advertisements

ソフトバンク × NVIDIA、LTMに「安全な合成データ基盤」を構築——差分プライバシーで機密と精度を両立

ソフトバンクは2026年3月17日、通信業界向け生成AI基盤モデル「Large Telecom Model」(LTM)において、NVIDIA NeMo Safe Synthesizerを活用した合成データ生成基盤を構築したと発表した。同基盤は差分プライバシー技術によりデータ品質を保持しながら機密情報を保護し、MIA(Membership Inference Attack)およびAIA(Attribute Inference Attack)への耐性評価を経た合成データのみをLTMの学習に使用する。

検証の結果、実業務に適用可能な精度を確認した。今後は国内外の通信事業者やネットワーク機器ベンダー、教育機関などと協力し、LTMの合成データ生成基盤を活用した実証実験を進める予定だ。

From: 文献リンク通信業界向け生成AI基盤モデル「Large Telecom Model」の安全な学習を実現する合成データ生成基盤を構築 | ソフトバンク

【編集部解説】

今回のニュースを一言で表すなら、「AIに学ばせるためのデータを、安全に”偽造”する技術の実用化」です。やや逆説的に聞こえるかもしれませんが、これがこの発表の核心です。

通信ネットワークのデータは、障害の予兆、基地局ごとの設定値、通信品質の変化パターンなど、膨大かつ繊細な情報が複雑に絡み合っています。そのデータをそのままAIに学ばせれば精度は上がりますが、社外のパートナーや研究機関と共有することはできません。かといって単純にノイズを加えたり匿名化したりすれば、AIにとって重要な「微細な相関関係」が壊れてしまい、学習の意味が失われます。

ソフトバンクが今回構築した合成データ生成基盤は、この「データの有用性」と「機密情報の保護」というトレードオフを、差分プライバシーと推論攻撃への耐性評価という二段構えで解決しようとするものです。

特筆すべきは、その安全性の証明方法です。MIA(学習データへの混入を探る攻撃)の成功率を「無作為に推測した場合と統計的に同水準」に抑えるという基準は、「運が良ければ当たる程度」であることを数学的に保証するものであり、感覚的な安全性ではなく定量的な保証です。

一方で、いくつかの点には留意が必要です。今回採用されたNVIDIA NeMo Safe Synthesizerは、NVIDIAの公式ドキュメントによれば現時点でアーリーアクセス段階にあり、本番環境への適用は推奨されていません。ソフトバンクのプレスリリースではこの点に触れておらず、「実業務に適用可能な水準の精度」という表現は、あくまで社内検証の結果であることは押さえておく必要があります。

影響の広がりという観点では、このアプローチが業界標準になる可能性があります。ガートナーは2026年までに企業の75%が合成データを活用すると予測しており、プライバシー強化技術市場は2024年時点で最大44億ドル規模に達し、2030年代前半には120億〜284億ドルへの成長が見込まれています。通信業界特化型の合成データ基盤が確立されれば、ソフトバンクはその標準を握る立場になり得ます。

規制環境も、この動きを後押しする方向に動いています。EUのAI法は2026年8月2日に完全適用となる予定のほか、日本国内でも個人情報保護法の改正議論が続いており、通信データの扱いに対する基準は今後より厳格になることが予想されます。差分プライバシーによる「数学的な保証」は、そうした規制対応においても強力な証左になるでしょう。

長期的な視点では、この合成データ基盤の意義はLTM単体にとどまりません。プレスリリースにあるAI-RANアライアンスへの還元という方向性は、ソフトバンクが自社の技術資産を業界インフラとして開放しようとする戦略を示しています。国内外の通信事業者が同じ基盤を使って安全にデータ共有・共同学習できる環境が整えば、通信AIの進化は一社では到達できないスピードで加速する可能性があります。

「安全に学ばせる」という課題を解いたことで、LTMはいよいよ「社会に出る準備」を整えた段階に入ったと言えるでしょう。

【用語解説】

Large Telecom Model(LTM)
通信業界に特化した生成AI基盤モデルの総称。一般的なLLM(大規模言語モデル)とは異なり、通信ネットワークの運用データ・障害情報・基地局設定などのテレコム固有データで学習させることで、ネットワーク設計・品質管理・障害予測といった通信特有の業務に対して高い推論精度を発揮する。

合成データ(Synthetic Data)
実際のデータを直接使わず、統計的特性や相関関係を模倣して人工的に生成したデータ。機密情報を含む実データに代わりAIの学習に使用できる。単なる加工・匿名化とは異なり、元データとの1対1の対応がなく、個人や機密の特定ができないよう設計される。

差分プライバシー(Differential Privacy)
学習プロセスに数学的に計算されたノイズを加えることで、特定の1件のデータが存在しても出力結果に実質的な影響を与えないことを数式で保証するプライバシー保護技術。「感覚的な安全性」ではなく「定量的な上限のある保証」を提供できる点が特徴。

MIA(Membership Inference Attack)
学習済みAIモデルに対し、特定のデータが学習に使われたかどうかを外部から推測する攻撃手法。成功率が「ランダムな推測と同程度」に収まっていれば、学習データの混入を判別できないことを意味する。

AIA(Attribute Inference Attack)
公開されている一般的な属性情報をもとに、基地局の位置など機密性の高い属性を推測する攻撃手法。合成データからでも機密情報が逆算できるリスクがある。

LLMガードレール
大規模言語モデルの入力・出力を監視・制御する安全対策技術。不適切な出力の抑制や機密情報の流出防止など、AIの推論段階における多層的なセキュリティ対策として機能する。

AI-RANアライアンス
AIと無線アクセスネットワーク(RAN)を統合する技術の標準化・普及を目的とした業界コンソーシアム。ソフトバンクを含む通信事業者・ベンダーが参加し、次世代ネットワーク技術の協調開発を推進している。

【参考リンク】

ソフトバンク株式会社 先端技術研究所(外部)
AI-RAN・Beyond 5G/6G・量子技術など幅広い先端技術の研究開発を行うソフトバンクの研究機関。LTMの開発拠点。

NVIDIA NeMo Safe Synthesizer 公式ドキュメント(外部)
差分プライバシー対応の合成データ生成ツール「NeMo Safe Synthesizer」の公式技術ドキュメント。APIやチュートリアルも掲載。

NVIDIA 差分プライバシー 用語解説ページ(外部)
差分プライバシーの仕組みと活用例をNVIDIAが解説する公式ページ。NeMo Safe Synthesizerとの関連についても言及されている。

【参考記事】

SoftBank develops privacy-safe pipeline for telecom AI training|Telecompaper(外部)
本発表を報じたテレコム専門メディアの記事。合成データ生成パイプラインの概要と通信ネットワーク運用データへの適用内容を解説。

Data Privacy Trends 2026: Essential Guide for Business Leaders|SecurePrivacy(外部)
プライバシー強化技術市場の規模予測(2024年最大44億ドル→2030年代前半284億ドル)など業界動向をまとめた調査レポート。

Data Privacy in 2026: Navigating the Evolving Digital Frontier|CookieScript(外部)
ガートナー予測「2026年までに75%の企業が合成データを活用」を引用し、PET普及動向を解説した記事。

NVIDIA Advances Autonomous Networks With Agentic AI Blueprints|NVIDIA Blog(外部)
NVIDIAによるLTM関連の最新ブログ。300億パラメータのオープンソースNemotron LTMの発表など業界横断の動向を伝える。

Telecom Leaders Call Up Agentic AI to Improve Network Operations|NVIDIA Blog(外部)
ソフトバンク等がNVIDIA AI EnterpriseでLTM・AIエージェントを開発。通信網が毎分平均3,800TBを生成する背景数値も掲載。

【編集部後記】

「安全に学ばせる」という課題が解けると、AIはどこまで社会に溶け込んでいくのでしょう。通信インフラにとどまらず、医療・金融・エネルギーなど機密データを抱えるあらゆる業界で、同じ問いが立ちはだかっています。

合成データと差分プライバシーの組み合わせは、その突破口になり得るのか——皆さんはどう感じましたか?

投稿者アバター
TaTsu
『デジタルの窓口』代表。名前の通り、テクノロジーに関するあらゆる相談の”最初の窓口”になることが私の役割です。未来技術がもたらす「期待」と、情報セキュリティという「不安」の両方に寄り添い、誰もが安心して新しい一歩を踏み出せるような道しるべを発信します。 ブロックチェーンやスペーステクノロジーといったワクワクする未来の話から、サイバー攻撃から身を守る実践的な知識まで、幅広くカバー。ハイブリッド異業種交流会『クロストーク』のファウンダーとしての顔も持つ。未来を語り合う場を創っていきたいです。

読み込み中…