警察庁サイバー脅威情勢|フィッシング報告約4割減を「安全」と読めない理由

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過去最多のランサムウェア被害と同じ報告書に、4割近く減ったフィッシング報告件数が並んでいます。数字だけを追えば「対策が効いた」と読みたくなる並びです。ところが警察庁自身は、その減少を改善のしるしとして扱っていません。減った数字の裏で、何が起きているのでしょうか。

警察庁サイバー警察局は2026年9月10日、2026年上半期(1〜6月)のサイバー空間の脅威情勢の報告書を公表した。ランサムウェアの被害報告件数は123件で、統計を取り始めた2020年下半期以降、半期として最多となった。特殊詐欺の被害額は約1,816億2,000万円(前年同期比51.7%増)だった。インターネットを利用した詐欺の被害額は約1,755億円で、通話・通信アプリを使った詐欺が認知件数の約6割を占めた。一方、フィッシング報告件数は約73万件、インターネットバンキングの不正送金の被害額は約20億7,000万円(前年同期比51%減)、クレジットカード不正利用の被害額は約221億円(同30%減)だった。

生成AI等で児童の画像を性的に加工した事案は123件(前年同期比105%増)だった。

From: 文献リンク令和8年上半期におけるサイバー空間をめぐる脅威の情勢等について

【参考動画】

警察庁の公式チャンネルが2022年6月に公開した啓発動画「サイバー犯罪のリアル」(全編・約53分)。フィッシングやランサムウェアの被害をドラマ仕立てで描いています。今回の報告書とは別に制作されたものです。

【編集部解説】

187ページの報告書で最初に目に入るのは、ランサムウェア被害123件という「過去最多」の数字です。ただ、全体を読み進めると、同じ半期に大きく減った数字もいくつか並んでいることに気づきます。

フィッシング報告件数は約73万件で、前年同期の約120万件から4割近く減りました。インターネットバンキングの不正送金被害は51%減、クレジットカードの不正利用被害は30%減です。

見出しだけを追えば、「対策が効いてきた」と受け取りたくなる並びです。けれども、報告書そのものは、これらの減少を改善のしるしとしては扱っていません。本稿では、この「減った数字」の読み方を手がかりに、2026年上半期の脅威の輪郭をたどってみます。

フィッシングの「減少」を、そのまま改善とは読めない

報告書は、フィッシング報告件数を示した直後に、AI技術の発達で文章の自然さや偽装の精度が上がり、見抜きにくいフィッシングが増えていると書いています。対策を扱う章では、フィッシングを「手口が巧妙化し、被害が急増している情勢」と表現しています。

件数の出典であるフィッシング対策協議会も、報告数の減少をそのまま改善とは位置づけていません。2026年6月の報告件数は前月から約42.6%減りましたが、重複を除いた偽サイトのURL件数は約3.2%増えました。協議会は総評で、報告数は減っても、対策をすり抜ける新しい手口が次々と使われていると述べています。

とくに示唆的なのが、送信元の中身です。協議会のある調査用メールアドレスに6月に届いたフィッシングメールでは、約92.2%が、実在するサービスのドメイン名を差出人に使う「なりすまし」ではなく、独自ドメイン名を使った「非なりすまし送信」でした。そのうち約35.5%は、送信ドメイン認証のDMARCにも成功しています。

DMARCは、メールに表示される差出人(From)のドメインが、SPFやDKIMという仕組みで認証されたドメインと整合しているかを確かめ、ドメインの持ち主が定めた方針に沿って扱う仕組みです。ただし、そのドメインの運営者やメールの中身が信頼できることまでは保証しません。認証に合格したメールであることと、安全なメールであることは、別の話なのです。

報告件数は、協議会に寄せられた報告の数であり、攻撃の総数そのものではありません。減少の理由は、この数字だけでは特定できません。攻撃そのものが減ったのか、手口の巧妙化によって利用者や対策側が気づきにくくなったのか。その両方の可能性を切り分けて読む必要があります。

一方で、協議会は、偽の請求メールからキャッシュレス決済の請求画面に誘導して送金させる手口が、6月初旬以降に急減したことも報告しています。あわせて、決済サービス側でも請求リンクの作成に本人確認を求める対策が進められたと記しています。

不正送金は、あなたの端末から実行される

インターネットバンキングの不正送金は、253件、約20億7,000万円でした。報告書は減少の理由を示していません。そのかわりに、2026年5月から急増した新しい手口を紹介しています。

攻撃者は企業に電話をかけ、遠隔操作ソフトをインストールさせます。そのうえで企業の端末を遠隔操作しながら、偽サイトでインターネットバンキングのIDとパスワードを盗み、送金を実行します。報告書は、企業がふだん使っている端末から送金させることで、金融機関の端末認証や不正取引の監視を回避する意図があると分析しています。

金融機関の不正検知には、「いつもと違う端末」「いつもと違う場所」からの操作を手がかりにする仕組みがあります。被害企業の端末を使われると、こうした手がかりに頼る検知はすり抜けられやすくなります。ただし、送金先や金額、取引の履歴など、ほかの手がかりによる監視まで無効になるわけではありません。

同じ構図は、家庭のIoT機器にも見られます。不正な動画配信用機器や無料VPNアプリを通じて、一般家庭の機器が知らないうちに通信の中継点、いわゆるレジデンシャルプロキシにされる事案です。海外の攻撃者でも、国内の家庭の回線を経由すれば、国内からのアクセスに見せかけられます。2025年の不正送金4,747件のうち、少なくとも737件でこの仕組みが使われていました。

被害が集まる場所は「会話」

では、被害はいまどこに集まっているのでしょうか。インターネットを利用した詐欺の被害額は約1,755億円で、そのうち約1,473億円が通話・通信アプリを使った詐欺でした。特殊詐欺全体の被害額は約1,816億2,000万円に達し、過去最悪だった2025年を上回るペースで推移しています。

電子メールを使った詐欺も、単純に減ったわけではありません。被害額は約158億円から約48億円へと大きく減りましたが、認知件数は527件から1,110件へと2倍を超えています。

2026年1月頃からは、実在する経営者になりすましたメールで社員をSNSのグループに誘い込み、送金させる「ニセ社長詐欺」が広がりました。6月までに127件、約38億8,000万円の被害が確認され、既遂1件当たりの被害額は約3,100万円にのぼります。

入口がメールであっても、お金を動かす決め手は、その後の会話で生まれています。報告書はこのほか、2024年10月頃から2025年5月頃にかけての犯行で、ビデオ通話に登場する警察官役の顔をAIで生成していた特殊詐欺グループの摘発例も紹介しています。

私はここに、この半期を貫く一本の線を見ます。送信元のドメイン、アクセス元の場所、操作する端末といった「機械が検証できる情報」だけでは、相手が本物かどうかを判断しきれなくなってきている。攻撃は、そうした検証の網をすり抜けて、最後は人が相手を信じるかどうかの一点に集まってきている、という見立てです。

ランサムウェアの問いは「戻せるか」から「何を盗まれたか」へ

ランサムウェアでも、防御の前提が変わりつつあります。手口が判明した66件のうち61件が、データを盗んだうえで公開をちらつかせる「二重恐喝」でした。

バックアップを取っていた組織は、回答のあった50件中44件です。ところが、バックアップからの復元結果を回答した40件のうち、29件は復元できませんでした。理由の最多は、バックアップそのものが暗号化・消去されていたことです。

バックアップは今も欠かせない備えです。ただし、データを盗まれた後の脅迫には、それだけでは応えられません。被害組織の約6割は中小企業で、侵入経路はVPN機器が約5割を占めます。外部とつながる入口の管理と、盗まれたときにどう動くかの計画が、同じ重さで問われる段階に入っています。

攻撃のハードルを下げるAI

報告書には、AIが攻撃の敷居を下げていることを示す摘発例も並んでいます。19歳の会社員がAIを使って作成したコードを組み合わせ、ランサムウェアを作成した事件や、15歳の高校生が生成AIで修正したプログラムで約4万6,800件のアカウントを退会処理させた事件です。

生成AI等で実在する児童の画像を性的に加工した事案は、上半期だけで123件と前年同期から倍増し、2025年1年間の114件を上回りました。行為者の約7割は同級生や同じ学校の人物です。名古屋地裁は2026年6月、生成AIで作られた画像を児童ポルノと認定する判決を出しています。技術の問題であると同時に、学校や家庭で向き合う問題になっています。

「誰が相手か」を確かめる仕組みへ

警察の側でも、組織と制度の整備が進んでいます。2026年5月29日に警察法施行令が改正され、都道府県警察では「サイバー警察部」などがサイバー関連の事務を一元的に担うこととされました。各都道府県警察は、設置に向けた準備を進めています。10月1日には、サイバー攻撃による重大な危害を防ぐため、警察がアクセス・無害化措置を行えるようにする規定が施行される予定です。

7月には、警察庁、国家サイバー統括室、外務省、財務省、経済産業省が、米国や韓国をはじめとする同盟国・同志国の機関とともに、北朝鮮IT労働者に関する注意喚起を公表しました。日本のオンライン業務受発注プラットフォームで、日本人になりすまして仕事を受注していた事例も確認されています。注意喚起が企業に求めたのは、身分証の厳格な審査や対面面接など、本人確認の強化でした。

フィッシング、不正送金、ニセ社長詐欺、そして北朝鮮IT労働者。手口はばらばらに見えますが、共通して問われているのは、「画面の向こうの人物や接続先は、本当に名乗っている本人・組織なのか」という点です。

報告書は、パスワードに代わって生体認証などでログインするパスキーの普及を、事業者に働きかけていると記しています。パスキーは、正規のサイト以外では認証が成立しない仕組みで、偽サイトに誘導されても認証情報を渡しにくいという特長があります。

機械が「本物」を見分けられる領域を広げていく技術と、公式アプリから確かめ直すといった人の習慣。この2つが噛み合い、件数・金額・報告数という性格の異なる指標がそろって下がり続け、その背景に対策の効果が確かめられたとき、減った数字をはじめて「安全になった」しるしとして読めるようになります。次の半期の報告書で、どの数字がどちらに動くのか。そこに、この取り組みの手応えが表れるはずです。

【関連記事】

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【編集部後記】

フィッシング対策協議会の6月の月報には、少し逆向きの記述もありました。受信者が正規のメールを迷惑メールとして報告し、送信者の評価が下がった結果、本物のお知らせが迷惑メールフォルダーに振り分けられるケースが見られるというのです。

偽物が本物らしくなるほど、本物のほうが疑われていく。送り手が本物であることを示す仕組みは、攻撃を防ぐためだけでなく、正規の連絡を届けるためにも欠かせなくなっています。

最近、本物なのに思わず疑ってしまったメールはありましたか。


【用語解説】

ランサムウェア
感染した端末やサーバのデータを暗号化し、復旧と引き換えに金銭を要求する不正プログラムである。近年はデータを盗み出したうえで暗号化する手口が主流になっている。

二重恐喝
ランサムウェア攻撃で、データの暗号化に加えて、盗んだデータを公開すると脅して対価を要求する手口である。バックアップから復元できても、情報公開の脅しは残る。

フィッシング
実在する企業や金融機関などを装ったメールやSMSで偽サイトへ誘導し、IDやパスワード、クレジットカード情報などをだまし取る行為である。

DMARC
送信ドメイン認証の一つ。メールに表示される差出人(From)のドメインが、SPFやDKIMで認証されたドメインと整合しているかを確かめ、ドメインの持ち主が定めた方針に沿って受信側で扱う。

SPF・DKIM
いずれも送信ドメイン認証の技術である。SPFは送信元サーバがそのドメインのメール送信を許可されたものかを、DKIMはメールに付けた電子署名で改ざんの有無と送信ドメインを検証する。

非なりすまし送信
フィッシング対策協議会の分類で、実在するサービスのドメイン名を差出人に使わず、独自のドメイン名から送られたフィッシングメールを指す。

レジデンシャルプロキシ
一般家庭のネット回線や機器を経由して通信を中継する仕組みである。悪用されると、海外の攻撃者の通信が国内の家庭からのアクセスのように見える。

IoT機器
インターネットにつながる家電や機器の総称である。ルータ、防犯カメラ、動画配信用の受信機器などが含まれる。

VPN
離れた場所から社内ネットワークなどへ安全に接続するための仕組みである。企業が外部との接続に使うVPN機器は、ランサムウェアの主要な侵入経路になっている。

特殊詐欺
電話やメール、SNSなどで被害者と対面せずに信頼させ、現金などをだまし取る詐欺の総称である。警察官や家族を装う手口、SNS型投資詐欺などを含む。

ニセ社長詐欺
実在する企業の経営者になりすましたメールで社員をSNSのグループに誘い込み、会社の資金を送金させる詐欺である。2026年1月頃から発生が確認されている。

パスキー
パスワードの代わりに、端末などに保存された鍵と生体認証などを使ってログインする認証方式である。登録した正規のサイトやアプリでしか認証が成立しないため、偽サイトに認証情報を渡しにくい。

アクセス・無害化措置
サイバー対処能力強化法と関連する整備法によって導入された、重大なサイバー攻撃による危害を防ぐための措置である。警察によるアクセス・無害化措置を可能とする規定は、2026年10月1日に施行される予定である。

【参考リンク】

警察庁|サイバー空間をめぐる脅威の情勢等(外部)
警察庁が半期・年間ごとに公表する、サイバー空間の脅威情勢の報告書と、図表の元になった統計データを掲載している公式ページである。

フィッシング対策協議会(外部)
フィッシングの報告受付、月次の報告状況、事業者と利用者それぞれに向けた対策情報や緊急情報を公開している団体の公式サイトである。

【参考記事】

2026/06 フィッシング報告状況(外部)
6月の報告件数は前月比約42.6%減、偽サイトのURL件数は約3.2%増。非なりすまし送信が約92.2%、うち約35.5%がDMARC成功。

北朝鮮IT労働者に関する企業等に対する注意喚起|警察庁Webサイト(外部)
2026年7月31日、警察庁など5機関が米国・韓国などの関係機関と共同で公表した注意喚起の掲載ページである。英文と和文仮訳を掲載している。

なりすまし送信メール対策について(外部)
実在するドメインをかたる「なりすまし送信メール」と、SPF・DKIM・DMARCによる送信ドメイン認証の仕組みを事業者向けに解説している。

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山本 達也 代表社員
合同会社デジタルの窓口 代表。ウェブ解析士。生成AI・サイバーセキュリティ・ 宇宙開発領域を中心に執筆。

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