韓国警察が北朝鮮にドローンを飛ばしたと主張する民間人オ氏を調査中。
容疑者2名は尹錫悦前政権下の大統領府職員で、2024年にドローン製造会社を共同設立していた。
オ氏は9月、11月、1月の3回にわたり礼成江近くのウラン施設の放射線測定のためドローンを飛ばしたと主張するが、警察は証言をそのまま受け入れられないとしている。
韓国軍は一貫して関与を否定し、民間用ドローンの可能性を示唆。
北朝鮮の金与正氏は、民間人の行為であっても韓国政府に責任があると強く主張している。
軍と警察の合同チームは1月16日、オ氏ともう1人の民間人を事情聴取のため召喚した。
2人は大学の同窓生で、2020年に統一関連の青年組織に参加し、尹錫悦政権下の大統領府で勤務、その後ドローン製造事業を共同設立したと報じられている。
From:
Police Looking into Civilian’s Claim to Have Sent Drones to N. Korea – KBS WORLD
【編集部解説】
この事件は、単なる個人によるドローン飛行というよりも、韓国の政治的分断と南北関係の複雑さを象徴する出来事として注目されています。
北朝鮮は2026年1月10日、韓国から2025年9月27日と2026年1月4日の2回にわたってドローンが領空侵入したと主張しました。撃墜したドローンには開城工業地帯、ウラン鉱山、国境警備所などを撮影した映像が含まれていたとしています。金正恩氏の妹である金与正氏は、民間人の行為であっても韓国政府に責任があると強く主張しました。
これに対し、韓国軍は一貫して関与を否定しています。国防部は、北朝鮮が示したドローンは韓国軍が保有・運用するタイプではないと説明し、民間用ドローンの可能性を示唆しました。実際、北朝鮮が公開した写真を分析すると、中国メーカー製の民生用部品で組み立てられた商用ドローンに酷似していることが判明しています。
事態が複雑化したのは、1月17日に召喚された容疑者の背景が明らかになってからです。報道によれば、2人の容疑者はいずれも30代で、大学の同窓生です。彼らは2020年に統一関連の青年組織に参加し、ほぼ同時期に尹錫悦前政権下の大統領府で勤務していました。その後、2024年にドローン製造会社を共同設立しています。
容疑者の一人であるオ氏は、地元メディアの取材に対し、黄海北道ピョンサン郡のウラン生産施設近くの放射線と重金属汚染を測定する目的でドローンを飛ばしたと主張しています。この施設は北朝鮮最大のウラン精製工場で、予成江(礼成江、Yesong River)に隣接しています。オ氏は9月、11月、そして1月の計3回にわたってドローンを飛ばしたとしていますが、警察のパク・ソンジュ捜査担当副総監は、この証言をそのまま受け入れるのは難しいとの見解を示しました。
実は、ピョンサン郡のウラン施設からの廃水流出問題は2019年から継続的に報告されている実際の環境問題です。衛星画像分析により、ウラン精製施設の沈殿池から廃水が予成江に排出され、韓国の江華島付近の西海(黄海)に達している可能性が指摘されてきました。この問題を受けて、韓国政府は2025年7月に江華島と漢江河口の10カ所で放射性物質検査を実施しましたが、検査結果では異常な放射線レベルは検出されなかったと発表しています。容疑者の「放射線測定」という主張には、こうした社会的背景があります。
この事件の背景には、韓国の政治的対立があります。2025年6月に就任した李在明(イ・ジェミョン)大統領は、進歩派(左派)の民主党に所属し、対北融和政策を掲げています。彼は就任演説で「北朝鮮との対話の扉を開き、朝鮮半島に平和を確立する」と表明し、北朝鮮との関係改善を最優先課題としています。
一方、前任の尹錫悦大統領は保守派で、対北強硬姿勢を取っていました。尹氏は2024年12月3日に突如戒厳令を宣言し、わずか数時間後に国会によって解除されるという前代未聞の事態を引き起こしました。その後、12月に弾劾され、2025年4月に憲法裁判所が弾劾を確定させています。興味深いのは、尹氏が2024年に戒厳令を正当化するために意図的に北朝鮮を挑発する目的で軍のドローンを飛ばしたという疑惑が浮上していることです。
与党の民主党は、今回の事件について「背後にいる人物や組織がいないか徹底的に調査すべきだ」と述べており、尹政権関係者による政治的な陰謀の可能性も視野に入れています。
技術的な観点から見ると、この事件は民生用ドローン技術の普及がもたらす新たな安全保障上の課題を浮き彫りにしています。中国製の安価な商用ドローンは誰でも入手可能で、長距離飛行が可能なモデルも多く存在します。韓国と北朝鮮の軍事境界線は世界で最も厳重に警備されている国境の一つですが、小型ドローンの飛行を完全に阻止することは技術的に困難です。
北朝鮮は2024年5月から約6カ月間、韓国に向けて数百個のゴミを載せた風船を飛ばすキャンペーンを展開しましたが、11月に突然終了しています。専門家は、ドローン技術が風船よりも洗練された「グレーゾーン戦術」として利用される可能性があると警告しています。
李在明政権にとって、この事件は対北関係改善への道のりにおける重要な試金石となっています。北朝鮮が民間人の行為であっても韓国政府の責任を追及する姿勢を崩さない中、李大統領は厳正な調査を命じる一方で、北朝鮮を刺激する意図はないことを繰り返し強調しています。しかし、容疑者が前政権の関係者であることが判明したことで、事態はより政治的な色彩を帯びつつあります。
この事件は、技術の進歩が国家安全保障に新たな課題をもたらすと同時に、国内の政治的分断が国際関係にまで影響を及ぼす現代の複雑さを示す事例といえるでしょう。
【用語解説】
李在明(イ・ジェミョン)
韓国の第14代大統領(2025年6月就任)。進歩派(左派)の民主党所属。前任の尹錫悦大統領が戒厳令宣言後に弾劾されたことを受けた臨時大統領選挙で当選した。対北融和政策を掲げ、北朝鮮との対話再開を目指している。
尹錫悦(ユン・ソンニョル)
韓国の第13代大統領(2022年5月〜2025年4月)。保守派の国民の力所属。2024年12月3日に突如戒厳令を宣言し、数時間後に国会によって解除される事態を引き起こした。同月に弾劾され、2025年4月に憲法裁判所が弾劾を確定。内乱罪などの刑事訴追を受けている。
金与正(キム・ヨジョン)
北朝鮮の金正恩朝鮮労働党総書記の妹で、党中央委員会副部長。北朝鮮の対外声明を発表する重要な役割を担っており、今回のドローン事件でも韓国政府の責任を追及する声明を発表した。
ピョンサン・ウラン精製施設
黄海北道ピョンサン郡にある北朝鮮最大のウラン鉱山・精製施設。予成江(礼成江)に隣接しており、2019年から施設の沈殿池から廃水が川に排出されている可能性が衛星画像で確認されている。この廃水は最終的に韓国の江華島付近の西海(黄海)に達するため、環境汚染の懸念が指摘されてきた。
開城工業地帯
南北朝鮮の経済協力事業として2004年に開設された工業団地。韓国企業が北朝鮮の労働力を活用して生産活動を行っていたが、2016年に閉鎖された。今回のドローンがこの地域を撮影していたとされる。
グレーゾーン戦術
軍事的な武力行使には至らないが、相手国を挑発・圧迫する行為。風船やドローンによる越境飛行などがこれに該当する。明確な戦争行為ではないため対応が難しく、国際関係において新たな課題となっている。
【参考リンク】
S. Korea investigates alleged civilian drone incursion into NK – The Korea Times(外部)
韓国が北朝鮮への民間ドローン侵入疑惑について調査を開始。李在明大統領が迅速な調査を命じた経緯を詳報
Former presidential staffers linked to alleged drone intrusion – The Korea Herald(外部)
容疑者2人が尹錫悦前政権下の大統領府職員だったことが判明。ドローン製造会社を共同設立していた背景を報じる
South Korea Denies Accusation of Launching Drones – The Diplomat(外部)
北朝鮮の主張と韓国の否定、金与正氏の声明など、外交的側面から事件を分析した詳細記事
Lee Jae Myung – Wikipedia(外部)
李在明大統領の経歴、政治姿勢、2025年6月の就任に至る経緯をまとめた百科事典記事
【参考記事】
S. Korea investigates alleged civilian drone incursion into NK – The Korea Times(外部)
李在明大統領が軍と警察による合同調査を命じた経緯を詳報。金与正氏が韓国政府の責任を追及する声明を発表したこと、韓国国防部が関与を否定し民間ドローンの可能性を示唆したことを報じている
Former presidential staffers linked to alleged drone intrusion into North Korea – The Korea Herald(外部)
容疑者2人が尹錫悦前政権下の大統領府で勤務していたことが判明。オ氏は予成江沿いのウラン施設近くの放射線と重金属汚染を測定するためにドローンを飛ばしたと主張している
South Korea Denies Accusation of Launching Drones Toward North Korea – The Diplomat(外部)
北朝鮮の朝鮮人民軍参謀部が1月10日に声明を発表し、撃墜したドローンのカメラには約7分間の映像が記録されていた。金与正氏は民間組織や個人の行為であっても韓国当局は責任を逃れられないと述べた
South Korea Probes Civilian Role In Alleged Drone Incursions – DroneXL(外部)
国防部の安圭白長官が民間人による行為である可能性が高いと述べたことを報道。北朝鮮が示したドローンは中国メーカー製の商用モデルに酷似している
North Korea’s Pyongsan Uranium Mill – 38 North(外部)
ピョンサン・ウラン精製施設の衛星画像分析。2019年時点で予成江に隣接する廃棄物貯留池から廃水パイプラインを通じて河川への流出が確認されている
Seoul finds no radiation risk in suspected North Korean discharge – The Korea Herald(外部)
2025年7月、韓国統一部が江華島と漢江河口の10カ所で放射性物質検査を実施。ウランとセシウム、重金属について調査した結果、異常値は検出されなかったと発表
South Korean authorities summon a civilian – The Washington Post(外部)
1月17日、韓国の軍と警察の合同チームが民間人容疑者を召喚して事情聴取を行った。北朝鮮は電子戦装備を使ってドローンを撃墜したと主張している
【編集部後記】
民生用ドローン技術の進化は、私たちの生活を便利にする一方で、国家安全保障に新たな課題をもたらしています。誰でも購入できる商用ドローンが、世界で最も厳重に警備された国境を越えてしまう時代に、私たちはどのような対策を講じるべきでしょうか。
また、この事件は技術の問題だけでなく、政治的分断が国際関係にまで影響を及ぼす現代社会の複雑さを示しています。前政権の関係者による行為の可能性が浮上する中、新政権がどのように対応し、北朝鮮との関係改善につなげていくのか、今後の展開に注目していきたいと思います。



































