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アストロスケールLEXI-P、スペインで重要試験クリア―GEO衛星の「使い捨て時代」に終止符を打てるか

[更新]2026年3月23日

アストロスケールは2026年3月20日、静止軌道(GEO)向け衛星寿命延長サービサー「LEXI-P(Life Extension In-Orbit – Prime)」が新たな技術的マイルストーンを達成したと発表した。Astroscale U.S.チームが開発するLEXI-Pは、スペインにあるGMVのロボティクスラボにて、統合RPOペイロードを用いたクローズドループ6自由度(6DoF)試験を完了した。

試験では接近・位置合わせ・ドッキングの各機動が確認され、最終接近フェーズである12〜15メートルの距離を再現したシミュレーションが実施された。LEXI-PのバスはSouthwest Research Institute(SwRI)との提携のもとで製造が進められており、2027年の打ち上げ準備完了を目指している。

From: 文献リンクSatellite Life Extension in GEO: How Our LEXI Servicer Maximizes Satellite Value

【編集部解説】

今回のニュースを理解するうえでまず押さえておきたいのが、GEO(静止軌道)という舞台の特殊性です。高度約3万6000キロメートルに位置するGEO衛星は、地球の自転と同期しているため、地上からは常に同じ位置に見えます。テレビ放送や気象観測、軍事通信など社会インフラの根幹を担う衛星の多くがここに集中していますが、この軌道に到達すること自体が非常に高コストであり、一度打ち上げられた衛星を廃棄することへの経済的・戦略的なためらいがあります。

GEO衛星の「寿命」を決める最大の要因は、機体の老化よりも燃料の枯渇です。通信機器や電子部品が健全であっても、位置を保つための燃料(推進剤)が尽きた瞬間に衛星は運用不能になります。LEXI-Pが目指しているのは、まさにこの課題への直接的な解答です。別の宇宙機を「修理工」として打ち上げ、燃料切れの衛星にドッキングして姿勢制御や位置保持の機能を肩代わりするという発想は、地上の感覚では整備工場や給油サービスに例えられますが、軌道上ではそれ自体が極めて高度な技術挑戦です。

今回の6DoF(6自由度)テストは、その技術的な信頼性を担保するための重要なステップです。6DoFとは、物体が三次元空間において持つ「前後・左右・上下の並進」と「ロール・ピッチ・ヨーの回転」の計6つの運動自由度を指します。つまり、宇宙空間でのあらゆる動きを模擬できる地上試験環境でLEXI-PのRPOソフトウェアを検証したことになります。特筆すべきは、これがあらかじめ決められた動作をなぞる「オープンループ」ではなく、カメラ映像をリアルタイムで処理してその場の判断で動く「クローズドループ」だった点です。これは、軌道上での実運用に極めて近い環境での地上検証を意味します。

一方で、いくつかの点は冷静に見ておく必要があります。当初は2026年打ち上げを目指していたLEXIですが、今回の発表では2027年へと後ろ倒しされています。宇宙開発における日程変更は珍しくありませんが、商業サービスの確立を急ぐ競合他社の動向も踏まえると、スケジュール管理が今後の競争力に直結する局面が近づいています。

潜在的なリスクとして見逃せないのが、安全保障上の含意です。GEO衛星への接近・ドッキング技術は、民間の「修理サービス」と軍事的な「妨害能力」が技術的に表裏一体である点を国際社会が注視しています。Astroscale U.S.が米国宇宙軍(USSF)向けのProvisioner™も手がけているという事実は、この技術の軍民両用性を如実に示しています。規制面では、国際的な合意形成が技術の進展に追いついていないのが現状であり、今後の宇宙交通管理(STM)や軌道上サービスに関する国際ルール整備がこのビジネス全体の成否を左右するとも言えます。

長期的な視点で捉えると、LEXI-Pが象徴するのは「衛星を使い捨てにしない宇宙」への移行です。1機の衛星を複数のサービサーが順番にケアし、役目を終えたら安全に墓地軌道へ廃棄するという仕組みが標準化されれば、GEO軌道帯のスペースデブリ問題の緩和にも寄与します。日本発のスタートアップであるアストロスケールが、この領域でグローバルな技術標準を形成しうる位置に立っているという事実は、日本の宇宙産業にとっても注目すべき動向です。

【用語解説】

GNC(Guidance, Navigation and Control/誘導・航法・制御)
宇宙機が目標地点へ正確に移動・位置合わせするための制御技術の総称。センサーからの情報をもとに、宇宙機の姿勢と軌道をリアルタイムで調整する。

RPO(Rendezvous and Proximity Operations/ランデブーおよび近傍運用)
宇宙空間において2機の宇宙機が互いに接近・位置合わせを行う一連の運用のこと。ドッキングの前段階となる最も難易度の高いフェーズのひとつである。

6DoF(Six Degrees of Freedom/6自由度)
物体が三次元空間で取りうる6種類の独立した運動(前後・左右・上下の並進3軸、ロール・ピッチ・ヨーの回転3軸)を指す。宇宙機の試験では、これらすべての動きを模擬した地上環境での検証を意味する。

クローズドループ試験
センサーで取得したリアルタイムの情報をフィードバックして制御に反映する試験方式。あらかじめ設定した動作手順をなぞるだけの「オープンループ」と異なり、実際の運用環境に近い検証が可能である。

AOCS(Attitude and Orbit Control System/姿勢・軌道制御システム)
衛星の姿勢(向き)と軌道位置を制御するサブシステム。このシステムが故障すると、燃料が残っていても衛星の正常な運用が困難になる。

墓地軌道(Graveyard Orbit)
運用を終えたGEO衛星を移送する、GEOよりも数百キロメートル高い軌道。軌道上に衛星を放置することで生じるスペースデブリ問題の緩和を目的としている。

CAPEX(Capital Expenditure/設備投資)
企業が長期的な資産取得や設備の維持・更新のために支出する資本的支出のこと。衛星運用においては、衛星の製造・打ち上げコストを指す場合が多い。

【参考リンク】

Astroscale 公式サイト(外部)
日本を拠点とする軌道上サービス専業企業。衛星の寿命延長・デブリ除去・廃棄支援をGEOからLEOの全軌道で手がける。

LEXI-P ミッションページ(Astroscale 公式)(外部)
GEO衛星寿命延長ミッション「LEXI-P」の公式ページ。開発状況・技術仕様・マルチミッション対応の詳細を確認できる。

Southwest Research Institute(SwRI)公式サイト(外部)
米テキサス州を拠点とする非営利研究機関。宇宙機エンジニアリングの豊富な実績を持ち、LEXI-Pのバス製造を担当する。

GMV 公式サイト(外部)
スペイン拠点の航空宇宙・防衛技術企業。LEXI-Pの6DoF試験を実施したロボティクスラボを保有し、GNC技術に強みを持つ。

Astroscale U.S. 公式サイト(外部)
LEXI-PとProvisioner™を開発するアストロスケールの米国子会社。米国宇宙軍向けGEO軌道上サービスも担当する。

【参考記事】

Astroscale reveals concept of operations for its in-orbit refueling vehicle(SpaceNews)(外部)
Astroscale U.S.がGEO補給機「APS-R」のコンセプトを発表。SwRI製でハイドラジンを補給するシャトル方式を採用している。

Space-junk scout captures amazing fly-around footage of discarded rocket in orbit(Space.com)(外部)
ADRAS-Jが2024年7月、大型デブリに約50メートルまで接近しフライアラウンド撮影に成功した際の詳報記事。

Astroscale looks to Orbit Fab space ‘gas stations’ to extend mission life(Breaking Defense)(外部)
Astroscale U.S.とOrbit FabによるGEO補給の業界初商業契約と、米国宇宙軍の戦略的関心を詳しく解説した記事。

【編集部後記】

宇宙空間で衛星を「修理・延命」するという発想、みなさんはどう感じましたか?燃料が尽きても、別の宇宙機が肩代わりしてくれる――そんな未来が、着実に近づいています。

私たちの生活を支えるテレビ放送や気象情報、通信インフラの多くはGEO衛星に依存しています。「使い捨て」が当たり前だった宇宙のインフラが、「循環型」へと変わっていくこの動きを、ぜひ一緒に見届けていきましょう。

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Ami
テクノロジーは、もっと私たちの感性に寄り添えるはず。デザイナーとしての経験を活かし、テクノロジーが「美」と「暮らし」をどう豊かにデザインしていくのか、未来のシナリオを描きます。 2児の母として、家族の時間を豊かにするスマートホーム技術に注目する傍ら、実家の美容室のDXを考えるのが密かな楽しみ。読者の皆さんの毎日が、お気に入りのガジェットやサービスで、もっと心ときめくものになるような情報を届けたいです。もちろんMac派!

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