1970年、インテルで生まれた「消えない記憶」の発想
1970年前後、創業間もないインテルでは、半導体メモリの開発が急ピッチで進められていました。
その中で重要な役割を果たしたのが、後にEPROM(消去可能プログラマブルROM)を発明するドブ・フローマンです。
開発現場では、MOSデバイス内に電荷が予想外に保持される現象が問題として観測されていました。通常なら不安定要因として片づけられる現象です。
しかしフローマンは、それを単なる欠陥としてではなく、「電源を切っても情報を保持できる仕組み」として活用できないかと考えました。
この発想が、後に世界初のEPROMへとつながっていきます。
EPROMは、コンピュータが電源断後も内容を保持できる不揮発性メモリの重要な一歩となりました。
【コラム:バグを愛するイノベーターたち】
フローマンが「電荷の漏れ」というバグを「データの保持」という機能に読み替えたように、イノベーションの歴史は、予期せぬ失敗をチャンスに変える「セレンディピティ(偶然の幸運)」に満ちています。
- ポスト・イットの誕生: 3Mのスペンサー・シルバーは、「強力な接着剤」を作ろうとして「すぐ剥がれる失敗作」を作ってしまった。しかし、その弱点を「付箋」という新たな価値に転換した。
- 電子レンジの発見: パーシー・スペンサーは、レーダーの研究中にポケットのチョコが溶けたことに気づいた。機器の熱漏れという「不都合」が、調理革命の起点となったのである。
科学史に残る発見の多くは、完璧な計画からではなく、「なぜ、計算通りに失敗したのか?」という問いから生まれている。「エラー」や「不具合」も、実は未来のスタンダードへと続く扉かもしれない。
【出来事/記念日】ドブ・フローマン生誕
【日付】:1939年3月28日
3月28日は、EPROMの発明者として知られるドブ・フローマンの誕生日です。
フローマンはインテル創業初期に加わったエンジニアの一人で、半導体メモリの歴史に大きな足跡を残しました。
彼が発明したEPROMは、紫外線で内容を消去し、再び書き込める非揮発性メモリです。
それ以前のROMは、内容変更のたびに製造工程側での対応が必要になることが多く、試作や改良には大きな手間がかかりました。
EPROMの登場によって、開発者はプログラムや制御コードをより柔軟に修正できるようになり、マイクロプロセッサ時代の試作・検証サイクルを大きく短縮できるようになりました。
この意味で、EPROMは単なるメモリ製品ではなく、半導体開発のスピードそのものを変えた発明だったと言えます。
イノベーションの分水嶺:ハードウェア開発を速くした技術
かつて、コンピュータの制御内容を書き換えることは、今よりはるかに重い作業でした。
その点でEPROMは、ハードウェア開発の現場に大きな自由をもたらしました。
- 試行錯誤の高速化
EPROM以前は、ROM内容の変更に工場側での再対応が必要になることが多く、修正には時間がかかりました。 - 再書き込み可能な不揮発性メモリの価値
EPROMは紫外線で消去し、再度プログラムを書き込めるため、評価・試作・改良のサイクルを大幅に効率化しました。
この進歩は、後のソフトウェア開発文化で重視される素早い検証と修正を、ハードウェアの側から支えるものでもありました。
2026年の視点:AI時代に見直される「メモリ」の重要性
2026年の半導体業界では、AI処理の効率化に向けて、メモリと演算の距離をどう縮めるかが重要なテーマの一つになっています。
大規模AIモデルでは、演算性能そのものだけでなく、メモリとのデータ往復による電力消費や遅延が深刻な課題になるためです。
その文脈で注目されている考え方の一つが、Compute-in-Memory(CiM)です。
これは、メモリ近傍あるいはメモリ内部で一部の演算を行うことで、データ移動の負担を減らそうとする設計思想です。
もちろん、現在のAI半導体がそのままEPROMの直接延長線上にあるわけではありません。
ただし、「記憶をどう安定して保持し、どう効率よく扱うか」という半導体の根本課題は、フローマンの時代から今に至るまで連続しています。
その意味でEPROMは、現代のAI半導体そのものを生んだ技術というより、
メモリ技術を進化させる長い系譜の中で、非常に重要な起点の一つだったと位置づけるのが適切でしょう。
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【用語解説】
EPROM(Erasable Programmable Read-Only Memory)
紫外線を照射することで内容を消去し、再書き込みができる非揮発性メモリ。開発中のコードや制御内容を柔軟に更新できるようにした。
フローティングゲート(浮遊ゲート)
絶縁膜に囲まれた導電層に電荷を保持することで、電源がなくても情報を記録できる仕組み。後の不揮発性メモリ技術にもつながる重要な考え方である。
フォン・ノイマン・ボトルネック
演算装置と記憶装置の間のデータ転送が、システム全体の性能や消費電力を制約する問題。
Compute-in-Memory(CiM)
メモリの近く、あるいはメモリ内部で演算を行うことで、データ移動を減らし、AI処理の効率改善を目指すアーキテクチャ。
【参考リンク】
Intel Corporation (インテル株式会社)
ドブ・フローマンがEPROMを発明した舞台であり、世界を代表する半導体メーカーである。創業期から現代のAI半導体「Gaudi」シリーズに至るまで、コンピューティング技術の進化を牽引し続けている。
IEEE (Institute of Electrical and Electronics Engineers)
電気・電子工学分野で世界最大の専門家組織である。フローマン氏の功績を含む半導体技術の歴史的なマイルストーンを「Engineering and Technology History Wiki」として公式に記録・保存している。
Computer History Museum (コンピュータ歴史博物館)
シリコンバレーに拠点を置く、IT史の保存を目的とした博物館である。フローマン氏本人への詳細なインタビュー(口述歴史アーカイブ)や、初期のEPROMの実物資料をデジタル公開している。







































