イランの野党テレビチャンネルIran Internationalは1月19日、複数のイラン国営テレビチャンネルの衛星放送がハッキングされ、反体制メッセージとレザ・パフラヴィー皇太子の声明が数分間放送されたと報じた。バドル衛星経由で視聴していた視聴者が確認した。イラン当局は1月8日からインターネットアクセスを遮断しており、NetBlocksによると通常レベルの約1%で推移している。
イラン当局者はReutersに対し、抗議活動の取り締まりで少なくとも5,000人が殺害されたと述べた。一方、英国のSunday Timesは医療報告書を引用し、16,500人から18,000人の抗議者が殺害され、約330,000人が負傷したと報じた。米国を拠点とするHuman Rights Activists News Agencyは抗議活動関連で24,000人以上が逮捕されたと述べた。情報の多くはStarlink衛星インターネットサービス経由で流出している。
From:
Television broadcasts hacked in Iran: ‘Continue your struggle. Freedom is closer than ever’
【編集部解説】
イランで展開されているのは、21世紀における情報戦争の最前線といえます。今回のテレビ放送ハッキング事件は、単なるサイバー攻撃ではなく、完全な情報遮断下で市民の声を世界に届けるための抵抗の一形態となっています。
衛星放送のハッキングという手法自体は新しいものではありません。1986年、CIAはレザ・パフラヴィー皇太子の支援者に小型テレビ送信機を提供し、11分間の放送をイラン国内で実現させました。2022年にも反体制組織が同様の手法で放送をジャックしています。しかし今回の状況は、イラン政府が1月8日から実施している「ほぼ完全なインターネット遮断」という極端な措置の中で発生している点で、過去のケースとは質的に異なります。
NetBlocksの報告によれば、イランのインターネット接続は通常レベルの約1%まで低下しており、事実上の情報鎖国状態にあります。このような状況下で、イーロン・マスクのStarlink衛星インターネットサービスが重要な役割を果たしています。推定40,000〜50,000台のStarlink端末が密輸され、抗議活動の映像や医療報告が外部に流出する経路となっています。
今回のテレビハッキングは、権威主義国家による情報統制と、それに対抗するテクノロジーの応酬という、現代の抵抗運動の本質を象徴しています。バドル衛星という国営放送のインフラそのものを数分間乗っ取ることで、インターネット遮断を回避し、国内の視聴者に直接メッセージを届けることに成功しました。
この事件は、情報の自由と国家による統制という普遍的なテーマに新たな技術的次元を加えています。Starlinkのような低軌道衛星通信は、従来の通信インフラに依存しない情報流通を可能にしますが、同時にジャミング技術との軍拡競争を引き起こしています。イランではStarlink端末の所持・使用は違法で、通常でも数年の懲役が科されます。さらに、スパイ行為や『敵対勢力への協力』と見なされた場合には、死刑を含む極刑の対象ともなり得ます。それにもかかわらず、多くの市民がリスクを冒して使用している事実は、情報への渇望の強さを物語っています。
地政学的には、米国のトランプ大統領がイランへの軍事介入の可能性を示唆しながらも当面は保留している状況で、このような情報戦が展開されています。レザ・パフラヴィー皇太子は1979年のイスラム革命で追放された最後のシャー(国王)の息子であり、イラン国内でどの程度の支持基盤を持つかは不明です。しかし今回のハッキングは、彼の存在と主張を強制的に国内視聴者に届けることに成功しました。
テクノロジーが民主化と抑圧の両方に使われる現代において、この事件は情報の自由を巡る闘争が新たな段階に入ったことを示しています。
【用語解説】
バドル衛星
イランの国営放送が複数の地域チャンネルを全国に配信するために使用している通信衛星。今回のハッキングは、この衛星経由の送信を乗っ取ることで複数のチャンネルに同時に反体制メッセージを流すことに成功した。
1979年のイスラム革命
1979年にイランで発生した革命で、パフラヴィー朝(王制)が崩壊し、アヤトラ・ホメイニーを最高指導者とするイスラム共和国が成立した。レザ・パフラヴィー皇太子の父である最後のシャー(国王)モハンマド・レザ・パフラヴィーはこの革命により国外に亡命した。
ジャミング技術
無線通信を妨害する電子戦技術。特定の周波数に強力な電波を発射することで、正常な通信を阻害する。イランはロシアや中国から供与されたとみられる軍用グレードのジャミング装置を使用し、Starlink衛星通信の信号を妨害している。
低軌道衛星
地球から約2,000km以下の高度を周回する人工衛星。従来の静止衛星(約36,000km)より低い軌道を飛行するため、通信の遅延が少なく、地上局との通信が容易。Starlinkはこの低軌道に数千基の衛星を配置している。
アリ・ハメネイ
1989年から現在までイランの最高指導者を務める。イランの政治体制において、大統領よりも上位の最高権力者であり、軍事、司法、メディアを統括する。今回の抗議活動の鎮圧で「数千人」が死亡したことを認めつつ、米国とイスラエルを非難している。
【参考リンク】
NetBlocks(外部)
インターネットトラフィックとサイバーセキュリティを監視する国際的な組織。今回のイラン情勢では接続率が通常の1%まで低下したことを報告した。
Starlink (SpaceX)(外部)
イーロン・マスク率いるSpaceXが運営する衛星インターネットサービス。イランでは推定40,000〜50,000台の端末が密輸され使用されている。
HRANA (Human Rights Activists News Agency)(外部)
米国を拠点とする人権活動家ニュース機関。今回の抗議活動では8,949件の死亡事例を調査中としている。
Iran International(外部)
ロンドンを拠点とするペルシア語・英語の独立系ニュースチャンネル。今回の衛星放送ハッキングを最初に報じた反体制派寄りのメディア。
【参考記事】
Hackers target Iran state TV’s satellite transmission to broadcast exiled crown prince(外部)
イラン国営テレビの衛星送信がハッキングされたことを報道。
Iran crackdown left 16,500 dead, 330,000 injured – Sunday Times(外部)
Starlink経由で流出した医療報告書によると、死者数は16,500〜18,000人、負傷者は約330,000人に達する可能性がある。
Why There’s No Starlink Access During Nationwide Shutdown in Iran?(外部)
軍用グレードのジャミング技術がStarlink信号を妨害していることを報告。過去20年間で前例のない妨害。
Rights group documents surge in Iran protest death toll as internet access partially restored(外部)
HRANAの最新データとして3,919人の死者を確認。イラン当局者は少なくとも5,000人が死亡したとReutersに語った。
Iran uses electronic warfare to disrupt Starlink — NYT(外部)
イラン当局が軍用グレードの電子戦装備を配備してStarlinkのGPS信号を妨害。ウクライナの戦場以外では稀な措置。
【編集部後記】
情報へのアクセスが遮断された時、私たちはどう行動するでしょうか。イランで起きている出来事は遠い国の話に見えて、実は「情報の自由」という普遍的な問いを私たちに投げかけています。
Starlinkのような衛星通信が権威主義的な統制を突破する一方で、軍用レベルのジャミング技術がそれを妨害する——このテクノロジー同士の攻防は、今後も世界各地で繰り返されるでしょう。皆さんは、テクノロジーが民主化の道具となる可能性と、同時に抑圧の道具にもなりうる両義性について、どう考えますか? ぜひSNSで意見を聞かせてください。



































