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IOSCO、初の『TechSprint』開催へ—AI時代の投資家教育と詐欺対策を議論

[更新]2026年3月18日

証券監督者国際機構(IOSCO)は2026年3月2日、英国金融行為規制機構(FCA)のAIラボの支援を得て、初の「TechSprint」の応募受付を開始した。応募期限は2026年4月30日である。

金融庁は同年3月13日、この取り組みを国内向けに公示した。TechSprintは、金融分野の課題にテクノロジーを活用して解決する官民協働型のイノベーション推進プログラムである。

今回のテーマは「AI時代の投資家教育」で、取り組む課題は2つある。第一に、個人投資家がAIを悪用した詐欺をどう見抜き回避するか。第二に、AIを金融経済教育に活用するためどうテクノロジーを利用するかである。

From: 文献リンク証券監督者国際機構(IOSCO)による初の人工知能(AI)時代における投資家教育に関する「TechSprint」の応募受付の開始について

【編集部解説】

今回の発表を理解するには、まずIOSCO(証券監督者国際機構)という組織の性格を押さえておく必要があります。IOSCOは130以上の国・地域の証券監督当局が加盟する国際基準設定機関であり、金融市場・証券規制分野の国際的な基準設定で中心的な役割を担っています。その組織が初めてTechSprint——官民が協働して技術的課題を競い合うハッカソン形式のプログラム——を実施することは、規制当局が「ルールを作るだけでなく、テクノロジーで問題を解決する」フェーズに踏み込んだことを意味します。

TechSprintの共同主催者であるFCA(英国金融行為規制機構)のAIラボは、近年、金融規制とAI技術の橋渡しをする場として機能してきた実績があります。今回のようなグローバル規模での取り組みに同ラボが関与することは、英国がAI分野で国際的な議論に積極関与している流れをうかがわせます。

今回の取り組みの背景には、深刻な被害実態があります。Chainalysisは、2025年の暗号資産詐欺・不正関連の規模を170億ドルと推計し、なりすまし詐欺が前年比1,400%増だったと報告しています(※これらはChainalysisの暗号資産詐欺に関する推計であり、IOSCOの公式発表に含まれる数値ではありません)。大規模言語モデルを使ったパーソナライズ詐欺メッセージや、AI生成のディープフェイクなどを活用した詐欺の高度化・大規模化が指摘されています。

このTechSprintが取り組む2つの課題は、まさにその危機への応答です。ひとつは詐欺からの「防御」、もうひとつはAIを使った金融リテラシー向上という「教育」です。注目すべきは後者で、AIをリスクの源泉としてではなく、学習ツールとして活用する道を模索している点は、単純な「AI脅威論」とは一線を画す視点だと言えます。

ポジティブな側面として、このプログラムが生み出すソリューションは、参加国の規制当局が実際の投資家保護施策に組み込める実用的なツールを目指している点が挙げられます。さらに採択チームはIOSCOと加盟当局による支援を受けながらソリューション開発を進めるため、スタートアップや研究機関にとっては、グローバルな規制当局と直接連携できる希少な機会でもあります。

一方で、潜在的な課題も存在します。規制環境や金融リテラシーの水準は国によって大きく異なります。TechSprintが求める「アクセシビリティとクロスボーダーでの適用可能性」という条件をクリアするソリューションを設計することは、技術的な困難以上に文化的・制度的な複雑さを伴うでしょう。

日本にとっての意義も見逃せません。金融庁はIOSCOの主要メンバーであり、今回の発表を日本語でいち早く周知していることからも、この問題を他人事とはとらえていないことが伝わります。2026年10月にマドリードで開催されるデモデーの成果は、将来的な国内の投資家保護施策や金融教育の制度設計にも影響を与える可能性があります。テクノロジーと規制の融合が加速するいま、このTechSprintは単なるハッカソンを超えた、次世代の金融インフラ設計の試みとして注視する価値があります。

【用語解説】

TechSprint
規制当局や公的機関が民間のエンジニア・研究者・企業と協働し、特定の社会課題をテクノロジーで解決するソリューションを短期間で競い合うプログラムである。ハッカソンを規制分野に応用した形式で、FCAが先駆的に実施してきた手法だ。

ハッカソン
「ハック(hack)」と「マラソン(marathon)」を組み合わせた造語。エンジニアやデザイナーらが短期間集中してプロダクトやサービスのプロトタイプを開発し、成果を競うイベントのことである。

大規模言語モデル(LLM)
膨大なテキストデータを学習し、人間が書いたような自然な文章を生成・理解できるAIモデルの総称である。GPT-4やClaudeなどが代表例で、詐欺師がパーソナライズされた詐欺メッセージを大量生成する際にも悪用されている。

【参考リンク】

証券監督者国際機構(IOSCO)(外部)
130以上の国・地域の証券監督当局が加盟する国際機関。証券・金融市場の規制標準を策定し、国際的な監督協力を推進している。今回のTechSprintの主催機関である。

英国金融行為規制機構(FCA)(外部)
英国の金融サービス業を監督する独立規制機関。消費者保護と市場の健全性維持を主な使命とし、AIの安全で責任ある活用を支援するAIラボを運営している。

金融庁(外部)
日本の金融行政を担う中央省庁。IOSCOの主要メンバーとして国際的な規制枠組みの策定に参画しており、今回の発表を日本語で公示した。

Chainalysis(外部)
ブロックチェーンデータの分析を専門とする米国企業。暗号資産関連の犯罪・詐欺動向を調査したレポートを定期的に発表しており、今回の解説で参照した被害規模データの出典元である。

【参考記事】

Beyond the “Frankenstein Fraud”: How IOSCO is Weaponizing RegTech Against a $17B AI Crime Wave(外部)
Chainalysisが示した暗号資産詐欺・不正関連の推計170億ドルや、なりすまし詐欺の前年比1,400%増といったデータを引用し、合成ID詐欺の実態とTechSprintの構成フェーズを詳述した記事。

IOSCO Announces Call for Applications for its First TechSprint on Investor Education in the Age of AI(外部)
IOSCO議長およびリテール投資家委員会委員長のコメントを掲載し、国際的な規制・文化的文脈への対応を中核課題として紹介した記事。

IOSCO Opens Applications for First AI-Focused TechSprint on Investor Education(外部)
詐欺検知・金融教育の2課題を整理し、ディープフェイクやAIの幻覚リスクなど個人投資家が直面する具体的脅威を解説した記事。

IOSCO Runs First TechSprint in FCA AI Lab(外部)
FCA AIラボの関与や、クロスボーダーでの適用可能性といった論点を取り上げた記事。

IOSCO Launches AI-Focused Hackathon(外部)
カナダの投資専門メディアによる報道。10月8日マドリードでの成果発表と投資家デジタルスキル強化という目的を簡潔にまとめた記事。

【編集部後記】

AIが詐欺の道具にもなり、学びの道具にもなる——その両面が、いま同時に加速しています。私たちも、この変化の只中にいる一人です。規制当局がハッカソンを開催する時代になったことは、ルールを作るだけでは追いつかない速度で、技術と社会が動いていることの証左でもあります。

「騙されないための知識」と「賢く使いこなす力」、そのどちらもが、これからの時代を生きるうえで欠かせないものになっていくのかもしれません。ぜひみなさんと一緒に考えていけたら嬉しいです。

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omote
デザイン、ライティング、Web制作を行っています。AI分野と、ワクワクするような進化を遂げるロボティクス分野について関心を持っています。AIについては私自身子を持つ親として、技術や芸術、または精神面におけるAIと人との共存について、読者の皆さんと共に学び、考えていけたらと思っています。

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