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1,140本のCanonレンズが宇宙を覗く—MOTHRA望遠鏡が挑む「見えない宇宙」の解明

[更新]2026年3月16日

銀河と銀河の間には、ガスと暗黒物質が織りなす巨大な網目構造が存在する。その「見えない宇宙」に、ついて直接光を当てる望遠鏡が動き始めた。


Dragonfly FRO, LLCは2026年3月11日、次世代望遠鏡「MOTHRA」の建設を発表した。MOTHRAは1,140本のCanon望遠レンズで構成される分散開口型望遠鏡で、銀河間のガスと暗黒物質が形成するコズミックウェブの観測を目的とする。

完成時の有効口径は4.7メートル相当となり、地球上・宇宙空間を含め世界最大のオールレンズ望遠鏡となる。建設はチリのEl Sauce天文台にて2025年春に開始され、2026年末の完全稼働を予定している。

資金提供はXTX Markets創業者兼CEOのアレックス・ゲルコ氏による寄付だ。Dragonfly FROは2025年1月に設立され、Convergent Researchとの連携のもと運営されている。

From: 文献リンクDragonfly FRO Unveils MOTHRA: A New Telescope to Reveal the Hidden Universe

【編集部解説】

MOTHRAという名称はただの愛称ではありません。「Modular Optical Telephoto Hyperspectral Robotic Array」の頭字語であり、その名が示す通り、モジュール化・分光観測・ロボット制御という特徴を備えた望遠鏡です。

MOTHRAが狙う「コズミックウェブ」とは、ビッグバン直後に宇宙に刻み込まれた暗黒物質と水素ガスの網目状の構造です。宇宙に存在する可視物質の大部分はこのウェブの中に分布しているとされており、銀河の形成・進化の「燃料供給ルート」に相当します。理論的存在としては長年認知されてきましたが、その光が極めて微弱なため、直接観測は天文学界の長年の悲願でした。

従来の大型望遠鏡は高コントラストの天体(明るい星・遠銀河)に最適化されており、低輝度・広域の淡い構造には不向きでした。MOTHRAの前身「Dragonfly Telephoto Array」は2013年にわずか3本のCanonレンズからスタート。2015年にCanonから40本の提供を受けて合計48本に拡張し、さらに2021年には120本の追加提供を受けて合計168本(有効口径1.8メートル相当)にまで発展しました。MOTHRAはその技術的な延長線上に位置しますが、レンズ数は一気に1,140本へと跳ね上がり、規模もアプローチも次元が異なります。

技術的なポイントは「レンズの数」だけにあるのではありません。各レンズにはYale大学特許の「傾けることで中心波長を微調整できる超狭帯域干渉フィルター」が搭載されています。これにより、画素ごとにわずかに異なる波長をサンプリングする「積分視野分光」が可能になり、ガスの位置だけでなく速度・組成まで3次元的に把握できる点が革新的です。

なお、有効口径について補足します。公式プレスリリースでは「4.7メートル相当」と記載されていますが、Dragonflyの公式技術仕様では「4.8m口径 f/0.08の屈折望遠鏡相当」と記述されています。いずれにせよ、世界最大のオールレンズ望遠鏡であることに変わりはありません。

組織モデルにも注目してください。Dragonfly FROが採用する「FRO(Focused Research Organization)」という枠組みは、大学の研究室でもなく、企業でもない第三の形態です。明確なゴールを持ち、数年間のタイムラインで集中的に取り組む「科学版スタートアップ」ともいえるこのモデルは、資金・人材・意思決定の全てを一か所に集中できる点で、大型学術プロジェクトにありがちな意思決定の遅滞を回避します。

ポジティブな側面として、MOTHRAが本格稼働すれば、銀河間ガスの3次元分布と運動の全体像が初めて直接観測でき、宇宙の大規模構造や銀河形成モデルの精度が大幅に向上すると期待されています。暗黒物質の分布トレースにも活用できるため、素粒子物理学や宇宙論にも波及します。

一方で潜在的な課題もあります。科学インフラへの大規模民間資金投入は、研究の優先順位が出資者の関心に引っ張られるリスクを内包します。また、スタートアップ型科学のモデルが成熟していない分野において、短期集中スケジュールが生む技術的・運営的なリスクも否定できません。MOTHRAの成否はFROモデルそのものへの評価にも直結するため、天文学界だけでなく科学政策の観点からも注目される局面です。

長期的な視点では、MOTHRAは単独の成果物にとどまらず、今後さらに大型の分散開口型観測システムへの道筋を示す「概念実証」としての意義を持ちます。Canon EF 400mm F2.8L IS II USMという民生品レンズを大量活用するアプローチは、コスト効率の面でも従来の天文観測装置開発の常識を塗り替える可能性があります。

【用語解説】

コズミックウェブ(Cosmic Web)
ビッグバン直後に宇宙に刻まれた暗黒物質とガスが形成する、宇宙規模の網目状の大規模構造だ。銀河はこのウェブの交点に位置し、銀河間をつなぐフィラメント(糸状構造)には可視物質の大半が存在すると理論的に予測されている。

分散開口型望遠鏡(Distributed Aperture Telescope)
単一の大型レンズやミラーの代わりに、多数の小型レンズを並列配置し、デジタル処理で合成することで巨大な有効口径を実現する望遠鏡の設計手法だ。コスト削減と、低輝度・広域天体の検出に強みを持つ。

超狭帯域干渉フィルター(Ultra-Narrowband Filter)
特定の極めて狭い波長帯域の光だけを通過させる光学フィルターだ。MOTHRAではYale大学特許のチルティング機構を採用しており、フィルターを傾けることで中心波長を微調整できる。水素ガスが発するHα線など特定の輝線のみを選択し、銀河間の微弱な発光をノイズから分離する。

積分視野分光(Integral Field Spectroscopy)
観測視野内の各空間位置について同時にスペクトル(光の成分)を取得する分光技術だ。ガスの位置情報だけでなく、ドップラー効果を利用した視線速度や物質組成も3次元的に把握できる。コズミックウェブの「流れ」を追うMOTHRAの核心技術だ。

【参考リンク】

MOTHRA Telescope 公式サイト(外部)
Dragonfly FROが運営するMOTHRA望遠鏡の公式サイト。ミッション・技術仕様・チームの詳細と建設の最新進捗を掲載している。

The Dragonfly Telephoto Array 公式サイト(外部)
MOTHRAの前身となる分散開口型望遠鏡「Dragonfly」の公式サイト。技術的系譜・観測成果・仕様を詳しく解説している。

Convergent Research 公式サイト(外部)
FROの設計・立ち上げ・運営を手がける非営利組織の公式サイト。Dragonfly FROを含む各プロジェクトの詳細を確認できる。

XTX Markets 公式サイト(外部)
MOTHRA出資者アレックス・ゲルコ氏が設立したアルゴリズム取引会社の公式サイト。ML技術で世界5万以上の金融商品に対応する。

【参考動画】

The Dragonfly Telephoto Array: New Eyes on the Cosmic Web | Star Party(2023年8月公開)
MOTHRAの前身Dragonfly Telephoto Arrayの仕組みとコズミックウェブ観測の革新性を解説した講演映像。

【参考記事】

MOTHRA has its eyes — all 1,140 of them — focused on the ‘cosmic web’(Yale News)(外部)
Yale大学が公式に発表。DragonflyからMOTHRAへの技術系譜とYale特許チルティングフィルターの詳細を詳しく解説。

Canon U.S.A. to Provide Technical Assistance to Project Dragonfly(Canon公式)(外部)
2013年から2021年にかけてDragonfly Arrayに計168本のCanonレンズを提供した経緯を記録した公式リリース。

1,140 Canon 400mm f/2.8 Lenses Will Search Space for Dark Matter(PetaPixel)(外部)
MOTHRA採用のCanon EF 400mm F2.8L IS IIの詳細と、民生品カメラレンズを天文観測に転用する意義を解説。

Canon lenses help create the eye of MOTHRA(DPReview)(外部)
カメラ専門メディアによるMOTHRA技術の詳細解説。超狭帯域フィルターの傾斜機構と有効口径4.7m相当の算出方法を紹介。

World’s largest 1,140-lens telescope to probe the cosmic web(Interesting Engineering)(外部)
FROモデルが天体物理学に初めて導入された意義を解説。MOTHRAが分野全体を切り開く観測装置として機能する理由を紹介。

Direct Images of the Cosmic Web of Intergalactic and Circumgalactic Gas(arXiv)(外部)
Dragonfly Arrayを用いた銀河間ガスのコズミックウェブ直接撮像に関する査読前論文。MOTHRAの学術的前提を示す。

Researchers capture direct high-definition image of the “Cosmic Web”(Max-Planck-Gesellschaft)(外部)
マックス・プランク研究所によるコズミックウェブの高解像度撮像成功の報告。MOTHRAが挑む課題の科学的文脈を把握できる。

【編集部後記】

「宇宙の網」が初めて肉眼的に捉えられる日が、もうすぐそこまで来ています。1,140本ものレンズが夜空を見上げ、これまで誰も見たことのない光を拾い集める——その光景を想像するだけで、少しワクワクしませんか?

MOTHRAが映し出す宇宙の姿が、私たちの「宇宙観」をどう変えるのか、みなさんはどう思われますか?ぜひコメントで聞かせてください。

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TaTsu
『デジタルの窓口』代表。名前の通り、テクノロジーに関するあらゆる相談の”最初の窓口”になることが私の役割です。未来技術がもたらす「期待」と、情報セキュリティという「不安」の両方に寄り添い、誰もが安心して新しい一歩を踏み出せるような道しるべを発信します。 ブロックチェーンやスペーステクノロジーといったワクワクする未来の話から、サイバー攻撃から身を守る実践的な知識まで、幅広くカバー。ハイブリッド異業種交流会『クロストーク』のファウンダーとしての顔も持つ。未来を語り合う場を創っていきたいです。

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