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MAOSS|アリババのAIが非造影CTと血清データで脂肪性肝疾患を機会的スクリーニング

Alibaba DAMO Academyは2026年3月12日、中国医科大学附属盛京病院および南京鼓楼病院と共同で開発した脂肪性肝疾患(SLD)のスクリーニングAIモデル「MAOSS」(Multi-modal AI for Opportunistic hepatic Steatosis Screening)を発表した。

本モデルは単純CTスキャンと血清バイオマーカーを組み合わせたマルチモーダルAIであり、Nature Communicationsに掲載された。1,192名を対象とした後ろ向き検証では、ハイリスク症例の検出率が16.6%から52.4%へと向上した。多施設外部検証におけるAUCは0.904〜0.917を記録し、放射線科医の平均AUC0.709を上回った。

補助ツールとして使用した場合、放射線科医の診断精度は0.798に達した。DAMO Academyはこれまでに10の国と地域で5,000万人以上に対しAI支援による医療スクリーニングを提供している。

From: 文献リンクAlibaba Unveils MAOSS: AI Model for Early Detection of Fatty Liver Disease

【編集部解説】

今回のMAOSSが注目に値する理由は、単に「AIが医師より精度が高い」という話ではありません。着目すべきは、すでに撮影済みのCTスキャンを”再利用”するという発想の転換にあります。

「機会的スクリーニング(Opportunistic Screening)」と呼ばれるこのアプローチは、別の目的で撮影された非造影CTから副次的に疾患を検出するものです。追加の検査も、造影剤も、専用装置も必要ありません。肺炎で受診した患者の胸部CTから脂肪肝のリスクを割り出す——そういった使い方が現実になります。これは医療コストと診断の間に生じてきた長年のギャップを、設備投資なしに埋められる可能性を示唆しています。

数値についても補足が必要です。Alizila掲載記事ではAUC(曲線下面積)を「0.904〜0.917」と記載していますが、論拠となるNature Communicationsの論文では、脂肪症の検出精度は内部テストでAUC 0.917〜0.923、外部テストでは0.904〜0.963に達しており、論文アブストラクトはこれを0.904〜0.929として総括しています。また線維化評価のAUCは0.824〜0.888と記録されており、こちらは元記事には明示されていない数値です。元記事が示す数値はあくまで一部の側面を切り取ったものとご理解ください。

研究の構造にも目を向けておく必要があります。今回の検証は「後ろ向き研究(Retrospective Study)」であり、過去のデータを遡って評価するものです。臨床実装の前提として求められる「前向き試験(Prospective Trial)」はまだ実施されていません。Journal of Medical Internet Researchが2026年1月に公表したメタ分析でも、AIによる肝脂肪症診断の臨床応用については「性能のばらつき、後ろ向き設計、外部検証の不足、データプライバシーとワークフロー統合といった実装上の課題が残る」と指摘されています。MAOSSはその課題に対し多施設外部検証で応えた点で一歩先を行きますが、実臨床への道のりはまだ途上です。

地政学的な文脈も見逃せません。MAOSSのトレーニングデータは中国の医療機関由来であり、異なる人種・体型・食文化を持つ集団への汎化性能はこれから検証されることになります。同時に、DAMO Academyが国連ITUや医療機関との連携を進めている点は、単なる技術輸出ではなく、医療インフラが脆弱な地域への実装を視野に入れた「医療AIの民主化」戦略として読み取れます。

プライバシーとデータガバナンスの問題も今後の焦点になるでしょう。「日常検査に乗じたスクリーニング」は、患者の知らないうちに疾患リスクが評価される状況を生み出します。インフォームドコンセントのあり方、データの二次利用に関する規制整備が、技術の社会実装と並走して求められることになります。

MAOSSはDAMO Academyが長年積み上げてきた医療AIの系譜——膵臓がん、肺がん、胃がん、肝臓がんなどPANDAを含む、単一CTから複数疾患を検出する医療AI研究の延長線上にあります。単一疾患の検出から、慢性疾患の進行リスク予測へ——医療AIの役割が「診断補助」から「予防医療のインフラ」へとシフトしつつあることを、このモデルは体現しています。

【用語解説】

脂肪性肝疾患(SLD:Steatotic Liver Disease)
肝臓に中性脂肪が過剰に蓄積する疾患の総称。2023年の国際合意で、SLDが包括用語として採用され、従来のNAFLDは主にMASLDへ再整理された。自覚症状が乏しく、放置すると線維化・肝硬変・肝がんへと進行するリスクがある。

線維化・肝硬変
線維化とは、慢性的な炎症によって肝臓に瘢痕組織(線維組織)が形成される状態。進行すると肝硬変(肝臓全体が硬化した不可逆的な状態)に至り、肝不全や肝がんのリスクが著しく上昇する。SLDの管理において、線維化の早期検出は介入の可否を左右する重要な指標である。

AUC(曲線下面積:Area Under the Curve)
AIや統計モデルの診断精度を示す指標。0.5〜1.0の範囲で表され、1.0が完全な識別能力を意味する。一般に0.9以上は「高精度」と評価される。単一の閾値に依存せず、感度と特異度のトレードオフ全体を評価できるため、医療AIの性能比較に広く用いられる。

後ろ向き研究(Retrospective Study)
すでに収集された過去のデータを遡って分析する研究手法。迅速かつ低コストで実施できる反面、データの収集条件を研究者がコントロールできないため、前向き試験(Prospective Trial)と比較してエビデンスの強度が低いとされる。臨床実装の前段階として位置づけられることが多い。

【参考リンク】

Alibaba DAMO Academy 公式サイト(外部)
アリババグループの研究機関。基礎科学から応用技術まで研究を行い、医療AIでは単純CTを用いた多疾患スクリーニングで国際的評価を得ている。

DAMO MED(DAMO Academy 医療AI公式サイト)(外部)
DAMO Academyの医療AI専門サイト。PANDAをはじめとする複数AIモデルの詳細や臨床実績・導入事例を確認できる。

ITU「AI for Good」(外部)
国連ITUが主導するAI活用プラットフォーム。DAMO Academyの医療AIが選出されたITUレポートの発行元でもある。

【参考記事】

Multi-modal AI for opportunistic screening, staging and progression risk stratification of steatotic liver disease(外部)
MAOSSの研究論文本体(Nature Communications、2026年2月)。脂肪症・線維化のAUCなど一次データを詳細に確認できる。

Assessment of the Diagnostic Performance and Clinical Impact of AI in Hepatic Steatosis(外部)
JMIR掲載(2026年1月)のメタ分析。AIによる肝脂肪症診断の性能と臨床応用の課題を網羅的に検証している。

Advancing multi-disease detection with AI imaging at Alibaba DAMO Academy(外部)
ITU「AI for Good」掲載(2025年10月)。DAMO PANDA等の医療AIモデルの系譜と技術的背景を詳述している。

Alibaba DAMO Academy Collaborates with United Nations and Hospitals to Advance AI for Good Initiatives(外部)
DAMO Academyと国連ITUや医療機関との連携に関する公式発表。医療AIの民主化戦略の全体像を把握できる。

Q&A: How DAMO Academy is Leveraging AI for Good Initiative in Healthcare(外部)
Alizila掲載のル・ル(Le Lu)氏インタビュー。DAMO Academy医療AI開発の思想と放射線科医との協働モデルを解説。

【編集部後記】

「痛くも痒くもないのに、肝臓が静かに壊れていく」——そんな現実が、世界人口の3割に迫っています。AIが日常のCTスキャンを”もう一度見直す”だけで、その未来を変えられるとしたらどうでしょうか。

みなさんは、こうした医療AIが日本の健康診断に組み込まれる日を、どう迎えたいですか?

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TaTsu
『デジタルの窓口』代表。名前の通り、テクノロジーに関するあらゆる相談の”最初の窓口”になることが私の役割です。未来技術がもたらす「期待」と、情報セキュリティという「不安」の両方に寄り添い、誰もが安心して新しい一歩を踏み出せるような道しるべを発信します。 ブロックチェーンやスペーステクノロジーといったワクワクする未来の話から、サイバー攻撃から身を守る実践的な知識まで、幅広くカバー。ハイブリッド異業種交流会『クロストーク』のファウンダーとしての顔も持つ。未来を語り合う場を創っていきたいです。

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