欧州委員会は2025年12月9日、GoogleがAI目的でオンラインコンテンツを使用することについて、EU独占禁止法に違反した可能性があるとして調査を開始した。
調査対象はウェブ公開者のコンテンツとYouTubeにアップロードされたコンテンツで、GoogleのAI OverviewsとAI Modeの生成が適切な報酬なしにこれらのコンテンツに基づいている程度を検証する。
委員会は、Googleが公開者やコンテンツ制作者に不公正な条件を課し、ライバルのAIモデル開発者を不利な立場に置いている可能性を調査する。競争担当委員Teresa Riberaは調査理由を説明し、Google広報担当者はイノベーション阻害のリスクを指摘した。
EUは近日、米国ビッグテック企業への規制を強化しており、先週はMetaに対する調査を開始している。
From:
Google hit with EU antitrust investigation over use of online content for AI
【編集部解説】
欧州委員会が開始したGoogleへの独占禁止法調査は、AI時代における「コンテンツの所有権」という極めて根源的な問いを投げかけています。この調査が注目されるのは、単なる一企業への規制ではなく、生成AIエコシステム全体のルール形成に影響を与える可能性があるためです。
まず理解すべきは、調査の対象となっている「AI Overviews」と「AI Mode」という2つの機能です。AI Overviewsは、検索結果の上部に表示されるAI生成の要約で、2024年5月から米国で本格展開され、現在では10億人以上が利用しています。一方、AI Modeは2025年3月に導入された実験的な機能で、Gemini 2.0を活用した対話型の検索体験を提供します。これはChatGPTのような会話型AIとの競争を意識した機能といえるでしょう。
欧州委員会の懸念の核心は、Googleがこれらの機能を提供するにあたり、ウェブ公開者やYouTubeクリエイターのコンテンツを「適切な報酬なし」で使用している可能性にあります。さらに深刻なのは、公開者たちが事実上「拒否できない」構造になっているという指摘です。Google検索は多くのメディアにとって最大のトラフィック源であり、コンテンツ使用を拒否すれば検索結果での表示順位が下がるリスクを負います。これは「同意の自由がない」状態であり、独占的地位の濫用に該当する可能性があります。
この問題は、AI開発における「トレーニングデータの民主化」という課題とも密接に関連しています。Googleは検索エンジンとYouTubeという2大プラットフォームを通じて膨大なコンテンツへのアクセス権を持っています。調査では、Googleが自社のAIモデルには特権的なアクセスを許可する一方で、競合するAI開発者にはYouTubeコンテンツへのアクセスを制限している可能性も検証されます。これが事実であれば、AI市場における競争を歪める行為となります。
今回の調査は、EUがここ数週間で展開している米国ビッグテックへの規制強化の一環です。12月5日にはイーロン・マスク氏のXに対し、デジタルサービス法(DSA)違反として€1億2000万(約$1億4000万)の罰金を科しました。これはDSA施行後初の罰金で、青いチェックマークの「欺瞞的なデザイン」や広告リポジトリの透明性欠如が問題視されました。さらに、12月4日にはMetaのWhatsAppに対しても、サードパーティAIチャットボットのアクセスを制限する新方針について独占禁止法調査を開始しています。
Googleにとって、この調査は決して軽微なものではありません。9月にはEUから広告技術産業における競争歪曲を理由に€30億(約$35億)の罰金を科されたばかりです。この事案では、Googleが自社の広告取引所AdXを優遇し、競合他社や公開者を不利な立場に置いたことが問題とされました。委員会は構造的な是正措置、つまり広告事業の一部売却の可能性にも言及しており、今回のAI調査でも同様の厳しい措置が検討される可能性があります。
長期的な視点で見ると、この調査は「AI時代のフェアユース」をどう定義するかという法的・倫理的な議論の先駆けとなるでしょう。現在、AI企業と出版社の間では世界中で同様の緊張関係が生じています。一部の出版社はOpenAIやGoogleとライセンス契約を結ぶ一方、他の出版社は訴訟に踏み切っています。2024年には欧州の出版社がGoogleに対し€21億の損害賠償訴訟を起こしています。
競争担当委員Teresa Riberaの発言は、EUの姿勢を明確に示しています。「AIは革新と多くの利益をもたらしますが、この進歩は我々の社会の中心にある原則を犠牲にしてはなりません」。この「原則」とは、公正な競争、透明性、そしてコンテンツ制作者への正当な報酬を指します。
今後の焦点は、EUがどのような是正措置を求めるかです。選択肢としては、適切な報酬メカニズムの導入、オプトアウト権の保証、競合AI開発者へのデータアクセス平等化、最悪の場合は事業分割などが考えられます。調査には法的期限がなく、過去の事例から数年かかる可能性もありますが、その結論はグローバルなAI規制の方向性を示す重要な前例となるでしょう。
米国のトランプ政権が欧州の規制に反発を強めている中で、この調査は地政学的な緊張も孕んでいます。しかし、EUは「企業の国籍には無関心」であり、「違法な行為とそれが競争に与える害のみに焦点を当てている」と明言しています。この姿勢は、技術革新と公正な市場のバランスを取ろうとする欧州の一貫した立場を反映しています。
【用語解説】
独占禁止法(Antitrust Law)
市場における公正な競争を維持するための法律。欧州連合ではEU機能条約第102条に基づき、市場支配的地位の濫用を禁止している。違反企業には全世界年間売上高の最大10%までの罰金が科される可能性がある。
AI Overviews
Googleが2024年5月から提供している検索機能。検索結果の上部にAI生成の要約を表示し、複数の情報源から統合された回答を提供する。現在10億人以上が利用している。
AI Mode
2025年3月にGoogleが導入した実験的な検索機能。Gemini 2.0を活用し、ChatGPTのような対話型の検索体験を提供する。複雑な質問に対して追加質問を受け付け、より深い情報探索が可能となる。
デジタルサービス法(Digital Services Act / DSA)
2022年に成立したEUの法律で、大規模オンラインプラットフォームに対してコンテンツモデレーション、透明性、ユーザー保護などの義務を課す。違反には巨額の罰金が科される。
自己優遇(Self-preferencing)
市場支配的企業が自社のサービスや製品を競合他社よりも優遇する行為。Googleは過去に自社の比較ショッピングサービスや広告技術サービスを優遇したとして罰金を科されている。
オプトアウト権
ユーザーやコンテンツ制作者が特定のサービスやデータ使用を拒否できる権利。今回の調査では、出版社がGoogle検索へのアクセスを失うリスクなしにAIによるコンテンツ使用を拒否できるかが焦点となっている。
【参考リンク】
European Commission – Google AI Investigation Press Release(外部)
欧州委員会によるGoogle AI調査の公式プレスリリース。調査の詳細な背景と法的根拠が説明されている。
Google – Expanding AI Overviews and introducing AI Mode(外部)
GoogleによるAI OverviewsとAI Modeの公式説明。Gemini 2.0の活用方法や機能の詳細が紹介されている。
Google for Developers – AI Features and Your Website(外部)
ウェブサイト運営者向けに、AI OverviewsとAI Modeがどのように機能するかを解説。
EU Competition Law – Article 102 TFEU(外部)
市場支配的地位の濫用を禁止するEU機能条約第102条の条文。今回の調査の法的根拠。
【参考記事】
European Commission Opens Antitrust Probe into Google’s Use of Online Content for AI(外部)
欧州委員会の調査内容を詳細に解説。公開者が事実上拒否できない構造を分析。
Breaking Down the EU Antitrust Decision on Google Adtech(外部)
2025年9月のGoogle広告技術€30億罰金の詳細分析と構造的是正措置の可能性。
Meta faces Europe antitrust investigation over WhatsApp AI policy(外部)
12月4日発表のMetaのWhatsApp AI方針に関する独占禁止法調査の報道。
European Commission hits Elon Musk’s social network X with €120 million fine(外部)
12月5日のX(Twitter)への€1億2000万罰金。DSA初の罰金事例として重要な先例。
Google facing a new antitrust probe in Europe over content it uses for AI(外部)
トランプ政権との緊張関係に言及しながら、EU規制当局の「企業国籍に無関心」との姿勢を報道。
Google AI Mode: What SEOs Need to Know(外部)
AI ModeがSEOとウェブサイトトラフィックに与える影響を分析した実践的なガイド。
Media freedom groups welcome Google fine, call on EU to break up digital advertising monopoly(外部)
2024年の欧州出版社による€21億訴訟と米国出版社の年間$140億損失調査を紹介。
【編集部後記】
私たちが日々利用する検索エンジンやSNSが、いま大きな転換点を迎えています。GoogleのAI機能は確かに便利ですが、その裏側で誰のコンテンツが、どのように使われているのか。そしてその対価は適切に支払われているのか。これは単なる規制の話ではなく、デジタル時代における「創作と報酬」の未来を左右する問題です。AI技術の恩恵を受けながらも、コンテンツ制作者が正当に評価される仕組みをどう作るか。この議論の行方は、私たち全員に関わってきます。innovaTopia編集部も、この動きを引き続き注視していきます。






























