2011年7月21日午前5時57分(EDT)、スペースシャトル・アトランティスがケネディ宇宙センターの滑走路15に着陸しました。着陸重量22万6375ポンド、主脚接地から車輪停止まで54秒。30年間、135回のミッションを遂行した再利用可能宇宙船の時代は、こうして静かに幕を閉じました。
車輪が止まった瞬間、クリス・ファーガソン船長は管制センターにこう告げました。「ヒューストン、ミッション完了。世界に30年以上奉仕した後、シャトルは歴史にその地位を確立し、最終停止に至った」
当初は年間50回の飛行で宇宙を日常的な場所にすることを目指したこのプログラムは、なぜ終わったのか。そして何を残したのか。
革命的だった、再利用という発想
従来の宇宙船は使い捨てでした。アポロもソユーズも、一度飛べば廃棄される。しかしスペースシャトルは違いました。オービター(軌道船)は航空機のように滑走路に着陸し、整備後に再び宇宙へ飛ぶことができたのです。
システムは3つの要素で構成されていました。オービター本体(長さ37m、翼幅24m)、液体水素と液体酸素を格納する外部燃料タンク(高さ47m)、そして打ち上げ時の推進力を生む2基の固体ロケットブースター。この構成により、27,500kgという巨大なペイロードを低軌道に運搬できました。
3基のRS-25メインエンジンは世界初の段階燃焼サイクルエンジンとして、極めて高い性能を実現しました。このエンジンは今でも次世代大型ロケット「スペース・ローンチ・システム(SLS)」で使われています。熱保護システムも画期的でした。約35,000枚の個別設計されたセラミックタイルが機体を覆い、大気圏再突入時の3,000度から乗組員を守りました。
1981年のコロンビア号初飛行から2011年まで、5機のオービターが建造されました。コロンビア号、チャレンジャー号、ディスカバリー号、アトランティス号、エンデバー号。16カ国から355名の宇宙飛行士が宇宙に向かい、総飛行時間は1,323日、地球を21,030周しました。
STS-135:象徴の受け渡し
最終ミッションには特別に編成された4人のクルーが選ばれました。クリス・ファーガソン船長、パイロットのダグ・ハーリー、ミッションスペシャリストのサンディ・マグナスとレックス・ウォルハイム。1983年以来最小の乗組員数でしたが、全員が豊富な宇宙飛行経験を持つエキスパートでした。
2011年7月8日午前11時29分、アトランティスは最後の打ち上げを成功させました。12日18時間28分50秒のミッション、地球を200周、総距離528万4862マイル。国際宇宙ステーション(ISS)には9,400ポンドの物資を届け、5,700ポンドの廃棄物を回収しました。この補給により、シャトル退役後も1年以上のISS運用が可能になりました。
最も象徴的だったのは、ある旗の受け渡しでした。1981年の初のシャトルミッション(STS-1)で飛行したアメリカ国旗を、ファーガソン船長はISS乗組員に手渡しました。「将来の商業宇宙船がそれを奪還するまで」ISSに保管することが決められました。
この予言は2020年に現実となります。SpaceX Demo-2ミッションで、STS-135の元パイロットだったダグ・ハーリーがこの旗を地球に持ち帰りました。
残されたもの
シャトルは何をもたらしたのか。
ハッブル宇宙望遠鏡の打ち上げと保守。1990年にディスカバリー号が軌道に設置して以来、5回の保守ミッションを実施。この作業により、ハッブルは30年以上稼働し続け、宇宙の年齢の測定、ダークエネルギーの発見、太陽系外惑星の観測など、天文学を根本的に変える発見を生み出しました。
国際宇宙ステーション(ISS)の建設。37回のシャトルミッションが大型モジュール、トラス構造、太陽電池パネルを軌道に運びました。日本の「きぼう」実験棟も、3回のミッション(2008年STS-123、STS-124、2009年STS-127)で完成しました。シャトルの大型貨物搭載能力なくしては、実現しなかった構造物です。
技術の転用も多岐にわたります。銀イオンを使用した水浄化システムは家庭用浄水器に。エアロゲルなどの断熱材は建築・自動車産業に。カナダアーム(シャトル・リモート・マニピュレーター・システム)は、医療用ロボット手術システムにまで発展しました。
国際協力の基盤も築かれました。1995年から1998年のシャトル・ミール計画では、9回のミッションがロシアの宇宙ステーション「ミール」を訪問。従来の競争関係から協調関係への転換を象徴し、後のISS国際協力の基礎となりました。
しかし、問題もありました。
プログラム全体の総費用は2,090億ドル(2010年価格)、1回の飛行平均コストは16億ドル。当初予想された年間50回の運用は実現せず、実際の年間平均は4.5回でした。**チャレンジャー号事故(1986年)とコロンビア号事故(2003年)**では14名の宇宙飛行士が命を落としました。135回のミッションで2回の事故、事故率1.5%という数字は、想定を大幅に上回るリスクでした。
30年間の運用で技術も陳腐化しました。1980年代の電子部品が生産終了となり、NASAはeBayで古い部品を探したり、古い医療機器を購入して部品を取り出すという事態に至りました。
歴史が続く場所
シャトルの技術は今も生きています。次世代大型ロケットSLSは4基のRS-25エンジンを使用し、少なくともアルテミス4まで、シャトルから再生されたエンジンが月探査を支えます。
商業宇宙輸送も発展しました。SpaceXのドラゴン宇宙船とボーイングのスターライナーは、シャトルの安全基準を改善し、より効率的な宇宙輸送を実現しています。私たちは今、宇宙探査の民主化という新しい時代にいます。
シャトル退役により約9,000名の熟練労働者が職を失いましたが、多くがアルテミス計画や商業宇宙企業に移籍しました。知識と経験は、形を変えて継承されています。
ファーガソン船長の最後の言葉を、もう一度思い出してみます。「シャトルは歴史にその地位を確立し、最終停止に至った」。終わりは、いつも始まりでもあります。
Information
参考リンク
- NASA – Space Shuttle Program
- NASA – STS-135 Mission Archive
- Smithsonian National Air and Space Museum – Space Shuttle Discovery
用語解説
スペースシャトル(Space Shuttle): 1981年から2011年まで運用された、NASAの再利用可能有人宇宙船システム。正式名称はSpace Transportation System(STS)。
オービター(Orbiter): スペースシャトルの宇宙船本体。乗組員室、貨物室、エンジンを備え、航空機のように滑走路に着陸できる。
RS-25エンジン: スペースシャトルのメインエンジン。液体水素と液体酸素を使用する段階燃焼サイクルエンジンで、極めて高い性能と信頼性を持つ。
ラファエロ多目的補給モジュール(MPLM): イタリア宇宙機関が開発した、シャトルの貨物室に搭載される与圧補給モジュール。ISSへの物資輸送に使用された。
カナダアーム: カナダが開発したシャトル搭載のロボットアーム。正式名称はShuttle Remote Manipulator System(SRMS)。衛星の展開・回収、ISS建設作業などに使用された。






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