12月11日は、国連が定めた「国際山岳デー(International Mountain Day)」です。
山と聞いて、あなたは何を思い浮かべるでしょうか? 雄大な景観、多様な生態系、あるいは週末のレジャーかもしれません。
しかし、本日提示したいのは、全く異なる「山の姿」です。
気候変動により、「数十年に一度」の豪雨が常態化する今、山はかつてないほど「予測不能な脅威」へと変貌しています。経験則やハザードマップ(静的な地図)だけでは、突発的な深層崩壊や土石流に対処しきれないのが現実です。
そこで今、世界の防災テックが挑んでいるのが、山そのものをサイバー空間にコピーする「山岳デジタルツイン」の構築です。物理空間の自然をデータとしてハックし、災害を予知する。そんなSFのような取り組みが、現実のものとなりつつあります。

山を「点群」に変えるテクノロジー
山をデジタル化するとは、どういうことか。その鍵を握るのがLiDAR(ライダー)技術と航空レーザ測量です。
ドローンや航空機から地上に向けてレーザーを照射し、その反射時間を計測することで、地形を精密な3次元データとして取得します。この時、山は写真のような画像ではなく、「数億個の点の集まり(点群データ)」として記録されます。
この技術の真骨頂は、「フィルタリング」にあります。
通常の航空写真では、深い森に覆われた地面の形状を見ることはできません。しかし、レーザー測量データを使えば、樹木や植生のデータ(デジタル表層モデル:DSM)だけをデジタル上で「伐採」し、むき出しの地表面(デジタル地形モデル:DTM)をあらわにすることができます。
これにより、人の目や衛星写真では決して見えなかった、森の下に隠れた「古い崩壊跡」や「微細な亀裂(クラック)」が、あたかもレントゲン写真のように浮かび上がってくるのです。
AIは何を見ているのか? 「差分」が語る崩壊の予兆
山を精密にデータ化できれば、次はAI(人工知能)の出番です。
「山岳デジタルツイン」の本質的価値は、「時間軸」を持たせることにあります。
過去に取得した点群データと、最新のデータをAIに読み込ませ、その「差分」を解析させます。すると、人間には視認不可能なレベルの変化が見えてきます。
- 「この斜面が、昨年より3センチ膨らんでいる」
- 「特定のエリアだけ、わずかに沈下が進んでいる」
大規模な土砂崩れの前には、多くの場合、斜面がゆっくりと変形する「クリープ現象」が発生します。AIはこの微細なシグナルをヒートマップとして可視化し、「どこが動いているか」を特定します。
降雨データと地形・地質モデルを組み合わせることで、斜面の不安定化リスクが高まる降雨条件をシミュレーションできるようになります。
日本の静岡県が進める「VIRTUAL SHIZUOKA」プロジェクトは、県土の丸ごと3次元点群データ化を推進しており、オープンデータとして公開することで、災害シミュレーションやインフラ管理の高度化における世界のトップランナーとなっています。
「スマートマウンテン」がもたらす社会
山がデジタルツイン化された先には、どのような未来が待っているのでしょうか。
一つは、「予知から予防へ」のシフトです。
崩壊の兆候をAIが検知した瞬間、無人の自律施工重機(建設ロボット)が現場へ急行し、災害が起きる前に補強工事を完了させる。そんな「無人化防災」が可能になるかもしれません。
また、これは都市OS(スマートシティ)とも密接に連携します。
山の保水能力や土砂の流出予測がリアルタイムで都市側のシステムに共有されれば、下流のダムの放流調整などを完全自動化する「流域治水DX」が実現します。
さらにサステナビリティの文脈では、森林の体積を正確に把握することで、カーボンクレジット(CO2吸収量)の算出精度が劇的に向上します。山は単なる自然ではなく、管理可能な「資産」として再定義されることになるでしょう。
地球というハードウェアに、OSを実装する
12月11日、国際山岳デー。
私たちはこれまで、山を「畏怖すべき大自然」として仰ぎ見てきました。しかしこれからは、テクノロジーを用いて山を深く「理解」し、共生のためのシステムを構築するフェーズに入ります。
山岳デジタルツインの構築は、いわば「地球というハードウェアに、最適化のためのOSを実装する」試みと言えるかもしれません。
日本は国土の約7割が山岳地帯であり、災害大国です。だからこそ、この「山×データサイエンス」の分野において、世界をリードするイノベーションを生み出すポテンシャルを秘めています。
美しい山々を次世代に残すために。私たちの武器は、もう足腰や根性だけではありません。データとAIが、その守り手となるのです。
【Information】本記事に関連する主要データ・団体
International Mountain Day (FAO / 国連食糧農業機関)(外部)
12月11日「国際山岳デー」を主導する国連機関の公式ページ(英語)。今年のテーマや、世界各地で行われている山岳地帯の持続可能な開発(SMD)に関するグローバルな取り組み、統計データを確認できます。
G空間情報センター「VIRTUAL SHIZUOKA」データセット(外部)
記事内で紹介した静岡県の3次元点群データオープンデータ化プロジェクトの実際のデータ公開場所。LP(航空レーザ計測)データやMMS(モービルマッピングシステム)データを実際にダウンロードし、デジタルツインの基礎となる「生データ」に触れることができます。
国土交通省 Project PLATEAU (プラトー)(外部)
日本政府が主導する、3D都市モデルの整備・活用・オープンデータ化プロジェクト。都市部が中心ですが、近年は防災の観点から地形データの統合や、災害シミュレーションへの活用も進んでおり、日本の「デジタルツイン」技術の現在地を知る上で不可欠なリソースです。






























