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テクノツール、熟練支援者の暗黙知をAI継承する「adapt AI」プロジェクト始動―善意依存の福祉構造を変革

重度肢体不自由者が支援機器を使いこなすには、作業療法士による高度な「適合」が不可欠だ。しかしこの専門知識は、医療制度の狭間で報酬が担保されず、一部の情熱的な専門家の善意に依存してきた。

テクノツールが始動させた「adapt AI」は、この構造的課題に終止符を打つ試みだ。熟練支援者の言語化困難な暗黙知をディープラーニングで継承し、地理や経済状況に関わらず誰もが質の高い支援を受けられる社会を目指す。

福祉分野における「善意依存からシステム化へ」のパラダイムシフトが、2026年夏から始まる。


テクノツール株式会社は1月27日、重度肢体不自由者向け支援機器の適合ノウハウをAI化するプロジェクト「adapt AI」を開始することを発表した。

同プロジェクトでは、言語化困難な熟練支援者の直感や判断プロセスをディープラーニングで学習させ、機器の利用者や家族、支援者に成功確率の高い選択肢を提示するAIモデルを開発する。2026年夏の実証開始を目指す。

重度肢体不自由者の支援には「適合」という専門的なプロセスが不可欠だが、医療保険や福祉用具制度とのミスマッチ、訓練機会の不足により専門家が育たず、一部の作業療法士やボランティアの善意に依存する脆弱な状況にある。

adapt AIは現場の適合事例を教師データとし、数十件程度の熟練者の思考が凝縮されたデータから言語化困難な判断をアシストするAIを構築する。これにより日本中どこにいても一定水準以上の適合支援を受けられるようにし、身体の状態に関わらず選択肢のある社会を目指す。

From: 文献リンク重度肢体不自由者のテクノロジー活用支援における、”個人の善意に依存した構造”に終止符を。属人化した適合ノウハウをAI化する「adapt AI」プロジェクト始動

【編集部解説】

重度肢体不自由者のための支援機器は、技術的には大きく進歩している一方で、その活用を阻む深刻な構造問題が存在しています。今回テクノツールが発表した「adapt AI」プロジェクトは、この問題に対する画期的なアプローチです。

最も注目すべきは、このプロジェクトが「善意に依存した構造」という表現で福祉分野の本質的な課題を明示している点です。重度肢体不自由者が支援機器を使いこなすには「適合」という高度に専門的なプロセスが必要ですが、これには多大な時間と専門性が求められるにもかかわらず、医療保険や福祉用具制度では十分な報酬が担保されていません。その結果、ごく一部の情熱的な作業療法士やボランティアの個人的努力に頼らざるを得ない状況が続いてきました。

adapt AIは、この属人化した暗黙知をAIで継承しようという試みです。熟練支援者が長年の経験で培った、言語化困難な身体感覚の読み取りや状況判断のプロセスをディープラーニングで学習させます。興味深いのは、Web上の大量データではなく、現場の数十件の適合事例という「少数精鋭」のデータセットから学習する点です。これは、質の高い専門家の思考パターンを抽出することに重点を置いたアプローチと言えます。

このAIが実現すれば、地理的・経済的制約に関係なく、誰もが一定水準以上の適合支援を受けられるようになります。現在は熟練支援者がいる地域に住んでいるか、高額な費用を負担できるかによって支援の質に格差が生じていますが、adapt AIはこの不公平を解消する可能性を秘めています。

さらに興味深いのは、重度肢体不自由者を「リードユーザー」と位置づけている点です。極端なニーズを持つユーザーの課題解決は、高齢者や一時的な怪我人など、より広範な人々にも恩恵をもたらすというユニバーサルデザインの思想が反映されています。adapt AIに蓄積されるニーズとソリューションのデータは、社会全体のイノベーションの源泉となる可能性があります。

一方で、AIによる支援には限界もあります。人間の身体や生活は極めて多様で、予測不可能な要素も多く含まれます。adapt AIはあくまで支援者の判断を補助するツールであり、最終的な適合は人間の専門家によって行われる必要があります。また、少数のデータから学習するアプローチは、データの質とバイアスの管理が極めて重要になります。

2026年夏の実証開始に向けて、作業療法士とAIエンジニアの募集も始まっています。このプロジェクトが成功すれば、福祉分野における「善意依存からシステム化へ」という大きなパラダイムシフトのモデルケースとなるでしょう。

【用語解説】

適合(フィッティング)
重度肢体不自由者が支援機器を効果的に使用するために、個人の身体状態、能力、ニーズ、環境に合わせて機器を選定・調整するプロセス。メガネの検査やフィッティングと同様に、専門的な知識と経験が必要とされる。

作業療法士(OT: Occupational Therapist)
リハビリテーション専門職の一つ。日常生活動作の回復や維持、生活の質の向上を目的とした治療・訓練・指導を行う国家資格保有者。支援機器の適合プロセスと親和性が高い専門職とされる。

ディープラーニング(深層学習)
多層のニューラルネットワークを用いた機械学習の手法。大量のデータからパターンを学習し、複雑な判断や予測を可能にする。言語化困難な暗黙知の学習にも応用されている。

MLOps(Machine Learning Operations)
機械学習モデルの開発、デプロイ、運用、監視を効率化・自動化するための手法やツール群。継続的な学習とモデル改善を実現する。

リードユーザー
イノベーション研究における概念で、一般ユーザーよりも先に強いニーズを経験し、そのニーズを満たすソリューションを開発または要求するユーザー。その課題解決は将来的に市場全体に恩恵をもたらすことが多い。

プロボノ(Pro Bono)
専門的なスキルや知識を持つ人が、その能力を無償で社会貢献活動に提供すること。ラテン語の「Pro Bono Publico(公共善のために)」に由来する。

【参考リンク】

テクノツール株式会社(外部)
重度肢体不自由者向け入力機器やアームサポートの開発・販売を行う企業。1994年設立、30年以上の実績を持つ。

adapt AIプロジェクト特設ページ(外部)
テクノツールが推進するadapt AIプロジェクトの詳細情報。プロジェクトの背景、目的、募集要項などが掲載。

作業療法士募集ページ(外部)
adapt AIプロジェクトのコアメンバーとなる作業療法士の募集詳細。現場での支援とAI開発促進を担う。

株式会社アシテック・オコ(外部)
作業療法士の小林大作氏が代表を務める企業。アシスティブ・テクノロジーを活用した支援を提供している。

テクノベース株式会社(外部)
テクノツールの子会社。就労継続支援B型事業所を運営し、障害者の就労支援を行っている。

島田真太郎氏のnote(外部)
テクノツール代表取締役のnoteアカウント。福祉とテクノロジーに関する考察や活動報告を発信。

【参考記事】

障害者福祉|厚生労働省(外部)
日本の障害者福祉制度の概要。医療保険や福祉用具制度の枠組みについて理解を深めるための公式情報源。

一般社団法人 日本作業療法士協会(外部)
作業療法士の専門性と役割について。リハビリテーション分野における作業療法士の位置づけと課題を理解する。

テクノツールとアシテック・オコ代表取締役 小林大作氏との対談(外部)
adapt AIプロジェクトのパートナーである小林大作氏とテクノツール代表島田氏の対談記事。アシスティブ・テクノロジーへの想いを語る。

【編集部後記】

テクノロジーは私たちの可能性を拡張する力を持っていますが、その恩恵を受けられるかどうかが個人の努力や偶然に左右される現状は、決して公平とは言えません。adapt AIが目指すのは、専門知を民主化し、誰もが等しくチャンスを得られる社会です。

この取り組みは、AI技術の新しい活用法を示すだけでなく、「マイノリティのニーズから生まれるイノベーションが社会全体を豊かにする」という普遍的な真理を体現しています。重度肢体不自由者が直面する課題の解決策は、高齢化が進む日本社会全体にとっても重要な示唆を含んでいるのではないでしょうか。

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Satsuki
テクノロジーと民主主義、自由、人権の交差点で記事を執筆しています。 データドリブンな分析が信条。具体的な数字と事実で、技術の影響を可視化します。 しかし、データだけでは語りません。技術開発者の倫理的ジレンマ、被害者の痛み、政策決定者の責任——それぞれの立場への想像力を持ちながら、常に「人間の尊厳」を軸に据えて執筆しています。 日々勉強中です。謙虚に学び続けながら、皆さんと一緒に、テクノロジーと人間の共進化の道を探っていきたいと思います。

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