1998年に作られたロゴのファイルが、2026年の最新版でも同じように開く。GIMPの開発チームは、そのことをかなり誇りに思っていると書いています。その同じチームが、1997年から使ってきたプロジェクト形式を作り直そうとしています。捨てないために替える。その判断の背景を、31年の歴史からたどります。
GIMP開発チームは2026年8月16日、次期機能リリースGIMP 3.4に向けた開発状況をまとめた「Development Update, August 2026」を公開した。1997年から使われてきたプロジェクト形式XCFの読み込みを維持しつつ、ZIP圧縮したXML構造の新しいプロジェクト形式を開発している。
現行XCFでは扱いにくい、GIMP 3.6で計画中の多ページ機能やアニメーションのような大規模で複雑なプロジェクトを見据えたもので、自動保存もこの新形式を利用する計画だ。
PSD対応では、十分に文書化されていない形式「Descriptor」の読み込みが進み、テキストレイヤーが編集可能になった。非破壊編集はレイヤーマスクとグラデーションにも広がった。
開発版3.3.2は未リリースで、安定版3.2.6は数週間以内に予定されている。
GIMP 3.4を31年の歴史から読む
退屈なコンパイラの課題から始まった
1995年、カリフォルニア大学バークレー校の学生だったスペンサー・キンボールとピーター・マティスは、コンパイラの授業を一緒に取っていました。のちのインタビューで、マティスはこう振り返っています。とんでもなく退屈な課題をこなしている最中に、何かつまらなくないものを作りたくなった。GIMPというアイデアは、そこからごく自然に転がり出てきた、と。作業の拠点は、学内の計算機施設 eXperimental Computing Facility。略して XCF です。
名づけは難産だったようです。Photoshopのような画像編集ソフトを作りたい、しかし「IMP」では語感が悪い。X11向けのプログラムには迷ったらXを付ける、という慣習に従って「XIMP」も検討した。そんな相談の最中に、当時話題だった映画『パルプ・フィクション』のなかの一語がマティスの頭に浮かびます。頭のGが何を意味するかを決めるのに、そこから数分もかからなかったそうです。General Image Manipulation Program。
1995年7月、マティスはネットニュースに問いを投げています。どんな機能が要るか。どのファイル形式に対応すべきか。そして同年11月21日、二人はベータ版の公開を告知します。告知文には、現時点でいちばんの制約はMotifを必要とすることだ、と添えられていました。年が明けた1996年2月15日、0.54が公開されます。動く環境はUnix系だけでした。
名前が変わったのは、続く0.6x系の開発のさなかです。1997年1月に受けたインタビューで、二人はこう説明しています。GIMPはもともとGeneral Image Manipulation Programだったが、リチャード・ストールマンによってGNUソフトウェアと位置づけられた——自分たちの同意のうえで、と。そのうえで二人は、GNU Image Manipulation Programのほうが「G」の使い方として良い、と考えるようになりました。名前の後半は映画から、前半はフリーソフトウェア運動から来ている。このちぐはぐさが、そのままこのプロジェクトの体質でもあります。
同じ0.6x系で、もうひとつ大きなことが起きています。マティスがMotifにすっかり嫌気がさし、自分でツールキットを書いてしまったのです。GIMP Tool Kit と GIMP Drawing Kit、略してGTKとgdk。1996年7月の0.60でMotif依存が解消され、基本的なレイヤーもこのとき入りました。開発チームの記録には、マティス本人の後日談が残っています。汎用のツールキットにするつもりなどなかった、GIMPで使う何かが欲しかっただけで、そのときはいい考えに思えたのだ、と。
1997年2月26日には0.99が出ます。タイル方式のメモリ管理によって物理メモリより大きな画像を扱えるようになり、プラグイン用の新しいAPIが入りました。そして同じ1997年、独自のプロジェクトファイル形式XCFが導入されます。名前の由来は、あの計算機施設です。バークレーの一室の略称が、その後28年あまりにわたって、世界中の人が保存ボタンを押すたびに書き込まれ続けることになりました。
1997年6月9日の0.99.10が、キンボールとマティスの最後のリリースになりました。二人は卒業して職に就き、プロジェクトを離れます。後任は決まっておらず、去ることを誰にも伝えていませんでした。残された開発者たちを立て直したのが、貢献者のひとりだったフェデリコ・メナです。1998年6月、GIMPは最初の安定版1.0にたどり着きます。マスコットのWilberは、その前年の1997年9月25日に、トゥオマス・クオスマネンがGIMP自身を使って描いたものです。
一方でGTKは、GIMPの外へ広がっていきます。1997年8月15日、ミゲル・デ・イカサとフェデリコ・メナがGNOMEプロジェクトを立ち上げました。GIMPを立て直した、あのメナです。メーリングリストに投じられた発足の告知は、すべてを自由なソフトウェアで作ると宣言し、採用するツールキットとしてGTKを挙げていました。当時のKDEが基盤にしていたQtは自由なライセンスではなく、しかも記述言語をC++かPythonに縛る。GTKならC、Scheme、Python、C++、Objective-C、Perlで書ける——それが理由でした。告知文には、そのGTKはGIMPのために書かれたツールキットである、とわざわざ説明が添えられています。
翌9月、GTK+はGIMPから切り離され、独立したツールキットとして歩き始めます。画像編集ソフトのために書かれた部品が、デスクトップ環境そのものの土台になったわけです。GIMPが世界に残した最大の遺産は、画像編集ソフトではなかったかもしれません。
「遅い」と言われ続けたものの中身
その後の歩みは、商用ソフトの尺度で見ると確かにゆっくりです。
2.0が2004年。2008年の2.6で、画像処理エンジンGEGLの部分導入が始まります。2012年の2.8で、ようやくシングルウィンドウモードが入りました。それ以前は、ツールボックスもレイヤーパネルも画像ウィンドウも、すべてがバラバラのウィンドウとして机の上に散らばっていたのです。
主要なGEGL移行が完了したのは2018年の2.10でした。着手から10年。安定版として最大32bit/チャンネルの高ビット深度処理が正式に使えるようになり、HDR編集と線形合成の道が開きます(開発版では2.9系の時点で先行して動いていました)。そして2.8から2.10までの間隔は6年でした。
なぜこれほど時間がかかるのか。公式のロードマップに、答えがそのまま書かれています。GIMPは共同体として開発されており、単一の企業や団体が率いているわけではない。コードが採用されるかどうかは品質と有用性で決まり、誰かのビジネス判断で決まるのではない。そして、優先順位を変えるために必要なのは、誰かが手を挙げて貢献することだけである、と。
企業の四半期計画に沿って動く体制ではない、ということです。個々のリリースには準備担当者も予定日も凍結期間も置かれますが、将来のバージョンについて、いつ何が入るかを安易に約束しない。開発を始めた二人が黙って去っても止まらなかったプロジェクトは、そのかわり、誰かが手を挙げるまで待つ時間を抱え込みました。
2012年に始まった「Space Invasion」——sRGB専用のエディターから抜け出すための長期プロジェクト——は、14年経った今も継続中です。
象徴的な例がひとつあります。3.2で追加されたベクターレイヤーについて、ロードマップにはこう記されています。バックエンドは2006年から存在していた、UIが不十分だった、と。書かれたコードが正式な機能として人に届くまで、約20年を要しました。それがこのプロジェクトの時間の流れ方です。
3.0と3.2で、速度が変わった
2025年3月16日、GIMP 3.0がリリースされます。約7年にわたって開発された版で、GTK3への移行を当初の主眼としつつ、多くの技術的負債を整理したものでした。
このとき開発チームは、リリースの作法そのものを変えると宣言します。新機能はマイナーリリース(2桁目が上がるとき)にのみ入れ、マイクロリリース(3桁目)はバグ修正に専念する。そのかわり、マイナーリリースの間隔を大幅に詰める。3.0から3.2まで6年以上かけるのではなく、1年以内に出す、と。
そして実際に、2026年3月14日に3.2が出ました。リンクレイヤーとベクターレイヤーという非ラスターレイヤーが加わり、MyPaintブラシのエンジンが刷新された版です。4月には3.2.4が続いています。
今回の開発報告は、その延長線上にあります。書き出しはこうです。この数か月、将来の3.4に向けてあらゆる機能を開発してきた。最近になって変更履歴がずいぶん長くなっていることに気づいた——うれしい悩みではあるが、と。なお3.4は、この数え方でいうマイナーリリース、つまり新機能が入る回にあたります。
この記事で扱うバージョンを、ここで一度整理しておきます。
| バージョン | 状態 | 主な内容 |
|---|---|---|
| 3.2(現行は3.2.4) | 安定版。2026年3月リリース | リンクレイヤー、ベクターレイヤー、MyPaintブラシの刷新 |
| 3.2.6 | 数週間以内に予定 | バグ修正と細かな改善 |
| 3.3.2 | 未リリース | 3.4に向けた最初の開発版 |
| 3.4 | 開発中 | 新しいプロジェクト形式、PSDのDescriptor読み込み、非破壊編集の拡張 |
| 3.6 | 計画 | コアアニメーション、ページ対応 |
ロードマップの内容も時期も、開発チーム自身が「約束ではない」と明記しています。3.4と3.6の欄は、確定した予定ではありません。
3.4で、1997年の器を置く
報告の筆頭に置かれているのは、メンテナーのジェアン氏が最近の主戦場としている、新しいプロジェクトファイル形式です。
XCFは1997年以来、多くの人の役に立ってきた。しかし時が経つにつれ、バイナリ形式であることの限界が次々と見えてきた——開発チームはそう説明します。具体的には、GIMP 3.6で計画されている多ページ機能やアニメーション機能のような、大規模で複雑なプロジェクトを現行XCFでは扱いにくいというのです。
新形式は、ZIPで圧縮したXMLという、より一般的な構造をとります。OOXMLやODF、つまりOffice文書やLibreOffice文書のように、ZIPアーカイブのなかにXMLなどの構造化データと必要な資産を収める方式に近いものです。この形にすると、ファイル全体を毎回書き直さずに、変わった部分だけを更新できます。技術的な詳細は、現在も設計中とされています。
この構造変更が効いてくるのは、保存の速さだけではありません。ロードマップの自動保存の項目には「GEGLバッファを基盤とする新しいXCF形式を利用する」と記されています。8月の開発報告も、新形式によって自動保存が大幅に現実的になる、と説明しています。長年要望されてきた自動保存を含め、ファイル形式の刷新は、将来機能を支える基盤整備でもあるわけです。
では、XCFはどうなるのか。開発チームははっきり書いています。XCFはなくならない、後方互換性は自分たちにとって重要であり、今後のすべてのバージョンでXCFの読み込みには対応し続ける、と。そして、こんな一文を添えています。ある小さな会社が1998年に自社ロゴのために作ったXCFファイルが、最新版のGIMPでもまったく同じように表示されることを、自分たちはかなり誇りに思っている、と。
28年前のファイルが今日も開く。開発チームがそう胸を張るこの一行に、このプロジェクトが何を大切にしてきたかが凝縮されています。
ただし、続きも正確に読む必要があります。今後、新機能の保存と読み込みに対応するのは、新形式が確定してからの新形式のみ。古いファイルは開けるけれど、新しい能力は新しい器にしか載らない、ということです。なお、新形式の名称はまだ公表されていません。公式ロードマップでは「New XCF format」という項目名で扱われており、8月の報告では「新しいプロジェクトファイル形式」と呼ばれています。XCFの名を継ぐのか別名になるのかは、公開されている資料からは分かりません。
2019年で更新の止まった地図を、自力で描き足す
今回の報告でもうひとつ厚く扱われているのがPSD対応です。開発チームは前置きとして、通常はファイル形式の更新をまとめて1セクションに書くのだが、PSDについては非常に多くの作業が、非常に多くの人の手で行われたので、独立して詳しく紹介したかった、と断っています。
GIMPのPSD対応は、Adobeが公開している仕様書に基づいて作られてきました。ところが、この文書は2019年を最後に更新されていません。そして近年のPSDは、「Descriptor」と呼ばれる、近年の機能については十分に文書化されていない形式に多くの情報を格納しています。地図は7年前で止まったまま、地形のほうが変わり続けている状態です。
ジェイコブ・ブーレマ氏が、このDescriptorの読み込みに対応しました。読めるようになった結果、実務上の意味が大きい変化がいくつも起きています。
インポートしたPSDのテキストレイヤーが編集可能になりました。いくつかの調整レイヤーと近年のレイヤースタイルが、GEGLの相当機能として現れるようになりました。単色の図形は、ベクターレイヤーとして読み込まれます。この領域は現在も活発に開発中で、GSoCの学生2名も加わっています。
あわせて、新規貢献者のフランク・テクロテ氏が、PSDメタデータの書き出し手続きをTIFFとJPEG向けに作りました。既存の読み込み手続きと対をなすものです。パスを含むJPEGやレイヤーを含むTIFFを読み込んだとき、あるいはGIMPで作ったとき、その情報を保ったまま書き出せるようになります。しかもこの作りなら、今後PSD互換性が上がるたびに、TIFFとJPEGの機能も自動的に恩恵を受けると開発チームは説明しています。
ここで、受託の現場にいる方に向けて正確に書いておきたいことがあります。今回のDescriptor対応で大きく進んだのは、読み込み側です。PSDへの書き出し自体は以前から可能で、3.0では書き出しダイアログも新しくなっています。公式ロードマップが別項目として立てているのは、PSDからのレイヤー効果・調整レイヤーの読み込みと、PSDへのレイヤー効果の書き出しで、後者は「Photoshop descriptor 対応の第2段階」と位置づけられています。つまり、近年のレイヤー効果まで保った高い忠実度の往復が、いま組み立てられている途中だということです。公開仕様が2019年以降更新されず、近年のDescriptorの用法が十分に文書化されていない以上、この追走は一度で終わる性質のものではありません。
PSDまわりの現状を整理すると、こうなります。
| 項目 | 現状 | 位置づけ |
|---|---|---|
| 読み込み:テキストレイヤー | 3.4で編集可能に | Descriptor対応で実現 |
| 読み込み:調整レイヤー、近年のレイヤースタイル | GEGLの相当機能として現れる | 開発が続いている領域 |
| 読み込み:単色の図形 | ベクターレイヤーとして読み込む | 同上 |
| 書き出し:基本 | 以前から可能。3.0で書き出しダイアログを刷新 | 実装済み |
| 書き出し:近年のレイヤー効果 | まだ組み立て中 | Descriptor対応の第2段階 |
| TIFF・JPEGへのPSDメタデータ書き出し | 3.4で追加 | 既存の読み込み手続きと対になる |
非破壊編集は、どこまで来たか
3.0で入った非破壊フィルターは、3.2で非ラスターレイヤーを得て、3.4でさらに適用範囲を広げます。担当は Alx Sa 氏です。
まず、レイヤーマスクにフィルターを非破壊でかけられるようになりました。これに合わせてフィルターのポップオーバーが Reju 氏によって再設計され、レイヤーとそのマスク、両方のアクティブなフィルターを同じ画面で扱えるようになっています。
グラデーションツールも非破壊になります。ツールオプションで「Editable Gradient」にチェックを入れると、描いたグラデーションが他のエフェクトと同じようにフィルタースタックへ積まれます。表示の切り替え、順序の入れ替え、削除ができ、編集を選べばグラデーションツールに戻って続きから調整できます。
そして、日本語の紹介記事では触れられていない一点があります。Invertのようにダイアログを持たないフィルターは、レイヤーグループやリンクレイヤー、テキストレイヤー、ベクターレイヤーといった非ラスターレイヤーにも非破壊で適用できるようになりました。レイヤーの種類ごとにできることが違う、という積年のわかりにくさが、少しずつ均されつつあります。
MyPaintブラシには Spectral Blending が加わりました。物理的な絵具の混色を再現するもので、黄と青を混ぜると暗い黄ではなく緑になり、赤と黄を混ぜるとオレンジになります。ツールオプションのチェックボックスで有効化し、Pigmentスライダーで強さを調整します。
この機能には経緯があります。3.2でMyPaintのブラシエンジンを新しくした際、この機能だけが取り残されました。ロードマップには「MyPaint brushes v2 port: done(Spectral Blending機能を除く)」と、やり残しとして記録されていました。それを拾ったのが、新規貢献者の Cassidie Grogan 氏です。公開された宿題リストを見て、誰かが手を挙げる。このプロジェクトが動く仕組みが、そのまま現れています。
ダイアログ、カーソル、市松模様
地味ですが、毎日触る人には効く改善が並んでいます。
ファイル選択ダイアログは、GTK3が提供する「ネイティブ」オプションへの移植が進んでいます。注意したいのは、GTKをやめるわけではないという点です。開発報告によれば、GTKのファイル選択画面は、GNOME以外の環境——Windows、macOS、KDEを使うLinux——では標準のものと挙動が異なることが多く、GTK3でUIが変わったこともあって、issue trackerには強い反応が寄せられていたといいます。移植が進めば、それぞれの環境で見慣れたファイル選択画面が出るようになります。単純なダイアログの多くはすでに移行済みで、機能の多いものはワークフローの再設計が必要とのことです。
デザイナーのデニス・ランゲロフ氏は、レイヤーのロックアイコンを作り直したうえで、78個あるカーソルアイコンをすべてSVG化するという作業を引き受けました。高解像度ディスプレイでも劣化せず拡大できるようになります。
キャンバスを回転させた状態で描画やズームが重くなる問題は、新規貢献者の woot000 氏が原因を突き止めました。透明部分を示す市松模様がキャンバスと一緒に回転していたことが引き金だったそうです。修正後は動作が大きく改善しています。
このほか、アクション検索UIの刷新(設計はランゲロフ氏、実装はガブリエレ・バルベロ氏)、パターンドックの表示改善、キャンバス上テキストエディターでの[Shift]+クリックによる範囲選択、メタデータエディターの2ボタン化、狭いパネルで使いにくかったウィジェットの置き換え、[Alt]+[0]で履歴の10番目の画像が開かないバグの修正。その多くに、担当した人の名前が添えられています。
ブルーノ・ロペス氏によるmacOSのポップアップダイアログ修正について、報告にはこんな一文が添えられています。macOSの開発者は他のプラットフォームに比べて伝統的に少ないので、こうした改善が出てくるのは本当にうれしい、と。
修正が届くまでの時間
セキュリティについても記述があります。ジェイコブ・ブーレマ氏と Alx Sa 氏が、いくつかの画像プラグインの潜在的な欠陥に関する複数のセキュリティ報告に対応し、パッチを当てた、と。
GIMPには8月上旬にも複数の脆弱性が報告されており、対応が進んでいることは朗報です。ただ、原文の “patched” が示すのは上流のコードで修正が入ったということであり、公式の安定版や各配布元のパッケージとして利用者の環境に届いたことまでを意味するわけではありません。
現時点の状況を整理すると、こうなります。開発版3.3.2はまだ公式リリースされておらず、ロードマップ項目がいくつか進行中です。安定版の3.2.6は「数週間以内」の予定で、こちらには今回紹介された新機能の多くは含まれず、重要なバグ修正と細かな改善が入ります。gimp.orgの公式配布を使っている場合は、3.2.6の公開がひとつの更新確認の目安になります。Linuxディストリビューション、Flatpak、Snap、各ストア経由の場合は更新の経路と時期が異なるため、それぞれの配布元の情報を確認してください。
待ちきれない場合は自動生成の開発ビルドを試せると案内されています。開発チームはこれを「ナイトリー」と括弧付きで呼んでおり、案内先の見出しは「Automatic Development Builds」です。十分にテストされた版ではなく、本番の作業データを開く用途には向きません。
3.6という射程
今回の報告を、3.4という一点で読むと少し狭くなります。公式ロードマップを重ねると、3.4に向けて進むファイル形式の刷新は、3.6で計画する多ページとアニメーションを見据えた基盤整備だと読めます。
GIMP 3.6として挙がっているのは3項目です。コアアニメーション——従来のアニメーションプラグインは廃止し、コア機能として書き直す。ページ対応——レイヤーで代用するのではなく、正式な「ページ」という概念を持たせる。そしてインペイントツール。前2つは作業中と記されています。
つまりGIMPは、静止画1枚を編集するソフトから、複数ページを持つ文書や、コアに組み込まれたアニメーションを扱うソフトへ、輪郭を広げようとしています。そのために器が要る。だから3.4に向けて、ファイル形式そのものの刷新を進めている。順序としては、こうなっているわけです。
ここは慎重に読む必要もあります。ロードマップの冒頭には、我々のロードマップは聖典ではない、柔軟で変化していくものだ、と明記されています。3.4の一覧も「入れられたらと願っている機能」という位置づけです。なお3月14日に更新されたロードマップでは新形式のステータスは「議論中」のままですが、より新しい8月16日の開発報告では、ジェアン氏が実際に開発を進め、技術的な詳細も設計と実装の途上にあると説明されています。3.6の内容も時期も、約束ではありません。それでも、どこへ向かおうとしているのかは、はっきり公開されています。
名前が書いてある、ということ
この開発報告を読んでいて、いちばん印象に残るのは機能の一覧ではありません。多くの項目で、誰が何を担当したかが具体的に書かれていることです。報告自身は網羅的な一覧ではないと断っていますが、それでも、新形式に取り組むメンテナー、Descriptorを解読した人、取り残された機能を拾った新規貢献者、カーソルアイコンを78個引き受けたデザイナー、市松模様の回転に気づいた人——企業のリリースノートなら「パフォーマンスの改善とバグ修正」の一行に丸められるであろう作業に、それぞれ名前が付いています。
GIMPを率いる単一の会社はありません。企業の四半期目標に従って動く体制でもありません。だからこそ、動く力の多くが、名前のある個人の自発的な貢献から生まれています。ロードマップに「優先順位を変えるために必要なのは、誰かが貢献することだけだ」と書かれているのは、精神論ではなく仕組みの説明です。1997年に開発を始めた二人が黙って去っても、このプロジェクトが止まらなかった理由も、そこにあります。
日本の現場に引き寄せて考えると、判断材料はいくつか具体的になります。PSDを受け取って中身を編集する必要があるなら、テキストレイヤーが編集可能になる3.4は明確な前進です。PSDとして返すこと自体は現行版でもできます。一方、近年のレイヤー効果などを高い忠実度で往復させる必要がある業務では、書き出し側のDescriptor対応がどこまで進むかを見極めることになります。
印刷やDTPの色管理を伴う仕事では、3.4のロードマップに「High-end CMYK support」がWIPとして載っていることも目に留まるでしょう。ただし注記は「バックエンドのピクセル格納として」であり、GIMPがすでにネイティブCMYK編集環境になったという意味ではありません。現状は主にRGBで保持し、CMYKは読み書きとソフトプルーフで扱う形です。
無償だから軽く見る、有償だから安心する——という判断は、この領域ではもう働きません。AffinityはCanvaのもとで無償化され、CorelDRAWは買い切りとサブスクリプションを併売し、Adobe Photoshopはサブスクリプションで提供される。そのなかでGIMPは、プロジェクト開始から31年、コミュニティによる開発を続けながらリリースの作法を変え、今度は器そのものに手を入れようとしています。
1998年に作られたロゴのファイルが、2026年の最新版でも同じように開く。そのことに誇りを持つ人たちが、次の30年のために形式を替える。捨てないために替える、という判断のしかたが、このプロジェクトらしいところだと感じます。
【関連記事】
GIMP 3.0が7年ぶりに大型アップデート – オープンソース画像編集ソフトが商用製品に迫る機能を搭載
7年ぶりの大型更新となった3.0を伝えた記事。GTK3への移行と、非破壊編集が初めて導入されたときの経緯を扱っている記事。
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Canva傘下のAffinityが無償化した件を伝えた記事。有償と無償の線引きが動いた出来事として読むことができる記事。
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買い切り型のCorelDRAW 2026がAI機能を搭載して日本で発売。GIMPとは別の選択肢の現在地を示す記事である。
【編集部後記】
1997年1月のインタビューで、マティスはこう答えています。機能はPhotoshopを基準に足してきた、ひとつ仕上げるたびに次の項目をPhotoshopに探しにいく、でもそれもじきに終わる、加えるべき機能が尽きかけているから。
29年後の8月、開発報告はPSDのDescriptorを読み解いた話に一章を割いていました。追いかける相手の仕様書は2019年で止まり、それでも中身のほうは変わり続けています。
尽きるどころか、終わりが遠ざかっていく。ソフトウェアを作り続けるとは、そういうことなのでしょう。
【用語解説】
XCF
GIMPが1997年から使ってきた独自のプロジェクトファイル形式。レイヤー、チャンネル、パス、選択範囲など作業中の状態をまるごと保存する。名称は、開発の拠点だったバークレー校の計算機施設 eXperimental Computing Facility に由来する。バイナリ形式である。
Descriptor
近年のPSDが、機能に関する情報を格納するのに用いているテキスト形式。Adobeが公開している仕様書にも構造そのものの記述はあるが、近年の機能でどう使われているかは十分に文書化されていない。
非破壊編集
元の画素を書き換えずに効果を重ねる編集方式。効果はあとから強さを変えたり、順序を入れ替えたり、取り消したりできる。GIMPでは3.0で最初の実装が入った。
レイヤーマスク
レイヤーのどの部分をどれだけ見せるかを、白黒の濃淡で指定する仕組み。3.4ではこのマスクに対しても非破壊でフィルターをかけられるようになる。
非ラスターレイヤー
画素の集まりとしてではなく、元データへの参照や図形の定義として保持されるレイヤー。GIMPではテキストレイヤーに加え、3.2でリンクレイヤーとベクターレイヤーが加わった。
Spectral Blending
物理的な絵具の混色を再現する描画方式。光の混色ではなく顔料の混色として計算するため、黄と青から緑が生まれる。
マイナーリリースとマイクロリリース
GIMPのバージョン番号は3桁で構成される。2桁目が上がるマイナーリリースで新機能が入り、3桁目が上がるマイクロリリースはバグ修正にあてられる。3.4はマイナーリリースにあたる。
自動開発ビルド
開発中のコードから自動生成される検証用のビルド。開発チームは「ナイトリー」とも呼ぶが、十分にテストされた版ではない。
高ビット深度
1チャンネルあたりの色情報を8bitより多く保持する方式。GIMPは2.10で安定版として最大32bit floatに対応した。
ソフトプルーフ
印刷結果を画面上で近似して確認する機能。CMYKでの見え方を、RGBのディスプレイで擬似的に再現する。
Motif
1980年代から使われてきた商用のGUIツールキット。GIMPは初期にこれを採用していたが、自由なソフトウェアではなかったため、独自のGTKへ置き換えられた。
Qt
KDEが基盤としていたGUIツールキット。1997年当時は自由なライセンスではなく、GNOMEがGTKを選ぶ理由のひとつになった。
GSoC(Google Summer of Code)
学生がオープンソースプロジェクトに参加し、開発に取り組む制度。GIMPも受け入れ団体のひとつで、PSD対応の一部を学生が担当している。
ZIP+XML構造
XMLなどの構造化データと必要な資産を、ZIPアーカイブにまとめる文書形式の作り方。OOXMLやODFが採用しており、GIMPの新しいプロジェクト形式もこの方式に近い。
【参考リンク】
GIMP|Development Update, August 2026(外部)
GIMP開発チームが2026年8月16日に公開した開発報告。本記事が扱う新形式、PSD対応、非破壊編集の拡張は、すべてここに記されている。
GIMP(外部)
1995年に開発が始まった無償の画像編集ソフトの公式サイト。ダウンロード、ニュース、各版のリリースノートがここに集約されている。
GIMP Developer|Roadmaps(外部)
開発チームが機能の優先順位を公開するページ。3.4と3.6に予定される項目のほか、自動保存と新しいファイル形式の依存関係が読み取れる。
GIMP 3.2 Release Notes(外部)
現行の安定版3.2の変更点をまとめた公式文書。リンクレイヤー、ベクターレイヤー、PSD対応がどこまで来ているかがわかる。
GIMP Downloads(外部)
各プラットフォーム向けの配布ページ。現行の安定版の版数とリリース日のほか、自動開発ビルドの入手方法もここに案内されている。
GIMP|How It All Started…(外部)
1995年11月のベータ公開の告知と1996年2月の0.54の告知を、投稿された原文のまま収めたGIMP公式の記録ページ。
GIMP|A Brief (and Ancient) History of GIMP(外部)
0.60でのGTKの誕生、0.99での新しいAPI、そして開発を始めた2人の離脱までをたどるGIMP公式の初期史ページ。
GTK(外部)
GIMPのために書かれ、のちにGNOMEというデスクトップ環境そのものの土台となったGUIツールキットの公式サイトである。
GEGL(外部)
GIMPの非破壊編集と高ビット深度処理を支える画像処理ライブラリの公式サイト。3.4ではSharpenフィルターも加わる。
MyPaint(外部)
GIMPがブラシを取り込んでいるペイントアプリの公式サイト。Spectral Blendingはここのブラシ機能にあたる。
【参考記事】
「GIMP 3.4」に向けた開発は順調、改善点多数 ~XCFに代わる新しいプロジェクト形式やPSDのサポート強化など(外部)
今回の開発報告を日本語で報じた記事。非破壊編集とPSDのテキストレイヤー編集、ネイティブダイアログの画面写真も掲載する。
GIMP 3.4 Promises New Project File Format, PSD Support Improvements, and More(外部)
新形式とPSD対応に加え、UIやファイル形式まわりの変更点まで網羅的に整理している。3.3.2の見通しについても触れる。
GIMP is preparing to replace its nearly 30-year-old project file format(外部)
29年使われてきた形式の置き換えという角度から報じた記事。XCFそのものが消えるわけではない点を、明確に書き添えている。
GIMP 3.4 Takes Shape with New Project Format and Better PSD Support(外部)
カーソルアイコン78個のSVG化や、回転させたキャンバスでの性能改善など、UIと動作の面での変更を詳しく取り上げている。
GIMP Gazette: Spencer Kimball and Peter Mattis(外部)
1997年1月のキンボールとマティスへのインタビュー。命名の由来とGNU化の経緯が、本人の言葉のままここに残されている。
The GNOME Desktop project.(外部)
1997年8月15日にGNOMEの発足を告げた投稿。GTKを採用した理由と、そのツールキットの出自が本文に記されている。



