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低軌道は22秒に1回ニアミス:Starlink含むメガコンステレーションが引き起こす軌道崩壊の危機

プリンストン大学のSarah Thieleらの研究チームが2025年12月にプレプリントサーバーarXivに投稿した論文が、低軌道の衛星衝突リスクに警鐘を鳴らしている。SpaceX、Amazon、OneWebなどが打ち上げるインターネット衛星の増加により、低軌道が壊滅的な連鎖反応の転換点に達していると警告した。

研究者が開発した「CRASHクロック」という指標は、全衛星が回避機動を停止した場合の衝突までの時間を示し、2018年の164日から2025年6月時点で5.5日へと激減した。低軌道では現在、2つの衛星が1キロメートル以内に接近する事象が約22秒に1回発生している。

衛星衝突は数千個の破片を生み出し、他の衛星を次々と破壊するケスラーシンドロームと呼ばれる連鎖反応を引き起こす可能性がある。これが発生すればGPS、気象予報システム、通信ネットワークが失われ、デブリが密集してロケット打ち上げが不可能になり、人類が地球に閉じ込められる恐れがあると研究は指摘している。

From: 文献リンクScientists Warn Growing Satellite Constellations Could Trigger Orbital Collapse

【編集部解説】

2018年時点では、全ての衛星が突然制御を失ったとしても、最初の大規模衝突まで約164日の猶予がありました。しかし2025年6月時点では、その猶予はわずか5.5日にまで短縮されています。この数字は、プリンストン大学のSarah ThieleらがarXivに投稿した研究論文で明らかにされた「CRASHクロック(Collision Realization And Significant Harm Clock)」という新しい指標が示すものです。

このCRASHクロックは、全ての衛星が衝突回避機動を停止した場合、最初の衝突が発生するまでの期待値を示しています。研究チームは当初2.8日という値を発表しましたが、コミュニティからのフィードバックを受けた精査の結果、5.5日に修正しました。それでも、7年間で約30分の1に短縮されたという事実は変わりません。

この急激な変化の背景には、メガコンステレーションの爆発的な増加があります。SpaceXのStarlinkだけでも、2024年12月から2025年5月までの6ヶ月間で144,404回の衝突回避機動を実施しました。これは1.8分に1回、constellation全体で回避機動を行っている計算になります。2025年全体では約300,000回にのぼり、これは前年比で50%の増加です。

低軌道全体で見ると、2つの衛星が1キロメートル以内に接近する「接近事象」は約22秒に1回発生しています。時速数万キロメートルで移動する物体同士が、車ほどの大きさでありながら、常にこの頻度でニアミスを繰り返しているのです。Starlink衛星単独でも、11分に1回の接近事象が発生しています。

研究が特に警告しているのは、太陽嵐などによって衛星の制御システムが一時的に機能停止した場合のシナリオです。太陽嵐は大気の密度を急激に増加させ、衛星の軌道予測の不確実性を数キロメートル単位で増大させます。

ここで重要なのは、CRASHクロックが測定しているのは「ケスラーシンドローム」そのものではないという点です。ケスラーシンドロームは、1978年にNASAのDonald Kesslerが提唱した理論で、衝突によって生じた破片が次々と他の衛星を破壊し、数十年から数世紀かけて軌道環境が使用不可能になる連鎖反応を指します。一方、CRASHクロックが示すのは、私たちが「完璧な運用」にどれだけ依存しているかという現在の脆弱性です。

もし大規模な衝突が発生すれば、数千個の破片が生成されます。それぞれの破片は時速数万キロメートルで移動する弾丸となり、他の衛星を破壊する可能性があります。その影響は単なる衛星インターネットの停止にとどまりません。GPS、気象予報システム、軍や緊急対応機関が依存する通信ネットワークなど、現代社会の基盤インフラが失われる可能性があります。

最悪の場合、デブリが非常に密集し、ロケットを安全に打ち上げることができなくなる可能性すらあります。これは人類が事実上、地球に閉じ込められることを意味します。

この状況を改善するには、国際的な宇宙交通管理システムの確立が急務です。特定の軌道帯での過密を制限し、衝突回避のための厳格なプロトコルを実施する国際ルールが必要です。現在、宇宙は「信号機のない混雑した交差点」のように機能しており、各事業者が独自の基準で運用を行っています。

SpaceXは業界標準の10,000分の1の衝突確率で機動を開始するところを、1,000万分の3という300倍も厳しい基準を採用しています。しかし、このような個別の取り組みだけでは限界があります。中国やロシアの事業者との調整が困難である状況も報告されており、国際協調の欠如が問題をさらに複雑化させています。

2025年には軌道への打上げ回数が324回と過去最高を記録し、前年比25%増となりました。Amazon、中国の千帆(Qianfan)や国網(Guowang)といった新たなメガコンステレーションの展開も控えており、CRASHクロックの値はさらに短縮される可能性が高いと研究者は警告しています。

【用語解説】

低軌道(LEO:Low Earth Orbit)
地上から約2,000キロメートル以下の軌道を指す。大気の影響が比較的強く、衛星は徐々に高度を失うため、定期的な軌道維持が必要となる。

メガコンステレーション
数千から数万の衛星を展開する大規模な衛星群。SpaceXのStarlink、AmazonのProject Kuiper、中国の千帆や国網などが代表例である。

衝突回避機動(Collision Avoidance Maneuver)
衛星が他の衛星やデブリとの衝突を避けるために、スラスターを噴射して軌道を変更する操作。

接近事象(Close Approach/Conjunction)
2つの宇宙物体が互いに1キロメートル以内に接近すること。衝突の可能性を評価するための重要な指標となる。

太陽嵐(Solar Storm)
太陽から放出される高エネルギー粒子や磁場が地球に到達する現象。大気を加熱・膨張させ、衛星の軌道予測を困難にするほか、通信システムや電子機器に障害を引き起こす可能性がある。

デブリ(Space Debris)
機能を失った衛星、ロケットの破片、衛星同士の衝突で生じた破片など、宇宙空間に漂う人工物。時速数万キロメートルで移動し、稼働中の衛星に深刻な脅威となる。

arXiv(アーカイブ)
コーネル大学が運営する、査読前の学術論文を公開するプレプリントサーバー。物理学、数学、コンピューターサイエンスなどの分野で広く利用されている。

【参考リンク】

CRASH Clock – Outer Space Institute(外部)
CRASHクロックの公式サイト。リアルタイムの値と過去の推移を確認できる。

An Orbital House of Cards: Frequent Megaconstellation Close Conjunctions(外部)
Sarah Thieleらによる原著論文。CRASHクロックの計算方法と低軌道の現状を詳述。

SpaceX公式サイト(外部)
Starlink衛星を運用するSpaceXの公式サイト。最新の打上げ情報や技術開発を掲載。

ESA Space Environment Report 2025(外部)
欧州宇宙機関による宇宙環境報告書。軌道上の物体数やデブリの現状をまとめている。

Amazon Project Kuiper(外部)
Amazonが計画する衛星インターネットサービス。3,236機の衛星展開を予定。

OneWeb(外部)
英国を拠点とする衛星通信企業。648機の衛星コンステレーションを展開。

【参考記事】

‘Crash Clock’ reveals how soon satellite collisions would occur after a severe solar storm(外部)
太陽嵐が衛星に与える影響とCRASHクロックの意味を詳細に解説した記事。

Satellites Used to Have Months to Avoid Collisions—Now They Have Days(外部)
CRASHクロックが164日から5.5日に短縮された経緯を分析した記事。

Paper proposes a CRASH Clock for satellite collision risk(外部)
Starlink衛星の回避機動頻度と業界標準との比較を提示した技術解説記事。

2.8 Days to Disaster – Why We Are Running Out of Time in Low Earth Orbit(外部)
Carrington Eventのような強力な太陽嵐が発生した場合の影響を考察した記事。

Could a Solar Storm Trigger a Satellite Collision Crisis?(外部)
論文著者へのインタビュー。CRASHクロックの詳細な説明と背景を掲載。

Heavy traffic ahead(外部)
Starlinkの144,404回の回避機動と中国衛星との調整問題を報告した業界分析。

Space Is Getting Crowded: Starlink Dodged 300,000 Collisions(外部)
2025年にStarlinkが実施した約300,000回の衝突回避機動についての最新報告。

【編集部後記】

私たちが当たり前のように使っているスマートフォンのGPS、天気予報アプリ、衛星インターネット。これらすべてが、今この瞬間も22秒に1回のペースで「ニアミス」を繰り返している衛星たちに支えられています。

この記事で紹介したCRASHクロックは、私たちがいかに「完璧な運用」に依存しているかを可視化した指標です。7年前には164日あった猶予が、今ではわずか5.5日にまで縮まっている。この事実は、宇宙開発の利便性と引き換えに、私たちが新たなリスクを抱え込んでいることを示しています。

一方で、SpaceXをはじめとする企業は業界標準の300倍も厳しい基準で衛星を運用し、透明性の高い報告を続けています。技術革新と持続可能性をどう両立させていくのか。この問いに、私たち一人ひとりが関心を持つことが、宇宙の未来を守る第一歩になるのではないでしょうか。

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Satsuki
テクノロジーと民主主義、自由、人権の交差点で記事を執筆しています。 データドリブンな分析が信条。具体的な数字と事実で、技術の影響を可視化します。 しかし、データだけでは語りません。技術開発者の倫理的ジレンマ、被害者の痛み、政策決定者の責任——それぞれの立場への想像力を持ちながら、常に「人間の尊厳」を軸に据えて執筆しています。 日々勉強中です。謙虚に学び続けながら、皆さんと一緒に、テクノロジーと人間の共進化の道を探っていきたいと思います。

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