なんとなく、2026年はスマートウォッチにとって分かれ道の年になる気がしています。そう感じたきっかけは、AppleやGoogleが相次いで打ち出す新機能の裏に、これまでとは違うチップの要求が見え隠れしていることでした。この感触は、本当なのでしょうか。数字と事実を頼りに、確かめてみることにしました。
Counterpoint Researchの調査によると、2026年第1四半期に世界で出荷されたスマートウォッチのうち、AIを端末上で処理する「エッジAI」対応機種は前年同期比70%増、出荷全体に占める割合は25%に達した。同社は2026年通年でこの比率が32%に達すると予測しており、この分野ではAppleが出荷台数の約90%を占めている。背景には、Appleが「watchOS 27」の新AI機能を新型チップ搭載モデルに限定し、Series 6〜8・SE2・Ultra 1の5機種を対応から外したことがある。一方、スマートウォッチ市場全体の年間出荷台数は1億6000万台前後で頭打ちが続いており、2026年通期の見通しにも増加・減少両方の予測が併存している。
【編集部解説】
チップが引いた、もうひとつの境界線
まず確認できた事実から始めます。Appleの「watchOS 27」は、Series 6・Series 7・Series 8・Apple Watch SE(第2世代)・Apple Watch Ultra(第1世代)の5機種をサポート対象から外しました。これは一括りの「サポート終了」ではありません。目玉となる「Siri AI」をはじめとする新AI機能は、SE3・Series 9・Series 10・Series 11・Ultra 2・Ultra 3の対応6機種でなければ動きません。Appleはこの絞り込みの理由を公式には説明していませんが、Apple Intelligenceのオンデバイス推論を前提とした設計が、旧チップには要求水準として高すぎたためと見られます。
Google側の動きは、やや性質が異なります。2026年9月15日から、Wear OS向けアプリのネイティブコードに64-bit対応が義務化されましたが、これは新規アプリの提出要件であり、Google自身が「32-bit端末へのサポート方針は変更しない。既存の32-bit端末へのアプリ配信は継続する」と明言しています。つまり、古い端末が締め出される話ではありません。
そしてもう一つ、この記事を書いている今日、2026年9月4日から、Google AssistantからGeminiへの本格的な移行がAndroid端末・Wear OS・イヤホン・Android Autoで始まっています。一度Geminiに切り替わった端末は、Google Assistantに戻すことができません。Gemini自体はWear OS 4以降の幅広い端末にすでに展開されていますが、より高度な「Gemini Intelligence」機能は、新型のチップを搭載した一部端末に限定される見込みです。Appleが「機能を切り分ける」やり方だとすれば、Googleは「広く配ったうえで、上位機能だけ絞る」やり方に近く、同じ「AIへの移行」でも、両社の設計思想には違いが見えます。
数字は、たしかに動いている
Counterpoint Researchのデータは、この技術的な境界線が実際に市場に反映され始めていることを示しています。2026年第1四半期、端末上でAIを処理する「エッジAI」対応スマートウォッチの出荷は前年同期比70%増、市場浸透率は25%に達しました。同社は2026年通年での浸透率を32%程度と予測しています。
ただし、この成長のほぼすべてをApple 1社が牽引している点には注意が必要です。同四半期のエッジAI対応スマートウォッチのうち、約90%がApple製でした。つまり「エッジAIスマートウォッチ市場」という言葉が指しているものの実態は、現時点ではかなりの部分が「Apple Watch市場」に近いというのが正確な理解になりそうです。
数字だけでなく、研究のレベルでも同じ方向性は見えます。Samsung Research Americaは2026年8月、ウェアラブル由来の生体信号を学習する基盤モデル「xMAE」「HiMAE」を発表しました。HiMAEはGalaxy Watch 8上で実際に動作させる実証実験を行い、1ミリ秒未満での推論を実現しています。クラウドに送らず、端末上で生体信号をリアルタイムに解析できる可能性を示した形です。ただし、これはICLR 2026で発表された研究論文の段階であり、Samsung Health上の具体的な機能としていつ実装されるかは明らかになっていません。
ここは区別しておきたいところです。Counterpointの数字が示しているのは「今、市場で売れているもの」であるのに対し、Samsungのこの研究が示しているのは「そういう方向の技術が、複数社の研究段階でも並行して進んでいる」という別種の傍証です。性質の異なる二つの証拠が、たまたま同じ方向を指している、というのが正確な言い方だと思います。
けれど、市場全体はそう単純ではない
ここからは、潮目説を慎重にさせる材料です。
スマートウォッチの世界出荷台数そのものは、ここ数年1億6000万台前後で頭打ちが続いています。2024年には過去最大となる7%の落ち込みを記録し、2025年に4%反発したものの、2026年の通期見通しはソースによって割れています。IDCの一部レポートは通期2.8%減を見込む一方、別のIDCデータでは2026年第1四半期の出荷が前年比4.8%増と報告されています。これは編集部の見立てというより、そもそも調査会社間・レポート間で数字が一致していないという事実そのものを、正直に記しておきたいところです。
地域差も無視できません。中国の2026年第1四半期のスマートウォッチ出荷は前年比15%増、Huaweiが約4割のシェアを握っています。一方でインドは2年連続の出荷減少で、2025年は前年比17.6%減という大きな落ち込みを記録しました。「世界的な潮目」と呼ぶには、地域ごとの動きがあまりにまだらです。
さらに2026年は、メモリ半導体の供給制約が続いており、これが平均販売価格(ASP)を押し上げ、価格に敏感な層の買い替え需要を鈍らせているという指摘もあります。「AI機能への期待が買い替えを後押しする」という見立てと、「価格上昇が買い替えを抑制する」という見立てが、同じ2026年の中で綱引きをしている格好です。
この予告、実は前にも聞いたことがある——そして、まだ手に馴染んでもいない
もう一つ、正直に書いておきたいことがあります。「AIがスマートウォッチの主役になる」という予告は、実は2025年にも語られていました。海外メディアT3は2025年末、「2025年にAIウェアラブルの革命が来ると言われていたが、実際にはそうならなかった。2026年こそ本当に来るのか」という趣旨の記事を掲載しています。同記事によれば、Pixel Watchに搭載されたGoogleのAIは「手首で会話するアシスタント」という派手な形ではなく、Fitbitアプリの中で個人に合わせたランニング提案やコーチングを行う、目立たない形に落ち着いたといいます。
つまり「今年こそAIが手首の主役になる」という言い回し自体が、毎年繰り返されてきた可能性があるということです。2026年の予告が2025年の予告と本質的に違うのかどうかは、少なくとも今回集めた材料だけでは、まだ判断がつきません。
実際の使用感についても、まだ摩擦が残っているという報告があります。数か月にわたって複数のAIウェアラブルを使い比べたレビューでは、睡眠や健康トラッキングの精度は高く評価されている一方、音声インタラクションは雑音のある環境で苦戦し、バッテリー持ちの謳い文句も実際より楽観的だという指摘がありました。この記事は個人のレビューブログによるもので、Counterpoint等の調査会社データほどの裏付けはありませんが、「ハードウェアの閾値を超えたこと」と「使いたくなる体験になったこと」の間には、まだ距離があるという傍証にはなりそうです。
証明できたこと、まだ証明されていないこと
ここまでの材料を、いったん整理します。
確認できた事実: 新しいAI機能を動かすための演算要件(NPU等)は、Apple・Googleともに実在します。エッジAI対応スマートウォッチの出荷は、少なくとも2026年第1四半期においては急拡大しています。ただし、その成長のほとんどはApple 1社によるものです。
まだ証明されていないこと: スマートウォッチ市場全体が、この動きに合わせて拡大しているとは言えません。地域差が大きく、「世界的な潮目」と呼べるほどの一様な動きにはなっていません。同種の予告は前年にもあり、実際には期待通りに進まなかった前例があります。ユーザーが実際にAI機能を使いこなしている、という体験レベルの裏付けはまだ薄いのが実情です。
こう並べてみると、「2026年はスマートウォッチの潮目だ」と断定するのは、少なくとも現時点では早計に思えます。より正確な言い方をするなら、チップという一点においては明確な区切りが生まれているが、その区切りが市場全体・地域・ユーザー体験のレベルにまで拡散しているとは、まだ言い切れない、というところではないでしょうか。潮目になりかけている、というのが、今のところ一番事実に忠実な表現だと考えています。
【関連記事】
Apple Watch、AIアシスタント化へ|watchOS 27のSiri AIと対応モデル大幅絞り込みを解説
watchOS 27がどのモデルを切り捨てたのか、その詳細はこちらで解説しています。
Samsung「HiMAE」、Galaxy Watch 8で健康AIをオンデバイス処理|クラウドから「腕元」へ
Samsungも同様の方向性を見せています。Galaxy Watch 8でのオンデバイスAI処理については、こちらで詳しく解説しています。
Google Pixel Watch 5|ハードウェア据え置きでGemini統合を強化か
Google側の具体的な動きは、こちらの記事も参考になります。
Apple「iRing」開発中か?|Eddy Cue体制下のヘルス戦略とスマートリング市場の現在地
手首以外のフォームファクターの動向については、こちらの記事もあわせてどうぞ。
【編集部後記】
正直に言うと、リング型やペンダント型のAIデバイスも試しましたが、結局いちばん生活に馴染むのは、腕時計という形でした。データが示すのはまだら模様でも、この形が広がっていく感触は、私たちの中に残っています。AppleとGoogleという、性質の違う二つの流れがぶつかる場所には、これから人やビジネスが吸い寄せられていくのかもしれません。今回証明できなかった部分こそ、これから一緒に見ていきたいところです。
【用語解説】
エッジAI(Edge AI)
クラウドのサーバーに処理を送らず、端末側のチップで完結させるAI処理方式。通信の遅延を減らし、プライバシー面でも有利とされる。
NPU(Neural Processing Unit)
AI推論に特化した専用の演算ユニット。スマートフォンやスマートウォッチのチップに搭載され、オンデバイスAIの処理能力を左右する。
Apple Intelligence
Appleが2024年に導入したデバイス上AIプラットフォーム。処理の大部分はオンデバイスで完結し、クラウド処理が必要な場合はPrivate Cloud Computeを経由する。
Siri AI
watchOS 27で導入されるApple Intelligence搭載の新世代アシスタント。文脈を保持した会話や、複数アプリにまたがるタスク実行に対応する。
watchOS 27
Appleが2026年秋に提供したApple Watch向け最新OS。AI機能「Siri AI」の搭載に伴い、対応チップの世代を絞り込んだ。
Wear OS
Googleが提供するスマートウォッチ向けOS。Galaxy Watchシリーズなど複数メーカーの端末に採用されている。
Gemini Intelligence
Wear OS上でGeminiが提供する機能のうち、より高度な処理を要するもの。新型のチップを搭載した一部端末に限定して提供される見込み。
健康基盤モデル(Health Foundation Model)
大量の健康・生体データから汎用的な特徴を事前学習し、睡眠分析や心血管リスク予測など複数のタスクへ応用することを想定したAIモデル。Samsungの「xMAE」「HiMAE」はこの一種。
【参考リンク】
知りたい(理解を深める)
Counterpoint Research(Global Smartwatch Shipments Tracker)(外部)
世界のスマートウォッチ出荷台数・シェアを四半期ごとに追跡する調査会社。本記事のエッジAI関連データの一次出典。
IDC Worldwide Quarterly Wearable Device Tracker(外部)
ウェアラブル市場全体の出荷実績・予測データ。市場全体の頭打ち傾向を確認できる。
HiMAE研究論文(OpenReview / ICLR 2026)(外部)
Samsung Researchによる基盤モデルHiMAEの研究論文本体。モデル構造やGalaxy Watch 8での推論実験の詳細を確認できる。
触りたい(体験・試用する)
Google Wear OS 開発者向け64-bit対応ガイド(外部)
Wear OS向けアプリ開発者が、今回の64-bit要件にどう対応すればよいかを解説する公式ブログ。
【参考記事】
Report: Apple Watch accounted for nearly all Edge AI smartwatch shipments in Q1 2026 — 9to5Mac(外部)
Counterpoint ResearchのエッジAI出荷データを報じた記事。
Apple Watch Accounts for 90% of AI Smartwatch Shipments — MacRumors(外部)
同データのAppleシェアに関する詳細報道。
We were promised an AI wearable revolution in 2025 – will 2026 finally deliver? — T3(外部)
前年の「AIウェアラブル革命」予告が実際にはどうなったかを検証した記事。本記事の懐疑的な視点の核となった。
Google Assistant Shutdown 2026 Forces a Gemini Switch — Memeburn(外部)
2026年9月4日に始まったGoogle AssistantからGeminiへの移行を報じた記事。
Google mandates 64-bit support for Wear OS apps as enforcement date looms — Android Authority(外部)
Wear OSの64-bit義務化の内容と、32-bit端末への影響がないことを確認した記事。
India’s Wearables Market Declines 4.0% to 114 Million Units in 2025 — BizTech Reports / IDC(外部)
インド市場の縮小を報じたデータ。地域差の裏付けに使用。


















