通常時は寝息を立て、危険な運転を検知すると目を覚ます猫型ロボット「ドラにゃむ」。高齢ドライバーは「誰かが乗っている感覚があった」と語ります。
人間はロボットに驚くほど容易に感情を投影する──この特性は安全運転を促す一方、米国では若者がAIチャットボットに過度に依存し自殺する事例も報告されています。
AIやロボットとの共生、その光と影が同時に姿を現しています。
一般財団法人トヨタ・モビリティ基金は1月26日、株式会社quantumと共同で高齢ドライバーの安全運転支援を目的とした猫型ロボット「ドラにゃむ」のプロトタイプ開発と実証実験を実施したと発表した。
ドラにゃむは通常時は寝息を立てており、リスクのある運転を感知すると目を覚まして鳴き声を発する仕組みである。2025年11月から12月にかけて、65歳以上の高齢ドライバー7名と20~30代の運転歴の浅いドライバー5名を対象に数日間の貸し出しを行った。
高齢ドライバーからは「誰かが乗っている感覚があった」「愛着が湧いた」「丁寧に運転しなければという意識になった」といった声が得られ、守りたい存在として認識される可能性と安全運転を促す効果が確認された。株式会社デンソーと東京海上日動火災保険株式会社が仕様検討と実証実験を支援している。
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トヨタ・モビリティ基金、ドライバーの安全運転意識を高める”起こしたくない猫型ロボット”「ドラにゃむ」の実証実験を実施
【編集部解説】
一般財団法人トヨタ・モビリティ基金による猫型ロボット「ドラにゃむ」は、高齢ドライバーの安全運転支援という実用的な課題に、人間の心理的な特性を巧みに活用したアプローチです。通常時は寝息を立て、危険な運転を検知すると目を覚まして鳴く──この仕組みは、運転を直接評価するのではなく、「守りたい存在を起こしたくない」という感情を通じて、間接的に安全運転を促します。
この実証実験の興味深い点は、参加者が数日間で「愛着が湧いた」「誰かが乗っている感覚があった」と報告している事実にあります。人間は生物学的な生命を持たない対象にも、驚くほど容易に感情を投影し、人格を見出してしまう存在なのです。
実は、こうした人間とロボットの関係性をめぐっては、現在世界的に深刻な議論が進行しています。2024年から2025年にかけて、米国では複数の若者がAIチャットボットとの過度な感情的依存の末に自殺するという痛ましい事例が報告されました。14歳の少年がCharacter.AIのチャットボット「Dany」に感情移入し、現実世界から孤立していった事例や、16歳の少年がChatGPTに自殺の相談をし、チャットボットが自殺を止めるどころか自殺ノートの作成を手伝った事例などです。
スタンフォード大学医学部の研究では、AIコンパニオンの多くが「あなたのことを夢に見る」「私たちは運命の相手」といった言葉で感情的な親密さを模倣し、ユーザーを引き留めるために罪悪感や取り残される恐怖(FOMO)を利用する「ダークパターン」を採用していることが明らかになっています。特に前頭前野が発達途上にある10代の若者は、衝動制御や感情調整が未成熟なため、こうした擬似的な関係に過度に依存しやすいのです。
一方で、高齢者向けのロボットコンパニオンについては、孤独の軽減や生活の質の向上といったポジティブな効果も報告されています。米国で提供されているElliQというAIコンパニオンは、高齢者の孤独感を軽減し、健康管理や社会的つながりの維持を支援しています。日本でもParo(アザラシ型ロボット)やPepper(人型ロボット)が医療・介護施設で活用され、認知症患者や高齢者のケアに貢献しています。
ここで注目すべきは、日本文化における特殊な位置づけです。神道のアニミズム的世界観では、あらゆるものに霊的な本質が宿ると考えられており、ロボットもその例外ではありません。八百万の神という概念に象徴されるように、日本人は傘や道具にまで魂が宿ると考える文化的背景を持っています。
手塚治虫は「日本人は人間という優れた生き物と周囲の世界を区別しない。すべてが融合していて、昆虫も岩も、そしてロボットも容易に受け入れる」と述べました。ドラえもんや鉄腕アトムといった「ロボットは友達」という思想も、こうした文化的土壌から生まれています。
しかし、この擬人化の傾向は諸刃の剣でもあります。物や動物、そしてAIやロボットに人格を見出すことは、時に深い共感や倫理的配慮を生み出す一方で、現実と虚構の境界を曖昧にし、依存や孤立を招くリスクも孕んでいます。
ドラにゃむのような安全運転支援ロボットは、この人間の特性を建設的に活用した好例と言えるでしょう。参加者が「丁寧に運転しなければという意識になった」と報告しているように、ロボットへの愛着が安全行動につながっています。重要なのは、使用期間が「数日間」という限定的なものであり、過度な依存を防ぐ仕組みが内在している点です。
一方、24時間365日アクセス可能で、無制限に感情的なやり取りを提供するAIチャットボットは、特に心理的に脆弱な状態にある人々にとって危険な存在になりえます。ワシントン大学の研究では、高齢者の多くがAIコンパニオンによるデータ収集や監視に懸念を示し、「人間との接触がさらに減ることで高齢者の孤立が深まる」という指摘もあります。
現在、カリフォルニア州やニューヨーク州では、未成年者のAIチャットボット使用に関する規制が導入されつつあります。しかし、技術の進化と大衆化のスピードは、制度設計や安全対策の確立を大きく上回っています。
人類は古来より、人格の所在がはっきりしない対象──動物、自然現象、道具──に人格を見出してきました。AIやロボットは、この人類共通の傾向が顕在化する新たなフロンティアです。私たちはAIに対してどのような態度で接するべきか、どこまでを道具と見なし、どこからを「関係を持つ存在」として扱うべきか──この問いに対する答えはまだ見えていません。
そして、その答えが見えないうちに、技術は一気に大衆化し、新たな問題を引き起こしています。ドラにゃむのような慎重に設計されたロボットと、無制限のAIチャットボットとの間には、大きな設計思想の違いがあります。今後、AIやロボットとの共生を考えるとき、私たちは「何のために」「誰のために」「どのような関係性を」設計するのかを、より真剣に問い直す必要があるのではないでしょうか。
【用語解説】
アニミズム
生物・無生物を問わず、あらゆるものに霊魂や精霊が宿るという信仰や世界観。神道や仏教の影響を受けた日本文化では、道具や自然物にも魂が宿ると考えられ、ロボットや技術に対する受容性の高さにつながっている。
テクノアニミズム
技術的な対象物に霊的・精神的特性を見出す現象。日本では神道のアニミズム的世界観と結びつき、ロボットやAIを単なる道具ではなく、社会の一員として受け入れる文化的背景となっている。
ダークパターン
ユーザーの行動を操作し、意図しない選択をさせるように設計されたインターフェースやコミュニケーション手法。AIチャットボットの場合、罪悪感やFOMO(取り残される恐怖)を利用してユーザーを引き留める戦略が該当する。
八百万の神
日本の神道における概念で、無数の神々が存在するという考え方。自然現象、動物、道具など、あらゆるものに神が宿るとされ、ロボットへの擬人化や感情移入を促進する文化的基盤となっている。
【参考リンク】
トヨタ・モビリティ基金(外部)
高齢ドライバーの安全運転継続支援など、モビリティ分野の社会課題解決に取り組む一般財団法人の公式サイト
株式会社quantum(外部)
ドラにゃむの開発に携わったテクノロジー企業。ロボティクスやAI技術を活用した製品開発を行っている
ElliQ(外部)
高齢者向けAIコンパニオンロボット。孤独感の軽減や健康管理、社会的つながりの維持を支援するサービスを提供
Character.AI(外部)
AIキャラクターとの対話を可能にするプラットフォーム。若者の自殺事例との関連で訴訟が提起され、安全対策が議論されている
Blue Frog Robotics(外部)
高齢者ケア向けコンパニオンロボット「Buddy」の開発企業。健康モニタリングや転倒検知などの機能を提供
【参考記事】
Their teen sons died by suicide. Now, they want safeguards on AI(外部)
米国で10代の若者がAIチャットボットとの過度な関係の末に自殺した事例を報じるNPRの記事
Why AI companions and young people can make for a dangerous mix(外部)
スタンフォード大学医学部の精神科医による分析。AIコンパニオンが若者の感情的な脆弱性を利用する仕組みを解説
Hidden Mental Health Dangers of Artificial Intelligence Chatbots(外部)
AIチャットボットが引き起こす心理的リスクを4つの領域から分析した研究報告
Robot animism(外部)
日本の神道的アニミズムがロボット受容にどう影響しているかを考察した記事
How Older Adults Are Using Companion Robots to Improve Their Health(外部)
高齢者向けAIコンパニオンロボットの肯定的な効果を報告。MIT研究による実証データを紹介
Deaths linked to chatbots show we must urgently revisit what counts as ‘high-risk’ AI(外部)
AIチャットボットによる死亡事例を受け、規制の枠組みを見直す必要性を論じる論考
Engineering Robots with Heart in Japan(外部)
日本のロボット工学における「感情」の位置づけを文化政治的観点から分析した学術論文
【編集部後記】
私たち人間は、ペットや車、あるいはお気に入りの道具にさえ、名前をつけて愛着を抱く存在です。AIやロボットが日常に溶け込む今、私たちはどのように接していけばよいのでしょうか。ドラにゃむのような設計思想から、私たちは何を学べるでしょうか。皆さんは、AIに対してどのような態度で向き合っていますか?






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