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University of Texas at Austin、医学生向け触感再現モデルの可能性

University of Texas at Austin、医学生向け触感再現モデルの可能性

University of Texas at Austin、Sandia National Laboratoriesおよび他の2つの国立研究所の研究者たちは、CRAFT(Crystallinity Regulation in Additive Fabrication of Thermoplastics)と呼ばれる新しい3Dプリント手法を開発した。

この手法は2026年1月29日に学術誌Scienceに掲載された。CRAFTは、シクロオクテンという液体樹脂を原料とし、グレースケール画像を投影することでピクセル単位で硬度や透明度が異なるオブジェクトを造形する。1000ドル以下の市販DLPまたはLCD 3Dプリンターで使用可能だ。

研究はアレックス・コミッソ氏とサミュエル・レギザモン氏が主導した。レギザモン氏は現在Savannah River National Laboratoryの科学者、コミッソ氏はAzul 3Dの材料化学者である。資金提供は米国エネルギー省、全米科学財団、ロバート・A・ウェルチ財団が行った。

From: 文献リンクNew 3D printing method makes affordable, realistic replicas as structurally complex as a human hand

【編集部解説】

今回の研究が画期的な理由は、「単一の安価な材料」から「異なる物性を持つ複雑な構造」を作り出せる点にあります。従来のマルチマテリアル3Dプリントでは、硬い材料と柔らかい材料を別々に用意し、高価なインクジェットプリンターで組み合わせる必要がありました。しかし、異なる素材同士の接合部分が弱く、実際の人体組織のような自然な移行を再現できませんでした。

CRAFTの核心的な技術革新は、光の強度によってシクロオクテンという樹脂の「結晶性」を制御する点です。強い光を当てた部分は分子が規則正しく配列して硬く透明になり、弱い光の部分は無秩序な配列で柔らかく不透明になります。この原理により、骨のように硬い部分から靭帯のように柔軟な部分まで、グレースケール画像の投影パターンを変えるだけで一つの材料から作り分けられるのです。

この技術の医学教育への応用が特に注目される背景には、深刻な献体不足の問題があります。米国の医学部では、献体1体あたり2,000〜5,000ドルのコストがかかり、解剖実験室の建設には数百万ドルが必要です。さらに倫理的な問題や地域的な不足も慢性化しています。既存のバーチャル解剖システムは10万ドル以上、合成死体は7万ドルと高額で、多くの医学部にとって導入障壁が高いものでした。

これに対しCRAFTは1,000ドル以下の市販プリンターで実現可能です。人体組織そのものではないものの、硬さや柔軟性といった物理的特性――皮膚、腱、靭帯、骨の触感や硬さまでを忠実に再現できるため、医学生が繰り返し練習できる現実的な訓練用モデルとなります。完全にリサイクル可能ではないものの、溶剤で溶かして再成形できるため、廃棄物削減にも寄与します。

医療以外の応用分野として、防音材やヘルメット、アーマーなどの防護具開発が挙げられています。自然界の樹皮や骨のように、硬い層と柔らかい層を交互に配置した「生体模倣材料」を作ることで、衝撃や振動を破壊せずに吸収する構造が実現できます。

一方で、本技術にも限界があります。完全なリサイクル性がない点、そして何より、死体解剖が持つ教育的・哲学的な意義——死と向き合い、人体の多様性や個体差を学ぶ経験——を代替できるわけではありません。あくまで既存の教育手法を「補完」するツールとして位置づけるべきでしょう。

研究を主導したアレックス・コミッソ氏は現在Azul 3Dという企業に所属しており、商用化への道筋も見えています。技術の民主化により、資金の乏しい教育機関でも質の高い医学教育が提供できる未来が近づいているといえます。

【用語解説】

CRAFT(Crystallinity Regulation in Additive Fabrication of Thermoplastics)
熱可塑性樹脂の積層造形における結晶性制御技術。光の強度によって樹脂の分子配列(結晶性)を制御し、単一材料から硬さや透明度の異なる部分を作り分ける3Dプリント手法。

シクロオクテン
8員環構造を持つ環状オレフィン化合物。CRAFT技術では液体樹脂として使用され、光の強度によって硬い結晶性プラスチックにも柔らかい非晶性プラスチックにも変化する特性を持つ。

DLP/LCD 3Dプリンター
DLP(Digital Light Processing)およびLCD(Liquid Crystal Display)方式の光造形3Dプリンター。液体樹脂に光を投影して固化させる方式で、1,000ドル以下で購入可能な市販モデルが多い。

生体模倣材料(バイオインスパイアード材料)
自然界の構造や機能を模倣して設計された材料。樹皮や骨のように硬い層と柔らかい層を交互に配置することで、衝撃吸収性や耐久性を実現する。

【参考リンク】

University of Texas at Austin(外部)
テキサス州の公立研究大学。CRAFT技術を開発した主要機関で化学・工学分野で高い研究実績を持つ。

Sandia National Laboratories(外部)
米国エネルギー省傘下の国立研究所。材料科学やエネルギー技術など幅広い研究開発を行う。

Azul 3D(外部)
高速・高精度な産業用3Dプリンター技術を開発する企業。研究主導者コミッソ氏が所属。

Science (AAAS)(外部)
米国科学振興協会発行の世界最高峰学術誌。CRAFT技術の論文が2026年1月29日号に掲載。

【参考記事】

US 3D printing breakthrough builds realistic human hand model inexpensively(外部)
CRAFT技術の詳細と応用分野を解説。1,000ドル以下のプリンターで医学教育用モデルを作成可能。

Medical schools are eliminating the use of cadavers, and that’s a shame(外部)
医学部の死体解剖プログラム廃止の現状を報告。死体1体5,000ドルのコストと倫理的課題を指摘。

Why Virtual Cadavers Are a Wise Investment for Medical Schools(外部)
医学部における死体調達コストを提示。死体1体あたり2,000〜3,000ドルと具体的に報告。

Med School without Cadavers? | Scientific American(外部)
死体プログラムを廃止した医学部の事例を紹介。死体ラボ建設に数百万ドルかかることを報告。

Why the Cost of a Human Head has Plummeted(外部)
合成死体7万ドル、VR死体ラボ1万5,000ドルと従来の死体調達コストを比較分析。

Polymeric multimaterials by photochemical patterning of crystallinity | Science(外部)
CRAFT技術の理論的基盤となった先行研究。光照射でシクロオクテンの結晶性を制御する手法を報告。

【編集部後記】

この技術が普及すれば、世界中の医学生が十分な訓練を積めるようになり、私たちが受ける医療の質もきっと向上するはずです。一方で、本物の身体が教えてくれる「死と向き合う重み」や「人体の多様性」は、決して代替できない尊い経験でもあります。技術はあくまで、その学びを支えるパートナーであるべきだと私は感じます。

医療以外にも、ヘルメットや防音材など無限の可能性を秘めたこの技術。もし1台のプリンターで硬さも自由自在に操れるとしたら、みなさんならどんな「あったらいいな」を形にしますか?

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omote
デザイン、ライティング、Web制作を行っています。AI分野と、ワクワクするような進化を遂げるロボティクス分野について関心を持っています。AIについては私自身子を持つ親として、技術や芸術、または精神面におけるAIと人との共存について、読者の皆さんと共に学び、考えていけたらと思っています。

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