機種変更でiPhoneを買い替えても、友人との位置情報の共有はやり直さずに済みます。この当たり前に見える挙動を手がかりに、あるセキュリティ研究者がLinuxマシンをAppleの内部サービスへ登録し、共有中の位置情報の復号にたどり着きました。Appleが公開してこなかった鍵の配り方が、外側から一本の線としてつながった記録です。
セキュリティ研究者のZerotistic氏が2026年8月19日、Macを使わずLinuxマシンをAppleのIDSと「探す」関連サービスへ登録し、友人が共有している位置情報を復号したと公表した。
GrandSlam認証でデリゲートを得て、2048ビットRSAのCSRをSHA-1で署名して証明書を取得し、com.apple.private.alloy.multiplex1配下に6つのサブサービスを登録。distributeKeysを指定したSubscribeAndFetchを送ると、共有元の端末が現在のP-224鍵をAPNs経由で配信。この鍵でSearchPartyの暗号化レポートを復号でき、共有の解除や再設定は不要だった。
The Registerの取材にAppleは即座には回答していない。
From:
Reverse-engineering Find My People to stalk my ex a friend, cause I can
【編集部解説】
見つかったのは「穴」ではなく「経路」です
まず、この検証で何が起きなかったのかをはっきりさせておきます。任意のApple Accountの居場所を覗ける手法が見つかったわけではありません。動いたのは、本人のアカウントと、相手がすでに承諾している共有関係の内側だけです。
筆者も本文の冒頭に注意書きを置き、招待の送信、共有内容の変更、家族の追加、端末の遠隔操作にあたる機能は一切実装していないと明記しています。ジオフェンスの判定も、復号したあとに手元で走らせる設計です。位置情報を使う許可についても、事前に友人本人から得たと記しています。
では、今回具体的に書き起こされたのは何か。既存の位置共有で使われている現在の鍵を、新しく登録したIDS端末へ配布させるまでの経路です。
人向けの共有鍵そのものに触れた実装には、先行例があります。SEEMOOとHPI Potsdamの研究者が公開したSaftellite は、脱獄したiPhoneから共有鍵を取り出し、位置情報の代わりに短い文章を衛星経由で友人へ送るというものでした。ただしそれは、脱獄したiPhoneの上で動く実装です。今回たどられたのは、Macを使わず、LinuxマシンをIDSのクライアントとして登録し、そこへ既存の鍵を届けさせる流れでした。
「新しいiPhoneを買ったとき」の裏側
そして、その流れを見つけるまでの過程が、この記事のいちばん面白いところだと思います。
登録を終えたLinuxマシンには、なぜか位置情報が流れてきませんでした。当初は「鍵は共有を作った瞬間にしか配られないのだろう」と考えます。だとすれば、鍵を受け取るには共有をいったん解除して結び直すほかありません。
そこで筆者は、日常の側から考え直します。自分が新しいiPhoneを買ったとき、Appleは既存の友人関係の鍵をその端末に渡さなければならない。「機種変更のたびに、友人全員に共有し直してもらってください」という設計にはなりえない。
この推論をもとに逆コンパイル結果を読み返し、distributeKeysという文字列にたどり着きます。この意図を指定したリクエストを送ると、共有元の端末が現在の鍵を新しい端末へ配りました。共有の解除も再設定も不要でした。
ここで見えているのは、私たちが機種変更のたびに何も意識せずに済んでいる、その「何も起こらなさ」を支えている仕組みそのものです。
鍵が2層に分かれている意味
技術的な核心は、暗号の層が2つあることです。
ひとつは端末どうしの封筒。もうひとつは、その中に入っている共有相手ごとの鍵です。位置情報のレポートは後者で暗号化されており、その鍵を手元に持ったあとは、同じ鍵で読める後続のレポートを取るのにIDSをもう一度往復する必要がありませんでした。
なぜ二段になっているのか。筆者は「1つの関係だけを失効させるためではないか」と推測しています。共有をやめたい相手が1人いるとき、両アカウントのすべての鍵を作り直さずに済む。「共有をやめる」という日常の操作を暗号の設計に落とし込むと、こうした形がありうる、ということです。
Appleは「探す」のオフライン検出について、似たエンドツーエンド暗号化の仕組みを公開しています。ただしそれは、デバイスと持ち物を対象にした文書です。人どうしの共有について、鍵がどう配られるかを説明した公開資料は見当たりません。
P-224と、SHA-1が残っている場所
筆者が最後の驚きとして挙げているのが、配られてきた鍵の曲線がP-224だったことです。端末間メッセージがP-256を使っているため、そちらだと思い込んでいた、と書いています。
Appleの公開文書を見ると、「探す」のオフライン検出でもP-224が使われています。今回、人向けの位置共有のレポート鍵にも同じ曲線が使われていることが確認されました。ただし、Appleがなぜ両者で同じ選択をしたのかは、公開資料からは読み取れません。鍵を運ぶNGM側はP-256です。
もうひとつ、証明書の申請が通った主な条件も印象的です。2048ビットRSAの鍵で作ったCSRをSHA-1で署名し、XML形式のplistをgzipで固めて送る、という構成でした。鍵長そのものは現在の基準でも通用しますが、SHA-1署名は明確に古い部類に入ります。筆者はこの要件を、古い登録エンドポイントとの互換性の名残ではないかと推測しています。
確かなのは、この登録経路にSHA-1署名のような要件がいまも受け入れられているという事実までです。理由をAppleが説明したことはありません。長く動き続けているシステムを外側から覗くと、こうした地層に行き当たる。今回見えたのは、その一つです。
日本から読むと、境界がどこにあるかが見えます
ここで日本の状況に目を向けます。2025年12月30日、改正ストーカー規制法のうち、紛失防止タグを用いた位置情報の無承諾取得等を規制対象に加える規定などが施行されました。改正法の公布は同年12月10日で、ほかに2026年3月10日施行の規定もあります。
警察庁が2026年3月に公表した集計では、紛失防止タグ等が用いられたストーカー事案の相談等件数は、2021年の3件から2022年113件、2023年196件、2024年370件、2025年679件と増えています。一方、GPS機器等は2024年513件、2025年511件とほぼ横ばいでした。このグラフの2系列では、2024年から2025年の増加分は、ほぼ紛失防止タグ関連で生じています。なお令和7年については、第三者に依頼して所在地を特定する行為の相談等も14件が把握されています。
この文脈に今回の検証を置くと、技術側の境界が見えてきます。Zerotistic氏の実装は、Apple Account上ですでに成立している共有関係を前提にしており、招待の送信や共有関係の作成・変更は行いません。鍵の配布を求めるリクエストでは既存の共有の識別子が指定され、そこから共有元の端末が現在の鍵を配りました。共有を解除したあと、すでに配られた鍵や新しい鍵がどう扱われるかは、この検証では確かめられていません。
なお、日本法でいう「承諾」と、Apple内部の共有状態は同じ概念ではありません。ストーカー規制法の位置情報無承諾取得等は、恋愛感情その他の好意の感情や、それが満たされなかったことへの怨恨の感情を充足する目的といった要件のもとで規制されるものです。今回わかったのは、技術的には既存の共有関係が鍵の配布要求の前提になっていた、というところまでです。
それでも、位置情報の扱いが法律の側で問い直されている時期に、その位置情報が実装のどこでどう守られているかを具体的に知れることには意味があると思います。
これから開くもの
筆者自身、どの変更が最終的に登録を通したのかは切り分けていないと正直に書いています。第三者による再現の報告も、現時点では確認できていません。また、鍵を受け取るには共有元の端末が、Appleの非同期の指示を処理できる程度にオンラインである必要があるという条件も、本人が宿題として挙げています。The Registerの問い合わせに対して、Appleは即座には回答していません。
それでも、この記事が残したものははっきりしています。Appleのエコシステムの外側から「探す」に相互運用できる可能性と、そのために越えるべき壁の高さが、具体的な形で共有されました。
自分のアカウントに共有された位置情報を、自分が選んだ環境で扱いたい。その願いは、Apple製品を使う人にとっても、使わない人にとっても自然なものだと思います。1週間足らずの「暇つぶし」が、そこへ向かう一枚の地図を描いたことになります。
【関連記事】
Appleの「探す」機能が犯罪捜査に貢献、年間4万台の密輸ネットワークを摘発
「探す」のネットワークが密輸された端末の追跡に使われ、捜査の成果に結びついた事例を扱った記事。同じ機能の、別の顔。
スマートホームの危険性:元パートナーの監視を防ぐ方法
元パートナーによる監視という文脈から、身近な機器が追跡の道具へ転用される危険を整理した記事。具体的な対策にも触れる。
Apple、バグ報告数を制限
Appleがセキュリティ研究者からのバグ報告に上限を設けた件を扱った記事。研究者との距離感をめぐる話題を取り上げている。
【編集部後記】
iCloud.comをブラウザで開くと、自分のデバイスの場所は地図に出ます。ただし、友人が共有してくれている位置は出てきません。この機能は、Appleのアプリの中にだけ置かれています。
今回の記事は、その線をどう越えたかの記録でした。そして越えた先にあったのは穴ではなく、私たちが機種変更をつつがなく済ませるための、ごく当たり前の仕組みでした。壁の内側は、思っていたより地味です。
【用語解説】
IDS(Apple Identity Services)
Appleが「この端末は誰のものか」を管理する非公開の仕組み。端末どうしの暗号化メッセージもこの層を通る。
GrandSlam
Apple Accountの認証方式。SRPと2要素認証を組み合わせ、短命のトークンを発行する。今回はここからIDSのデリゲート(利用権限)を取得している。
CSR(証明書署名要求)
「この公開鍵を認めてください」という申請書。認証局が署名すると証明書になる。今回はAppleの登録エンドポイントに送っている。
SHA-1
1990年代に策定されたハッシュ関数。衝突攻撃が実証されており、署名用途では古い部類に入る。鍵長そのものは別の話で、2048ビットRSAは現在も広く使われる。
APNs(Apple Push Notification service)
Appleの通知配送網。IDSのメッセージも実際にはこの経路を流れる。パケットはトピック名をハッシュでしか持たないため、外部から扱うには逆引きが要る。
サブサービス
IDSの1つのサービスの下にぶら下がる機能単位。今回はcom.apple.private.alloy.multiplex1の配下に6つを登録している。
SubscribeAndFetch / distributeKeys
位置情報の購読と取得を求めるリクエストと、そこで指定する意図の名前。distributeKeysを指定すると、共有元の端末が現在の鍵を配る。
SearchParty
暗号化された位置レポートを保管するAppleのサービス。共有相手ごとの鍵で復号する。
P-224 / P-256
楕円曲線暗号で使われる曲線の種類。数字は鍵の大きさを表す。今回、位置レポートの鍵はP-224、それを運ぶ端末間メッセージはP-256だった。
エンドツーエンド暗号化
送り手と受け手だけが内容を読める方式。中継するサーバーは暗号文しか持たない。
ジオフェンス
地図上に仮想の境界線を引き、出入りを検知する仕組み。今回は復号後に手元で判定している。
位置情報無承諾取得等
ストーカー規制法上の規制対象行為の一類型。恋愛感情等を充足する目的といった要件のもとで、承諾を得ずに位置情報を取得する行為などが該当する。
【参考リンク】
zerotistic(外部)
Zerotistic氏によるブログ。逆コンパイルや脆弱性研究、CTFの記録を掲載しており、今回の記事もここで公開された。
Apple Platform Security「Find My security」(外部)
Apple公式のセキュリティ解説。「探す」のオフライン検出において楕円曲線P-224の鍵を用いる設計などを説明している。
Apple「Find My & Privacy」(外部)
Appleによる「探す」のプライバシー説明。どの情報がどのような場合に扱われるのかを、項目ごとに列挙している公式の資料。
警察庁「ストーカー規制法が改正されました!」(外部)
警察庁による改正ストーカー規制法の告知。2025年12月30日施行分と2026年3月10日施行分の内容を掲載している。
警察庁「令和7年におけるストーカー事案等への対応状況について」(外部)
警察庁が2026年3月に公表した統計資料。紛失防止タグやGPS機器等が用いられた事案の相談等の推移を、グラフで示している。
Saftellite(seemoo-lab/satellite-messenger)(外部)
SEEMOOとHPI Potsdamの研究者が公開したSaftellite。脱獄したiPhoneで「探す」の共有経路を利用する。
HiddenLayer(外部)
Zerotistic氏が所属するセキュリティ企業。AIや機械学習システムを対象とした防御技術と研究を手がけている。
【参考記事】
Researcher tricks Apple’s Find My into sharing location data with Linux(外部)
研究の経緯に加えて、Zerotistic氏が22歳であること、Appleが即座には回答しなかったことを伝えている報道記事。
Apple’s Private Find My People Reverse-Engineered to Decrypt Live Shared Locations on Linux(外部)
SubscribeAndFetchとdistributeKeysによる鍵の再配布を軸に、P-224とP-256の違いまで整理している。
Security researcher enrolls Linux device in Apple’s Find My network(外部)
認証から鍵の受け取りまでの手順を、簡潔に整理した記事。Appleが修正すべき欠陥ではない、という位置づけも明示している。
紛失防止タグの悪用を規制 改正ストーカー、DV法が施行(外部)
改正法の施行を伝える記事。紛失防止タグに関連する相談等が、2025年の11月末までに592件(速報値)に達したと報じた。
「紛失防止タグ」の悪用を規制へ 改正ストーカー規制法が成立(外部)
改正法の成立を伝える記事。新たに規制の対象となる行為と、公布から20日後に施行される旨を、簡潔にまとめている報道である。
ストーカー規制法の強化(外部)
2026年3月施行分を含む改正の全体像を、政府広報として平易に解説した記事。被害者への援助に関する努力義務にも触れている。


















