NHS Englandは1月27日、肺がんの検出・診断を迅速化するため、AIとロボット支援技術を組み合わせた試験をロンドンのGuy’s and St Thomas’ NHS trustで実施すると発表した。AIソフトウェアが肺スキャンを分析して6mm程度の小さな腫瘤を検出し、ロボットカメラがガイドする小型ツールで生検を行う。この技術により、従来は発見困難だった肺の奥深くの結節を除去・検査できる。
試験チームはすでに約300件のロボット生検を実施し、215人が治療を受けた。NHS Englandは2030年までにすべての喫煙者と元喫煙者に肺がん検診を提供する方針で、2035年までに推定50,000件の肺がんが診断され、そのうち23,000件が早期段階となる見込みである。肺がんは英国で年間33,100人の命を奪う最大のがん死因であり、政府の国家がん計画の重点分野となっている。
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NHS England to trial AI and robotic tools to detect and diagnose lung cancer
【編集部解説】
NHS Englandが今回発表したパイロットプログラムは、肺がん診断における二つの革新的技術、AIとロボット支援医療を統合した点に大きな意義があります。この試みは単なる技術の導入ではなく、英国が抱える深刻な健康格差問題への挑戦でもあるのです。
肺がんは英国で年間33,100人の命を奪う最大のがん死因であり、これは1日あたり約91人が亡くなっている計算になります。この背景には歴史的な高喫煙率があり、特に貧困層に不釣り合いな影響を与えています。実際、肺がんはイングランドの最も貧困な地域と最も裕福な地域の平均余命の差9年間のうち、丸1年分を占めているのです。
今回のパイロットプログラムで注目すべきは、AIとロボット技術の組み合わせによる診断精度の飛躍的な向上です。従来の気管支鏡検査では診断精度が30〜70%程度でしたが、ロボット支援技術により80%以上に向上することが複数の研究で示されています。
AIについては、英国企業OptellumのVirtual Nodule Clinicというソフトウェアが使用されており、既に複数のNHS組織で導入されています。このAIが肺スキャンを分析し、米粒ほどの大きさのわずか6mmの小さな腫瘤を検出します。
その後、Intuitive Surgical社のIonロボット気管支鏡システムと呼ばれる超薄型の形状感知カテーテル(直径3.5mm)が、肺の奥深くまで到達して正確な生検を行います。Intuitive Surgical社はda Vinciサージカルシステムで知られる企業で、20年以上にわたるロボット支援技術のリーダーとして実績を積んできました。
この技術の革新性は、従来アクセスが困難だった肺の奥深くの結節に到達できる点にあります。経胸壁的CT誘導生検は診断精度が高い一方で、気胸(肺の虚脱)のリスクが15〜25%と高く、患者への負担が大きいものでした。しかしロボット気管支鏡検査では、気胸のリスクを1.5〜2%程度まで低減できます。また、処置時間も大幅に短縮され、従来は数週間にわたる繰り返しのスキャンと処置が必要だったものが、30分間の生検1回で完了する可能性があります。
Guy’s and St Thomas’ NHS trustのチームは、すでに約300件のロボット生検を実施し、215人がその後がん治療を受けました。このパイロットプログラムは1月から正式に開始され、King’s College Hospital NHS Foundation TrustとLewisham and Greenwich NHS Trustへの拡大も予定されています。
さらに、NHS Englandは2030年までにすべての喫煙者と元喫煙者に肺がん検診を提供する方針を打ち出しました。肺がん検診プログラムは2019年に試験的に開始され、2023年に全国展開されました。55歳から74歳の喫煙歴のある人を対象としており、2019年以降150万人以上がスクリーニングを受けています。この拡大により、2027年だけで140万人が新たに招待され、2035年までに推定50,000件の肺がんが診断され、そのうち23,000件が早期段階で発見される見込みです。
AI支援による読影は、単独読影と比較して感度が5〜20%向上することが報告されています。ただし、偽陽性率の上昇という課題もあり、がん有病率0.5%を仮定すると、100万人の検診受診者あたり追加で150〜750件のがんが検出される一方、がんではない59,700〜79,600人が不要なCT追跡検査を受けることになる可能性があります。
Wes Streeting保健大臣自身が腎臓がんの治療でロボット手術を受けた経験を持ち、この技術の価値を強調しています。政府は「NHSを世界で最もAI対応の医療システムにする」という目標を掲げており、今回のパイロットプログラムはその一環として位置づけられています。
この取り組みは、技術革新による早期診断の実現だけでなく、健康格差の是正という社会的課題にも取り組んでいます。早期発見・早期治療により、より多くの命を救い、患者の不安を軽減し、医療システムの効率を高めることが期待されています。
【用語解説】
Guy’s and St Thomas’ NHS trust
ロンドンに拠点を置く国民保健サービス(NHS)の信託組織。今回のAIとロボット支援技術を用いた肺がん診断パイロットプログラムを主導している。
ロボット気管支鏡検査(Robotic Bronchoscopy)
ロボット支援技術を用いた気管支鏡検査。医師がコンソールから操作し、超薄型の柔軟なカテーテルを肺の奥深くまで到達させて生検を行う。従来の手動による気管支鏡検査と比べて、診断精度が大幅に向上する。
Ionロボット気管支鏡システム
Intuitive Surgical社が開発したロボット支援気管支鏡検査システム。直径3.5mmの超薄型カテーテルに形状感知技術を組み込み、リアルタイムでカテーテルの位置を把握できる。米粒サイズの6mmの結節にも到達可能。da Vinciサージカルシステムで知られる同社の技術を応用している。
Intuitive Surgical
米国カリフォルニア州サニーベールに本社を置くロボット手術システムのパイオニア企業。da Vinciサージカルシステムで世界的に知られており、20年以上にわたるロボット支援技術のリーダー。Ionロボット気管支鏡システムを開発した。
Optellum
英国の医療AI企業。Virtual Nodule Clinicという肺結節の評価とリスク層別化を支援するAIソフトウェアを開発しており、複数のNHS組織で採用されている。
生検(Biopsy)
組織の一部を採取し、顕微鏡で詳しく調べる検査。がんの確定診断に不可欠な検査である。
結節(Nodule)
肺などの臓器にできる小さな塊。良性のものと悪性(がん性)のものがあり、画像検査で発見された場合は精密検査が必要となる。
気胸(Pneumothorax)
肺の外側と胸壁の間の空間に空気が入り込み、肺が虚脱する状態。経胸壁的生検の主な合併症の一つで、場合によっては入院や追加処置が必要となる。
Lung-RADS(Lung Imaging Reporting and Data System)
肺がん検診で発見された結節を分類・管理するための標準化されたシステム。結節のサイズや特徴に基づいてリスクカテゴリーを割り当て、適切なフォローアップを決定する。
NHS England(英国国民保健サービス)
英国における公的医療サービスを提供する組織。原則として無料で医療サービスを提供しており、今回の肺がん検診プログラムもその一環である。
【参考リンク】
NHS England – NHS launches trailblazing AI and robot pilot(外部)
NHS Englandによる公式発表。AIとロボット支援技術を用いた肺がん検出パイロットプログラムの詳細を掲載している。
Guy’s and St Thomas’ NHS Foundation Trust(外部)
パイロットプログラムを主導するロンドンの医療機関。英国有数の教育病院として先進医療技術の導入に取り組んでいる。
Intuitive – Ion Robotic Bronchoscopy(外部)
Ionロボット気管支鏡システムの製造元。da Vinciサージカルシステムで知られる企業が開発した超薄型カテーテルシステム。
Optellum(外部)
Virtual Nodule ClinicというAI支援ソフトウェアを開発する英国企業。肺結節の評価とリスク層別化をサポートしている。
Cancer Research UK(外部)
英国最大のがん研究慈善団体。肺がんの早期診断技術の重要性を強調し、研究資金の提供などを行っている。
【参考記事】
NHS England official announcement: NHS launches trailblazing AI and robot pilot to spot lung cancer sooner alongside screening programme set to tackle cancer inequalities(外部)
NHS Englandの公式発表。AIとロボット技術を組み合わせたパイロットプログラムの詳細、Ionロボット気管支鏡システムの使用、OptellumのVirtual Nodule Clinicの活用を記載。
Robotic-assisted bronchoscopy—advancing lung cancer management(外部)
ロボット支援気管支鏡検査技術の詳細な解説。従来の診断精度が70%程度、2cm未満の病変では34%まで低下することなどを報告。
Robotic bronchoscopy in diagnosing lung cancer—the evidence, tips and tricks: a clinical practice review(外部)
Ionロボットプラットフォームの技術詳細。形状感知技術、直径3.5mmのカテーテル、気道出血率が0〜0.8%と低いことなどを詳述。
Robotic-Assisted Bronchoscopy: A Comprehensive Review of System Functions and Analysis of Outcome Data(外部)
ロボット支援気管支鏡検査システムの包括的レビュー。Intuitive SurgicalのIonシステム、形状感知技術、診断精度約77%を記載。
A Systematic Review of AI Performance in Lung Cancer Detection on CT Thorax(外部)
AIによる肺がん検出の系統的レビュー。AIモデルの感度86.0〜98.1%、特異度77.5〜87%、悪性結節分類の精度64.96〜92.46%を報告。
Robotic Bronchoscopy: A Major Advance in the Diagnosis and Treatment of Early-Stage Lung Cancer(外部)
ロボット気管支鏡検査による診断から治療までの期間短縮。従来90日かかっていたプロセスが25日に短縮され3分の1に削減されたことを報告。
Software using artificial intelligence for nodule and cancer detection in CT lung cancer screening: systematic review of test accuracy studies(外部)
AI支援による読影の系統的レビュー。AI支援により感度が5〜20%向上するが、偽陽性率も上昇し、100万人あたり59,700〜79,600人が不要な追跡検査を受ける可能性を指摘。
【編集部後記】
肺がんは早期発見が生存率を大きく左右する疾患ですが、従来の検査方法では小さな病変の発見や診断が困難でした。今回ご紹介したAIとロボット技術の融合は、この課題に真正面から取り組む試みです。特に注目したいのは、技術革新が単なる診断精度の向上にとどまらず、患者さんの不安を軽減し、健康格差の是正にも貢献しようとしている点です。日本でも肺がんは死亡率の高いがんの一つであり、こうした先進技術の動向は今後の医療の方向性を示唆しています。医療におけるAI活用は今後ますます広がっていくでしょう。みなさんはこの技術革新をどのように受け止めますか。






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