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イーライリリー、Verve買収発表:PCSK9遺伝子編集で心血管リスクを生涯低減する新治療

リリー・Verve買収発表:PCSK9遺伝子編集で心血管リスクを生涯低減する新治療 - innovaTopia - (イノベトピア)

Last Updated on 2025-06-23 17:47 by admin

イーライリリー・アンド・カンパニー(NYSE: LLY)は2025年6月17日、心血管疾患向け遺伝子医薬品を開発するボストンの臨床段階企業Verve Therapeutics(Nasdaq: VERV)を買収する確定契約を発表した。

買収価格は1株当たり10.50ドルの現金(総額約10億ドル)で、条件付価値権により最大3.00ドルの追加支払いがあり、総潜在対価は1株当たり最大13.50ドル(総額最大約13億ドル)となる。

この価格は2025年6月16日終了時点でのVerve普通株式の30日間出来高加重平均取引価格に対して約113%のプレミアムを表す。

Verveの主要プログラムVERVE-102は、コレステロール値に関連するPCSK9遺伝子をターゲットとする潜在的ファーストインクラスのin vivo遺伝子編集医薬品で、現在第1b相臨床試験で評価されており、米国食品医薬品局からファストトラック指定を受けている。

この治療法は異型接合体家族性高コレステロール血症(一般人口の250人に1人が罹患)および早発性冠動脈疾患の特定患者に適用される可能性があり、生涯に一度の投与で心血管リスクを低減する。取引は2025年第3四半期にクロージング予定である。

From: 文献リンクLilly to acquire Verve Therapeutics to advance one-time treatments for people with high cardiovascular risk

【編集部解説】

この買収は、単なる企業買収を超えた医療革命の始まりを意味しています。従来の心血管疾患治療は、患者が生涯にわたって薬を飲み続ける「慢性管理」が基本でした。しかしVerveの遺伝子編集技術は、たった一度の治療で根本的な問題を解決する可能性を秘めています。

技術的な革新性について

VERVE-102の核心技術は「ベースエディティング」と呼ばれる最新の遺伝子編集手法です。これは従来のCRISPR技術をさらに精密化したもので、DNAの一文字だけを書き換えることができます。具体的には、肝臓のPCSK9遺伝子を永続的に無効化し、コレステロール値を生涯にわたって低く保つ仕組みです。

この技術が画期的なのは、現在のコレステロール治療薬の大きな問題点を解決できることです。研究によると、コレステロール治療薬の服薬継続率には課題があり、多くの患者が長期継続に困難を抱えています。副作用や服薬の負担が主な理由ですが、VERVE-102なら一度の治療で済むため、この問題を根本的に解決できます。

包括的なパイプライン戦略

Verveが開発する3つの主要プログラムは、動脈硬化の根本原因となる3種類のリポタンパク質をすべてカバーしています。VERVE-102(PCSK9遺伝子)は低密度リポタンパク質を、VERVE-201(ANGPTL3遺伝子)はトリグリセリド豊富リポタンパク質を、VERVE-301(LPA遺伝子)はリポタンパク質(a)をそれぞれターゲットとしており、心血管疾患の包括的な治療戦略を構築しています。

市場への影響と競合状況

リリーが113%という高いプレミアムを支払った背景には、心血管疾患治療市場の巨大さがあります。多くの国において心血管疾患は主要な死因の一つであり、特に先進国では高齢化に伴って患者数が急増しています。

また、この買収はリリーの戦略的転換点でもあります。同社は糖尿病・肥満治療で大成功を収めましたが、特許切れによる収益減少に備えて新たな成長領域を模索していました。遺伝子治療という次世代技術への参入は、長期的な競争優位性確保の観点から極めて重要な判断といえるでしょう。

規制面での意義

FDA(米国食品医薬品局)がVERVE-102にファストトラック指定を与えたことは、規制当局がこの技術の潜在性を高く評価している証拠です。ファストトラック指定により、通常より頻繁にFDAとの協議が可能になり、審査期間の短縮も期待できます。

ただし、in vivo(生体内)遺伝子編集は比較的新しい技術分野のため、長期的な安全性データの蓄積が重要な課題となります。現在進行中の第1b相試験では、安全性と有効性の両面で慎重な評価が行われています。

潜在的なリスクと課題

一方で、この技術には解決すべき課題も存在します。遺伝子編集は不可逆的な処置であるため、予期しない副作用が生じた場合の対処が困難です。また、治療対象が限定的で、現時点では異型接合体家族性高コレステロール血症や早発性冠動脈疾患の患者が主な適応となります。

コスト面でも課題があります。一度の治療で生涯効果が続くとはいえ、開発コストを考慮すると高額な治療費になる可能性が高く、医療保険制度への影響も懸念されます。

長期的な展望

この買収が成功すれば、他の製薬大手も遺伝子編集企業の買収に乗り出す可能性があります。実際、Verveは3つの主要プログラムを並行開発しており、動脈硬化の主要な原因となる3種類のリポタンパク質すべてをターゲットにしています。

これらの技術が実用化されれば、心血管疾患治療は「予防医学」の新時代に突入するでしょう。遺伝的リスクの高い患者を事前に特定し、発症前に根本的な治療を行う「先制医療」の実現も視野に入ってきます。

【用語解説】

PCSK9遺伝子
コレステロール値を調節するタンパク質の産生を指示する遺伝子。この遺伝子が働くとLDLコレステロール(悪玉コレステロール)の除去を妨げるため、遺伝子編集でこの遺伝子を無効化することで血中コレステロール値を下げることができる。

異型接合体家族性高コレステロール血症(HeFH)
遺伝的にコレステロール値が異常に高くなる疾患で、一般人口の250人に1人が罹患する。片方の親から異常な遺伝子を受け継ぐことで発症し、早期の心疾患リスクが高い。

動脈硬化性心血管疾患(ASCVD)
動脈硬化が原因となる心血管疾患の総称。冠動脈疾患、末梢動脈疾患、虚血性脳卒中などが含まれ、多くの国において心血管疾患は主要な死因の一つである。

ベースエディティング
遺伝子編集技術の一種で、DNAの一文字だけを精密に書き換える手法。従来のCRISPR技術より安全性が高いとされ、不可逆的な遺伝子改変を行う。

ファストトラック指定
FDA(米国食品医薬品局)が重篤な疾患に対する有望な治療薬に与える特別な承認促進制度。通常より頻繁な当局との協議や審査期間の短縮が可能になる。

条件付価値権(CVR)
買収において、将来の特定の条件達成時に追加支払いを受ける権利。今回の場合、VERVE-102のASCVD向け米国第3相臨床試験で最初の患者に投与された時点で、クロージングから10周年以前またはCVR終了時に1株当たり最大3.00ドルの追加支払いが発生する。

in vivo遺伝子編集
生体内で直接行う遺伝子編集。体外で細胞を取り出して編集する ex vivo 方式と対比される。患者の体内に直接遺伝子編集ツールを投与する手法。

ANGPTL3遺伝子
肝臓で産生されるタンパク質をコードする遺伝子で、脂質代謝に関与する。この遺伝子を無効化することで、難治性高コレステロール血症や同型接合体家族性高コレステロール血症の治療が可能になる。

リポタンパク質(a)
遺伝学的に検証された独立した心血管リスク要因で、ASCVD、虚血性脳卒中、血栓症、大動脈弁狭窄症のリスクを高める。LPA遺伝子の編集により血中レベルを低下させることができる。

【参考リンク】

Eli Lilly and Company(外部)
約150年間にわたって人生を変える発見を先駆けてきた米国大手製薬会社の公式サイト

Verve Therapeutics(外部)
心血管疾患向け遺伝子編集医薬品を開発するボストンの臨床段階企業の公式サイト

MedlinePlus Genetics – PCSK9遺伝子(外部)
米国国立医学図書館が提供するPCSK9遺伝子の詳細解説ページ

Family Heart Foundation – HeFH解説(外部)
異型接合体家族性高コレステロール血症の専門情報サイト

FDA – Fast Track Designation(外部)
FDAのファストトラック指定制度に関する公式情報ページ

【参考動画】

【参考記事】

Lilly to acquire Verve Therapeutics to advance one-time treatments for people with high cardiovascular risk
リリーとVerveが発表した買収に関する公式プレスリリース。買収条件、技術概要、両社幹部のコメント、CVRの詳細条件など買収の全容を詳細に報告している。

Verve Therapeutics Announces Positive Initial Data from the Heart-2 Phase 1b Clinical Trial
VERVE-102の第1b相臨床試験の初期データ発表。LDLコレステロール53%減少、最大69%減少という良好な結果を報告し、技術の有効性を実証している。

Lilly Validates Gene Editing Space With $1.3B Verve Buy, But Analysts are Skeptical
買収に対する業界アナリストの分析記事。遺伝子編集分野への大手製薬企業の参入意義と、商業的成功への懐疑的な見方を両面から検討している。

【編集部後記】

この買収ニュースを読んで、皆さんはどのような未来を想像されるでしょうか。一度の治療で生涯にわたって心血管リスクを下げられる技術が実現すれば、私たちの健康管理は根本的に変わるかもしれません。特に家族に心疾患の既往がある方や、コレステロール値が気になる方にとって、この遺伝子編集技術は希望の光となるでしょう。

一方で、遺伝子を永続的に書き換える治療には、まだ見えないリスクもあるかもしれません。皆さんは、このような革新的な治療法が実用化された時、どのような基準で治療を選択されますか?従来の薬物療法と遺伝子編集治療、どちらを選ぶかは非常に悩ましい判断になりそうです。

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TaTsu
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