2026年1月にPLOS Mental Healthで発表された研究により、聴覚ビート刺激(ABS)を組み合わせた音楽が不安症状を大幅に軽減できることが明らかになった。
この無作為化臨床試験では、すでに薬物療法を受けている中程度の特性不安を持つ144人の参加者を対象に実施された。参加者はABSを伴う特殊な音楽またはピンクノイズを12分、24分、または36分間聴取した。
結果、音楽とABSの組み合わせを聴いたグループは、身体的不安と認知的不安の両方で有意な減少を報告した。最も効果的だったのは24分間の聴取で、36分では追加効果が限定的だった。
研究者は、この方法は治療や処方薬の代替ではなく補完的なツールであると強調している。音楽はドーパミン放出を促し、ストレスホルモンのコルチゾールを低下させる効果があることが既に知られており、ABSによってその効果が強化される可能性がある。
From:
Your daily music routine could help ease anxiety, science suggests
【編集部解説】
今回の研究が示しているのは、メンタルヘルスケアにおける「デジタル治療」の可能性です。聴覚ビート刺激(ABS)という技術は、特定の周波数のビート音を使って脳波を誘導する手法で、バイノーラルビートとも呼ばれます。左右の耳に微妙に異なる周波数の音を聴かせることで、脳がその差分の周波数で活動するよう促す仕組みです。
この研究で注目すべきは、既に薬物療法を受けている患者を対象にした点です。つまり、従来の治療法で一定の効果は得られているものの、完全には症状がコントロールできていない方々に対して、追加的な効果が確認されたということになります。
24分という最適時間の発見も実用性の観点から重要です。これは通勤時間や昼休みに気軽に取り入れられる長さであり、日常生活への組み込みやすさを示しています。12分では脳の状態変化が不十分で、36分では費用対効果が薄れるという結果は、科学的な裏付けのある「ちょうどいい」時間を提示しています。
メンタルヘルスケアの領域では、治療へのアクセスが大きな課題となっています。カウンセリングは高額で予約も取りにくく、薬物療法には副作用のリスクが伴います。この音楽療法は、スマートフォンとヘッドフォンがあれば誰でも実践できる低コストな選択肢として、既存の治療法を補完する役割を果たせる可能性があります。
ただし研究者が慎重に指摘しているように、これは既存の治療法を置き換えるものではありません。むしろ、薬物療法や心理療法と組み合わせることで、より包括的なケアを実現するツールとして位置づけられます。
将来的には、個人の脳波パターンや症状に合わせてABSの周波数や音楽を最適化するパーソナライズド・サウンドスケープが登場する可能性もあります。AIが利用者の状態をリアルタイムでモニタリングし、最も効果的な音響環境を提供するアプリケーションの開発も視野に入ってきます。
この研究は、テクノロジーが人間のwellbeing にどのように貢献できるかを示す好例です。音という古来から人類が持つ最も身近なメディアが、現代の神経科学と結びつくことで、新しい治療の可能性を開いています。
【用語解説】
PLOS Mental Health
Public Library of Science(PLOS)が発行するオープンアクセスの学術誌。メンタルヘルス分野の査読付き研究論文を掲載し、誰でも無料で研究成果にアクセスできる。
無作為化臨床試験
参加者をランダムに異なる治療グループに割り当てる研究手法。バイアスを排除し、治療効果を科学的に検証するための標準的な方法である。
ピンクノイズ
ホワイトノイズよりも低周波数成分が強調された音。滝の音や雨音に似た性質を持ち、睡眠の質向上などに用いられることがある。
ドーパミン
脳内で分泌される神経伝達物質の一つ。報酬や快感、モチベーションに関わり、音楽を聴くことで放出が促進されることが知られている。
コルチゾール
副腎皮質から分泌されるストレスホルモン。長期的に高い状態が続くと、免疫機能の低下や精神的健康への悪影響をもたらす。
【参考リンク】
PLOS Mental Health(外部)
メンタルヘルス分野の最新研究を掲載するオープンアクセス学術誌
【参考記事】
Investigating the dose-response relationship between music and anxiety reduction: A randomized clinical trial(外部)
2026年1月21日発表の原著論文。144人を対象とした臨床試験の詳細結果
Clinical trial finds 24 minutes of music with auditory beats eases anxiety(外部)
Toronto Metropolitan Universityの研究成果を報じる医療ニュース記事
The effects of music & auditory beat stimulation on anxiety(外部)
2022年発表の先行研究。今回の研究の基礎となった重要な論文
【編集部後記】
日々の通勤時間や昼休みに聴いている音楽が、実は科学的に裏付けられた不安軽減ツールになり得るという発見は、私たち編集部も興味深く感じています。特別な機器や高額な治療を必要とせず、スマートフォンとヘッドフォンがあれば誰でも試せるという手軽さが魅力です。みなさんは普段、どんなシーンで音楽を聴いていますか?もしストレスを感じる瞬間があれば、24分間という科学的に最適とされた時間を意識して音楽を聴いてみるのも一つの選択肢かもしれません。テクノロジーと音楽の融合が、私たちの日常にどんな変化をもたらすのか、一緒に見守っていければと思います。






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