Block CEO兼Twitter共同創設者のJack Dorseyが2025年7月7日(日)、Bluetoothメッシュネットワークで動作する分散型メッセージングアプリ「Bitchat」を発表した。
アプリはインターネット、中央サーバー、電話番号、メールアドレスを必要とせず、近距離デバイス間で暗号化された一時的通信を可能にする。
メッセージはデバイス上にのみ保存され、デフォルトで消失する。現在TestFlightでベータ版が公開されており、GitHubでホワイトペーパーが入手可能である。
Bluetoothの標準通信範囲は約30メートルだが、デバイス間でメッセージを中継することで範囲を拡張できる。
アプリはハッシュタグ付きグループチャット機能とパスワード保護を備え、オフラインユーザー向けのストア・アンド・フォワード機能も搭載する。今後のアップデートでWiFi Directサポートが追加予定である。
From: Jack Dorsey launches a WhatsApp messaging rival built on Bluetooth
【編集部解説】
Jack Dorseyが発表したBitchatは、単なる新しいメッセージングアプリではありません。これは通信インフラの根本的な再考を促す技術実験として位置づけられます。
Bluetoothメッシュネットワークの技術的意義
Bitchatが採用するBluetooth Low Energy(BLE)メッシュネットワークは、従来の中央集権型通信モデルからの大きな転換点を示しています。通常のBluetoothの通信範囲は約30メートルですが、メッシュネットワークでは各デバイスがリレー機能を果たすことで、通信範囲を大幅に拡張できます。
この技術により、災害時や政府による通信遮断時でも、人々が物理的に近くにいる限り通信を維持できる可能性が生まれます。2019年の香港民主化デモで使用されたBridgefyのような先例もあり、検閲抵抗性のある通信手段としての実用性は既に証明されています。
プライバシーとセキュリティの革新
Bitchatの最も注目すべき特徴は、完全な分散化によるプライバシー保護です。メッセージはデバイス上にのみ保存され、デフォルトで自動削除される仕組みになっています。これは、WhatsAppやMessengerのような既存のメッセージングアプリが、暗号化を謳いながらもメタデータの収集や中央サーバーへの依存を続けていることと対照的です。
エンドツーエンド暗号化に加えて、アカウント作成、電話番号登録、個人情報の提供が一切不要という設計は、真のプライバシー保護を実現しています。
技術的制約と現実的な課題
一方で、Bluetooth技術固有の制約も存在します。通信速度は従来のインターネット通信と比較して大幅に制限され、大容量ファイルの送信には適していません。また、メッシュネットワークの効果的な運用には、一定の人口密度が必要です。
都市部では有効に機能する可能性が高い一方、人口密度の低い地域では通信範囲が大幅に制限される可能性があります。バッテリー消費の増加も考慮すべき要因です。
規制当局への影響と社会的インパクト
Bitchatのような完全分散型通信システムは、既存の通信規制の枠組みに新たな課題をもたらします。政府や法執行機関による通信監視が技術的に困難になるため、テロ対策や犯罪捜査の観点から規制強化の議論が予想されます。
一方で、表現の自由や通信の秘密を重視する観点からは、このような技術の発展は民主主義社会にとって重要な価値を持ちます。
長期的な技術トレンドとの整合性
Dorseyの今回の取り組みは、彼が一貫して推進してきた分散化の理念と完全に一致しています。Bitcoin支持、Bluesky創設、そして今回のBitchatは、すべて中央集権的なプラットフォームからの脱却を目指す一連の流れとして理解できます。
将来的にWiFi Directサポートが追加される予定であり、これにより通信速度と範囲の大幅な改善が期待されます。この技術的進歩により、Bitchatは単なる実験的プロジェクトから実用的な通信手段へと発展する可能性を秘めています。
イノベーションの本質的価値
Bitchatが提示する最も重要な価値は、通信インフラの民主化です。大手テック企業が支配する現在の通信環境において、個人が完全にコントロールできる通信手段の存在は、技術の未来を考える上で重要な示唆を与えています。
【用語解説】
Bluetoothメッシュネットワーク
Bluetooth Low Energy(BLE)を基盤とした多対多通信を可能にするネットワーク技術である。デバイス間でメッセージを中継することで、通常のBluetoothの通信範囲(約30メートル)を超えた通信を実現する。各デバイスがノードとして機能し、メッセージを次のデバイスに転送する「管理されたフラッディング」方式を採用している。
ストア・アンド・フォワード
メッセージを一時的に保存し、受信者がオンラインになった際に配信する技術である。Bitchatでは、オフラインユーザーに対してメッセージを保持し、デバイスが通信範囲内に戻った際に自動配信する。
エンドツーエンド暗号化
送信者と受信者の間でのみメッセージを復号化できる暗号化方式である。中継するデバイスや第三者はメッセージの内容を読むことができない。
TestFlight
Apple社が提供するiOSアプリのベータテスト配信プラットフォームである。開発者が正式リリース前のアプリを限定的にテストユーザーに配布するために使用される。
WiFi Direct
インターネット接続やアクセスポイントを介さずに、WiFi対応デバイス同士が直接通信できる技術である。Bitchatの将来のアップデートで追加予定とされている。
【参考リンク】
Bitchat GitHub(外部)
Jack DorseyによるBitchatのソースコードとホワイトペーパーが公開されているリポジトリ
Damus(外部)
Jack Dorseyが支援する分散型SNSプラットフォーム。Nostrプロトコルを使用
Bluesky(外部)
Jack Dorseyが創設に関わった分散型ソーシャルメディアプラットフォーム
Block(旧Square)(外部)
Jack DorseyがCEOを務めるフィンテック企業。決済サービスやビットコイン事業を展開
【参考記事】
Jack Dorsey launches Bitchat, a Bluetooth-based messaging platform(外部)
Bitchatのホワイトペーパー公開とBluetooth技術の詳細について報じた記事
Jack Dorsey tests Bitchat — decentralized messaging without internet(外部)
インターネット不要の分散型メッセージングサービスとしてのBitchatの特徴を解説
【編集部後記】
Dorseyの新しい挑戦を見て、皆さんはどう感じられましたか?私たちが日常的に使っているWhatsAppやLINEが、実は大手テック企業によってデータが収集・管理されていることを改めて考えさせられます。
もし明日、インターネットが使えなくなったとき、皆さんはどうやって大切な人と連絡を取りますか?災害時や緊急時に、本当に頼りになる通信手段について、一緒に考えてみませんか?
Bitchatのような技術が普及した未来では、私たちのコミュニケーションはどう変わるでしょうか。プライバシーを完全に守れる代わりに、利便性を犠牲にすることになるのか、それとも新しい形の自由を手に入れることになるのか。皆さんの率直なご意見をお聞かせください。