クルマが「買った瞬間に完成」ではなく、「走るほど賢く育っていく存在」になるとしたら、私たちの移動体験はどこまで変わるのでしょうか。
日産と英国スタートアップWayveの提携は、そんな未来のドライビングを一気に現実へと近づける一歩になりそうです。
2025年12月10日、横浜市において、Nissan Motor Co., Ltd.とWayveが次世代ProPILOTシリーズとWayve AI技術の統合に関する最終契約を締結したと発表した。両社はWayveのembodied AIソフトウェア「Wayve AI Driver」と日産の先進運転支援システムを統合し、ADASおよびpoint-to-point advanced drivingを支援する技術を量産車に展開する予定である。
日産は2016年にProPILOT、2019年にProPILOT 2.0を導入しており、2025年9月には次世代LiDARと「Ground Truth Perception」技術を用いたプロトタイプを公開した。新世代ProPILOT搭載の最初のモデルは2027年度に日本で導入予定である。
日産はWayve AIシステムを幅広い車両セグメントへ大規模展開する最初の自動車メーカーであり、カメラ、レーダー、LiDARを含むセンサー構成とWayveのend-to-end embodied AIを組み合わせることで、多様な実世界の運転条件から学習し、知能運転技術を継続的に改良するとしている。
From:
Nissan and Wayve Sign Definitive Agreements to Deliver Next-Generation Driver Assistance Technology
【編集部解説】
今回の発表は、日産が2025年4月に予告していた次世代ProPILOTの技術開発が、正式な量産契約という形で具体化した重要なマイルストーンです。注目すべきは、Wayveという英国スタートアップが自動車メーカーと大規模量産で協業する初のケースとなった点でしょう。
Wayveの「embodied AI」(エンボディドAI)は、従来の自動運転技術とは根本的にアプローチが異なります。ルールベースで複雑な条件分岐を事前にプログラムするのではなく、実際の運転データから自己学習し、人間のドライバーのように状況判断できるAIです。これは「運転のためのGPT」とも形容される基盤モデル技術で、新しい都市環境や予測不能な歩行者の動きにも柔軟に対応できる可能性を秘めています。
日産側の技術的な要素は、次世代LiDARを活用した「Ground Truth Perception」技術です。カメラ、レーダー、LiDARという多層的なセンサー構成とWayveのAIを組み合わせることで、高速道路だけでなく、複雑な都市部でも安全な運転支援が実現できるとされています。
量産展開のメリットは、膨大な実走行データの蓄積にあります。走れば走るほどAIが学習し、継続的に性能が向上していく仕組みです。これは従来の固定プログラム型システムにはない、進化し続けるシステムとして長期的な競争力につながるでしょう。
一方で日産は、かつて事業構造改革「Nissan NEXT」の下で大規模な合理化を進めましたが、現在は新たな経営計画に基づき収益性の改善と成長戦略に取り組んでいます。この状況下で次世代技術への大型投資を継続する背景には、ソフトウェア定義車両(SDV)の中核となるAI運転技術が、将来の車両競争力を左右する極めて重要な要素だという経営判断があるのでしょう。
【用語解説】
Embodied AI(エンボディドAI)
実世界のデータから学習し、物理的な環境で行動できるAI技術である。自動運転においては、ルールベースのプログラミングではなく、実際の運転データから人間のような判断能力を獲得する点が特徴である。HDマップに依存せず、新しい都市や予測不能な状況にも柔軟に適応できる。
ProPILOT(プロパイロット)
日産が開発した高速道路向けの運転支援システムである。2016年に単一車線での使用を前提とした初代が登場し、2019年のProPILOT 2.0では複数車線対応やハンズオフ機能が追加された。ステアリング、アクセル、ブレーキを自動制御し、長距離運転の負担を軽減する。
Ground Truth Perception
日産が開発した次世代LiDARを活用した認識技術である。カメラ、レーダー、LiDARという複数のセンサーデータを統合し、周囲環境を高精度に把握する。Wayve AIとの組み合わせにより、高速道路だけでなく複雑な都市環境での安全な運転支援を実現する。
ADAS(Advanced Driver Assistance Systems)
先進運転支援システムの略称である。自動ブレーキ、車線維持支援、アダプティブクルーズコントロールなど、運転を支援する各種技術の総称である。完全自動運転ではなく、あくまでドライバーを補助する役割を担う。
End-to-End AI(エンドツーエンドAI)
センサーの入力から運転操作の出力まで、複数の工程を単一のニューラルネットワークで処理するAI手法である。従来の自動運転が認識・判断・制御を個別にプログラムしていたのに対し、全体を一つのモデルで学習させることで、より人間に近い柔軟な運転が可能になる。
【参考リンク】
Wayve公式サイト(外部)
英国AIスタートアップWayveの公式サイト。Embodied AI技術による自動運転ソリューション「Wayve AI Driver」の詳細や技術的特徴を紹介している。
Wayve AI Driver製品ページ(外部)
Wayve AI Driverの技術詳細を解説。エンドツーエンドAIによる学習方法、HDマップ不要の拡張性、OTAアップデートによる継続的進化を説明。
日産ProPILOT公式ページ(外部)
日産のProPILOTシリーズの技術解説ページ。初代ProPILOTからProPILOT 2.0までの進化、ハンズオフ運転機能などを詳しく紹介。
【参考記事】
Nissan Partners With U.K. Startup on AI Vehicles; New Tech Will Be Introduced in FY2027(外部)
日産が英国スタートアップWayveと提携し2027年度に新技術を導入。構造改革の最中でも次世代技術への投資は継続する方針を報じている。
Nissan to launch next generation of autonomous driving technology in FY2027(外部)
2025年4月の日産公式発表。次世代ProPILOTを2027年度に投入する計画を明らかに。次世代LiDARとGround Truth Perception技術を活用する。
Accelerating Autonomous Vehicles with Embodied AI: Wayve’s Series C(外部)
WayveのシリーズC資金調達に関する分析記事。Embodied AI技術の特徴と「運転のためのGPT」という位置付けを解説している。
The Road to Embodied AI(外部)
Wayve公式ブログによる技術解説。2017年以来のAV2.0開発と、カメラのみでの都市走行や学習していない新都市への適応能力を説明。
【編集部後記】
今回の日産とWayveの提携で興味深いのは、「学習し続けるAI」という概念が、ついに量産車の世界に入ってきたことです。これまでの運転支援システムは、エンジニアがあらかじめ想定したシナリオの範囲内でしか動けませんでした。でも、WayveのエンボディドAIは違います。走れば走るほど賢くなる。新しい街に行っても対応できる。まるで人間の運転者が経験を積むように、システム自体が成長していくんです。
感じるのは、こうした「進化する製品」が当たり前になったとき、私たちと製品の関係性も変わっていくだろうということ。購入時点で完成している製品ではなく、一緒に成長していくパートナーのような存在になる。そんな未来の片鱗が、この技術には見えています。
日産が厳しい経営環境の中でもこの投資を続ける理由も、そこにあるのでしょう。自動車産業の競争軸が、ハードウェアの完成度からソフトウェアの進化速度へとシフトしている。2027年度の実車投入が、日本の道路でどんな体験を生み出すのか。注視していきたいと思います。































