NASA アルテミスII、53年ぶり有人月飛行へ 2026年2月にも打ち上げ

[更新]2025年12月10日

 - innovaTopia - (イノベトピア)

NASA宇宙飛行士のReid Wisemanは2025年12月9日、テキサス州ジョンソン宇宙センターからの週次アップデートで、アルテミスII打ち上げまで2ヶ月半となり、プレッシャーを感じていると述べた。

Wisemanと仲間の宇宙飛行士Victor Glover、Christina Koch、カナダ宇宙庁のJeremy Hansenは2023年にクルーとして発表されて以来訓練を続けており、早ければ2026年2月に打ち上げが予定されている。

クルーはOrion宇宙船で10日間の月周回飛行を行うが、月面着陸は行わない。Nikon D5 DSLRカメラで歴史的な画像を撮影する予定だ。このミッションは、2027年に予定され1972年のアポロ以来となる月面着陸を目指すアルテミスIIIへの道を開く。

NASAは2022年にアルテミスIでOrion宇宙船とSLSロケットをテストし、問題点を修正した。アルテミス計画はGateway月周回宇宙ステーション建設や火星有人ミッションの基礎を築いている。

From: 文献リンク‘We definitely feel the pressure’ — Historic lunar flight could be just around the corner

【編集部解説】

2026年2月という打ち上げ目標が現実味を帯びてきたことで、クルーが感じるプレッシャーも高まっています。これは1972年12月のアポロ17号以来、実に53年ぶりとなる有人月飛行であり、人類の宇宙探査史における重要な転換点となるミッションです。

アルテミスII計画は、月面着陸こそ行わないものの、その意義は計り知れません。このミッションでは、Orion宇宙船とSpace Launch System(SLS)ロケットの有人飛行における信頼性を実証することが主目的となります。クルーは月の裏側を5,000マイル(約9,200km)以上通過し、人類史上最も地球から遠い地点に到達する可能性があります。これはアポロ13号が保持していた記録を更新することになります。

このミッションが当初の2025年9月から2026年4月へ、さらに2026年2月へと前倒しが検討された背景には、NASAの効率的な準備作業があります。しかし、この道のりは決して平坦ではありませんでした。

2022年に実施された無人試験飛行アルテミスIでは、Orion宇宙船のヒートシールドに予期せぬ問題が発生しました。大気圏再突入時に、約5,000度の高温に耐えるために使用されるAvcoatと呼ばれる素材が、想定とは異なる挙動を示したのです。通常、このアブレーション素材は微細な粒子となって剥離しながら熱を逃がすはずでしたが、実際には大きな塊として剥落する「スポレーション」という現象が100箇所以上で確認されました。

NASAの徹底的な調査により、この問題の根本原因が特定されました。Orion宇宙船が採用した「スキップ再突入」という手法では、カプセルが一度大気圏に突入した後、再び宇宙空間に跳ね返り、その後再度大気圏に突入します。この過程で、ヒートシールド内部に発生したガスが適切に放出されず、内部圧力が蓄積してひび割れや剥離を引き起こしたのです。Avcoat素材の透過性が予測モデルよりも低かったことが主な原因でした。

NASAはこの問題に対し、既に取り付けられているアルテミスIIのヒートシールドを交換せず、代わりに再突入軌道を修正することで対応する決定を下しました。ヒートシールドの交換には数年の遅延が生じるため、クルーの安全を確保しつつスケジュールを維持する実用的な判断といえます。将来のアルテミスIII以降のミッションでは、ヒートシールドの製造プロセスが改善され、より均一で透過性の高い素材が使用される予定です。

アルテミスII計画の4名のクルー、Reid Wiseman(コマンダー)、Victor Glover(パイロット)、Christina Koch(ミッションスペシャリスト)、Jeremy Hansen(カナダ宇宙庁、ミッションスペシャリスト)は、それぞれ歴史的な意義を持ちます。Gloverは月に向かう初の有色人種、Kochは初の女性、Hansenは初の非米国人となります。

10日間のミッションでは、生命維持システム、通信システム、ナビゲーションシステムなど、深宇宙探査に不可欠なすべてのシステムの包括的なテストが実施されます。また、深宇宙放射線が人体に与える影響に関する貴重なデータも収集される予定です。これらのデータは、2027年に予定されるアルテミスIIIでの月面着陸、そしてさらに先の火星有人ミッションへの重要な基礎となります。

アルテミス計画全体は、月面に持続的な人類の存在を確立することを目指しています。Gateway月周回宇宙ステーションの建設、月の南極における水氷の採取と利用、さらには火星探査のための技術実証など、アポロ計画とは比較にならない規模と野心を持つプロジェクトです。アポロ17号のクルーが月面に滞在したのはわずか75時間でしたが、アルテミスIIIのクルーは約6日間の滞在を予定しており、将来的には数週間から数ヶ月の滞在も視野に入れています。

クルーたちがプレッシャーを感じているのも無理はありません。彼らは半世紀ぶりに人類を月へと導く重責を担い、次世代の宇宙探査の礎を築く使命を背負っています。しかし、Wiseman氏の言葉にあるように、彼らの真の願いは、このミッションが当たり前になるほど人類の宇宙進出が進み、やがて火星や土星の衛星にまで人類が到達する未来を切り開くことなのです。

【用語解説】

Orion宇宙船
NASAがロッキード・マーティン社と共同で開発した次世代の有人宇宙船。最大4名の宇宙飛行士を搭乗させ、深宇宙探査を可能にする。アポロ計画のコマンドモジュールよりも大きく、高度な生命維持システムと航法システムを備えている。

Space Launch System(SLS)
NASAが開発した超大型ロケット。高さ約98メートル(322フィート)で、現在世界で最も強力なロケットの一つ。Orion宇宙船、宇宙飛行士、貨物を単一のミッションで月まで運搬する能力を持つ。

Avcoat
Orion宇宙船のヒートシールドに使用されるアブレーション素材。アポロ計画でも使用された実績のある材料で、大気圏再突入時の約5,000度(2,760℃)という超高温から宇宙船を保護する。加熱されると表面が炭化し、微細な粒子として剥離することで熱エネルギーを放散する仕組み。

スキップ再突入(Skip Entry)
月からの帰還時に使用される大気圏再突入技術。宇宙船が一度大気圏上層部に突入した後、揚力を利用して再び宇宙空間に跳ね返り、その後再度大気圏に突入する。この手法により速度を段階的に減速させ、クルーにかかるG力を軽減しながら着水地点の精度を高めることができる。

フリーリターン軌道(Free-Return Trajectory)
月を周回して自動的に地球に戻ってくる軌道。推進システムが故障した場合でも、月の重力を利用して自然に地球へ帰還できるため、安全性が高い。アポロ13号の事故時にもこの軌道が乗組員の生還に貢献した。

Gateway月周回宇宙ステーション
月軌道上に建設予定の宇宙ステーション。将来的なアルテミス計画において、地球からの宇宙船と月着陸船の中継拠点として機能する。10年以上の運用が予定されており、月面探査の恒久的な拠点となる。

スポレーション(Spallation)
ヒートシールド素材が予期せず大きな塊として剥離する現象。アルテミスIミッションで確認された問題で、通常の微細な剥離とは異なり、内部の圧力蓄積によって素材が割れて破片として飛散する。

【参考リンク】

NASAアルテミス計画公式サイト(外部)
NASAの月探査プログラム「アルテミス」の公式サイト。ミッション概要や最新情報を提供

NASA Artemis II公式ページ(外部)
アルテミスII計画の詳細情報。クルー、ロケット、科学実験などについて解説

ロッキード・マーティン Orion宇宙船(外部)
Orion宇宙船の主要開発企業による公式サイト。宇宙船の技術仕様と開発状況を掲載

カナダ宇宙庁 Artemis II公式ページ(外部)
Jeremy Hansenの経歴とアルテミスIIへのカナダの貢献について詳しく解説している

【参考記事】

NASA is Looking to Launch Artemis II by February – Universe Today(外部)
NASAが2026年2月の打ち上げを目指していることを報じる記事。クルーが宇宙船を「Integrity」と命名したことなど詳細な情報を提供している

NASA Identifies Cause of Artemis I Orion Heat Shield Char Loss – NASA(外部)
アルテミスIでのヒートシールド問題の根本原因について、NASAが公式に発表した内容を詳述している

NASA Shares Orion Heat Shield Findings, Updates Artemis Moon Missions – NASA(外部)
2024年12月のヒートシールド調査結果発表と、アルテミスII、IIIの新たな打ち上げスケジュールについての公式発表を掲載

Why Artemis II Is NASA’s most critical Moon mission since Apollo – Interesting Engineering(外部)
アルテミスIIの歴史的重要性について分析。人類が過去最遠距離へ到達し、深宇宙放射線データを収集する意義を解説している

Glaze: Artemis II Could Launch as Early as February 2026 – SpacePolicyOnline.com(外部)
NASA Acting Associate AdministratorのLori Glazeによる2026年2月打ち上げの可能性についての発言を報じている

【編集部後記】

1972年12月、アポロ17号が月面を離れてから半世紀以上が経過しました。当時を知る世代にとっては記憶の中の出来事であり、それ以降に生まれた私たちにとっては歴史の教科書の中の出来事でした。しかし2026年2月、私たちは再び人類が月へ向かう瞬間を目撃することになります。アルテミスIIは単なる月周回飛行ではなく、月面基地建設や火星探査という壮大な計画の第一歩です。半世紀前と異なり、今回は持続可能な宇宙開発を目指しています。クルーたちが感じているプレッシャーは、彼らが新たな時代の扉を開く責任を背負っているからでしょう。あなたは、この歴史的瞬間をどのように迎えますか?

投稿者アバター
Satsuki
テクノロジーと民主主義、自由、人権の交差点で記事を執筆しています。 データドリブンな分析が信条。具体的な数字と事実で、技術の影響を可視化します。 しかし、データだけでは語りません。技術開発者の倫理的ジレンマ、被害者の痛み、政策決定者の責任——それぞれの立場への想像力を持ちながら、常に「人間の尊厳」を軸に据えて執筆しています。 日々勉強中です。謙虚に学び続けながら、皆さんと一緒に、テクノロジーと人間の共進化の道を探っていきたいと思います。

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