私たちが日常的に使い捨てている歯車やバックル、自動車部品。これらに使われるポリオキシメチレン(POM)は、これまでリサイクルが極めて困難とされてきました。しかし理研の新技術が、この「厄介者」を高付加価値な化学品に変える道を切り拓きました。
理化学研究所環境資源科学研究センター グリーンナノ触媒研究チームの山田陽一チームディレクター、アブヒジト・セン研究員、九州大学カーボンニュートラル・エネルギー国際研究所のアンドリュー・チャップマン准教授らの共同研究グループは、高分子固体酸触媒PAFR IIとマイクロ波加熱を組み合わせて、ポリオキシメチレン(POM)を分解し高付加価値化学品へ変換する技術を開発した。
モデル反応では収率99%で1,3-ジオキサンを得た。実際の廃プラスチック製品では56〜95%、マイクロプラスチックでは88%の収率を達成した。温室効果ガス排出量は1.88kgCO2-eq/kgで、従来法の6.08kgCO2-eq/kgと比較して大幅に低減した。本研究は科学雑誌『Green Chemistry』オンライン版に1月21日付で掲載された。社会実装は5〜10年以内を見据えている。
From:
廃棄高機能プラスチックの再資源化技術を開発 | 理化学研究所

理化学研究所公式プレスリリースより引用
【編集部解説】
今回の理研の研究成果は、エンジニアリングプラスチックのリサイクルにおける長年の課題を解決する可能性を秘めた技術革新です。
POMの世界市場は2024年時点で約44億〜54億ドル規模に達し、年間約240万トンが生産されています。自動車部品や電子機器の精密部品に広く使用されるPOMは、その優れた機械的特性ゆえに需要が拡大し続けていますが、リサイクルに関しては大きな壁がありました。
従来の機械的リサイクルでは材料の品質が低下し、化学的リサイクルは高温・高圧条件や大量のエネルギー消費が必要でした。また、触媒として用いられていたビスマストリフレートなどは高価で再利用が困難という問題も抱えていました。
今回開発されたPAFR IIという高分子固体酸触媒の革新性は、まず使用量の少なさにあります。わずか260mol ppm(100万分の260)という微量で99%の収率を達成できる触媒効率の高さは特筆すべき点です。さらに触媒濃度を100mol ppmまで低減しても79%の収率を維持できることから、極めて高い触媒効率を実現しています。加えて、この触媒は5回の再使用後も97〜99%の収率を維持するため、循環型プロセスの実現に大きく貢献します。
マイクロ波加熱との組み合わせも重要なポイントです。油浴加熱と比較して収率が26ポイント向上(73%→99%)したことは、非熱的マイクロ波効果という物理現象を巧みに活用した結果です。これにより、温室効果ガス排出量を従来法の6.08kgCO2-eq/kgから1.88kgCO2-eq/kgへと約69%削減できました。
この技術の応用範囲は多岐にわたります。通常の廃プラスチック製品だけでなく、深刻化するマイクロプラスチック問題への対応も可能です。数百マイクロメートルサイズに粉砕されたPOMでも88%の収率で有用化学品を回収できることは、海洋や土壌に蓄積したマイクロプラスチックの処理技術としても期待されます。
さらに注目すべきは、炭素繊維強化複合材料(CFRP)への対応です。航空宇宙産業や高性能自動車部品で使用が拡大しているCFRPは、異なる素材が複合化されているため分離・リサイクルが極めて困難でした。本技術では、POMを選択的に分解しながら炭素繊維を96%の高い割合で回収できます。これは、高価な炭素繊維の再利用を可能にする画期的な成果です。
生成される化学品の実用性も検証されています。廃プラスチックから得られた1,3-ジオキサンやジエトキシメタンは、溶媒として使えるだけでなく、殺虫剤や機能性材料(ピラー[5]アレーン)の合成原料となります。つまり、単なる「ダウンサイクリング」ではなく、より価値の高い化学品への「アップサイクリング」が実現されているのです。
一方で、産業スケールへの展開には課題も残されています。現在は数グラムスケールでの検証段階であり、実用化に向けては数千トン〜数万トン規模へのスケールアップが必要です。研究チームが5〜10年以内の社会実装を目指すと明言していることから、今後は企業との連携による実証実験やプラント設計が進められるでしょう。
また、POM以外のエンジニアリングプラスチックへの応用展開も重要なテーマです。ポリカーボネートやポリアミドなど、他の難分解性プラスチックへも同様の手法が適用できれば、プラスチックリサイクルの選択肢は大きく広がります。
この技術が実用化されれば、年間240万トンにのぼるPOM生産の一部を廃プラスチックからの再生材料で代替できる可能性があります。循環型経済の実現と、カーボンニュートラル社会の構築に向けた重要な一歩として、今後の展開に注目が集まります。
【用語解説】
ポリオキシメチレン(POM)
高強度・耐水性・寸法安定性に優れたエンジニアリングプラスチックの一種。デルリン、ジュラコンなどの商品名で知られる。自動車部品、電子機器の精密部品、歯車、バックルなど幅広い用途で使用される。高い結晶性を持つため、熱分解温度が高く従来のリサイクル技術では再資源化が困難だった。
PAFR II(高分子固体酸触媒)
m-フェノールスルホン酸とホルムアルデヒドから合成される高分子型の固体酸触媒。エステル化反応などで高い触媒活性と耐久性を持つ。微量(ppmレベル)での使用が可能で、繰り返し使用できるため環境負荷が低い。
マイクロ波加熱
電磁波の一種であるマイクロ波(波長数cm)を照射して物質を加熱する方法。電子レンジと同じ原理。従来の油浴加熱と比較して、非熱的マイクロ波効果により化学反応を加速させることができる。
1,3-ジオキサン
環状アセタールと呼ばれる化学物質。溶媒として使用されるほか、各種化学品の合成原料となる。本研究では廃POMを分解して得られる主要な生成物。
ケミカルアップサイクリング
化学反応を用いて廃棄物や使用済みプラスチックを、元の材料より価値の高い化学品に変換する技術。単なる再利用(リサイクル)ではなく、付加価値を高める点が特徴。
マイクロプラスチック
直径5mm以下の微細なプラスチック粒子。海洋や土壌に蓄積し、生態系への影響が懸念されている深刻な環境問題。本研究では数百マイクロメートルサイズのPOMでも分解・再資源化が可能であることが示された。
CFRP(炭素繊維強化複合材料)
プラスチック樹脂に炭素繊維を混ぜて強化した複合材料。軽量で高強度という特性から、航空宇宙産業や高性能自動車部品で使用が拡大している。異なる素材が複合化されているため分離・リサイクルが極めて困難。
ライフサイクルアセスメント(LCA)
製品やサービスのライフサイクル全体(原料調達、製造、使用、廃棄)を通じた環境への影響を定量的に評価する手法。二酸化炭素排出量やエネルギー消費量などを比較し、環境負荷を判断する。
kgCO2-eq/kg
生成物1kg当たりの温室効果ガス排出量を二酸化炭素(CO2)に換算した単位。CO2換算(CO2 equivalent)により、メタンなど他の温室効果ガスもCO2の温暖化係数に換算して表示する。
mol ppm
触媒濃度を表す単位。原料1モル(mol)に対する触媒の濃度をppm(100万分の1)で示す。260mol ppmは原料1molに対して触媒が260ppm含まれることを意味する。
収率
化学反応において、理論的に得られる生成物の量に対して実際に得られた生成物の量の割合。パーセント(%)で表示される。99%の収率は非常に高効率であることを示す。
【参考リンク】
理化学研究所(理研)(外部)
日本を代表する自然科学の総合研究所。本研究を主導した環境資源科学研究センターが所属。
九州大学(外部)
福岡県に本部を置く国立大学。カーボンニュートラル・エネルギー国際研究所が共同研究に参加。
Green Chemistry(外部)
英国王立化学会が発行する環境配慮型化学技術の国際学術誌。本研究成果が掲載された。
【参考記事】
Upcycling waste polyoxymethylene to value-added chemicals(外部)
本研究の原論文。廃POMを高分子触媒でアップサイクルし、40グラムスケールで有効性を確認。
Polyoxymethylene Upcycling into Methanol(外部)
POMの世界生産規模は2020年に約2Mtで、触媒的アップサイクリングの報告は稀。
Valorization of polyoxymethylene waste as a C1 synthon(外部)
POMは年間100万トン以上生産。触媒負荷を10分の1に削減すると反応時間が増加。
Polyoxymethylene Market Size & Share Analysis(外部)
POM市場は2025年に46.1億ドル、2030年に62.2億ドルに達する見込み。CAGR6.15%。
Polyoxymethylene Market Size & Forecast(外部)
アジア太平洋地域は2024年に28.6億ドル。標準グレードPOMは2026-2035年に7.1%のCAGR。
Polyoxymethylene Market recorded USD 5.45 Billion in 2024(外部)
POM市場は2024年に54.5億ドル、2032年に96.5億ドル。アジア太平洋が41.34%のシェア。
Polyoxymethylene Market Global Industry Analysis 2033(外部)
2024年の世界POM生産能力は240万トン。中国が57%以上を占め、自動車用途が42%。
【編集部後記】
私たちが日常で使う歯車やバックル、自動車部品の多くにPOMが使われています。その廃棄物が、未来の資源として生まれ変わる可能性が見えてきました。5〜10年後、製品を手に取るとき「これは廃プラスチックから作られたのかもしれない」と思える日が来るかもしれません。
循環型社会の実現は、技術だけでなく私たち一人ひとりの意識の変化とも深く結びついています。みなさんは、プラスチック製品を選ぶとき、どのような基準を大切にされていますか。この技術が社会実装されたとき、私たちの消費行動はどう変わっていくのでしょうか。



































