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CSIRO・RMIT University|世界初の量子電池、充放電サイクルを実証—大きいほど速く充電される「逆転の物理」

CSIROがRMIT UniversityおよびUniversity of Melbourneと共同で、世界初となる充電・蓄電・放電が可能な概念実証量子電池を開発した。研究成果は2026年3月13日、学術誌『Light: Science & Applications』に掲載された。

プロトタイプはレーザーによるワイヤレス充電が可能な小型の積層有機デバイスだ。主任研究著者はCSIROサイエンスリーダーのジェームズ・クアック博士。共同著者はRMIT University博士課程候補生のダニエル・ティッベンと、同大学化学物理学教授のダニエル・ゴメスだ。量子電池は化学反応ではなく、量子重ね合わせや量子もつれといった量子力学の効果を利用する。研究チームは現在、量子電池のエネルギー蓄電時間の延長に取り組んでいる。

From: 文献リンクScientists Advance Toward Functional Quantum Battery

【編集部解説】

今回の発表で最も注目すべきは、「充電・蓄電・放電」という電池の基本サイクルを量子デバイスで世界初めて実証した点です。これまでの量子電池研究は理論先行で、充電はできても放電まで完結したデバイスは存在しませんでした。CSIRO・RMIT University・University of Melbourneのチームが、その壁を初めて突破したことになります。

この量子電池の核となる技術は「スーパーアブソープション(超吸収)」という量子力学的な現象です。従来の電池は容量が大きくなるほど充電に時間がかかりますが、量子電池では分子が集団として一体で振る舞うため、大きくなるほど充電が速くなるという、直感に反する特性を持ちます。今回のプロトタイプはフェムト秒(1000兆分の1秒)単位で充電を完了し、ナノ秒単位でエネルギーを蓄えます。充電にかかる時間と蓄電時間の比率は6桁(100万倍)の差があり、ジェームズ・クアック博士はThe Conversationの寄稿で「1分で充電すれば数年間蓄電できる計算になる」と例えています。

ただし、現実的な限界も正確に見ておく必要があります。クアック博士自身が認めているように、現在の容量は「数十億電子ボルト程度(a few billion electron-volts)と非常に小さく、実用的な機器を動かすには到底足りない」水準です。蓄電時間もナノ秒単位にとどまっており、スマートフォンや電気自動車を動かせる段階にはありません。研究チームが現在最優先で取り組んでいるのも、この蓄電時間の延長です。

時系列を整理すると、2025年7月に同チームが蓄電時間をナノ秒からマイクロ秒へ1,000倍延長する成果を学術誌『PRX Energy』で発表し、そこに続く形で今回の「完全サイクル実証」が2026年3月に『Light: Science & Applications』で報告されています。段階的に着実に前進していることがわかります。

国際的な文脈でも見ておきましょう。2026年2月には、中国の南方科技大学とスペインのCSICが共同で、量子コンピューターと同じ超伝導量子ビット12個を用いた量子電池を実証し、同じエネルギー入力で古典的な等価デバイスの2倍の速さで充電できることを示しています。一方でCSIROのアプローチは有機材料を使い室温で動作する点が大きな差別化要素です。超伝導方式は絶対零度近くまで冷却する装置が必要で、実用化コストが大きな課題となっています。

近未来の応用先として最も現実的なのは、量子コンピューターへの電力供給です。量子コンピューターが大規模化するにつれ、量子プロセッサを駆動するエネルギー供給システムが課題になりますが、超高速充電かつ室温動作の量子電池は、まさにその用途に適した技術として注目されています。電気自動車向けの超高速充電やワイヤレス長距離給電は、クアック博士が「究極の目標」と語る将来像であり、現時点では遠い未来の話です。

規制や産業面では、CSIROがすでに開発パートナーを募っているという事実が示すように、研究機関側はこの段階から商業化の道筋を意識し始めています。量子電池という新しいカテゴリーに対応した規格・安全基準・特許戦略のフレームワーク整備は、技術の成熟よりも先に着手しておく必要がある課題でしょう。

「電池の概念を書き換えるかもしれない発見」として報じられることの多い今回の成果ですが、現段階はあくまで「原理の実証」です。誇張でも過小評価でもなく、「理論が物理デバイスで確かめられた」という点の意義を正確に受け取ることが、この技術の行方を見続けるうえで大切な視点だと私たちは考えています。

【用語解説】

量子重ね合わせ(Quantum Superposition)
量子力学の基本原理のひとつ。粒子が複数の状態を同時に取り得る現象を指す。量子電池では、この性質を利用して複数の蓄電ユニットが一体となって充電することで、充電速度の向上を実現する。

量子もつれ(Quantum Entanglement)
離れた量子同士が瞬時に影響し合う現象。量子電池では、蓄電ユニット間の「集団的な量子効果」の一部として機能し、充電効率の向上に寄与すると考えられている。

スーパーアブソープション(Superabsorption)
量子電池の充電を支える核心的なメカニズム。個々の分子がバラバラに光エネルギーを吸収するのではなく、全体が一つの巨大なシステムとして一斉に吸収する現象だ。この集団的な吸収によって充電が加速する。

有機マイクロキャビティ(Organic Microcavity)
今回のプロトタイプに使用された構造体。複数の異なる有機材料を積層させた「サンドイッチ状」の微小デバイスで、光を特定の形で閉じ込める機能を持つ。室温で動作できる点が、超伝導方式と異なる大きな特長だ。

フェムト秒(Femtosecond)
1000兆分の1秒(10⁻¹⁵秒)を表す時間単位。今回のプロトタイプはこのフェムト秒単位で充電が完了するとされており、充電の極端な高速性を示している。

ナノ秒(Nanosecond)
10億分の1秒(10⁻⁹秒)を表す時間単位。現在のプロトタイプの蓄電時間はこのナノ秒単位にとどまっており、実用化に向けてこの時間を延長することが最大の課題だ。

概念実証(Proof of Concept)
ある技術や理論が実際に機能するかどうかを確認するための初期実証実験を指す。製品化・商業化を目的とするものではなく、「原理が物理的に成立すること」を示す段階に位置する。

電子ボルト(eV:Electron Volt)
エネルギーの単位。ジェームズ・クアック博士は現状の容量を「数十億電子ボルト程度(a few billion electron-volts)」と表現しており、これはスマートフォンや電気自動車を動かすには到底足りない極小の容量だ。

【参考リンク】

CSIRO(オーストラリア連邦科学産業研究機構)(外部)
オーストラリアの国立科学機関。今回の量子電池研究の主導機関であり、プロトタイプの設計・製造を担った。開発パートナーも募集中だ。

RMIT University(外部)
メルボルン拠点のオーストラリアの公立大学。量子電池研究でCSIROと共同研究を進め、ティッベンとゴメスが参加した。

University of Melbourne(メルボルン大学)(外部)
今回の研究の共同機関。超高速レーザー研究室の先端分光技術でプロトタイプの高速充電挙動の検証に貢献した。

Light: Science & Applications(Nature系学術誌)(外部)
今回の研究論文が掲載された査読付き国際学術誌。光科学・フォトニクス分野の権威ある媒体でNature Publishing Groupが発行している。

【参考記事】

A world-first quantum battery charges faster when it gets bigger(The Conversation)(外部)
主著者クアック博士本人が執筆。容量は「a few billion electron-volts」、蓄電は「a few nanoseconds」と現状の限界を率直に解説している。

Superextensive electrical power from a quantum battery(Nature / Light: Science & Applications)(外部)
今回の研究の査読済み論文。蓄電時間が充電時間より6桁(100万倍)長いことを分光測定で確認したデータを収録している。

Quantum battery completes full charge cycle(batterytechonline.com)(外部)
中国・スペインの超伝導量子ビット12個による競合研究など、数値とともに国際競争の全体像を整理した専門メディアの分析記事。

First Working Quantum Battery Proves Bigger Really Does Mean Faster(rwa times)(外部)
充電がフェムト秒、蓄電がナノ秒であることを明記。「1分充電で数年蓄電」というクアック博士のスケール換算を詳細に解説している。

Australian scientists achieve energy storage and quantum battery breakthrough(CSIRO公式)(外部)
研究主導機関CSIROの公式発表ページ。6桁の蓄電時間確認やパートナー募集の事実を一次情報として伝えている。

CSIRO demonstrate world’s first working quantum battery prototype(Energy-Storage.News)(外部)
容量が「several billion electron-volts」と極小であること、ハイブリッド設計の探索中であることを数値とともに整理した専門記事。 

【編集部後記】

「大きくなるほど速く充電できる」——この一文だけで、量子の世界が私たちの常識とまったく異なる論理で動いていることが伝わってきます。電気自動車の充電待ちや、外出先でのスマホの電池切れ。

そんな日常のちょっとしたストレスが、量子力学によって解消される未来は、みなさんにとってどう映りますか?私たちも一緒に、その行方を追いかけていきたいと思っています。


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