2026年2月、MetaはHorizon WorldsをQuestプラットフォームから切り離し、モバイル専用へ移行すると発表した。一見、巨額投資を続けてきたVRメタバース構想の「縮小」に映るこのニュースだが、その本質は少し違う。Quest上でのVR利用時間の86%はすでにサードパーティアプリが占めており、Metaはその現実を真摯に受け止め、自社コンテンツへの固執を手放す決断をした。自らが「主役」を降りることで、開発者たちが主役を張れる舞台を整える——そんなMetaの静かな覚悟が、この発表には滲んでいる。
MetaはHorizon WorldsをQuestプラットフォームから分離し、今後はほぼ完全にモバイル専用として運営していくと発表した。Reality LabsのコンテンツVPサマンサ・ライアンは、Quest VRプラットフォームとWorldsプラットフォームを明確に分離することで、両製品の成長空間を確保すると述べた。この方針はMetaのCTOアンドリュー・ボズワースが先月Reality Labsの人員を10%削減した際の説明とも一致しており、モバイルとVRの両方向けに開発を行うことがチームへの負担になっていると指摘していた。
MetaはAndroidおよびiOS向けHorizon Worldsを2023年9月ごろにリリースしており、その後モバイルユーザーの方がQuestユーザーよりも多くの時間と費用をアプリに費やしていることが判明した。本稿執筆時点では、Horizon WorldsはHorizon StoreからQuest向けに引き続きダウンロード可能だが、QuestのおすすめコンテンツフィードからはWorldsのプロモーションが削除されている。
From:
Meta Separates ‘Horizon Worlds’ from Quest, Going “almost exclusively mobile” | Road to VR
【編集部解説】
MetaがHorizon WorldsをQuestから切り離し、モバイル専用へ舵を切ったこの決断は、単なる製品戦略の変更ではありません。VRという技術が「大衆プラットフォーム」になれるかどうかという、業界全体への問いかけでもあります。
まず背景として押さえておきたいのが、Horizon WorldsのVR時代の苦戦です。2022年時点で月間アクティブユーザー数は20万人以下にとどまり、当初目標の50万人には遠く及びませんでした。一方、2024年末からモバイルへのシフトを本格化させた結果、Pocket Gamerの報道によれば、2025年のモバイル月間アクティブユーザー数は前年比4倍超に増加し、モバイル専用ワールドはゼロから2,000以上に拡大。4名のクリエイターが生涯収益100万ドルを突破し、約100名が6桁の収益を達成しました。またRoad to VRのコメント欄で言及された数値によれば、モバイル専用ワールド解禁後にゲーム内売上が250~280%増加した一方、VRのソフトウェア収益は横ばいだったとされています。数字が示す通り、Horizon Worldsは「VRでは失敗し、モバイルで蘇った」と言えます。
こうした流れを受け、MetaはQuestストアから2026年3月31日にHorizon WorldsとEventsの掲載を終了し、2026年6月15日にはQuestからアプリ自体を完全削除するスケジュールを確定させました。元記事の執筆時点(2026年2月)では「いつ完全切り離しされるかは不明」と書かれていましたが、その後のアップデートで具体的な日程が明示されています。
今回の決断を後押ししたもう一つの要因が、組織面のコスト圧力です。MetaはReality Labsで約10%の人員削減に踏み切っており、モバイルとVRの両方で開発を続けることへの負担は限界に達していました。VRはMeta全体の日間アクティブユーザー35億人に対し、わずかな規模にとどまっていたとも指摘されており、投資対効果の観点から判断は不可避だったと言えます。
ポジティブな側面としては、Quest向けのVRエコシステムは引き続き強化されると明言されている点が挙げられます。Horizon Worldsという「重荷」が切り離されることで、純粋なVRゲームやアプリの開発に集中できる環境が整うという見方もあります。また、モバイル上のHorizon WorldsがFortniteやRobloxのような大規模プラットフォームへ成長する可能性も否定できません。
一方、潜在的なリスクも見逃せません。Metaがこれまで巨額を投じて構築してきたVRメタバース構想が事実上縮小に向かうことは、VR市場全体の投資マインドを冷やす可能性があります。複数のメディアがMetaのXRへの総投資額を累計約1,000億ドルと推計しており、またBusiness Insiderは2020年以降のReality Labsの損失額が累計約800億ドル近くに上ると報じています。いずれにせよ桁違いの投資であることは確かで、その方針転換は業界へのシグナルとして非常に重く受け止められています。
長期的な視点で見ると、今回の動きはVR普及の「第一章」が終わりを告げたことを意味するかもしれません。ただし、Meta自身はVRから完全撤退するわけではなく、ARグラスやウェアラブルへの投資は継続される見通しです。Horizon Worldsのモバイル展開が成功すれば、将来的にはARグラスと連携した「次世代メタバース」の足がかりになる可能性もあり、今回の決断はあくまで「仕切り直し」と捉えることもできます。
【編集部追記】
このニュースへの反応は、日本国内でも興味深い広がりを見せています。インターネット掲示板2ちゃんねる創設者の西村博之(ひろゆき)氏は自身のXアカウントにて、「『POPOPO』を発表した日に『メタバース』でバズって、facebookからMetaに社名まで変えたサービスが終了する様子。メタバースはツマラナイという当然の帰結。」と投稿し、大きな反響を呼びました。
その「POPOPO」とは、2026年3月18日15時にサービスを開始した国産スマートフォンアプリです。「カメラのいらないテレビ電話」をジャンルに掲げ、AIではなく人の手によるカメラワークで日常会話を映画のように演出するという、従来のメタバース観とは一線を画すコンセプトが話題を呼んでいます。開発・運営するPOPOPO株式会社の取締役にはGACKT、西村博之、川上量生、庵野秀明という各分野の著名人が名を連ね、リリース直後から大きな注目を集めました。
ひろゆき氏の発言を単なる「メタバース批判」と受け取るのは少し早計かもしれません。彼が指摘しているのは、むしろタイミングの皮肉です。ヘッドセットを装着し、専用デバイスを購入し、操作を覚えてようやく入れる仮想空間——その「コスト」に見合う体験を、大多数のユーザーはHorizon Worldsに見出せなかった。その帰結が今回の撤退であり、彼の見立ては結果として正確だったと言えます。
しかし「メタバースがつまらない」のではなく、「あの形のメタバースがつまらなかった」に過ぎないとも考えられます。POPOPOが提示した「カメラ不要・操作不要・ただ話すだけ」というモデルは、メタバースの本質的な価値——「現実とは別の場所で誰かと繋がる」——を、摩擦を極限まで削ぎ落とした形で実現しようとするものです。MetaのHorizon Worlds撤退と日本発の新サービス誕生が同じ日に重なったこの光景は、「メタバースの死」ではなく「メタバースの脱皮」を象徴する瞬間として、後から振り返られることになるかもしれません。
【用語解説】
フリー・トゥ・プレイ(Free-to-Play / F2P)
基本プレイ無料のゲーム・アプリのビジネスモデル。ゲーム内アイテムや課金要素で収益を得る仕組みで、モバイルゲームで主流となっている。
ユーザー生成コンテンツ(UGC: User Generated Content)
プラットフォームのユーザー自身が作成・公開するコンテンツ全般。Horizon Worldsにおけるワールドやゲームが該当する。RobloxやFortniteの「クリエイティブモード」も同様の概念だ。
HMD(Head-Mounted Display)
頭部に装着するディスプレイ装置。VRヘッドセットの総称として使われることが多い。Meta Questシリーズ、PlayStation VRなどが代表例。
Reality Labs
Metaの中でVR・AR・MR関連製品(Meta Questシリーズ、Ray-Ban Metaグラスなど)の研究開発を担う部門。Horizon Worldsもこの部門が管轄していた。
Gorilla Tag
Meta Questで最も人気の高いVRゲームの一つ。ゴリラのように四肢を使って動き回るシンプルな動作が特徴で、特に若年ユーザーに圧倒的な支持を得ている。
【参考リンク】
Meta Horizon Worlds(公式)(外部)
MetaのソーシャルVR・メタバースプラットフォーム。2026年6月15日にQuest版の提供が終了する予定。
Meta(公式)(外部)
旧Facebook社。VR・AR・AIを中心に事業展開するテクノロジー企業。Meta QuestシリーズやRay-Ban Metaグラスを製造・販売している。
VRChat(公式)(外部)
PC・Meta Quest・モバイル向けのソーシャルVRプラットフォーム。ユーザーによるアバター・ワールドの自由な作成が特徴で、日本でも根強い人気を持つ。
Rec Room(公式)(外部)
スマートフォンからVRまで幅広いデバイスに対応するソーシャルゲームプラットフォーム。クロスプラットフォーム対応とUGCが強みだ。
【参考動画】
【参考記事】
Meta splits Quest and Horizon Worlds as it pivots toward mobile(Pocket Gamer)(外部)
モバイル月間ユーザー4倍超・ワールド数2,000以上・クリエイター収益100万ドル突破など、具体的数値を報じた記事。
Meta Shifts Horizon Worlds Focus From VR to Mobile Platforms(Business Insider)(外部)
Reality Labsが2020年以降に累計約800億ドル近くを損失、Quest利用時間の86%がサードパーティアプリと報じた記事。
Meta Is Shutting Down Horizon Worlds on Meta Quest(WIRED)(外部)
Horizon WorldsのVR版が2026年6月15日に完全終了し、モバイル専用プラットフォームへ移行することを報じた記事。
Meta’s ‘Horizon Worlds’ Has Somehow Lost 100,000 Players In Eight Months(Forbes)(外部)
2022年時点での月間アクティブユーザー数が20万人以下と、目標の50万人に届かなかったことを報じた記事。
【編集部後記】
「VRで友達と会える未来」——そんな言葉が胸を躍らせた時代が、つい数年前にありました。Metaが莫大な資金を注ぎ込み、マーク・ザッカーバーグ自身がアバターとして登場し、「これが次のインターネットだ」と宣言したあの瞬間を覚えているでしょうか。
しかし現実は、スマートフォンを持った子どもたちが答えを出してしまいました。ヘッドセットをわざわざ被らなくても、ポケットの中のデバイスで十分に「誰かと繋がれる場所」は作れる——そのシンプルな事実が、数百億ドル規模の戦略を静かに塗り替えていきました。
これはVRの「失敗」なのでしょうか。私たちはそう単純には捉えていません。テクノロジーの普及には、常に「正しいタイミング」と「正しい入口」が必要です。自動車が普及したのは道路が整備されてからであり、スマートフォンが爆発したのはアプリストアというエコシステムが生まれてからでした。VRもまた、まだその「入口」を探している途中なのかもしれません。
あなたはどう思いますか?「没入感」と「手軽さ」、どちらがあなたの日常を豊かにしてくれると感じますか?そしてもし、軽くて快適なARグラスが当たり前になった5年後の世界では、今日のこの出来事はどう振り返られるでしょうか。







































