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PETボトルからパーキンソン病治療薬L-DOPAへ—エジンバラ大学が世界初のバイオ変換に成功

エジンバラ大学のスティーブン・ウォレス教授率いる研究チームは、遺伝子操作した大腸菌(E. coli)を用いて、食品・飲料包装に広く使われるプラスチックであるPET(ポリエチレンテレフタレート)をパーキンソン病治療薬L-DOPA(レボドパ)に変換することに成功した。

廃PETをテレフタル酸に分解したのち、遺伝子操作した大腸菌が一連の生物学的反応を経てL-DOPAを生成する。廃プラスチックを神経疾患の治療薬に転換した生物学的プロセスは世界初であるとされる。PETの年間生産量は約5,000万トンにのぼる。

研究成果は2026年3月16日、学術誌『Nature Sustainability』に掲載された。本研究は、UKRI傘下のEPSRCが支援する総額1,400万ポンド規模のC-Loop(Carbon-Loop Sustainable Biomanufacturing Hub)、およびIBioIC、Edinburgh Innovationsの協力のもと実施された。

From: 文献リンクPlastic bottles transformed into Parkinson’s drug using bacteria|Phys.org

【編集部解説】

この研究が画期的なのは、「廃棄物問題」「医薬品製造の脱化石燃料」という、これまで別々に議論されてきた二つの課題を、一つのプロセスで同時に解決しようとしている点です。廃プラスチックをゴミとしてではなく、「炭素の貯蔵庫」として再定義する発想の転換は、循環型経済の新たな地平を切り開くものといえます。

まず、この研究が対象とするL-DOPA(レボドパ)という薬について整理します。L-DOPAは1960年代から使われ続けているパーキンソン病の第一選択薬であり、現在も世界中で年間約250トンが消費されています。現在の主流な製造方法は、モンサント社が開発した不斉水素化反応による化学合成です。この手法は高価な金属触媒を必要とし、化石燃料由来の原料に依存するだけでなく、変換効率の低さや鏡像異性体(エナンチオマー)の選択性の問題を抱えてきました。

エジンバラ大学のチームが今回実証したのは、PETプラスチックをテレフタル酸に分解し、遺伝子操作した大腸菌2株が協調して一連の生物学的反応を行うことでL-DOPAを生成するという新しい経路です。注目すべきは、この研究が単なる概念実証に留まらず、実験室規模(プレパラティブスケール)での生産・単離まで達成しており、論文内で報告されたL-DOPAの生産量は1リットルあたり5.0グラムに達しています。さらに、プロセス中に発生する二酸化炭素を光合成微生物のChlamydomonas reinhardtii(クラミドモナス)に吸収させる試みや、余剰パンから得たグルコースで代替エネルギーを供給する実験も行われており、環境負荷のさらなる低減を視野に入れています。

ポジティブな影響として最も大きいのは、医薬品サプライチェーンへの波及効果です。現在、医薬品製造の原料の大部分は化石燃料由来の炭素化合物に依存しています。このバイオアップサイクリングの手法が成熟すれば、L-DOPAにとどまらず、香味料・香料・化粧品・工業用化学品など幅広い分野での応用が期待されます。研究チーム自身も、より複雑な医薬品アルカロイドへの応用を目指すと示唆しており、廃プラスチックが新たな「薬の原料」として機能する未来像を描いています。

一方で、現実的なハードルも直視する必要があります。この研究はあくまで「概念実証」であり、研究チーム自身が「工業化前にシステムのさらなる改良が必要」と明記しています。発酵液からのL-DOPA回収の最適化、抗生物質を使わない大規模発酵への移行、そして経済的なコスト試算など、商業化への道のりはまだ長い段階です。また、遺伝子操作した大腸菌を用いた生産プロセスには、将来的に各国の規制当局による厳格な安全審査が求められることになり、特に医薬品グレードの品質管理基準をどうクリアするかは未解決の問題です。

長期的な視点で見れば、この研究が示す可能性は「L-DOPAを作る」という事実よりも、「廃棄物の炭素を医療価値へ変換するプラットフォーム技術を確立した」という点に本質があります。プラスチック問題、医薬品の持続可能な製造、そして循環型炭素経済という三つのテーマが交差するこの分野は、今後10年で急速に進展することが予想されます。「ペットボトルが薬になる」という言葉が、比喩ではなく産業の現実になる日は、思いのほか近いかもしれません。

【用語解説】

L-DOPA(レボドパ)
パーキンソン病の第一選択薬。脳内でドーパミンに変換され、振戦(ふるえ)・筋硬直・運動緩慢といった運動症状を緩和する。1960年代から使用され続けている歴史的な薬剤で、世界で年間約250トンが消費されている。現在の主流な製造法は、化石燃料由来の原料を用いた化学合成(不斉水素化反応)である。

PET(ポリエチレンテレフタレート)
飲料ボトルや食品包装に広く使われる透明な熱可塑性プラスチック。石油・天然ガスを原料とする非再生可能素材で、年間約5,000万トンが生産されている。軽量で強度が高い一方、既存のリサイクルプロセスは効率が低く、プラスチック汚染の一因となっている。

テレフタル酸
PETを分解した際に生成される化学物質で、今回の変換プロセスにおける「中間材料」にあたる。この芳香族化合物が遺伝子操作された大腸菌の餌(フィードストック)となり、一連の酵素反応を経てL-DOPAへと変換される。

バイオアップサイクリング(Bio-upcycling)
微生物や酵素を活用し、廃棄物をより付加価値の高い製品へと変換する技術分野。単なるリサイクル(同等以下の品質への再利用)とは異なり、原料より高い経済的・社会的価値を持つ製品を生み出すことを指す。今回の研究はその代表例であり、廃プラスチックを医薬品という高付加価値品に変換している。

エンジニアリングバイオロジー(Engineering Biology)
生物学的システムを意図的に設計・改変することで、新たな機能や産物を生み出す工学的アプローチ。今回の研究では、複数の生物種に由来する7種の遺伝子を大腸菌に組み込み、4段階の酵素反応を経てL-DOPAを合成するという人工的な代謝経路を構築した。

プレパラティブスケール(Preparative scale)
分析・確認目的の少量実験を超え、物質を実際に単離・精製できる量の生産規模を指す。工業化の前段階にあたり、今回の研究ではこの段階でL-DOPAの生産と単離に成功したことが重要な意味を持つ。

【参考リンク】

Waste plastic turned into Parkinson’s drug|University of Edinburgh(外部)
今回の研究の発表元、エジンバラ大学による公式ニュースページ。研究成果の一次情報として信頼性が高い。

Nature Sustainability(外部)
Nature Portfolioが発行する持続可能性分野の主要査読誌。今回の論文「Microbial upcycling of plastic waste to levodopa」掲載誌。

IBioIC(Industrial Biotechnology Innovation Centre)(外部)
スコットランド拠点の産業バイオテクノロジー推進機関。UKRIとともに本研究へ資金提供し、産業応用の推進も担う。

UKRI EPSRC(Engineering and Physical Sciences Research Council)(外部)
英国研究・イノベーション機構傘下の評議会。C-Loopハブへの資金拠出を通じて本研究を支援した主要機関。

Plastic bottles transformed into Parkinson’s drug using bacteria|EurekAlert!(外部)
米国科学振興協会(AAAS)運営の科学ニュース配信サービス。本研究の一次情報となるプレスリリース全文が掲載。

【参考記事】

E. coli Converts Plastic Waste Into Parkinson’s Drug L-DOPA|Inside Precision Medicine(外部)
2株の大腸菌による代謝分担の仕組み、1リットルあたり5.0グラムの生産量、CO₂再捕捉実験など技術詳細を網羅。

The plastic bottle that became a Parkinson’s drug|The Brighter Side of News(外部)
4段階の酵素反応・7種の遺伝子の構成、クラミドモナスによるCO₂吸収実験、L-DOPA年間世界生産量約250トンの数値を掲載。

Edinburgh scientists use bacteria to turn plastic bottles into Parkinson’s drug|Resource Media(外部)
世界のレボドパ市場規模(2024年時点・約18億7,000万ドル)や英国患者数など市場データを含む廃棄物専門メディアの解説。

Plastic bottles recycled into Parkinson’s drug using bacteria|Dezeen(外部)
変換経路の構成(4段階・7遺伝子)を明記。動物飼料・燃料への応用可能性など産業的な広がりを俯瞰的に解説。

Overview on the biotechnological production of L-DOPA|PubMed(外部)
L-DOPA製造史を概観する学術レビュー。モンサント社の不斉水素化法から味の素のエルウィニア菌発酵法まで既存技術の変遷を整理。

【編集部後記】

今日捨てたペットボトルが、明日だれかの薬になる——そんな未来が、すでに実験室の中では動き始めています。「廃棄物」と「医薬品」という、まったく交わらないと思っていた世界が、生物工学によってつながった瞬間を、みなさんはどう感じましたか? 

私たちもまだ、この研究の射程の広さをつかみきれていません。次に変換されるのは、どんな薬や素材なのか——一緒に追いかけていけたら嬉しいです。


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