2014年にマーク・ザッカーバーグが数十億ドルで買収したOculus VRだが、2026年1月にMetaは1,000人以上の大規模なレイオフと戦略転換を発表した。
筆者イアン・ハミルトンは、Meta製品の大半からアイトラッキング技術が欠落していることがVR戦略の失敗要因だと指摘する。2022年に発売されたQuest Proにはアイトラッキングが搭載されていたが、Quest 3では削除され、次の搭載機まで約4年の空白が生じた。
一方、Apple Vision Pro、ValveのSteam Frame、Googleの最新ヘッドセットはすべてアイトラッキングを標準搭載している。
2017年のGDCデモで筆者はアイトラッキングの可能性を認識していたが、Metaはゲームスタジオの買収やHorizon Worlds開発に注力し、Appleに先を越された。
ザッカーバーグは2024年に「将来的にアイトラッキングを戻す」とInstagramで述べたが、技術者ジョン・カーマックが2021年に警告した通り、メタバース構築への過度な投資が実際の製品開発を妨げた形となった。
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Eye Tracking Is The Missing Piece In Mark Zuckerberg’s VR Strategy
【編集部解説】
2026年1月、Metaは大規模なレイオフを発表しました。Reality Labs部門の約10%に当たる1,000人以上が職を失い、Armature Studio、Sanzaru Games、Twisted Pixelといった複数のVRゲームスタジオが閉鎖されることになりました。この動きは、同社がメタバースからAIとウェアラブル技術へと戦略をシフトしていることを象徴しています。
この記事の筆者イアン・ハミルトンが指摘する核心は、Metaの失敗の根本原因がアイトラッキング技術の軽視にあるという点です。2022年に発売されたQuest Proはアイトラッキングを搭載していましたが、その後のQuest 3では削除され、次の搭載機まで約4年の空白期間が生じました。この判断が、VRプラットフォームとしての競争力を大きく損なう結果となったのです。
アイトラッキングがなぜこれほど重要なのか。それは、VRにおけるマウスのような存在だからです。パソコンでマウスがなければ、グラフィカルユーザーインターフェースでの操作は極めて困難になります。同様に、VRヘッドセットがユーザーの視線を追跡できなければ、意図した場所を正確に選択することができません。
2017年のGDC(Game Developers Conference)でハミルトンは、アイトラッキングのデモを体験し、「まるでスーパーパワーを手に入れたようだった」と述べています。この技術があれば、ゲームはプレイヤーが何に注目しているかを正確に把握でき、まったく新しいゲーム体験を生み出せます。例えば、敵キャラクターがプレイヤーの視線に気づいて反応したり、プレイヤーが見ている場所だけ高解像度でレンダリングする「Foveated Rendering(注視点レンダリング)」によって処理負荷を大幅に削減できます。
競合他社の動きを見ると、Metaの判断ミスは一層明らかになります。Apple Vision Proは2024年に発売され、アイトラッキングを主要な入力システムとして採用しました。指でピンチするジェスチャーと組み合わせることで、視線で選択し、ジェスチャーで決定するという直感的な操作を実現しています。
2025年11月に発表されたValveのSteam Frameは、2026年初頭の発売を予定しており、アイトラッキングを標準搭載しています。Valveは「Foveated Streaming」という技術を開発し、ユーザーが見ている場所のストリーミング品質を動的に向上させることで、ワイヤレスPC VRの画質を10倍以上改善できると主張しています。Googleや Samsungも、アイトラッキング搭載のヘッドセットを発売または計画中です。
つまり、2026年時点でMetaの主力製品であるQuest 3や3Sにはアイトラッキングが搭載されていないのに対し、競合他社の最新製品はすべてこの技術を標準装備しているのです。
Metaがアイトラッキングではなくゲームスタジオの買収に注力したのは、2019年11月のBeat Saber開発元Beat Gamesの買収に始まります。その後も複数のスタジオを買収し、Horizon Worldsというソーシャルプラットフォームの開発に多大なリソースを投入しました。しかし、Reality Labsは累計で730億ドル以上の損失を計上しており、今回のレイオフでこれらのスタジオの大半が閉鎖されることになりました。
ジョン・カーマックは2021年10月のFacebook Connectで警告を発していました。「メタバースを構築しようとすることは、実際にはメタバースにたどり着く最良の方法ではない」「メタバースは『建築宇宙飛行士』にとっての蜜の罠だ」と述べ、高度な抽象論ばかりで実際の製品開発をおろそかにする危険性を指摘していました。2022年にMetaを去った彼の懸念は、4年後の2026年に現実のものとなりました。
ザッカーバーグ自身も2024年にInstagramで「Appleのアイトラッキングは本当に素晴らしい。実際、Quest Proにはそれらのセンサーがあった。Quest 3では取り外したが、将来的には戻すつもりだ」と認めています。この発言は、彼が戦略の誤りに気づき始めた最初の兆候だったのかもしれません。
今回のレイオフは、Metaが過去10年間の投資を見直し、AIとスマートグラス製品にリソースを集中させる転換点となります。しかし、VRヘッドセット市場での競争力回復には、アイトラッキング技術の再導入が不可欠です。次世代のQuest製品がこの技術を搭載するまでには、競合他社にさらに大きなリードを許すことになるでしょう。
この事例が示すのは、技術的な詳細が長期的な成功にいかに重要かという点です。派手なメタバースのビジョンよりも、ユーザーが実際に使う製品の基本機能こそが、プラットフォームの将来を左右するのです。
【用語解説】
アイトラッキング(Eye Tracking)
ユーザーの視線の動きや注視点を追跡する技術。VRヘッドセットでは内蔵カメラで瞳の動きを検出し、ユーザーがどこを見ているかをリアルタイムで把握する。この情報は入力システムとして利用されるほか、注視点レンダリング(Foveated Rendering)によるパフォーマンス向上や、アバターの目の動きの再現などに活用される。
Foveated Rendering(注視点レンダリング)
ユーザーが見ている中心部分だけを高解像度でレンダリングし、周辺視野は低解像度で処理する技術。人間の視覚特性を利用することで、GPU負荷を大幅に削減しながら視覚的な品質を維持できる。アイトラッキングと組み合わせることで、視線の移動に応じて高解像度領域が動的に変化する。
Reality Labs
MetaのVR/AR技術を担当する部門。Quest VRヘッドセット、Ray-Banスマートグラス、Horizon Worldsなどの開発を行っている。2022年から2026年にかけて累計730億ドル以上の損失を計上し、2026年1月に大規模なレイオフが実施された。
OpenXR
VRおよびARアプリケーションの開発を標準化するための業界標準API。異なるハードウェアプラットフォーム間での互換性を向上させ、開発者が複数のVRヘッドセットに対応したアプリケーションを効率的に作成できるようにする。
SteamOS
Valve Corporationが開発したLinuxベースのオペレーティングシステム。Steam DeckやSteam Frameで使用され、Proton互換レイヤーを通じてWindows向けゲームも動作可能。
3DoF(3 Degrees of Freedom)
頭部の回転のみを追跡する3自由度のトラッキング方式。前後左右の移動は検出できない。Oculus Goなどの初期のVRヘッドセットで採用されたが、現在の主流は6DoF(6自由度)。
6DoF(6 Degrees of Freedom)
頭部の回転に加えて、前後左右上下の移動も追跡する6自由度のトラッキング方式。より自然で没入感の高いVR体験を実現する。Quest 2以降のモダンなVRヘッドセットで標準となっている。
【参考リンク】
Meta Quest(外部)
MetaのVRヘッドセット製品ページ。Quest 3、Quest 3S、Quest Proなどの製品情報を提供
Apple Vision Pro(外部)
Appleの空間コンピューティングデバイス。アイトラッキングを主要な入力システムとして採用
Steam Frame(外部)
Valveの次世代VRヘッドセット公式ページ。2026年初頭発売予定でアイトラッキング搭載
UploadVR(外部)
VR業界の専門ニュースサイト。最新のVRハードウェアやソフトウェアの情報を提供
Beat Saber(外部)
VRリズムゲームのBeat Saber公式サイト。2019年11月にMetaに買収されたBeat Gamesが開発
【参考記事】
Meta’s VR layoffs, studio closures underscore Zuckerberg’s massive pivot to AI(外部)
2026年1月のMetaのレイオフを詳細に報道。Reality Labs部門の動向を追跡
Valve Officially Announces Steam Frame, A “Streaming-First” Standalone VR Headset(外部)
2025年11月発表のSteam Frame詳細。アイトラッキングとFoveated Streaming機能を解説
John Carmack, one of the key players in building Facebook’s metaverse, is pretty bearish about the idea(外部)
2021年10月のジョン・カーマックによるメタバース構築への警告を詳述
Steam Frame – Wikipedia(外部)
Steam Frameの技術仕様と開発経緯。2160×2160解像度やアイトラッキングを詳述
【編集部後記】
VR業界の転換点を迎えている今、私たちはMetaの戦略転換から重要な教訓を学べます。技術の進化において、派手なビジョンよりも基礎技術の積み重ねがいかに重要かを、この事例は示しています。アイトラッキングという一見地味な機能が、実はプラットフォーム全体の競争力を左右する決定的要素だったのです。
2026年はVR業界にとって大きな節目の年となるでしょう。Steam FrameやApple Vision Proといったアイトラッキング搭載機が市場でどのような評価を受けるのか、そしてMetaがこの遅れをどう挽回するのか。私たちも、新しいインターフェースがもたらす可能性に注目していきたいですね。



































