大学神経科学研究所。脳の言語処理メカニズムに関する世界最先端の研究を展開している。

【参考記事】

Brain Uses AI-Like Computations for Language(外部)
ヘブライ大学の研究を詳細に解説した記事。脳が言語を処理する際にAIのような計算を行っていることを、研究の背景から結果まで包括的に報じている。

How your brain understands language may be more like AI than previously thought(外部)
脳の言語理解がAIと類似している可能性を医学的観点から解説。ブローカ野での時間的な反応パターンがAIモデルの深い層と一致することを強調している。

How your brain understands language may be more like AI than we ever imagined(外部)
アメリカ科学振興協会が運営する科学ニュースサイトによる報道。30分間のポッドキャストを聴く参加者の脳活動記録を用いた研究手法の詳細を紹介している。

【編集部後記】

私たち人間が何気なく交わす会話、読む文章、聴く言葉。これらすべてを脳がどのように理解しているのか、長い間謎に包まれてきました。今回の研究は、その答えの一端が、意外にも私たちが日常使っているChatGPTのようなAIの仕組みと似ているかもしれないと示唆しています。

言語理解が固定されたルールではなく、文脈に応じて段階的に意味を構築していくプロセスだとしたら、私たちの「理解する」という行為そのものの見方が変わってくるかもしれません。また、この発見は失語症などの言語障害への新しいアプローチや、より人間らしいAIの開発にも繋がる可能性を秘めています。

脳とAIが収束する共通原理の存在は、知能や意識の本質についても新たな問いを投げかけます。みなさんは、この研究結果をどのように受け止めますか。

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Satsuki
テクノロジーと民主主義、自由、人権の交差点で記事を執筆しています。 データドリブンな分析が信条。具体的な数字と事実で、技術の影響を可視化します。 しかし、データだけでは語りません。技術開発者の倫理的ジレンマ、被害者の痛み、政策決定者の責任——それぞれの立場への想像力を持ちながら、常に「人間の尊厳」を軸に据えて執筆しています。 日々勉強中です。謙虚に学び続けながら、皆さんと一緒に、テクノロジーと人間の共進化の道を探っていきたいと思います。

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