シャープは2026年3月19日、介護施設における高齢者の機能訓練業務を支援する「介護向けAIトレーナー」を開発したと発表した。テレビに専用アプリとウェブカメラを接続して使用し、AIキャラクターが利用者の会話内容や起立・歩行などの動作を分析してアセスメントを実施、機能訓練計画を自動で作成する。訓練の記録・評価・計画の見直しも自動化される。
厚生労働省の科学的介護情報システム「LIFE」に対応し、個別機能訓練加算の申請書類作成も支援する。2026年2月には神奈川県海老名市の有料老人ホーム「プライムガーデン海老名」で実証を実施済みであり、今後も実証を重ねて早期の実用化を目指す。
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AIとテレビを活用した「介護向けAIトレーナー」を開発|ニュースリリース:シャープ
【編集部解説】
シャープが今回発表した「介護向けAIトレーナー」は、一見すると”介護施設向けの体操支援ツール”に見えるかもしれません。しかし、その本質はもっと根深い社会課題への応答です。
日本の介護人材不足は、数字で見るとその深刻さが際立ちます。厚生労働省が公表した第9期介護保険事業計画によれば、2026年度には約240万人の介護職員が必要とされており、2022年度比で約25万人が不足する見込みです。さらに2040年度には約272万人が必要となり、不足数は約57万人に達すると推計されています。現時点でも介護施設の約69%が人手不足を実感しており、訪問介護員に至ってはその数字が83.4%にのぼります。
この文脈で重要なのが、今回のソリューションが「ロボット」ではなく「テレビ+ウェブカメラ+アプリ」という既存インフラを活用している点です。高額な専用ハードウェアを必要とせず、多くの介護施設にすでに設置されているテレビを起点にシステムを構築できるため、導入ハードルが大幅に低くなります。介護ロボット分野では先行する高機能ヒューマノイド型ロボット(例えばAIRECは初期コストが約1,000万円と試算)と比べ、現場への実装スピードという点で明確な差別化ができています。
機能訓練の「計画→実施→記録→評価→書類作成」という一連のフローをAIが自動化する設計も見逃せません。これまで理学療法士や機能訓練指導員が担ってきた専門的な判断の一部を、AIがアシストする形です。スタッフは計画の確認と実際のケアに集中でき、書類作業の負担が軽減されます。厚生労働省のLIFEシステムへの対応も、現場の実務に直結した判断であり、加算申請という介護施設の収益に直接影響する部分まで支援している点は実用性の高さを示しています。
ポジティブな側面としては、AIによる個別化された訓練計画が「施設の規模や人員に関わらず、均質な訓練品質を提供できる可能性」を秘めている点が挙げられます。地方の小規模施設でも、理学療法士が常勤していなくても、科学的根拠に基づいた機能訓練を継続できる未来が見えてきます。
一方で、潜在的なリスクも存在します。AIによる姿勢・動作分析の精度が実際の介護現場でどこまで担保されるか、転倒リスクの高い利用者への安全対策、そして「楽しみながら訓練できる」というゲーミフィケーションが認知症の利用者にどこまで有効かは、現時点では実証段階であり引き続き検証が必要です。
規制面においても、このソリューションは追い風の中にあります。厚生労働省と経済産業省が2025年4月から「機能訓練支援」を介護ロボットの重点分野に追加しており、補助金や実証支援の対象になりやすい環境が整いつつあります。シャープが神奈川県の「令和7年度ロボット開発支援事業」に採択されたことも、この潮流の表れです。
長期的な視点で見ると、シャープは「家電メーカー」から「ヘルスケアデータプラットフォーマー」へと進化しようとしているとも読み取れます。LIFEを通じて蓄積される訓練データは、将来的にはAIモデルの改善のみならず、保険・医療・福祉を横断する価値あるデータ資産になり得ます。今回の発表は、そのエコシステム構築への第一歩として位置づけることができるでしょう。
【用語解説】
機能訓練
介護施設において、高齢者の身体機能の維持・向上を目的に行われるリハビリ的な運動や活動のこと。起立・歩行・バランス練習などが含まれる。理学療法士や機能訓練指導員が中心となって計画・実施するが、記録や書類作成まで含めるとスタッフの負担が大きい。
個別機能訓練加算
利用者ごとに策定した計画に基づき、所定の体制・要件を満たして機能訓練を実施した場合に算定できる介護報酬の加算制度。算定には計画書の作成や記録・書類整備が必要で、LIFEへのデータ提出が要件となる加算もある。
アセスメント(介護分野)
利用者の身体状況、生活環境、ニーズなどを多角的に把握・評価するプロセス。この結果をもとに個別ケア計画が策定される。今回のシステムでは、AIがカメラ越しに動作・姿勢を分析することでアセスメントを自動化している。
ゲーミフィケーション
ゲーム的な要素(得点・キャラクター・達成感など)を非ゲーム的な文脈に取り入れ、継続的な参加意欲を高める手法。本ソリューションでは「身体を動かすゲーム」として機能訓練に組み込まれており、利用者のモチベーション維持を狙っている。
【参考リンク】
シャープ株式会社 コーポレートサイト(外部)
AIとIoTを融合した「AIoT」戦略を軸に、ヘルスケア・介護分野への応用を加速させている日本の総合電機メーカーの公式サイト。
シャープ「介護向けAIトレーナー」ニュースリリース(2026年3月19日)(外部)
今回の発表の原文。機能訓練の実施イメージや介護ソフトの画面イメージも掲載されており、ソリューションの全体像を確認できる。
厚生労働省|科学的介護情報システム(LIFE)について(外部)
LIFEの公式情報ページ。利用申請手順・様式・マニュアル・説明会動画など、介護施設が加算申請に必要な情報が集約されている。
厚生労働省|第9期介護保険事業計画に基づく介護職員の必要数について(外部)
2026年度に約240万人、2040年度に約272万人の介護職員が必要と推計した厚労省の一次資料。介護人材不足の深刻さを数値で確認できる。
【参考動画】
▲ 科学的介護情報システム(LIFE)第1回説明会(介護施設・事業所向け)/厚生労働省公式YouTubeチャンネル
【参考記事】
Japan lacks workers to care for the elderly. This company is using AI to help|CNBC(外部)
日本の高齢者人口が2024年に3,625万人と過去最高を記録。Sompo HoldingsがAIで介護効率化に取り組む事例を報じている。
Robots in elderly care: Lessons from Japan’s aging population|Sinolytics(外部)
介護職の求人倍率が4.25倍、介護ロボット市場が2035年に38億ドル規模へとの試算など、日本の介護テック動向を数値で分析した記事。
Inside Japan’s long experiment in automating elder care|MIT Technology Review(外部)
介護ロボット導入の現場を18ヶ月間調査。「スタッフの負担が増える」事例も多く、テクノロジーへの過信に対する反論視点を提供している。
Robotics in Care: How Japan is Using AI to Solve Its Elderly Care Crisis|Hello World Japan(外部)
介護ロボットの普及が国家戦略「Society 5.0」と連動していることや、医療・介護分野の求人倍率2.6倍の背景を解説した記事。
Japan Turns to AI Robots to Ease Elderly Care Crisis|European Business Review(外部)
早稲田大学のAIロボット「AIREC」の開発状況と、現役介護士が語る「ロボットは人間のタッチを代替できない」という現場の声を紹介。
【編集部後記】
「介護」という言葉に、どこかよそごとのような距離感を覚える方もいるかもしれません。でも、AIが機能訓練を支える時代が静かに始まっています。
あなたの家族が、あるいはいつか自分自身が、テレビ画面のAIキャラクターとリハビリをする未来——それは遠い話でしょうか。テクノロジーが「ケア」に触れるとき、何が変わり、何が残るべきなのか。ぜひ一緒に考えてみませんか。







































