月々のクラウド代を払い続けるか、自分の手元にデータを置くか——そう考えて自宅にNASを構える人たちの間で、この1年、静かな勢力図の変化が起きています。発端は、業界大手Synologyが下したある方針転換と、それに対するユーザーの反発でした。撤回に追い込まれた経緯と、その隙をついて存在感を強めた新興勢力が、いま何を仕掛けているのかを追いかけます。
2025年10月8日に公開されたDSM 7.3は、Synologyが2025年モデルのDiskStation Plus・Value・Jシリーズについて、未検証のサードパーティ製ドライブでもストレージプールの作成を可能にする方針転換を盛り込んでいた。M.2ベースのストレージプールとキャッシュの作成は、引き続きHCL(ハードウェア互換性リスト)掲載ドライブに限定される。同時にDSM 7.3では、ストレージ階層を自動管理するSynology Tieringのほか、過去1年間で50件を超えるセキュリティアップデートを反映した脅威対策の強化も導入された。AI活用の面では、2025年8月にローンチしたSynology AI Consoleがすでに43万台を超えるシステムに導入されており、DSM 7.3ではカスタムデータマスキング機能が新たに加えられた。
【編集部解説】
この1年で、何が起きていたのか
Synologyが方針転換を発表したのは2025年10月のことでした。それから1年足らずで、対抗馬として名前が挙がる企業が変わっています。中国発のガジェットメーカーUGREENです。
同社は2026年、Computexで「GTシリーズ」(DXP4800GT・DXP2800GT)を発表しました。AMD Ryzen Embedded R2514を搭載しています。ネットワークはデュアル10GbE、ストレージはU.2 SSDに対応し、メモリはECC非標準ながら対応可能な構成です。発売時の価格は上位モデルのDXP4800GTが527.99ドル、下位モデルのDXP2800GTが399.99ドル(いずれも20%の発売記念割引後)でした。
「安さ」だけの話ではなくなった
これまでUGREENは「Synologyより安いNAS」という位置づけで語られることが多い企業でした。しかし、2026年時点での評価はやや異なります。10年近くSynology製品を使い続けてきたレビュアーは、「UGREENはもはや妥協して選ぶ製品ではなくなった」と評しています。同氏によれば、Synologyの2025年型Plusシリーズ(DS925+、DS1525+など)はグラフィック機能を持たないAMDプロセッサーへ移行したため、PlexやJellyfinのハードウェアトランスコードが使えなくなっているといいます。
一方でUGREENの弱点も存在します。GTシリーズは出荷時のメモリがECC規格ではなく、AMDのグラフィック機能はIntelのQuick Syncほど動画変換に強くありません。OSはユーザーが交換できないeMMCから起動する設計です。ソフトウェアの完成度についても、「UGOS Proはこの1年で大きく進化したが、Synology DSMやQNAP QTSほどの対応アプリの幅にはまだ及ばない」という評価が示されています。ハードウェアで攻め、ソフトウェアで追いかけている、というのが公平な現状認識だと言えそうです。
「自分でインフラを持つ」という選択
このNAS勢力図の変化は、実は以前にお伝えしたサイバーデッキ文化の話と、根っこの部分でつながっています。あの記事で見たのは、ビッグテックが「ブラックボックス」として設計したデバイスに対し、中身が見えて自分で手を加えられる「ホワイトボックス」を手作りで組み上げる人たちの姿でした。
NASという製品は、この構図をもう一段深い層——「自分のデータが物理的にどこにあるか」という層——で再演しているように見えます。クラウドストレージは便利ですが、その中身がどう管理されているかをユーザーが直接見ることはできません。対して自宅にNASを置くという選択は、クラウドという名のブラックボックスから距離を置き、自分の手が届く場所にデータを置き直す行為だと捉えられます。
先ほど紹介したレビュアーの一言が、この感覚をよく表しています。同氏はUGREENを選ぶ理由の一つとして、「いつでも初期化してTrueNASに載せ替えられる自由」を挙げていました。これは特定のメーカーの製品を「使う」ことと、ハードウェアを土台として自分の望む環境を「組み上げる」ことの違いです。Synologyがドライブの認証方針を一度変更し、そして世論の反発を受けて撤回したという経緯自体が、ベンダーに主導権を預けることのリスクを図らずも示した格好になりました。
まだ分かっていないこと
いくつか、この時点で断定できないことがあります。
UGOS Proの成熟度がSynology DSMに追いつくかどうかは、まだ誰にも分かりません。DSMは約30年の開発の蓄積を持つソフトウェアです。UGREENがNAS市場に参入したのはまだ数年前のことで、この差が本当に縮まるのか、縮まるとして何年かかるのかは未知数です。
また、Synologyが再びドライブ制限を強める動きは、すでに部分的に始まっています。DSM 7.4で追加された新機能「Storage Efficiency」(重複排除・圧縮)は、ストレージプールが全てSynology製ドライブで構成されている場合のみ使える仕様です。SSDについても、今も第三者製品の使用が制限されたままです。
日本国内でのGTシリーズの正式な販売価格・発売時期についても、本記事執筆時点で確認できていません。UGREENは2025年2月にクラウドファンディングで日本市場に参入し、Interop Tokyo 2026でGTシリーズを展示していますが、これは「発表」であって「発売」の確定情報ではない点にご注意ください。
【関連記事】
サイバーデッキがバズるわけ——DIY小型PC自作ブームが照らす「ブラックボックス」時代の均質化
「自分でインフラを持つ」という今回の切り口の原点になった記事。ビッグテックが設計する「ブラックボックス」への反乱を、パソコンという端末レイヤーから描いている。
【編集部後記】
クラウド代を毎月払うことに、特に疑問を持たずに過ごしている人は多いはずです。今回追いかけたNASの勢力図の変化は、実は「自分のデータを誰に預けているか」を考え直すきっかけにもなりそうです。次にストレージの契約更新の通知が届いたとき、私たちはそれを当たり前のこととして流すのか、それとも一度、手元に置く選択肢について考えてみるのか。そんな小さな問いを、心のどこかに置いておきたいと思います。
【用語解説】
NAS(Network Attached Storage)
ネットワーク接続型ストレージ。家庭内LANやインターネット経由で、複数の端末から同時にファイルの読み書きができるストレージ専用機器。
ECCメモリ(Error Correcting Code Memory)
データの破損を検知し自動的に訂正できるメモリ規格。エンタープライズサーバーで広く使われるが、一般的な家庭用NASでは搭載されないことが多い。
U.2
エンタープライズ向けNVMe SSDの接続規格。一般的なM.2 SSDより物理的に大きく、発熱・耐久性の面で優れるとされる。
10GbE(10 Gigabit Ethernet)
毎秒10ギガビットの通信速度に対応する有線LAN規格。一般家庭で普及している1GbEの10倍の帯域を持つ。
Intel Quick Sync Video
Intel製CPUに内蔵された動画エンコード・デコードの支援機能。Plex・Jellyfinなどのメディアサーバーソフトで、リアルタイムの動画変換(トランスコード)処理に使われる。
HCL(Hardware Compatibility List)
メーカーが動作を保証する対応ハードウェアの一覧。
eMMC(embedded MultiMediaCard)
基板に直接実装されるフラッシュメモリ規格。一般的なSSDと異なり、ユーザーが後から交換することは基本的にできない。
【参考リンク】
Synology(外部)
NAS・ネットワーク機器を手がける台湾のメーカー。「DSM」を開発。
UGREEN(外部)
モバイル・PC周辺機器で知られる中国のメーカー。NASync/GTシリーズを展開。
TrueNAS(外部)
オープンソースのNAS向けOS。市販NASを含む幅広いハードウェア上で動作する。
NASCompares(外部)
NAS専門の英語レビューメディア。UGREEN・Synology双方の機種を継続的に検証している。
r/homelab(Reddit)(外部)
自宅サーバー・NAS構築の実践例が集まる海外コミュニティ。構成例や質問が日々投稿されている。
【参考記事】
UGREEN DXP4800GT and DXP2800GT NAS – Before You Buy the New GT Series — NASCompares(外部)
GTシリーズの仕様と、ECC非標準搭載・Quick Sync非搭載・eMMC起動という3つの買い手への注意点を整理した記事。
UGREEN vs. Synology: Which NAS Should You Buy in 2026? — WunderTech(外部)
10年来のSynologyユーザーである著者が、この1年の評価の変遷とドライブポリシー問題への見解を綴った長文レビュー。
UGREEN DXP4800GT NAS Now Available – AMD, Dual 10GbE, U.2 Support and Launch Discounts — NASCompares(外部)
発売時の価格・割引コードなど、具体的な数値情報の出典。
UGREEN NASync DXP2800 GT and DXP4800 GT Review — Vortez(外部)
SynologyのDS225+・DS925+との価格帯比較、UGOS ProとDSM/QTSのエコシステム成熟度の差についての評価。












