箱根の山岳駅に、生成AIを積んだロボットが立つ——その光景が、2026年3月17日から現実になる。訪日外国人4,000万人時代の「旅の案内役」は、人からAIへと静かにバトンを渡し始めた。
株式会社小田急箱根は、生成AIを活用した多言語音声案内システムを搭載した自律型ロボット「temi(テミ)」の実証実験を早雲山駅1階コンコースで実施する。発表は2026年3月13日、期間は同年3月17日から30日(20日・21日・22日を除く)で、英語・日本語・中国語(繁体字)の3言語に対応する。
旅行者の質問を生成AIが音声で聞き取り、観光ポータルサイト「箱根ナビ」と連携した学習データをもとに案内情報を抽出・応答できるかを検証する。2024年8月に同駅で実施した定型案内の実証実験では、音声入出力への高いニーズが確認されている。temiは株式会社hapi-robo stが提供する。
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早雲山駅で生成AIを活用した多言語音声案内サービスの実証実験を実施
※アイキャッチは株式会社小田急箱根 PRTIMESより引用
【編集部解説】
「観光地にロボットが立っている」——そんな光景は、もはや近未来の絵空事ではありません。今回、株式会社小田急箱根が早雲山駅で実施する実証実験は、生成AIとロボティクスを組み合わせた「インバウンド対応の次の一手」として、日本の観光DXの現在地を示す事例です。
なぜ今、このタイミングなのか。背景には明確な数字があります。JNTOが発表した2025年の訪日外国人旅行者数は累計4,268万3,600人で、初めて4,000万人を突破しました。過去最高だった2024年(3,687万148人)を15.8%上回り、消費額も約9.5兆円と3年連続で過去最高を更新しています。観光地における多言語対応は、もはや「あれば便利」ではなく「なければ困る」フェーズに突入しているのです。
今回の実験で使われるロボット「temi(テミ)」は、米国のtemi USA inc.(本社:アメリカ合衆国ニューヨーク州)が開発した自律型パーソナルロボットです。身長は約1メートルで、AIによる自律ナビゲーション、映像通話、コンテンツ配信、インタラクティブな体験提供を一台に統合したプラットフォームです。今回の肝は、単なる定型文の読み上げではなく、観光ポータルサイト「箱根ナビ」と連携した生成AIが旅行者の自由な問いかけに応答するという点です。これは2024年8月に同駅で実施した定型案内実験からの明確なアップグレードであり、「使えるかどうか」ではなく「どこまで使えるか」を測る段階に来ています。
同様の動きは業種を超えて広がっています。日本航空(JAL)とJALインフォテックも2024年11月〜12月にかけてJAL SKY MUSEUMでtemiを活用した実証実験を実施しており、日本語・英語・中国語・韓国語の多言語対応で施設案内や展示解説を行いました。航空、鉄道・ロープウェイと、移動インフラの各接点で同じロボットが試されているという事実は、日本の観光業界が「現場での多言語対応」をいかに深刻な課題と捉えているかを示しています。
この技術で何が変わるか。最も直接的なインパクトは、慢性的なスタッフ不足の緩和です。多言語音声対応の生成AIコンシェルジュを導入した観光地では、定型的な問い合わせをロボットに振り分けることでスタッフの負担を軽減し、同時に寄せられた質問を分析することで情報ギャップやサービス改善に活用できると報告されています。つまり、ロボットが「代替」するのではなく、人間のスタッフがより付加価値の高い接客に集中するための仕組みです。
一方で、潜在的なリスクと課題にも目を向ける必要があります。今回の対応言語が英語・日本語・中国語(繁体字)の3言語にとどまっている点は、韓国語やタイ語など他の主要訪日市場をカバーできていないことを意味します。また、音声認識の精度はアクセントや方言、騒がしい環境下での品質に大きく依存するため、実際の旅行者体験が期待値に届かないリスクもあります。さらに、観光案内という業務には「最新情報」が不可欠であり、連携するデータベースの更新頻度と精度がサービスの品質を左右します。
長期的な視点で見ると、このような実証実験の積み重ねが業界標準を形成していきます。日本のAI観光分野は2030年にかけて年平均26.7%の成長が予測されており、市場規模は5億5,470万ドルに達すると見込まれています。箱根という国際的な観光地での実証データは、他の交通事業者や観光地が同様のシステムを導入する際の重要な参考事例となるでしょう。
小さな駅のコンコースで始まる14日間の実験は、日本の観光インフラが「人手」から「人とAIの協働」へとシフトする、その最前線に立っています。
【用語解説】
生成AI(ジェネレーティブAI)
テキスト・音声・画像などを自ら生成できるAIの総称。従来のAIが決まったルールに基づいて動作するのに対し、大量のデータを学習することで、事前に想定されていない質問にも柔軟に応答できる。ChatGPTやGeminiなどが代表例である。
観光DX(デジタルトランスフォーメーション)
観光産業においてデジタル技術を活用し、サービスの品質向上や業務効率化を図る取り組みの総称。多言語対応、混雑状況のリアルタイム把握、キャッシュレス決済などが含まれる。
インバウンド
訪日外国人旅行者、またはその旅行需要そのものを指す言葉。反対に日本人が海外へ渡航することはアウトバウンドと呼ぶ。
自律走行(自律型ロボット)
人間の操作なしに、センサーやAIを使って周囲の環境を認識しながら自ら移動・判断するロボットの動作方式。障害物の回避や目的地へのナビゲーションを自動で行う。
【参考リンク】
箱根ナビ(外部)
小田急箱根が運営する箱根の公式観光ポータルサイト。今回の実証実験で生成AIの学習データ源として連携している。
temi Japan公式サイト(株式会社hapi-robo st運営)(外部)
米国temi USA inc.の国内総代理店・hapi-robo stが運営するtemi日本公式サイト。導入事例や機能紹介を掲載。
JNTO(日本政府観光局)(外部)
訪日外国人数の月次・年次統計データを公表する政府機関。インバウンド動向把握のための一次情報源として参照されている。
【参考記事】
The Global AI Race in Hospitality: How USA, China, and Japan Are Transforming Hotels in 2026(外部)
米中日のホテル・観光業界のAI活用を比較分析。日本の市場が2030年に5億5,470万ドル規模に達すると予測している。
Japan’s Tourism DX Shift: How AI, Data, and “Frictionless Travel” Are Redesigning Destinations(外部)
日本の観光DX全体を俯瞰した英語記事。生成AIが定型問い合わせを自動化し業務効率化に貢献する事例を報告。
JAL Sky Museum to Launch Demonstration Experiment of AI Assistant Robot “temi” on November 1(外部)
JALによるtemi実証実験の公式プレスリリース。4言語対応でJAL SKY MUSEUMの施設案内を実施した内容を記す。
【編集部後記】
旅先で困ったとき、ロボットに話しかけることに違和感を覚えますか?それとも、むしろ気軽でいいと感じますか?生成AIと観光の組み合わせは、私たちの「旅の体験」そのものを静かに塗り替えようとしています。
あなたが次に訪れる観光地で、こんな光景に出会う日はそう遠くないかもしれません。







































