カールスルーエ工科大学(KIT)の研究チームが、クロム、モリブデン、シリコンを組み合わせた新しい耐火金属合金を開発した。
この合金は融点が約2,000度セルシウスで、常温では延性があり、臨界温度範囲でも酸化が遅いという特性を持つ。現在のニッケル基超合金は最大1,100度セルシウスまでしか使用できないが、この新合金はそれを大幅に上回る動作温度での使用が可能になる。
KIT応用材料研究所のマーティン・ハイルマイヤー教授によれば、タービンで100度セルシウスの温度上昇を実現できれば燃料消費を約5パーセント削減できる。この研究はドイツ研究振興協会(DFG)の研究訓練グループ「MatCom-ComMat」の枠組みで行われ、ルール大学ボーフムのアレクサンダー・カウフマン教授が発見に貢献した。
産業レベルでの実用化には多くの開発ステップが必要とされる。
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Scientists forge “superalloy” that refuses to melt
【編集部解説】
この研究の本質は、材料科学における長年のトレードオフを解決したことにあります。従来の耐火金属は2,000度セルシウス以上の融点を持つものの、常温では脆く、600〜700度セルシウスで酸化により故障してしまうため、実用には真空環境が必要でした。一方、現在の主流であるニッケル基超合金は延性と耐酸化性を兼ね備えていますが、安全に使用できる温度の上限が1,100度セルシウスという壁がありました。
今回開発されたクロム・モリブデン・シリコン合金は、わずか3原子パーセントのシリコン添加により、この二律背反を突破しています。シリコンが保護酸化膜の形成を促進する一方、脆い金属間化合物の生成を抑制する絶妙なバランスを実現しました。表面にはクロム酸化物の連続層が形成され、その下にモリブデンリッチな層が窒素の侵入を防ぎ、高温での耐久性を確保します。
この材料が実用化されると、航空業界に大きなインパクトをもたらすでしょう。タービン温度を100度セルシウス上昇させるだけで燃料消費を約5パーセント削減できるという数値は、長距離航空路線において極めて重要です。電動化が困難な長距離フライトにおいて、この技術は現実的なCO2削減手段となり得ます。
また、発電所の定置型ガスタービンへの応用も期待されています。より高温での運転が可能になれば、燃焼効率の向上により化石燃料からの発電でもCO2排出量を低減できます。エネルギー転換期において、既存インフラの効率化は再生可能エネルギーへの橋渡しとして重要な役割を果たすはずです。
ただし、研究チームも認めているように、産業レベルでの実用化にはまだ多くの開発ステップが必要です。アーク溶解法で製造された試験材料を、実際の部品として量産し、コーティング技術や製造プロセスを確立するには時間を要します。耐酸化性や延性といった特性が、コンピュータによる材料設計では十分に予測できないという点も、開発の難しさを物語っています。
この研究成果はNature誌に掲載されており(DOI: 10.1038/s41586-025-09516-8)、基礎研究における重要なマイルストーンとして世界中の研究グループが参照できる状態になりました。材料科学の新たな地平を切り開く発見として、今後の展開が注目されます。
【用語解説】
耐火金属(refractory metals)
タングステン、モリブデン、クロムなど、融点が2,000度セルシウス以上の高温金属群を指す。耐熱性は優れるが、常温では脆く、酸化しやすいため真空環境でのみ使用可能である。
ニッケル基超合金(nickel-based superalloys)
ニッケルを主成分とし、多種の金属元素を複雑に配合した合金。現在の航空機エンジンやガスタービンの標準材料であり、延性と耐酸化性を兼ね備えるが、使用温度の上限が約1,100度セルシウスに制限される。
延性(ductility)
材料が破断せずに変形できる性質。延性がある材料は加工しやすく、衝撃に対しても割れにくいため、実用的な部品製造に不可欠である。
酸化(oxidation)
金属が酸素と反応して酸化物を形成する現象。高温環境では急速に進行し、材料の劣化や破損を引き起こす。耐火金属の最大の弱点とされる。
ドイツ研究振興協会(DFG: Deutsche Forschungsgemeinschaft)
ドイツ最大の研究助成機関であり、基礎研究から応用研究まで幅広く支援している。今回の研究は同協会の研究訓練グループプログラムの一環として実施された。
燃焼効率(combustion efficiency)
燃料から取り出せるエネルギーの割合。高温燃焼ほど熱力学的効率が向上し、同じ仕事量を少ない燃料で実現できる。カルノー効率の原理に基づく。
【参考リンク】
カールスルーエ工科大学(KIT)公式サイト(外部)
ドイツの卓越大学。ヘルムホルツ協会研究センターでもあり、エネルギー、モビリティ、情報分野に注力。1825年創立でハインリヒ・ヘルツやカール・ベンツを輩出
Nature誌 – 論文掲載ページ(外部)
今回の研究成果が掲載された学術論文。クロム・モリブデン・シリコン合金の詳細な特性と高温酸化耐性のメカニズムを報告(DOI: 10.1038/s41586-025-09516-8)
MatCom-ComMat研究訓練グループ(外部)
極限条件下の複合材料研究を行うDFG助成グループ。KIT、ダルムシュタット工科大学、DECHEMA研究所が参加し、2029年3月まで400万ユーロ以上の予算で運営
【参考記事】
Novel Metal Alloy Withstands Extreme Conditions(外部)
カールスルーエ工科大学の公式プレスリリース。クロム・モリブデン・シリコン合金が2,000度セルシウスの融点と常温延性、耐酸化性を持つことを発表
Novel alloy withstands extreme conditions, could replace metals used in aircraft engines(外部)
TechXploreの詳細記事。従来のニッケル基超合金の1,100度セルシウス制約を説明し、新合金のタービン効率向上への貢献を解説
Scientists create a metal that does not break, rust, or melt(外部)
Earth.comの記事。わずか3原子パーセントのシリコン添加が保護酸化膜を形成し、脆い金属間化合物の生成を抑制するメカニズムを詳述
MatCom-ComMat Research Training Group enters second funding period(外部)
KITの公式発表。研究訓練グループMatCom-ComMatの第2期助成が承認され、2024年10月から2029年3月まで400万ユーロ以上で継続
【編集部後記】
材料科学の進化は、私たちの暮らしを静かに、けれど確実に変えていきます。今回のクロム・モリブデン・シリコン合金は、まさにそうした革新の一つかもしれません。
タービンの温度が100度上がるだけで燃料が5パーセント削減できる——一見地味に聞こえるこの数字が、長距離フライトの環境負荷や発電所のCO2排出にどれほどのインパクトを持つか、想像してみてください。こうした基礎研究の成果が、いつか私たちの選ぶ航空券の価格や、街の空気の清らかさにつながっていくのだとしたら。あなたはどんな未来を思い描きますか。























