若者が立ち上がる。ヨーロッパで加速するデジタル正義運動の意義

[更新]2025年12月9日

 - innovaTopia - (イノベトピア)

世界初となる16歳未満のソーシャルメディア利用禁止が、オーストラリアで今週12月10日に施行される。同じ週、EUはXに€120mの罰金を科した。規制当局が動き出した背景には、ソーシャルメディアとともに育ったZ世代自身が立ち上がり、デジタル正義を求める声を上げ始めたという事実がある。

ヨーロッパで若者主導のデジタル正義運動Ctrl+Alt+Reclaimが拡大している。2020年にフランスでシャンリー・クレモ・マクラーレンらが女性の私的画像を晒すfishaアカウントに対抗して#StopFishaを開始し、SnapchatとTikTokの信頼できるフラッガーとなった。

昨年9月、ヨーロッパ中の120以上のデジタル権利NGOの連合People vs Big Techが15歳から29歳を対象にCtrl+Alt+Reclaimを立ち上げた。Z世代はソーシャルメディアとともに成長した最初の世代であり、女性蔑視的コンテンツ、中毒性のあるアルゴリズム、ディープフェイクポルノなどの害を最初に被った。

活動家のアデル・ゼイネプ・ウォルトンは2022年に姉が自殺した経験から参加し、著書「Logging Off」を執筆した。運動は若者の意思決定への参加、安全なソーシャルメディア環境、個人データの管理と透明性、米国企業の支配の終了を求めている。

From: 文献リンク‘Don’t pander to the tech giants!’ How a youth movement for digital justice is spreading across Europe

【編集部解説】

Z世代が初めて声を上げた「デジタル正義」の意味を、私たちは真剣に受け止める必要があります。

この運動の背景には、ソーシャルメディアとともに育った世代だけが理解できる深刻な問題があります。2020年のパンデミック初期、フランスで起きたfisha(フィシャ)アカウントの急増は象徴的です。ロックダウンで自宅にいる若者たちがオンラインに集まる中、女性の私的画像を晒すアカウントが爆発的に増加しました。最大のTelegramグループには233,000人が参加し、被害者の個人情報とともに画像を公開していたのです。

シャンリー・クレモ・マクラーレンら当時21歳だった活動家たちは、何十回もSnapchatに報告しましたが返答はありませんでした。プラットフォームが動かないなら自分たちで動くしかない。こうして#StopFishaは生まれ、現在ではSnapchatとTikTokの「信頼できるフラッガー」として、報告から数時間以内にコンテンツを削除できる権限を得ています。

この経験が示すのは、若者が個人として声を上げても無力だが、集団として組織化すれば強力だという事実です。なぜなら若者こそがビッグテックのビジネスモデルの中核だからです。

2024年9月にロンドンで開催された「ブートキャンプ」から誕生したCtrl+Alt+Reclaimは、ヨーロッパ初の若者主導デジタル正義運動です。120以上のデジタル権利NGOで構成されるPeople vs Big Techの若者版として、15歳から29歳を対象に活動しています。参加者は当初24人でしたが、現在も拡大を続けています。

運動が掲げる要求はシンプルです。意思決定への若者の参加、より安全で健康的なソーシャルメディア環境、個人データの管理と透明性、そして米国企業による支配の終了。包括的原則は「Nothing for us, without us(私たちのことは私たち抜きで決めるな)」です。

重要なのは、彼らがソーシャルメディアの全面破壊を求めているわけではないという点です。オンライン空間でコミュニティや連帯、喜びを見出してきた世代として、「これらの空間が私たちを受け入れるために戦っている」のです。問題はテクノロジーそのものではなく、その設計と支配構造にあります。

アデル・ゼイネプ・ウォルトンの参加理由は痛切です。2022年、彼女の21歳の姉エイミーが自殺しました。姉はオンラインの自殺・自傷行為フォーラムで時間を過ごしており、ウォルトンはこれが姉の死に寄与したと考えています。彼女自身も10歳でFacebook、12歳でInstagramを始め、13歳で友人が共有する拒食症推奨コンテンツから身体醜形障害に悩まされました。

著書「Logging Off: The Human Cost of our Digital World」の執筆を通じて、ウォルトンはアルゴリズムによる操作の実態を明らかにしました。「このタイプのコンテンツを見たくない」と設定しても、1週間後にはまた同じコンテンツが表示される。ユーザーに選択肢はないのです。

データサイエンスを学んだアリシア・コライン(29歳)は、AI駆動アルゴリズムが人間の行動を操作するために使われている実態を研究しています。「世界最高の心理学者たちが私たちを中毒にするアルゴリズムを構築しているなら、まだ自由意志について語れるだろうか?」という彼女の問いは核心を突いています。

LGBTQ+若者権利組織IGLYOでデジタル権利を主導するヤシーン(23歳)は、システムに組み込まれた差別の問題を指摘します。ノンバイナリーとして、移民として、彼らは二重の戦いを強いられています。本人確認システムは性別を男女の二択で求め、移民は常に監視下に置かれる。「システムは生まれた構造を継承するため、必然的に家父長制的で人種差別的な設計になる」という指摘は重要です。

規制当局も動き始めました。オーストラリアは2025年12月10日、世界初となる16歳未満のソーシャルメディア利用禁止を実施します。対象はFacebook、Instagram、TikTok、Snapchat、X、YouTube、Reddit、Twitch、Threads、Kickで、企業が違反すれば最大49.5百万豪ドル(約32百万米ドル)の罰金が科されます。

EUも行動を起こしました。2025年12月5日、欧州委員会はXに対してデジタルサービス法(DSA)違反で€120m(約140百万米ドル)の罰金を科しました。これはDSA施行後初の不遵守決定です。違反内容は青いチェックマークの欺瞞的設計、広告リポジトリの透明性欠如、研究者へのデータアクセス拒否の3点です。

しかし政治家たちの対応は不十分です。2023年に有害コンテンツ規制を約束したデジタルサービス法を制定したにもかかわらず、欧州委員会は先月、ビッグテック企業がAIシステムのトレーニングに個人データを使用できるよう、データプライバシー法の一部を撤回すると発表しました。「政府とMP(国会議員)はテック大手に迎合することで自分たちの足を撃っている」というウォルトンの批判は的を射ています。

この運動が提案する解決策は多岐にわたります。EU資金によるソーシャルメディアプラットフォームの創設、協調的ボイコットなどの直接行動、そして最もシンプルな選択肢—ログオフすること。「スクリーンタイムを減らし、コミュニティでより多くの時間を過ごす」という提案は、テクノロジーからの解放と本当のつながりの回復を意味します。

Ctrl+Alt+Reclaimの活動家たちのほぼ全員が、何らかのスクリーン中毒を経験しています。ソーシャルメディアが彼らを結びつけた一方で、対面での社交は大幅に減少しました。「脳を再配線して気まずさに慣れる必要があった」というウォルトンの言葉は、デジタルネイティブ世代が失ったものを示唆しています。

この運動が重要なのは、規制当局や企業に変化を促すだけでなく、デジタル空間で育った世代自身が主体的に未来を選択しようとしている点です。ソーシャルメディアは「世界をつなぐ楽しい場所」だった。その約束を取り戻すために、若者たちは立ち上がっています。私たち全世代が、この声に耳を傾ける責任があります。

【用語解説】

Ctrl+Alt+Reclaim(コントロール・オルト・リクレイム)
2024年9月にロンドンで発足したヨーロッパ初の若者主導デジタル正義運動。15歳から29歳を対象とし、People vs Big Techによってインキュベートされている。オーストリア、ベルギー、フランス、ドイツ、アイルランド、モルドバ、ルーマニア、スペイン、オランダ、イギリスから24人の17歳から26歳の若者で構成され、現在も拡大中である。

People vs Big Tech(ピープル・バーサス・ビッグテック)
ヨーロッパ中の120以上の市民社会組織と市民で構成される運動体。ビッグテックの権力と濫用に挑戦することを目的とし、ヨーロッパの技術規制においてテック大手とそのロビイストが支配的な設計者にならないようにすることを使命としている。

#StopFisha(ストップ・フィシャ)
2020年4月にフランスで開始されたサイバーセクシズムと性的サイバー暴力に対抗するフェミニスト運動およびNGO。2020年11月11日に正式な協会として設立され、12人の女性によって共同設立された。フランス、ベルギー、トルコに支部を持つ。

fisha(フィシャ)
フランス語の「afficher(表示する、公にする)」に由来するスラング。主に若い女性の私的な画像や動画を、本人の同意なしにソーシャルメディア上で公開し、辱めることを指す。被害者の個人情報(名前、電話番号、住所など)とともに拡散されることが多い。

デジタルサービス法(DSA:Digital Services Act)
2023年にEUが制定した画期的な法律。ソーシャルメディアプラットフォームに対し、有害または違法なコンテンツや製品からヨーロッパのユーザーを保護する責任を課す。違反企業には世界売上高の最大6%、または最大€120mの罰金が科される。

シャドウバン(Shadow-banning)
ソーシャルメディアプラットフォームが、ユーザーに通知することなく、そのコンテンツの可視性を意図的にまたはアルゴリズム的に制限する行為。LGBTQ+の権利、人種差別、または支配的システムに挑戦する会話が対象になることが多い。

IGLYO(International Lesbian, Gay, Bisexual, Transgender, Queer & Intersex Youth and Student Organisation)
ブリュッセルで設立された長年運営されているLGBTQ+若者権利組織。ヨーロッパ中にグループのネットワークを持ち、若者のデジタル権利を含む幅広い権利擁護活動を行っている。

Encode Europe(エンコード・ヨーロッパ)
人間中心のAIを提唱する組織。アリシア・コラインが共同設立し、AI駆動アルゴリズムが人間の行動を操作する方法と、その倫理的影響について研究している。

【参考リンク】

ctrl+alt+reclaim 公式サイト(外部)
ヨーロッパ初の若者主導デジタル正義運動の公式サイト。マニフェストや活動内容、参加方法を掲載

People vs Big Tech 公式サイト(外部)
120以上のデジタル権利NGOで構成される連合の公式サイト。ビッグテックの権力に挑戦する活動を展開

#StopFisha 公式サイト(外部)
フランス発のサイバーセクシズム対抗運動の公式サイト。被害者支援、意識向上、法的支援を提供

IGLYO 公式サイト(外部)
ヨーロッパのLGBTQ+若者権利組織。デジタル権利を含む若者の権利擁護活動を展開

オーストラリア eSafety Commissioner – 年齢制限ページ(外部)
世界初の16歳未満ソーシャルメディア利用禁止に関する公式情報を提供する政府機関サイト

欧州委員会 デジタルサービス法ページ(外部)
EUのデジタルサービス法に関する公式情報。プラットフォームの責任と透明性要件を説明

【参考記事】

Opportunity: Ctrl+Alt+Reclaim Youth Mobilisation Lead – People vs. Big Tech(外部)
Ctrl+Alt+Reclaimの設立背景と活動内容。2024年9月にロンドンで24人の17-25歳の若者が集まり結成

ctrl+alt+reclaim | EU’s Youth-Led Tech Justice and Digital Rights Movement(外部)
ヨーロッパ初の若者主導テック正義運動の公式サイト。24人の17-26歳が参加し安全で包括的な環境を目指す

Meet the women hunting cyber criminals and fighting for justice | Euronews(外部)
2020年3月のフランス第1次ロックダウン中、シャンリー・クレモ・マクラーレンがfishaアカウントを発見しStop Fishaを設立

Social media ‘ban’ or delay FAQs | eSafety Commissioner(外部)
オーストラリアの16歳未満ソーシャルメディア利用禁止の詳細。2025年12月10日施行で違反企業には最大49.5百万豪ドルの罰金

Commission fines X €120 million under the Digital Services Act(外部)
欧州委員会が2025年12月5日にXに対してDSA違反で€120mの罰金を科した公式発表

What is Australia’s under-16 social media ban? The world-first law explained(外部)
シドニー大学の専門家による分析。2025年12月10日施行の世界初の包括的年齢制限について解説

Stop Fisha: A Crusade Against Cyber-sexism(外部)
fishaアカウントの詳細な説明。女性の38%がオンライン暴力を経験し2020年のパンデミック中に急増した問題を分析

【編集部後記】

私たちの多くは、ソーシャルメディアを「便利なツール」として受け入れてきました。しかし今、それとともに育った世代が、その代償を最も深く理解し、声を上げ始めています。彼らの主張は単純です。「私たちのことは、私たち抜きで決めないでほしい」。

あなたは1日にどれくらいスマートフォンを見ているでしょうか。アルゴリズムが提供するコンテンツを、本当に自分で選んでいると言えるでしょうか。Ctrl+Alt+Reclaimの活動家たちが問いかけているのは、私たち全員に関わる問いです。デジタル空間の未来を、一握りの企業に委ねたままでいいのか。それとも、ユーザーである私たちが主体的に形作っていくべきなのか。この若者たちの運動から、私たちは何を学び、どう行動できるでしょうか。

投稿者アバター
Satsuki
テクノロジーと民主主義、自由、人権の交差点で記事を執筆しています。 データドリブンな分析が信条。具体的な数字と事実で、技術の影響を可視化します。 しかし、データだけでは語りません。技術開発者の倫理的ジレンマ、被害者の痛み、政策決定者の責任——それぞれの立場への想像力を持ちながら、常に「人間の尊厳」を軸に据えて執筆しています。 日々勉強中です。謙虚に学び続けながら、皆さんと一緒に、テクノロジーと人間の共進化の道を探っていきたいと思います。

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