1月23日は、日本では「電子メールの日」とされています。これは1994年、国内の任意団体によって制定された記念日で、「1(いい)23(ふみ)」という語呂合わせに由来します。政府や国際機関が定めた公式な記念日ではありませんが、日本において電子メールが一般社会に定着しつつあった時代背景を反映したものと言えます。
国際的には、電子メールに関する統一的な記念日は存在しません。電子メールは、特定の国家や企業が主導して作られた技術ではなく、ARPANETを起点とする研究ネットワークの中で、分散的に発展してきました。この「定義主体の不在」そのものが、電子メールという技術の性質を象徴しています。
SMTP以前──電子メール誕生前夜のプロトコルと空気感
(1960年代後半〜1981年)
電子メールの原型は、ARPANET上の実験的なメッセージ配送にまで遡ります。1971年頃には、@ 記号を用いたユーザー間メッセージングが行われていましたが、当時は明確な標準プロトコルは存在していませんでした。
1970年代後半から1980年代初頭にかけては、以下のような技術が併存していました。
- UUCP(Unix-to-Unix Copy Program)
電話回線を用いたストア・アンド・フォワード型通信 - ARPANET NCP Mail
TCP/IP以前のARPANET専用プロトコル
この時代のネットワーク利用者は、研究者や技術者に限られており、参加者の数も少数でした。設計思想の根底には「ネットワーク参加者は善意である」という強い前提があり、セキュリティや悪用への耐性はほとんど考慮されていませんでした。
善意を前提としたSMTPと、その崩壊
(1982年〜1990年代後半)
1982年、電子メール配送の基本となるSMTPが RFC 821 として定義されました(後に RFC 5321 として更新)。SMTPは非常に単純で、以下の特徴を持っていました。
- 認証を前提としない
- 送信元アドレスは自己申告
- 中継サーバは善意でリレーする
しかし、1990年代に入りインターネットが商用化・大衆化すると、この設計は致命的な弱点となります。無制限リレー(open relay)を悪用したスパムメールが急増し、SMTPサーバは攻撃対象となりました。
その結果、多くのISPや事業者は port 25 blocking (いわゆるOB25) を導入し、エンドユーザーが自前でSMTPサーバを運用して直接メールを送信することは事実上困難になります。電子メールはこの時点で、「誰でも自分で送れる通信」ではなくなりました。
ハッカー文化・サイファーパンクを支えたメーリングリスト
(1990年代前半〜2000年代)
それでもなお、電子メールは長らく自由な議論空間の基盤であり続けました。特にメーリングリストは、ハッカー文化やサイファーパンク運動において中心的な役割を果たします。
- 暗号技術
- プライバシー
- 表現の自由
- 国家と監視
これらのテーマは、SNSやアルゴリズム的フィードではなく、メーリングリストという「全員に等しく届く」媒体で議論されてきました。ここではランキングも推薦も存在せず、発言は時系列で配信されるのみです。この等配性こそが、初期インターネット文化を支えていました。
初期の機械学習とスパムフィルター
(1990年代後半〜2000年代)
スパム対策として登場したのが、内容ベースのスパムフィルタです。特に有名なのが、ベイズ推定を用いたフィルタで、電子メールは「機械学習が実運用に投入された最初期の大規模事例」のひとつでした。
これによりスパムはある程度抑制されましたが、副作用も生じます。
false positive(誤判定)、すなわち「届くべきメールが届かない」という現象が、技術的に不可避なものとして受け入れられるようになったのです。
DNSBLとIPレピュテーション──権力の集中化
(2000年代以降)
次に主流となったのが、DNSBL(DNS-based Block Lists) やIPレピュテーションシステムです。これはメール本文ではなく、送信元IPアドレスや過去の挙動をもとに通信を遮断する仕組みです。
このモデルでは、少数のDNSBL運営者や大手メール事業者が、「誰がメールを送れるか」を事実上決定します。誤登録や不透明な判断があっても、個人や小規模事業者がそれに対抗するのは極めて困難です。
分散システムであったはずの電子メールの上に、新たな中央集権構造が形成されていきました。
SPF・DKIM・DMARC、そしてBIMIという知的独占
(2000年代後半〜現在)
送信ドメインの正当性を検証する仕組みとして、以下の技術が導入されました。
- SPF(RFC 7208)
- DKIM(RFC 6376)
- DMARC(RFC 7489)
これらは一定の効果を上げましたが、設定・運用の複雑さは年々増しています。
さらに BIMI では、送信者ロゴの表示に商標権の保有が前提とされます。ここでは、商標という知的財産権がメールの信頼性と結びつけられています。電子メールという公共的通信基盤が、知的独占権を持つ主体に有利な形で制御される構造が、ここで明確になります。
「届くかどうか分からない」通信手段になった電子メール
現代の電子メールでは、SMTPレベルで送信が成功しても、相手の受信箱に届いたかどうかは分かりません。スパムフォルダに入ったのか、静かに破棄されたのか、通知すらされないケースがほとんどです。
この「到達の不確実性」は、巨大なユーザーベースとレピュテーションを持つ一部の大手事業者だけが回避できる特権となっています。かつて対等だった電子メールは、構造的に不平等な通信手段になりました。
それでも電子メールが残っている理由
──統一的なチャンネル・アイデンティティとして
それでもなお、電子メールは消えていません。その最大の理由は、電子メールアドレスが、事実上唯一の「統一的チャンネル・アイデンティティ」であるという点にあります。
SNSやメッセージアプリは、いずれも特定の事業者・プラットフォームに依存しています。アカウントはサービスごとに分断され、相互運用性はほとんどありません。一方、電子メールアドレスは、プロバイダを越えて通用する識別子です。
電子メールは、
- 国家にも
- 企業にも
- 単一の規約にも
完全には支配されていない、数少ない通信手段です。到達性は低下しましたが、「誰とでも理論上は接続できる」という性質は、今なお失われていません。
電子メールは、もはや理想的な通信手段ではありません。しかし、他に代替が存在しないために、残り続けています。1月23日「電子メールの日」は、その技術的・社会的な重みと限界の両方を、あらためて考える日なのかもしれません。



































