雲の中で何が起きているのか―その謎を解く鍵が、宇宙から届いた。JAXA、東京大学、九州大学の研究チームは1月20日、日欧共同の地球観測衛星EarthCARE(アースケア)による世界初の宇宙からの雲内部鉛直運動観測と、スーパーコンピュータ「富岳」を使った超高解像度気候モデルNICAMの比較検証結果を発表した。
JAXAは東京大学大気海洋研究所、九州大学応用力学研究所と共同で、2024年5月に打ち上げられたEarthCARE衛星に搭載された雲プロファイリングレーダ「CPR」と、高解像度全球雲解像モデル「NICAM」を用いた比較研究を行った。
本研究では、スーパーコンピュータ「富岳」により水平解像度約870メートルの数値シミュレーションを実施し、2024年6月に観測が開始されたCPRのドップラー速度データから氷粒子の終端落下速度と雲内部の鉛直気流を推定した。中緯度の低気圧に伴う前線や熱帯対流雲において、観測とモデルが示す鉛直構造の共通点と差異を確認し、雲微物理過程や鉛直運動の理解を深める知見を得た。
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EarthCARE衛星で雲内部の鉛直運動を検証する時代を拓く ―衛星観測データと高解像度全球雲解像モデルの相補的活用が示す展望―

JAXA公式プレスリリースより引用
【編集部解説】
EarthCARE衛星に搭載された雲プロファイリングレーダ(CPR)は、世界で初めて宇宙から雲内部の鉛直運動を直接観測できる能力を持ちます。従来、このような観測は地上や航空機に限定されていたため、全球規模での雲の動きを把握することは不可能でした。CPRは94GHzのWバンドで動作し、ドップラー効果を利用して雲粒子の落下速度を測定します。
今回の研究で特筆すべきは、実際の衛星観測データと、スーパーコンピュータ「富岳」を使用した超高解像度シミュレーションを組み合わせた点です。NICAMモデルは水平解像度約870メートルという驚異的な精度で地球全体の大気をシミュレーションします。これは従来の気候モデルの解像度を大きく上回るものです。
研究チームは、人工衛星シミュレータ「Joint Simulator for Satellite Sensors」を用いて、NICAMのシミュレーション結果からEarthCAREが観測するはずのレーダ信号を再現しました。これにより、実際の観測データとモデルの予測を直接比較することが可能になりました。
比較の結果、中緯度の低気圧に伴う前線や熱帯対流雲において、観測とモデルの鉛直構造は概ね一致していることが確認されました。ただし、NICAMは雪の落下速度を実際の観測よりやや速く表現する傾向があることも明らかになりました。このような差異の発見は、モデルの改良に向けた重要な指針となります。
この技術が実現する最も重要な成果は、雲内部の鉛直運動を粒子の落下速度と大気の上昇・下降運動に分離して推定できることです。これまで気候モデルにおける最大の不確実性要因の一つは、雲の生成と消滅のプロセスでした。全球規模での鉛直運動の観測データが得られることで、気候変動予測の精度向上が期待されます。
豪雨や台風といった極端気象現象の予測高度化にも貢献します。雲の鉛直運動は、激しい降水の発生と密接に関連しているためです。観測データとモデルの両方から雲の振る舞いを理解することで、数日から数週間先の気象予測の信頼性が高まる可能性があります。
また、今回の研究手法は、今後展開される全球高解像度モデル間の相互比較プロジェクトにおいても重要な役割を果たすことが見込まれています。異なるモデル間での雲表現の違いを定量的に評価し、それぞれのモデルの強みと弱みを明確にすることができるからです。
本研究成果は、観測技術とシミュレーション技術の融合が、地球科学の理解を深める新たな道を開いたことを示しています。EarthCAREによる継続的な観測により、季節変化や年々変動を含めた長期的な雲の振る舞いの理解も進むことが期待されます。
【用語解説】
ドップラー速度
ドップラー効果を利用して測定される対象物の速度のこと。救急車が近づくときと遠ざかるときで音の高さが変わる現象と同じ原理で、レーダー波の周波数変化から雲粒子の移動速度を計測する。この速度には粒子自身の落下速度と大気の上下運動の両方が含まれる。
鉛直運動
大気中の上下方向の運動のこと。水平方向の運動に対する用語で、雲の発達や降水の形成に密接に関連している。上昇気流は雲の発達を促進し、下降気流は雲の消散につながる。
雲微物理過程
雲の中で起こる微細な物理現象のこと。水蒸気が雲粒になる過程、雲粒が成長して雨粒や雪になる過程、氷晶が形成される過程など、雲の生成から降水に至るまでのミクロスケールの変化を指す。
Wバンド
電磁波の周波数帯の一つで、75〜110GHzの範囲を指す。EarthCAREのCPRは94GHzで動作し、雲粒子の観測に適した波長特性を持つ。波長が短いため、小さな雲粒子も検出できる利点がある。
中緯度低気圧
緯度30度から60度付近で発生する低気圧のこと。日本付近を通過する温帯低気圧がこれに該当し、前線を伴って広範囲に降水をもたらす。寒気と暖気の境界で発達するのが特徴である。
熱帯対流雲
熱帯域で発生する強い上昇気流を伴う雲のこと。積乱雲として発達し、激しい降水や雷を伴うことが多い。大気中の水蒸気が凝結する際に放出される潜熱がエネルギー源となる。
氷粒子
雲の中で凍結した水の粒子のこと。雲氷、雪、霰(あられ)、雹(ひょう)など様々な形態がある。落下速度は形状や密度によって大きく異なり、雲の発達や降水形成に重要な役割を果たす。
【参考リンク】
JAXA(宇宙航空研究開発機構)(外部)
日本の宇宙開発・航空研究を担う国立研究開発法人。EarthCARE衛星のCPRを開発。
EarthCARE 特設サイト – JAXA(外部)
EarthCARE衛星および雲プロファイリングレーダの特設サイト。初期観測画像を公開。
東京大学大気海洋研究所(外部)
大気と海洋に関する研究を実施する東京大学の附置研究所。NICAMの開発に中心的役割。
九州大学応用力学研究所(外部)
流体力学、エネルギー科学、地球環境力学などの研究を行う九州大学の附置研究所。
Scientific Reports(外部)
Nature Publishing Groupが発行するオープンアクセスの科学雑誌。査読済み研究論文を掲載。
ESA – EarthCARE Mission(外部)
欧州宇宙機関によるEarthCAREミッションの公式ページ。最新の観測成果を紹介。
【参考記事】
Vertical motions in clouds from EarthCare satellite and a global storm-resolving modeling(外部)
本プレスリリースの元となったScientific Reports誌掲載論文。EarthCAREのドップラーレーダ観測とNICAMの高解像度シミュレーションを比較し、雲内部の鉛直運動を評価した初の研究成果を報告している。
The EarthCARE mission – science and system overview(外部)
EarthCARE衛星ミッションの科学目標とシステム全体の概要を解説した論文。CPRの最小検出感度は-35dBZ、ドップラー速度の観測範囲は±10m/s、精度は1m/s以上と記載されている。
Introduction to EarthCARE synthetic data using a global storm-resolving simulation(外部)
NICAM(水平解像度3.5km)とJoint Simulatorを用いたEarthCARE合成データの作成手法を紹介した論文。衛星打ち上げ前のアルゴリズム開発と検証のため模擬観測データを生成した。
Global evaluation of Doppler velocity errors of EarthCARE cloud-profiling radar using a global storm-resolving simulation(外部)
EarthCARE CPRのドップラー速度測定誤差を全球規模で評価した研究。NICAM(3.5kmメッシュ)とJoint Simulatorを使用し、16軌道分のデータで検証を実施した。
Japanese Research Group Performs Largest Ever Meteorological Calculation on Supercomputer Fugaku(外部)
富岳を用いた気象計算の世界最大規模の実施を報告。水平解像度3.5km、1024アンサンブルメンバーでの全球気象シミュレーションとデータ同化を実現した。
EarthCARE lifts the clouds on climate models – ESA(外部)
ESAによるEarthCARE衛星の放射収支測定成果の報告。CPR、ATLID、MSIの観測データを統合して雲の3次元構造を再構築し、放射伝達モデルで計算した反射日射量とBBRの独立測定値が良好に一致することを確認した。
An evaluation of microphysics in a numerical model using Doppler velocity measured by ground-based radar for application to the EarthCARE satellite(外部)
地上設置の94GHzドップラーレーダとNICAMシミュレーションを比較し、EarthCARE打ち上げ前にモデル評価手法を開発した研究。ドップラー速度を用いて降水粒子を分類する手法を提案した。
【編集部後記】
宇宙から雲の内部を覗き込むという、SFのような技術が現実のものとなりました。私たちが日々目にする天気予報の精度は、こうした観測技術とシミュレーション技術の進歩によって支えられています。今回ご紹介したEarthCARE衛星とNICAMの組み合わせは、気候変動という人類共通の課題に立ち向かう上で、重要な一歩となるのではないでしょうか。
みなさんは、より正確な気象予測や気候予測が可能になる未来に、どのような可能性を感じますか。豪雨や台風の予測精度が上がることで、私たちの暮らしはどう変わっていくのか、一緒に考えていきたいと思います。



































