トランプ大統領がAI規制統一へ大統領令、州の権限を制限し連邦主導の枠組み構築を目指す

[更新]2025年12月12日

 - innovaTopia - (イノベトピア)

ドナルド・トランプ大統領は2025年12月11日、人工知能に関する単一の連邦規制枠組みを定める大統領令に署名した。この命令は個々の州の規制権限を弱体化させ、連邦規則を優先させるものである。

署名の際には、ホワイトハウスのAI・暗号資産担当デビッド・サックス氏、テック投資家チャマス・パリハピティヤ氏、テッド・クルーズ上院議員、ハワード・ルトニック商務長官が同席した。

OpenAI、Google、アンドリーセン・ホロウィッツなどのテック企業は、州の規制を制限するロビー活動を行ってきた。AI企業は2026年中間選挙に少なくとも1億ドルを費やすスーパーPACを通じてキャンペーンを展開している。

大統領令は司法長官に対してAI訴訟タスクフォースの設立を求めており、州のAI法に異議を唱えることが唯一の責任となる。

規則に従わない州は、農村地域での高速ブロードバンド拡大を目的とした42.5億ドルのBEADプログラムの資金制限に直面する可能性がある。

From: 文献リンクTrump signs executive order for single national AI regulation standard, limiting power of states

【編集部解説】

米国のAI規制をめぐる連邦と州の権限争いが、新たな局面を迎えました。トランプ大統領が署名した今回の大統領令は、単なる行政命令を超えて、米国のAI産業の未来を左右する重要な転換点となる可能性があります。

この大統領令の核心は「連邦による統一規制」の確立です。50の州がそれぞれ独自のAI規制を敷くことで生まれる「規制のパッチワーク」を排除し、単一の連邦基準に統一することを目指しています。特に注目すべきは、司法長官に対してAI訴訟タスクフォースの設立を命じ、その唯一の責務を「州のAI法に異議を唱えること」とした点です。これは州の権限に対する直接的な挑戦と言えます。

資金面での圧力も強力です。農村地域での高速ブロードバンド拡大を目的とした42.5億ドル規模のBEADプログラムの資金配分について、署名から90日以内に条件を明示するよう商務長官に指示しています。つまり、連邦の方針に従わない州は、重要なインフラ整備資金を失うリスクに直面することになります。

この動きの背景には、シリコンバレーの強力なロビー活動があります。OpenAI、Google、ベンチャーキャピタルのアンドリーセン・ホロウィッツなどは、2026年の中間選挙に少なくとも1億ドルを投じる「Leading the Future」というスーパーPACを通じて、AI規制に反対する活動を展開しています。デビッド・サックス氏がホワイトハウスのAI・暗号資産担当に就任したことで、業界の声が政策に直接反映される体制が整ったと言えるでしょう。

しかし、この大統領令をめぐる評価は大きく分かれています。支持派は、中国とのAI競争において米国が優位を保つためには、州ごとに異なる規制が足かせになると主張します。一方、批判派は、消費者保護や公平性を犠牲にして企業の利益を優先するものだと警鐘を鳴らしています。民主党のエド・マーキー上院議員は「CEO億万長者の仲間への早期クリスマスプレゼント」と痛烈に批判しました。

興味深いのは、共和党内でも意見が分かれている点です。テッド・クルーズ上院議員のように業界寄りの立場を取る議員がいる一方で、子どもの安全を守るAI規制を求める保守派の声もあります。実際、今回の大統領令は子どもの安全に関する州法は対象外としていますが、これは党内の多様な意見を反映したものと見られます。

各州の動きも見逃せません。コロラド州は2024年5月に「アルゴリズム差別」を防ぐための包括的なAI法を制定し、2026年6月30日から発効予定です。この法律は、雇用、教育、医療、住宅などの重要な決定を行う「高リスクAIシステム」の開発者と利用者に厳格な義務を課しています。カリフォルニア州も2025年9月に「フロンティアAIの透明性法」に署名し、最先端AIモデルの開発者に透明性と安全性の報告を義務付けました。ニューヨーク州では同様の「RAISE法」が知事の署名待ちの状態です。

法的な観点から見ると、この大統領令が裁判所で支持される可能性は不透明です。米国の憲法体系では、州は独自の警察権(police power)を持ち、住民の健康、安全、福祉を守るための規制を制定する権限があります。連邦政府が州の規制権限を制限するには、通常、議会による立法が必要とされます。大統領令だけでこれを実現しようとする試みは、法的挑戦を受ける可能性が高いでしょう。

実際、トランプ政権は今年すでに2回、議会を通じて州のAI規制を禁止しようと試みましたが、いずれも失敗に終わっています。7月の財政調整法案と11月の国防権限法案では、州のAI規制を10年間モラトリアムとする条項が削除されました。この経緯を考えると、今回の大統領令も同様の抵抗に直面する可能性があります。

この問題は、イノベーションと規制のバランスという古典的なジレンマを浮き彫りにしています。規制が厳しすぎれば技術革新が停滞し、緩すぎれば消費者保護が不十分になる。この綱渡りをどう進めるかが、今後の米国、そして世界のAI産業の行方を左右することになるでしょう。

日本をはじめとする他国にとっても、この動向は重要な示唆を与えています。各国が独自のAI規制を模索する中、米国の連邦と州の対立は、中央集権的な規制と地域に根ざした規制のどちらが効果的かという問いを投げかけています。EUがAI法で包括的な規制枠組みを構築したのに対し、米国がこのような分断状態にあることは、グローバルなAIガバナンスの複雑さを物語っています。

今後90日間で商務省がBEADプログラムの条件を明示し、司法省がAI訴訟タスクフォースを立ち上げることになります。各州がどう対応するか、そして裁判所がこの大統領令をどう判断するかが、次の焦点となります。AI規制をめぐる米国の実験は、まだ始まったばかりです。

【用語解説】

大統領令(Executive Order)
米国大統領が連邦行政機関に対して発する命令。議会の承認を必要とせず、大統領の権限で発令できるが、議会が制定した法律や憲法に反することはできない。今回の大統領令は州の規制権限に挑戦する内容であるため、法的な有効性が議論されている。

AI訴訟タスクフォース
今回の大統領令によって司法省内に設置される組織。唯一の責務は州が制定したAI法に法的異議を唱えることとされている。署名から30日以内に設立される予定。

BEADプログラム(Broadband Equity, Access, and Deployment)
農村地域や十分なサービスを受けていない地域での高速ブロードバンドアクセスを拡大するための連邦政府の取り組み。総額42.5億ドルの予算が投じられている。今回の大統領令では、このプログラムの資金配分が州のAI規制遵守の条件に使われる可能性がある。

アルゴリズム差別(Algorithmic Discrimination)
AIシステムの使用によって、年齢、人種、性別、障害などの保護対象属性に基づいて、個人または集団に対して不当な差別的扱いや影響が生じること。コロラド州AI法では、雇用、教育、医療、住宅などの重要な決定を行うAIシステムがこの差別を引き起こすことを禁じている。

スーパーPAC(Super Political Action Committee)
米国の政治資金団体の一種で、無制限の資金を集めて政治活動を行うことができる組織。候補者に直接寄付することはできないが、独立した支出として選挙活動を支援できる。今回の記事では「Leading the Future」という1億ドル規模のスーパーPACがAI規制反対のロビー活動を展開している。

フロンティアAIモデル
人工知能技術の最先端に位置する大規模なAIシステム。OpenAIのGPT-5やGoogleのGemini Ultraなどが該当する。膨大なデータを処理し、幅広いタスクをこなす能力を持つが、同時に壊滅的な被害をもたらす潜在的リスクも指摘されている。

PayPal Mafia(ペイパル・マフィア)
PayPalの創設者や初期従業員のグループを指す通称。ピーター・ティール、イーロン・マスク、リード・ホフマン、デビッド・サックスなどが含まれ、その後それぞれが成功したテクノロジー企業を設立した。Web 2.0の再興に貢献したとされる。

【参考リンク】

OpenAI(外部)
ChatGPTやGPT-4などの大規模言語モデルを開発するAI研究企業。州規制に反対するロビー活動を展開している。

Andreessen Horowitz(a16z)(外部)
シリコンバレーを代表するベンチャーキャピタル。1億ドル規模のスーパーPACを通じてAI規制反対の政治活動を展開。

Google(外部)
検索エンジン大手で、Geminiなどの先端AIモデルを開発。州のAI規制を制限する大統領令の恩恵を受ける企業の一つ。

コロラド州AI法(Colorado AI Act)(外部)
2024年5月制定の全米初の包括的AI規制法。アルゴリズム差別防止のため開発者と利用者に義務を課す。

ホワイトハウス – AI大統領令(外部)
今回署名された大統領令の全文が掲載。AI規制に関する連邦政府の方針と州への要求事項を詳述。

Americans for Responsible Innovation(外部)
AI規制を推進する非営利団体。今回の大統領令に対して「裁判所で壁にぶつかる」と批判的立場を表明。

Craft Ventures(外部)
デビッド・サックス氏が共同創設したベンチャーキャピタル。AI・暗号資産分野に投資し、利益相反が指摘されている。

【参考記事】

Trump signs executive order blocking states from enforcing their own regulations around AI(外部)
CNNによる報道。デビッド・サックス氏が署名式で「最も過酷で過度な州規制に反対する」と述べたこと、子どもの安全に関する州法は対象外であることを報じている。

Trump is trying to preempt state AI laws via an executive order. It may not be legal(外部)
NPRによる分析記事。大統領令が裁判所で異議申し立てを受ける可能性が高く、テクノロジー政策研究者がトランプ政権は議会の立法なしに州の規制を制限できないと述べていることを報じている。

Trump signs executive order seeking to block states from regulating AI companies(外部)
NBCニュースによる報道。大統領令が司法長官に30日以内にAI訴訟タスクフォースを創設するよう指示していること、共和党内でも意見が分かれていることを詳しく報じている。

Trump signs executive order threatening to sue states that regulate AI(外部)
ワシントン・ポストによる報道。共和党内でトランプ大統領のテック業界への強力な支持に対する批判が高まっていること、署名式にはスリラム・クリシュナン氏も同席していたことを報じている。

Trump signs executive order to block “excessive” state AI regulations(外部)
CBSニュースによる報道。コロラド、カリフォルニア、ユタ、テキサスの4州が民間セクター全体に適用されるAI法を制定済みであること、42.5億ドルのBEADプログラム資金が制限される可能性を報じている。

A Deep Dive into Colorado’s Artificial Intelligence Act(外部)
全米州司法長官協会による詳細な解説記事。コロラド州AI法がアルゴリズム差別を定義し、開発者と利用者に注意義務を課し、違反には最大20,000ドルの罰金が科されることなどを解説している。

Andreessen Horowitz Joins $100 Million Effort to Shape AI Regulation(外部)
ブルームバーグによる報道。アンドリーセン・ホロウィッツが1億ドル規模の政治ネットワーク「Leading the Future」に参加し、2026年中間選挙でAI規制反対の活動を展開することを報じている。

【編集部後記】

今回の大統領令は、私たちが日々利用するAI技術の未来に大きな影響を与える可能性があります。イノベーションのスピードを重視するか、それとも消費者保護を優先するか。この問いに正解はありません。みなさんは、AIが雇用や住宅ローンの審査を行う際、誰がその公平性を監視すべきだと思いますか?連邦政府による統一基準でしょうか、それとも地域の実情を知る州政府でしょうか。シリコンバレーの論理と、私たちの日常生活で求められる安全性のバランスをどう取るべきか、ぜひ一緒に考えていきたいと思います。

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Satsuki
テクノロジーと民主主義、自由、人権の交差点で記事を執筆しています。 データドリブンな分析が信条。具体的な数字と事実で、技術の影響を可視化します。 しかし、データだけでは語りません。技術開発者の倫理的ジレンマ、被害者の痛み、政策決定者の責任——それぞれの立場への想像力を持ちながら、常に「人間の尊厳」を軸に据えて執筆しています。 日々勉強中です。謙虚に学び続けながら、皆さんと一緒に、テクノロジーと人間の共進化の道を探っていきたいと思います。

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