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【取材】【理化学研究所 】超伝導量子コンピュータの装置原理と現在地:RQC副センター長 萬 伸一さんにインタビュー

[更新]2026年3月27日

(アイキャッチ画像:Copyright; RIKEN Center for Quantum Computing)

RQCの超伝導量子コンピュータの現在地は、限られた専門家のものだった量子コンピュータを、少しずつ“使われる技術”へと変えていく過程にある。

量子コンピュータは現在おおまかに5つの方式にわかれており、その中でも特に有力候補とされている超伝導量子コンピュータについて、そして量子コンピュータが「当たり前」の世の中になるまでにどのような課題が、技術的、社会的に存在するのか。

今回は理化学研究所 量子コンピュータ研究センター副センター長である、萬伸一先生にお話をお伺いしました。

理化学研究所 RQCの活動


野村「本日はよろしくお願いします。まずは、量子コンピュータ研究センター(RQC)の沿革や創設のいきさつについてお聞かせください」

元々、という話をしますと。理研には創発物性科学研究センター(CEMS)があり、その中の一分野として量子情報の研究がありました。今の量子コンピュータ研究センターのセンター長の中村もそこに所属していました」

「Q-LEAPのような国のプロジェクトが量子情報を重要視するようになったことでセンターとして独立したという経緯があります。2021年4月に設立しましたので、今年で5年目です

野村「去年の話になりますが256量子ビットの超伝導コンピュータを製作したというプレスリリースがありましたね。その中で、『2026年度中に1,000量子ビット級の超伝導量子コンピュータを開発・公開する予定』と仰っていましたが、5年目にして非常に大きなマイルストーンだと思います。産学でどの様な役割分担の中で量子コンピュータを製作されていますか?

実際の製作や実装については富士通株式会社との共同研究として行っており、基盤技術は我々と連携しています。富士通の大規模化研究を基盤技術で支援するのが私たちの立場です。1000量子ビット級の量子コンピュータの実現可能性については、富士通ができると言っている以上は『実現していただけるもの』と思います」

野村「量子コンピュータの実用化の課題として『誤り耐性』が良く取り上げられています。萬先生として『誤り耐性量子コンピュータの実用化はまだまだ先の話』だとお考えですか?。また、今の僕たちがちょうど『AIを使うような感覚で量子コンピュータを使う』という日は来るとお考えですか?」

「いずれにしても、まだ一定の時間がかかりそうではあります。量子コンピュータの開発を行っている企業のロードマップでは、誤り訂正をして計算ができるという目標は2030年前後に置かれているケースが多いように感じます

「業界内では2030年は一定の技術的な目安はあるのではないかと思います。1年ほど前に、『量子誤り訂正ができることをGoogleが実証した』ことが広く報じられましたね。産業からもこのような研究がある以上ここ数年で大きく浸透するとは思いますが、今のAIの浸透度と同じ規模感で、というのはまだ先なのかなと感じます

(Copyright; RIKEN Center for Quantum Computing):2021年、理化学研究所内での量子コンピュータの設置の様子

量子コンピュータって今は誰が使ってるの?

「今現在の状況をお話しすると、私たちが目指す『理想的な量子コンピューティング』、つまり『誤り訂正』をするためには集積度をあげて物理量子ビットの質を上げる必要性があります。しかし現状のNISQが役に立つ展望もないのかといわれるとそういうわけでもありません。『FTQCを作らないとお話にならない』というわけでもないと思っています。例えば、実機が出るとそれを使ってみようって人がたくさん出てきます

野村「一昔前にコンピュータが何の役に立つかわからないけど『面白そうだから買って遊んでみよう』のような層の人たちですね。確かに量子コンピュータを試しに使っているという人はまだ、あまり聞いたことがないですね」

『限られた人だけが研究するときに見える風景』と『たくさんの人が集まった時に起こること』は違うと思います。業界が広がってトライする人が増えて何かが起こることに期待ですね」

野村「実際に企業がユースケースを作ってくると、参入する人が増えて産業からの力で加速するのも全然あるような気がします。実際に今理化学研究所の量子コンピュータも多くの企業が利用しているのですか?また、どのような層の企業が利用していますか?

「64量子ビット量子コンピュータは利用のために公開しています。もちろん使うには共同研究契約が必要です。正確な数字は出せないのですが結構な数の方が使っています。今使われているコアなユーザーは『量子の知識があり、量子化学のような第一原理計算の知識を基に、同じ量子性を用いた現象の計算としてうまく使いたい人』、つまり材料の人が主に使っている印象があります。ある程度量子について知っていないと参入すらできない。量子コンピュータを使える新しいユースケースを探すというのは課題のような気がします。私見ですが、ここをうまくつなぐ役割のスタートアップがまだまだ足りないのかなという気がします。使ってみたいって人の後押しをRQCとしてもしていきたいと考えています」

若手研究者たちによる量子技術教育(QEd)の講義動画はYouTubeに掲載されています。私も、これを参考に勉強しました。非常に内容がまとまっており分かりやすかったです。

超伝導量子コンピューターとは?

インタビューの続きの前に、超伝導量子コンピュータの動作原理や量子ビットの挙動について整理します。

量子コンピュータってどうやって動いているの?

超伝導量子コンピュータの量子ビットは、LC回路に似た構造をもち、キャパシタとジョセフソン接合を組み合わせて作られています。こうした構成にすると、下の図が示すように、量子状態ごとのエネルギー差が等間隔ではなく非線形になります。そのため、|0⟩状態と|1⟩状態の2つを、他の状態から区別して扱いやすくなり、量子ビットとして利用できます。(|0⟩状態と|1⟩状態とは、量子ビットのそれぞれの状態です。ちょうど古典コンピュータでは電流が流れている状態とそうでない状態を0,1で表すようなものです。)

ジョセフソン素子とキャパシタによってつくられた共振回路は、LC回路と違いエネルギー準位の差が|n>→|n+1>で一定ではないため、|0>と|1>の共鳴周波数のマイクロ波で選択的に制御できる。
量子ビットとLC回路の比較:LC回路のインダクタンスと違いジョセフソン素子は非線形なため量子ビットとして利用できる

さらに、量子ビット同士をキャパシタで結合することで、複数の量子ビットの間に相互作用を持たせることができます。これにより、量子ビット同士をもつれさせることが可能になり、2量子ビット演算を実現できます。

Copyright; RIKEN Center for Quantum Computing : 理化学研究所の量子コンピュータのQPUの拡大イメージ。右上にある大きい円形のパターンが量子ビットで量子ビット同士は、画像左上と右下の四角いパターンで書かれているキャパシタで結合している。

また、量子ビットを制御する際には、|0⟩状態と|1⟩状態のエネルギー差に対応する周波数のマイクロ波を照射します。すると、2つの準位の間で確率振幅が周期的に変化する「ラビ振動」が起こります。この現象を利用することで、1量子ビットの状態を制御できます。

ここでは、2量子ビットでの制御については詳しく触れず、まずは「量子ビットを制御するためにマイクロ波を使っている」「量子ビットはジョセフソン素子とでできている」「量子ビットはマイクロ波を用いて制御する」という3点が重要です。

量子コンピュータってどうして冷やすの?
(Copyright; RIKEN Center for Quantum Computing):写真右にあるのが冷凍用の真空容器、量子コンピュータは巨大な冷凍庫の中で極低温化で動作させる。

上の写真のように、量子コンピュータではQPUそのものよりも、むしろそれを取り囲む冷却装置のほうが大きな割合を占めています。超伝導量子コンピュータは、絶対零度付近の極低温まで冷やして動作させます。見た目には「なぜここまで冷やす必要があるのか」と感じますが、これは超伝導量子ビットを正しく働かせるために欠かせない条件です。

実際にはQPUそのものは非常に小さく、装置の大部分は冷凍機や配線、制御系が占めている。

その理由の一つは、量子ビットの中核となるジョセフソン接合を機能させるためです。ジョセフソン接合は、超伝導体どうしの間に非常に薄い絶縁層をはさんだ構造をもちます。超伝導状態になると、電子は2個ずつ結びついたクーパー対を作り、このクーパー対が絶縁層を通り抜けるトンネル効果を示します。しかもこの現象は、1個1個の電子ではなく、多数の電子がまとまった量子状態として振る舞うため、「巨視的なトンネル効果」として観測されます。超伝導量子ビットは、このジョセフソン接合の性質を利用することで、量子ビットとして使いやすい2準位系を作っています。

ジョセフソン接合での巨視的なトンネル効果の模式図

さらに、量子状態そのものが非常に繊細であることも、低温が必要な大きな理由です。量子ビットは、|0⟩と|1⟩のどちらか一方だけでなく、その重ね合わせ状態も使って計算を行います。しかし温度が高いと、周囲の熱エネルギーによって量子ビットが勝手に励起され、意図しない状態変化が起こりやすくなります。そうなると、せっかく用意した量子状態が乱れ、計算に誤りが生じます。そのため、熱による余計な励起や雑音をできるだけ抑えるために、装置全体を極低温まで冷却する必要があります。

また、量子状態をできるだけ長く保つには、エネルギー損失を小さくすることも重要です。普通の導体では、電流が流れると電気抵抗によってエネルギーが熱として失われます。こうした損失は、量子状態を壊す原因の一つになります。これに対して、超伝導状態では電気抵抗がなくなるため、エネルギーの散逸を大きく抑えることができます。量子ビットの情報を壊れにくくし、精密な制御を可能にするうえでも、超伝導であることは非常に重要です。

超伝導量子コンピュータってどう作るの?

・量子ビットはジョセフソン素子とキャパシタの電子回路で実現

・量子ビットはマイクロ波で制御

・ジョセフソン素子を使うのでデコヒーレンスを防ぐため極低温で動作

量子コンピュータを作るのはどこが難しい?

野村「あれだけ大きな冷凍庫が必要な理由として、『熱雑音の問題』『コヒーレント時間』のような話を聞きますが、量子コンピュータはノイズに対して非常にセンシティブな計算器です。ノイズの発生原因として支配的なものは何ですか?

「ノイズはいろんなところから来ています。例えば『宇宙から飛んでくる宇宙線』すらもノイズになってしまう世界です。冷凍庫の中から室温の制御回路まで色んな装置、様々なフィルタを通してノイズを落としています。あとは、電気信号をとる際に微弱な信号なのでアンプを通しているのですが、アンプの影響でノイズが出てくることもあります。このような『回路周り』で起こるノイズをどう回避するのかが大変です。超伝導量子コンピュータといえども中身は電子回路です。やはり回路の問題は回路からでも起きてしまう。そしてそういう工学的な部分でノイズを落としていき使えるものにするというプロセスが想像以上に大変ですね」

野村「宇宙線の影響まで受けるんですね。量子状態を制御するとなると本当に素粒子実験で聞くような話が出てくるのは驚きです。一番大変な部分としては、細かい設計の部分でのノイズを減らしていくという、膨大な原因が考えられ得るものとの勝負になるんですね」

「テクノロジーというものは『ノウハウが蓄積されて少しずつ原因も特定されていって徐々に性能が良くなる』という傾向があります。これからに期待です。またQPU周りで『ジョセフソン接合や配線の絶縁膜に何かをトラップしちゃって量子ビット回路に影響を与える』という不良もあります。チップの品質も改善されていく必要があると思います」

野村「これから、量子ビットを増やすにあたって、超伝導量子コンピュータは基板上の回路によって実装されるため比較的大規模化が容易であるという特徴を持っています。今現在一番大規模な量子コンピュータの開発でボトルネックになっている部分はどのようなところですか?

「イオントラップ形式のようなプリミティブなものと違い、超伝導形式の量子コンピュータは、共振回路を作っています。要するに電子回路なので大面積化が容易とよく言われていますね。もし、大規模化において注意すべき点は、超伝導量子ビットをどのように基板上に配置するのかの『レイアウトパターン』です。理想的な回路パターンをシミュレーションする最適化を研究の中でしてきました。あとは、材料自体がまだ探しきれていないので、材料を変えることで回路の密度を上げることも重要だと考えています」

「他の話になってしまいますが、どのようにして『もつれ』状態を作るのかも、回路上に固定されて量子ビットがあるため課題になります。量子ビットを動かすことができるタイプもありますが、超伝導の場合はそうはいきませんから

野村量子ビットの制御にはマイクロ波パルスを用いていますね。マイクロ波制御や量子ビットの読み出しについてはどのような課題を感じていますか?

マイクロ波パルスを精密に制御するのは非常に難しい技術です。様々な装置を駆使して、狙った波形を作るという部分に多くの技術開発要素があります。このような精密な実験になってくると、素粒子実験で行われているようなレベルの話、例えば先ほども言ったように、地磁気や宇宙線の影響すら考えなければいけない。基盤技術は先人がビッグサイエンスの中で培ってきたものも使われています」

「制御読み出しの実装ですね。これは非常に大きな課題ですね。今の量子コンピュータでは1量子ビット当たりに1つの制御装置と読み出し装置が必要です。多少は多重化技術を使ってもそうなってしまいます。そうなるとケーブルの量も増えてしまいます。制御読み出しを集積化できるのか、これはかなりカギな気がします。このようなI/Oのインターフェースの集積化は量子コンピュータの小型化にもかなり重要に関わってくると思います」

Copyright; RIKEN Center for Quantum Computing

FTQCまでの道のりーこれからの量子コンピュータ

野村「FTQC(誤り耐性量子コンピュータ)の開発がずっと待ち望まれています。FTQCの開発の速度は思っていたより早いですか?それとも思ったより進んでいないと思いますか?

「思ったより早い。もっとかかると思っていましたね(笑)。Googleがやった昨年のエラー訂正の実験でもそうですが、誤り訂正をしつつ演算ができるところまで、もう来ている。これは、私からすると『意外に早くできたな』と思います。しかし、一般にそこから先の皆様が思い描くような『暗号解読や素因数分解ま』のような話とはまだ距離があり課題はたくさんあるかなと思います

これからのRQCと量子コンピュータ

野村「理研には超伝導量子コンピュータの他に、イオントラップ量子コンピュータの実機もあります。将来的に2つの量子コンピュータ同士を通信させるような形で協働する流れはあるのですか?

詳しくは言えないですが、トライアルとしてはあるとは思います。今はそれぞれのプラットフォームの成長の方がまだ重要な段階ではあります。量子コンピュータ自体をつなげる構想や考え方は当然あり得ます」

野村「今量子コンピュータは材料科学を筆頭に化学計算に用いられることが多いです。それ以外にも金融や物流での活躍が期待されていますが、どのような業界でどの程度現実的な活躍ができるのか。もっと言えば量子コンピュータは将来的にどの業界でインパクトをもたらすと思いますか?」

「結局どういう方程式に課題が支配されているかが重要です。例えば流体であれば流体のふるまいはナビエ・ストークス方程式で記述されています。そういった数理モデルの形態と量子コンピュータの扱えるもの、近いものが産業にあれば、そこが量子コンピュータの活躍しやすいフィールドということになります」

「量子化学、つまり分子や材料のシミュレーションは、分子そのものが量子多体系なのでそれは、シュレディンガー方程式によって記述されます。なので量子自体を扱っている、量子コンピュータと当然相性がいいです。今現在、連立の微分方程式についてもアルゴリズムの提案はありますが、量子コンピュータとの相性やどのぐらいの量子ビットを要するのかというギャップも当然そこにはあります」

実現したらインパクトがあるのは最適化ですかね。『膨大な組み合わせをよしなにやる』それはどの業界にもある問題です。後は、絶対に古典では解けない問題に当然ながら期待が寄せられてしまいます。世の中が今までできなかったことができてしまうので、最適化ができるというのはインパクトはかなり大きいのかなと思いますね」

Copyright; RIKEN Center for Quantum Computing

量子コンピュータの教育はどうなるの?

野村「最近では、AI技術の発達に伴って、学校教育でもAIを使う。AIに使われている技術に関係する数学を学ぶようになってきています。量子コンピュータでもこのようなことが、今後必要だと思いますか?

「非常に重要な質問ですね。今現在は量子コンピュータを使うためには、量子力学や線形代数について最低限の知識が必要という状態は続いていると思います。ただ、量子コンピュータの性能が上がれば、楽しんで使う人も出てくるような気がします。量子力学や線形代数を知っている人じゃなくて、量子コンピュータを直接使うことから量子コンピュータの世界に入ってくる。という人も出てきそうです」

野村ベル状態よりも先にCNOTゲートの使い方を学ぶ。ということもあるかもしれないですね。確かに量子コンピュータ自体を使いたい人が増えれば、難しい話はあとにしてとりあえず何か開発してみる。のような動きもあるかもしれません」

例えば普通はトランジスタで古典ゲートを書けないですよね。それでも僕たちは、膨大な古典ゲートの組み合わせの末に、例えば、ネットサーフィンができていますね。そんなもののような気がします。逆の側面として、『量子コンピュータが使えるから逆に量子の実験ができる』というパターンもありますね。教育的な意味ではいいステップになるんじゃないかなと思います。例えば、『未来の人は量子コンピュータに触っているから、量子力学を学んだ時に位相という概念が今の人たちよりもすんなり受け入れられる』のようなことが起こるかもしれません

「量子コンピュータでプログラミングができる人を育てる。ということを考えると、『このゲートをかませるとこういう作用をする』ぐらいレイヤーをあげてしまうのもいいと思います言ってしまうと、具体的な物理学の現象についてはブラックボックスのままエンジニアできるような状態です。PCを使ってプログラムを作成するとき、半導体の仕組みを考えないようにとりあえずコーディングしてみるみたいな入り口も面白いんじゃないかと思いますね

個人的には、多様なアプローチがあることが大事だと思います。社会実装に際して、それぞれのニーズに合った情報が提供できる状態は大切ですね。量子コンピュータはいってみれば理学部の物理学科も工学部の情報学科も幅広くカバーするものです。一方、それぞれの学科は前提知識が違うように、ある種『脱物理学化』する必要はあると思います」

投稿者アバター
野村貴之
大学院を修了してからも細々と研究をさせていただいております。理学が専攻ですが、哲学や西洋美術が好きです。日本量子コンピューティング協会にて量子エンジニア認定試験の解説記事の執筆とかしています。寄稿や出版のお問い合わせはinnovaTopiaのお問い合わせフォームからお願いします(大歓迎です)。

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