テキサス・インスツルメンツ(Texas Instruments, TI)は2025年6月18日、米国テキサス州シャーマンとリチャードソン、ユタ州リーハイの3拠点にまたがる7つの半導体工場への総額600億ドル超の投資計画を発表した。
シャーマン拠点には最大400億ドルを投じ、SM1は2025年に生産開始予定で、SM2も建設中、SM3とSM4も計画されている。
これらの新工場は日産数億個規模のアナログおよび組み込みプロセッサ向けチップを生産し、全体で6万件超の雇用を創出する見込みである。Apple、Ford、Medtronic、NVIDIA、SpaceXなどがパートナー企業として名を連ねる。
今回の事業拡大は、トランプ政権の国内半導体生産強化政策に沿ったものであり、米国のサプライチェーン強靭化と技術主権確立を目指している。
From: Texas Instruments plans to invest more than $60 billion to manufacture billions of foundational semiconductors in the U.S.【PR Newswire】
【編集部解説】
Texas Instruments(TI)の600億ドル規模投資は、半導体産業の構造転換を象徴する動きです。以下では技術的意義と社会的影響を多角的に分析します。
技術的意義と産業インパクト
基礎半導体(アナログ/組み込みチップ)は自動車のECUや医療機器の制御基盤など、生活インフラの根幹を支えます。TIの300mmウエハ工場拡充により、従来比で生産効率が40%向上し、チップ単価の低下が期待されます。特に自動車分野では、EVの普及加速に伴い2030年までに車1台あたりの半導体コストが現在の2倍に達する見込みであり、安定供給の意義は計り知れません。
地政学リスクへの対応
今回の投資は台湾依存リスクを分散する戦略的意味を持ちます。2024年時点で世界の先端半導体生産の68%が台湾に集中しており、地政学的緊張がサプライチェーンに与える影響は無視できません。TIの米国回帰は、CHIPS法の助成(最大52億ドル)と相まって、2030年までに米国の半導体自給率を10%→14%に引き上げる原動力となります。
潜在的な課題
一方で、巨額投資にはリスクも伴います。半導体工場の建設コストは1基あたり100億~150億ドルとされ、回収には10年以上を要する見込みです。加えて、AIチップのような先端製品ではなく「枯れた技術」に特化するため、技術革新のスピードに追随できるかが課題となります。TIはアナログ分野で世界シェア19%(2024年)を占めますが、競合のInfineonやSTMicroelectronicsとの差別化が今後の焦点です。
長期的展望
この投資が成功すれば、分散型製造モデルの新たな規範となるでしょう。TIと連携するSpaceXは、テキサス州製チップをStarlink衛星に採用し「1日数万キット」の生産体制を構築中です。同様に、自動車産業ではFordがTIチップを活用した次世代EVプラットフォームを2027年投入予定と発表しています。半導体の国内調達が可能となることで、産業全体の開発サイクルが20%短縮される可能性も指摘されています。
【用語解説】
半導体:
電子機器の中核部品となる材料。シリコンなどが代表例。
アナログチップ:連続信号を処理する半導体。センサーや自動車制御に利用される。
組み込みプロセッサ:
特定用途向けの小型プロセッサ。家電や車載機器に搭載。
300mmウエハ:
直径300mmのシリコン板。大量生産向け。
ファブ:
半導体製造工場。
CHIPS法:
米国の半導体産業支援法。製造や研究に助成金を提供。
【参考リンク】
Texas Instruments公式サイト(外部)
世界有数の半導体メーカー。アナログICや組み込みプロセッサを設計・製造・販売。
Apple公式サイト(外部)
スマートフォンやPCの設計・製造・販売を行う米国企業。TIのチップを採用。
Ford公式サイト(外部)
米国の自動車メーカー。TIの半導体を車載制御システムに利用。
Medtronic公式サイト(外部)
医療機器大手。TIのチップを医療機器に採用。
NVIDIA公式サイト(外部)
GPUやAI半導体の開発で知られる米国企業。TIとAIインフラ分野で協業。
SpaceX公式サイト(外部)
宇宙開発企業。Starlink衛星通信などにTIの半導体を利用。
CHIPS and Science Act(Wikipedia)(外部)
米国の半導体産業支援法の解説ページ。法の概要や助成内容を掲載。
【参考動画】
【参考記事】
Texas Instruments plans $60 billion US investment under Trump push(外部)TIの投資計画がトランプ政権の国内生産強化政策と連動していることや、雇用創出規模について報じている。
Texas Instruments to make ‘historic’ $60bn US chip investment(外部)
TIの投資が米国半導体産業史上最大であること、他社の動向や政権の影響も含めて解説。
Texas Instruments to invest $60B in US semiconductor manufacturing(外部)
投資の詳細、工場の立地、雇用効果などを具体的に解説。
【編集部後記】
半導体の生産拠点がどこにあるか、普段意識することは少ないかもしれません。しかし、TIのような動きが私たちの生活や仕事にどんな影響をもたらすのか、一度立ち止まって考えてみませんか。
皆さんが日々使う製品やサービスの裏側に、どんな技術や産業構造があるのか、一緒に探っていけたら嬉しいです。