同じApple Watchのマイクを前にして、Appleは会話の録音を作らないと決め、ある個人開発者は原音を手元に残すと決めました。後者のアプリ「Auday」は、運営側にサーバーすら置いていません。日本語の文字起こしにはまだ対応していないこのアプリが投げかけるのは、手首の上の記録をどこに置くべきか、という問いです。
Apple Watchを終日のAI録音機として使うiPhone・Apple Watch向けアプリ「Auday」について、公式Xアカウントが2026年10月3日、Product Huntでの公開を告知した。音声に加え、心拍数、ストレスの推定、活動、睡眠、位置情報を組み合わせ、文字起こし、タイムライン、ハイライト、日次リフレクション、AIチャットで1日を振り返れる。録音、文字起こし、意味検索、保存はデバイス上で処理し、運営側はサーバーを持たない。
要約やチャットなどのAI機能は、利用者が自分のAPIキーで接続した事業者へ直接送られ、原音は送信されない。価格はローンチ期間中の半額で、買い切りの9.99ドル。iOS 18以降とwatchOS 11以降が必要で、文字起こしは中国語と英語に対応する。
From:
Auday – All-Day Watch Recorder App – App Store
【編集部解説】
すでに手首にあるものを、録音機にする
Audayの出発点は、とても個人的な不満でした。
AudayのMakerとしてProduct Huntに投稿したBaiFu氏によると、この1年で少なくとも5台のAI録音機を買って試したといいます。スマートフォンの背面に貼るカード型、身に着ける小型の機器。カード型は厚みと充電の手間から、大事な会議の前に付けるくらいしか使わなくなったそうです。そのたびに浮かんだのは、録音の質、持ち歩きやすさ、着けたときの違和感、そして何よりプライバシーへの問いでした。もう1台を持ち歩き、充電し続けることは、体にも気持ちにも負担だったと振り返っています。そこで目を向けたのが、運動のために毎日着けていたApple Watchでした。
AI録音機には、PlaudやMemoketのように専用のハードウェアを作る製品が知られています。Audayは、ハードを作らないという選択をしています。マイクも電池もセンサーも、Appleが何年もかけて磨いてきたものをそのまま借りる。個人の開発者が勝負できる場所を、ソフトウェアの側に絞り込んだ設計です。
もう一つ、Apple Watchならではの持ち味があります。心拍数や睡眠、ワークアウトの記録といった体のデータが、すでに同じ手首で集まっていることです。Audayはこれを録音と時間で重ね、「心拍が上がったとき、何を話していたか」をたどれるようにしました。
Appleは「録音を作らない」、Audayは「原音を残す」
興味深いのは、Apple自身も同じ場所に目をつけていることです。
9月9日に発表されたApple Watch Series 12では、会話の直前15秒を文字で表示するLive Rewindや、会話の要点をまとめるSiri Recapが「Audio Intelligence」として予告されました。BaiFu氏は、この発表を見て開発を一気に進めたと振り返っています。
ただし、両者の設計思想は正反対です。Appleは、Audio Intelligenceが録音を作成も保存もせず、処理に使った音声はすぐに消すと説明しています。話者の特定もせず、Live Rewindを使うと周囲に聞こえるチャイムが鳴ります。残るのはLive Rewindの文字の断片やSiri Recapの要約で、これらはSiriアプリでエンドツーエンド暗号化され、iCloudで同期されます。周りの人のプライバシーを、仕組みの側で守る考え方です。
Audayは、原音を残すことを製品の核に据えました。BaiFu氏は、久しぶりに帰省したときの家族との食事や、卒業式の1日を、要約ではなく声のまま聞き返したいと書いています。そのために、無音に近い区間は音声を保存しない工夫や、保存期間を過ぎた音声だけを消して文字は残す設定を用意しています。保存容量の目安は公式の中でも表記が分かれており、FAQは1日8時間・30日分の原音で約3.5GB、公式サイトは1日24時間・30日分の処理済み音声とAIの生成内容で約3.5GBとしています。
「原音を残さないことで守る」か、「原音を手元に残して自分で管理する」か。同じApple Watchの上で、二つの答えが並んだことになります。どちらが正しいというより、何を大切にしたいかで選ぶものでしょう。なお、Audayは周囲の人を録音する際、その場所で必要な告知や同意を得るよう利用者に求めており、その判断は使う人の側に委ねられています。
サーバーを持たないという約束
原音を残すなら、その置き場所が問われます。Audayの答えは、運営側にサーバーを置かないことでした。
録音はApple WatchからiPhoneへ直接送られ、文字起こしも検索もiPhoneの中で完結します。要約やチャットといったAI機能は、利用者が自分で用意したAPIキーで、選んだAI事業者へiPhoneから直接つなぎます。原音はAI事業者に送られません。体や場所の文脈としてAIに添えられるのは、要約したラベルや大まかな地名、時間帯で、心拍の生の数値や正確な座標は含まれないと公式は説明しています。ただし、文字起こしそのものに健康のことや住所が含まれていれば、それも送られます。また、地名を表示するために座標をAppleのサービスへ送る仕組みが、AIとは別にあります。
BaiFu氏は、本当はAIのサブスクリプション事業も考えていたものの、アカウントと中継サーバーを置かないことを選び、多くの収益を手放したと書いています。自分が1日をまるごと預けられる相手かどうかを基準にした判断だといえます。
一方で、この設計の限界も公式自身が明記しています。AI事業者に送った文字は、その事業者の保存や学習の方針に従います。自分のAPIキーを使っても、保存されないことまでは保証されません。また、アーカイブはiCloudやPCのバックアップに含まれないため、iPhoneを失うと元に戻せません。手元に置くことの裏返しとして、管理の責任も手元に来る。その引き受け方まで含めて設計されている点は、誠実だと感じます。
「ストレス」の表示をどう読むか
XやWebサイトの告知では「リアルタイムのストレス」という言葉が使われていますが、公式FAQの説明はもう少し慎重です。
Audayのストレス表示は、Apple Healthに記録された心拍数と心拍変動(HRV)を、過去最大14日分の個人の基準と比べて推定するものです。新しい計測値が届いたときに更新される仕組みで、秒単位のライブ監視ではありません。公式は、臨床的に検証された精度は確立されていないこと、感情を測っているわけではないこと、会話がストレスの原因だと示すものではないことをはっきり書いています。
心拍の変化と会話を並べて見せられると、つい因果を読み取りたくなります。表示はあくまで、自分の1日を振り返るための手がかりとして受け取るのがよさそうです。
日本の読者にとって
Audayは日本のApp Storeでも販売されており、10月5日時点の表示価格は1,500円です。ただ、日本から使うときにまず確かめておきたいのが言語です。Audayの文字起こしは現時点で中国語と英語のみで、日本語には対応していません。話者の聞き分けもしません。録音と原音の再生はできますが、日本語の会話を検索したり要約したりする使い方は、今のところ想定の外にあります。
バッテリーについては、Apple Watch Series 11で12時間30分録音して残量が49%だったという数字が示されています。これは9月18日から19日にかけての社内試験1回の結果で、公式も持続時間を保証するものではないと断っています。
それでも、この製品が投げかけている問いは、日本の読者にとっても小さくありません。BaiFu氏は将来像として、さまざまなAIエージェントと利用者のあいだに、日記と同じくらい私的な「いちばん内側の層」を置きたいと語っています。外のAIに自分のすべてを渡さなくても、理解してもらえる場所をつくる構想です。
初めてのiOS開発で、5月から温めていたアイデアをAppleの発表後に一気に形にし、約3週間で公開にこぎつけた小さなアプリが、ウェアラブルAIの「記録はどこに置くべきか」という大きな問いに、一つの具体的な答えを出しました。Product Huntへの投稿時点で、次のバージョンはすでに審査に出しているといいます。この試みが日本語の会話まで届くかどうかも含めて、手首の上の記録がこれから何を残していくのか、見守っていきたいと思います。
【参考記事】
Introducing Apple Watch Series 12, with the all-new Health Sensing System(外部)
Apple Watch Series 12の発表資料。Audio Intelligenceの機能と、録音を作らない設計を説明している。
Frequently Asked Questions — Auday(外部)
Auday公式FAQ。ストレス推定の仕組みと限界、保存容量、AIへ送る情報の範囲、日本語非対応を含む言語の制約を解説している。
Privacy Policy — Auday(外部)
Audayのプライバシーポリシー。個人開発者による提供、端末内の処理、AI事業者への送信内容、保存と削除の扱いを定めている。
【関連記事】
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【編集部後記】
Audayのきっかけの一つは、SNSで見かけたある使い方だったそうです。Apple Watchでコンサートを録音すると、聞き返したときに会場へ戻ったような気分になる。そんな投稿がいくつも見つかったといいます。
腕時計のマイクを、思い出を残す道具として先に見いだしていたのは、作り手ではなく使い手のほうでした。あなたの手首のApple Watchがこの1年で拾った音のなかに、もう一度聞きたいものはあったでしょうか。
【参考リンク】
Auday – All-day AI Recorder(外部)
Audayの公式サイト。機能紹介のほか、バッテリー試験の条件や容量の目安、Appleの機能との違いに関する注記を掲載している。
Auday – All-Day Watch Recorder(App Store 日本)(外部)
日本のApp StoreのAuday製品ページ。動作要件、対応言語、価格、プライバシーに関する開発者の申告を確認できる。
Auday | Product Hunt(外部)
Product HuntのAuday掲載ページ。Makerとして投稿したBaiFu氏による、開発経緯の長文投稿を読むことができる。
【用語解説】
Audio Intelligence
Apple Watch Series 12とUltra 4向けにAppleが発表した、音や会話に関するApple Intelligence機能群。Sound Recognition、Live Rewind、Siri Recap、Shazamで構成される。録音を作成・保存せず、話者も特定しない設計とされる。
Live Rewind
デジタルクラウンを2回押すと、直前15秒の会話を文字で表示する機能。使用時には周囲に聞こえるチャイムが鳴る。2026年後半にベータ版として英語で提供される予定。
Siri Recap
会話のあとに、タイトルと要点を自動で生成してSiriアプリに残す機能。文字起こしではなく、要点をまとめた要約である。Live Rewindと同じく2026年後半にベータ提供予定。
心拍変動(HRV)
心拍と心拍の間隔のばらつきを示す指標。ストレスや回復の目安として使われるが、心理的なストレスを直接測るものではない。
Apple Health
iPhoneの「ヘルスケア」アプリに集められる健康データの仕組み。Audayは、ここに記録された心拍数やHRV、睡眠、ワークアウトを読み取る。
APIキー
外部のAIサービスを利用するための、利用者ごとの認証用の文字列。Audayでは、利用者が自分で契約したAI事業者のキーを設定してAI機能を使う。利用料は事業者から直接請求される。
意味検索
キーワードの一致ではなく、意味の近さで文章を探す検索方法。言葉を正確に覚えていなくても、内容から会話を探し出せる。
エンドツーエンド暗号化
送り手と受け手の端末でのみ内容を読めるようにする暗号化方式。途中で中継するサービス事業者にも内容は読めない。
AIエージェント
利用者の指示を受けて、調べものや手続きなどの作業を自律的に進めるAI。


















