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高機能リコピン、吸収効率7.4倍—ハリマ化成グループがバイオプロセスで商用スケール実証

[更新]2026年3月16日

ハリマ化成グループは2026年3月12日、RITE(公益財団法人地球環境産業技術研究機構)との共同研究により、スマートセルを用いたバイオプロセスによるリコピンの商用スケール量産化実証に成功したと発表した。

本開発はNEDO「カーボンリサイクル実現を加速するバイオ由来製品生産技術の開発」事業(2022〜2024年度)の助成を受けたものだ。開発品は高純度リコピン(粉末品)と高機能リコピン(オイル溶解品)の2種類で、高機能リコピンは植物抽出の従来品比で最大7.4倍の体内吸収効率を持つ。両製品とも化粧品市場向けの安全性試験をクリアしている。

サンプル提供を順次開始し、2026年度内の製品上市、2030年度に売上高20億円を目標とする。

From: 文献リンク当社初「高純度リコピンおよび高機能リコピン」の開発およびサンプル提供開始のお知らせ|ハリマ化成グループ

ハリマ化成グループ株式会社公式プレスリリースより引用

【編集部解説】

今回のニュースは、一見「リコピンが量産できた」というシンプルな話に見えます。しかし、その背景にある技術の意味と、産業全体に与えるインパクトは、かなり大きいものです。

「スマートセル」とは何か

まず「スマートセル」という言葉から整理しましょう。これは遺伝子工学によって、特定の物質を高効率に生産できるよう設計された細胞のことです。今回ハリマ化成とRITEが使用したのは、アミノ酸の工業生産で長年の安全実績を持つ「コリネバクテリウム属」の細菌です。RITEはこの菌に対して、リコピン合成経路の強化と、不要な副産物を作る経路の遮断という2方向の遺伝子工学的アプローチを施し、改良前の株と比べて生産性を100倍以上向上させました。

なぜ「バイオ製造」が求められていたのか

従来のリコピン供給方法には、2つの大きな問題がありました。植物抽出は、季節・品種・天候によって品質や収量が安定しません。石油由来の化学合成は環境負荷が高く、天然物志向の市場ニーズとも合いません。バイオプロセスは、この両方の課題を同時に解消できる「第3の道」として世界中で研究されてきた手法です。

3,000リットルタンクでの実証が持つ意味

今回の商用スケール実証は、NEDOが運営する関東圏バイオファウンドリ拠点(Green Earth Institute株式会社)の3,000リットル発酵槽を使用したものです。研究室の小規模培養を商用スケールに引き上げるスケールアップは、バイオ製造における最大の難関の一つとされており、ここをクリアしたことは単なる「研究の成功」ではなく「製造事業化」への扉を開いたことを意味します。

何ができるようになるのか

2製品の用途を考えると、その射程の広さがわかります。高純度リコピン粉末は不純物が少ないため、配合設計の自由度が高く、化粧品・サプリメント・食品添加物まで幅広く使えます。高機能リコピン(オイル溶解品)は体内吸収効率が従来品比で最大7.4倍という数値が注目されますが、これはカロテノイド共通の課題である「バイオアベイラビリティ(体内吸収率)の低さ」を機能修飾によって克服した成果です。少量で高効果を発揮できるため、製剤設計の柔軟性が大きく広がります。

ポジティブな側面と、見落としがちなリスク

環境面では、植物抽出・石油合成に比べてCO₂排出量を削減できる点が評価されます。食料競合を回避できることも、食糧安全保障の観点から意義深い点です。一方で留意すべき点もあります。今回の安全性試験クリアはあくまで「化粧品グレード」の段階です。食品・医薬品グレードへの展開には、各分野の規制機関による審査プロセスが別途必要で、上市までの時間軸は化粧品よりも長くなります。また遺伝子工学による細菌を使用したバイオ製造品は、国や地域によって規制の枠組みが異なるため、グローバル展開時には各市場の承認戦略を慎重に設計する必要があります。

産業・市場への影響と長期的な視点

世界的な健康志向・天然素材志向の高まりを背景に、カロテノイド市場は拡大傾向にあります。ハリマ化成が掲げる2030年度の売上高20億円という目標は、あくまで自社の事業数値にすぎませんが、このバイオプロセス技術は他のカロテノイド(βカロテン、アスタキサンチンなど)への応用も視野に入っています。スマートセル基盤そのものがプラットフォーム技術として機能しうるという点で、今回の発表はリコピン1製品の話に留まらない、より大きな戦略的意味を持っていると読み取れます。

【用語解説】

スマートセル
狙った物質を高効率に生産するよう遺伝子工学で設計された細胞のこと。今回はコリネバクテリウム属の細菌(コリネ型細菌)をホスト(宿主)として採用した。アミノ酸の工業生産で安全実績があり、RITEがリコピン合成経路の強化と副産物生成経路の遮断という2方向の改変を施すことで、改良前と比べて生産性を100倍以上向上させた。

バイオアベイラビリティ(体内吸収率)
摂取した物質が実際に体内で利用可能な状態になる割合のこと。カロテノイドは脂溶性であるため、一般的に体内吸収率が低いという課題を抱えている。高機能リコピン(オイル溶解品)は、この課題を機能修飾工程によって克服し、植物抽出品比で最大7.4倍の吸収効率を実現した。

カーボンリサイクル
CO₂を資源として回収・再利用し、炭素の循環型社会を実現しようとする概念。NEDOが推進する「カーボンリサイクル実現を加速するバイオ由来製品生産技術の開発」事業(全体は2020年度〜、ハリマ化成・RITE参画分は2022〜2024年度)は、バイオものづくりを通じてこの実現を目指すプロジェクトの一つだ。

バイオファウンドリ
バイオ製造の研究・実証を一貫して行える設備・環境のこと。設計から試作、スケールアップまでを効率的に行うための拠点であり、今回の量産実証ではGreen Earth Institute株式会社が運営する関東圏バイオファウンドリ拠点(3,000L発酵槽)が活用された。

【参考リンク】

ハリマ化成グループ株式会社(外部)
松やに由来のロジン誘導体を主力に、機能性素材・バイオマス由来製品を幅広く展開する化学メーカーの持株会社。

スマートセルによる「リコピン」の大量生産技術を開発しました|NEDO(外部)
NEDOの公式リリース。スマートセルの設計手法・3,000L発酵槽でのスケールアップ実証の技術背景を詳述している。

公益財団法人地球環境産業技術研究機構(RITE)(外部)
地球温暖化対策技術を研究する公益財団法人。CO₂分離回収・バイオリファイナリー等を研究し、スマートセル開発を担当。

Smart Cell Fermentation Leads to Large-Scale Lycopene Production|NEDO(外部)
NEDOのリコピン量産実証に関する英語公式リリース。技術仕様・スケールアップ手法・事業計画の数値を詳述している。

Green Earth Institute株式会社(GEI)(外部)
RITEのバイオプロセス技術事業化を目的に2011年設立。千葉県茂原市のバイオファウンドリ拠点で今回の実証を支援した。

【参考動画】

NEDO公式チャンネル「NEDO LABO TALKS #18 バイオで実現!循環型ものづくり【後編】」。Green Earth Institute株式会社のバイオファウンドリ拠点を取り上げ、循環型ものづくりの産業化についてNEDO担当者が解説している。スマートセル・バイオファウンドリの背景理解に直結する内容だ。

【参考記事】

Smart Cell Fermentation Leads to Large-Scale Lycopene Production|NEDO(外部)
NEDOの英語公式リリース。スマートセルの設計手法、100倍以上の生産性向上、3,000L実証の詳細と事業計画を掲載。

スマートセルによる「リコピン」の大量生産技術を開発しました|NEDO(外部)
NEDOの日本語公式リリース。GEIとの連携内容・CO₂削減効果・スケールアップ実証の技術的根拠と今後の計画を掲載。

Engineering microbial cell factories for the production of lycopene|ScienceDirect(外部)
リコピン生産を目的とした微生物細胞工場の工学的設計に関する学術論文。スマートセル設計の学術的裏付けとして参照。

複合脂質によるカロテノイドの腸管吸収調節機構の解明|農研機構(外部)
カロテノイドの腸管吸収機構に関する研究成果。高機能リコピンの吸収効率7.4倍という数値の意義を評価する際に参照。 

【編集部後記】

「リコピン」と聞くと、トマトジュースや健康サプリを思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。でも今回の話は、その先にあります。

スマートセルで設計された微生物が、工場の大きなタンクの中でリコピンを醸す——この光景、なんだかSFっぽくないですか?バイオと化学と食の境界線が溶けていくこの領域、一緒にもう少し覗いてみませんか。

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TaTsu
『デジタルの窓口』代表。名前の通り、テクノロジーに関するあらゆる相談の”最初の窓口”になることが私の役割です。未来技術がもたらす「期待」と、情報セキュリティという「不安」の両方に寄り添い、誰もが安心して新しい一歩を踏み出せるような道しるべを発信します。 ブロックチェーンやスペーステクノロジーといったワクワクする未来の話から、サイバー攻撃から身を守る実践的な知識まで、幅広くカバー。ハイブリッド異業種交流会『クロストーク』のファウンダーとしての顔も持つ。未来を語り合う場を創っていきたいです。

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