スイスのEcorobotixは2025年10月13日、シリーズDラウンドで1億500万ドルを調達したと発表した。2024年のシリーズC(4500万ドル)と合わせて総額1億5000万ドルとなる。シリーズDラウンドはハイランド・ヨーロッパが主導し、ECBF、McWin Capital Partnersが新規投資家として参加した。
同社はAI搭載の超高精度散布技術「Plant-by-Plant™ AI」を開発し、個々の植物を数センチメートルの精度で識別・処理することで、農薬使用を最大95%削減する。主力製品ARAは25以上の作物アルゴリズムを搭載し、ヨーロッパ、アメリカ、オセアニアの20カ国以上で展開されている。同社は2025年11月にハノーバーで開催されるアグリテクニカで新たなイノベーションを発表する予定だ。
【編集部解説】
Ecorobotixの今回の大型調達は、単なる企業の成長ストーリーではなく、農業という人類最古の産業が根本的に変革される瞬間を象徴しています。
同社が掲げる「95%の農薬削減」という数値は、一見すると信じがたいほどです。しかし、複数の独立した調査でも精密農業技術による農薬削減効果は90%を超えることが実証されており、これは誇張ではありません。数センチメートル単位で個々の植物を識別し、必要な箇所にのみ処理を施す「Plant-by-Plant™」技術は、従来の「畑全体に一律散布」という20世紀的手法からの大きな転換を意味します。
この技術革新のタイミングは極めて重要です。世界の食料需要は2050年までに70%増加すると予測される一方、気候変動による耕作可能地の減少、化学肥料・農薬への規制強化という三重の圧力が農業を襲っています。欧州グリーンディールをはじめとする各国の環境規制は年々厳格化しており、従来型の農法では事業継続そのものが困難になりつつあります。
Ecorobotixの主力製品ARAは、高解像度カメラと高速作動するスプレーノズルを6メートルの折りたたみ式フレームに統合した装置です。この装置が搭載する25以上の作物アルゴリズムは、作物と雑草を瞬時に判別し、選択的に処理します。これにより、これまで使用が困難だった非選択性除草剤の安全な利用も可能になりました。
経済的インパクトも見逃せません。農薬コストの大幅削減に加え、一部の研究では精密農業技術の採用により農家の利益が最大120%増加する可能性が示されています。さらに、デジタル農業は低・中所得国の農業GDPを年間4500億ドル(約67兆5000億円、1ドル=150円換算)押し上げる可能性があるとされ、食料安全保障の観点からも重要な役割を果たします。
今回の1億500万ドル(約157億円)のシリーズD調達を主導したHighland Europeは、45件以上のIPO、150件以上のM&A実績を持つトップティアVCです。欧州循環型バイオエコノミー基金(ECBF)の参加も象徴的で、3億ユーロ(約495億円)を運用する同ファンドはSFDR第9条ファンドとして、最も厳格なESG基準を満たす投資を行っています。
一方で、課題も存在します。高度なドローンやセンサーの初期導入コストは依然として高く、サイバーセキュリティリスクも無視できません。また、AIシステムへの過度な依存は、農業における人間の判断力や伝統的知識の喪失につながる可能性もあります。
2025年11月のアグリテクニカでの新製品発表は、同社が次の進化段階に入ることを示唆しています。CEOのドミニク・メグレ氏によれば、2026年には12の新しい作物アルゴリズムがリリース予定で、野菜栽培への展開も加速しています。米国での全国展開やオセアニア市場での拡大も進行中です。
この技術が真に革命的なのは、生産性向上と環境負荷低減を同時に実現する点にあります。従来、これらは相反する目標とされてきましたが、AIと精密農業はその二律背反を解消しつつあります。人類が持続可能な食料システムを構築できるかどうか、その答えの一端がここにあるのかもしれません。
【用語解説】
シリーズC/シリーズD
スタートアップ企業の資金調達ラウンドの段階を示す。シリーズAで初期の製品開発、シリーズBで市場拡大、シリーズCで事業規模の拡大、シリーズDでさらなる成長加速を目指す。後期になるほど調達額が大きくなる傾向がある。
Plant-by-Plant™ AI
Ecorobotixが開発した、個々の植物を識別し処理するAI技術。数センチメートルの精度で作物と雑草を区別し、必要な箇所にのみ農薬を散布する。従来の「畑全体に一律散布」から「個別最適化」への転換を実現する。
超高精度散布(UHP: Ultra-High Precision)
従来の散布技術と比較して格段に高い精度で農薬や肥料を散布する技術。センチメートル単位での精密な処理が可能で、農薬使用量の大幅削減と環境負荷低減を同時に実現する。
非選択性除草剤
特定の植物だけでなく、接触したすべての植物を枯らす除草剤。効果は高いが、作物にも影響を与えるため従来は使用が制限されていた。超高精度散布技術により、雑草のみに的確に散布することで安全な使用が可能になった。
精密農業(Precision Agriculture)
データ分析、衛星画像、センサー技術などを活用し、畑の区画ごと、あるいは植物ごとに最適化された管理を行う農業手法。資源の効率的利用と環境負荷低減を両立させる次世代農業の中核技術。
SFDR第9条ファンド
EUの持続可能な金融開示規則(SFDR)における最高水準の分類。環境や社会に明確にポジティブな影響を与えることを投資目的とするファンドで、最も厳格なESG基準を満たす必要がある。
B Corporation認証
企業の社会的・環境的パフォーマンス、透明性、説明責任について、非営利団体B Labが認証する国際的な認証制度。利益だけでなく、従業員、地域社会、環境への影響も重視する企業に与えられる。
【参考リンク】
Ecorobotix(エコロボティクス)公式サイト(外部)
スイスのアグリテック企業。AI搭載超高精度散布技術で農薬使用を最大95%削減する「Plant-by-Plant™」技術を開発。
Highland Europe(ハイランド・ヨーロッパ)(外部)
欧州トップクラスのベンチャーキャピタルファンド。27億5000万ユーロ以上を運用し、45件以上のIPO実績を持つ。
European Circular Bioeconomy Fund(ECBF)(外部)
欧州の循環型バイオエコノミー移行を加速する主要VC。3億ユーロを運用し、最高水準のESG基準を適用。
McWin Capital Partners(マックウィン・キャピタル・パートナーズ)(外部)
食品エコシステムに特化したプライベートエクイティ・VC企業。フードテック、フードサービスなど3事業で専門知識を提供。
Agritechnica(アグリテクニカ)(外部)
ドイツ・ハノーバーで2年ごとに開催される世界最大級の農業機械展示会。2025年は11月9日から15日まで開催予定。
【参考記事】
Ecorobotix secures $150M to supercharge AI-powered crop protection(外部)
エコロボティクスの資金調達を報じる記事。2026年に12の新作物アルゴリズムをリリース予定と伝える。
Ecorobotix doubles down on AI software for precision spraying after $150m raise(外部)
シリーズCとDの詳細を報じる記事。過去3年間で総額2億ドル以上を調達したことを伝える。
How AI in Precision Agriculture Drives Profitability (2025-2027 Guide)(外部)
精密農業のAI活用による収益性向上を解説。肥料・除草剤コストを40-60%削減できると紹介。
AI in Agriculture: A Strategic Guide [2025-2030](外部)
農業におけるAI活用の戦略的ガイド。2034年までに自律農機市場が1284億ドルに達する見通しを提示。
Delivering regenerative agriculture through digitalization and AI(外部)
世界経済フォーラムの記事。精密農業採用で農家の利益が最大120%増加する可能性があると指摘。
AI & Global Food Security: A Focus on Precision Agriculture(外部)
戦略国際問題研究所(CSIS)による分析。AI搭載精密農業技術が食料安全保障に果たす役割を論じる。
Top 25 SMEs Driving AI Precision Agriculture(外部)
2025年のAI精密農業を牽引する中小企業25社を紹介。エコロボティクスの最新AI技術を詳述。
【編集部後記】
農業という営みは、人類が1万年以上かけて築き上げてきた文化です。その根幹に今、AIという新しい知性が加わろうとしています。畑の一株一株を識別し、必要最小限の資源で最大の成果を引き出す。これは単なる効率化ではなく、人間と自然との関係性を再定義する試みなのかもしれません。
皆さんは、テクノロジーが「食」の未来をどう変えていくと思われますか?スーパーで手に取る野菜の背景に、こうした技術革新があることを想像したとき、何を感じるでしょうか。



































