病院のロビーで、地図や案内票を手渡す。ジールスが8月5日に発表した本体500万円からのヒューマノイド「D1」が、初期のユースケースとして想定する仕事のひとつです。ただ、安全性の根拠として資料に置かれた病院での実績は、D1という機体が積んだものではありません。「準国産」という耳慣れない言葉の中身とあわせて、確かめられた範囲を整理します。
ZEALS(ジールス)は2026年8月5日、屋内向けのコンパクトヒューマノイド「D1」を発表した。全高129.3〜159.3cm、総重量110kg、走行ベース幅約48cmの台車型で、双腕は片腕あたり5kgを扱う。価格は1体500万円から、OS・サポートは月20万円からで、同日に販売と導入相談の受付を始めた。
同社は部品を世界から調達し、AI、ソフトウェア、制御、組立を日本主導で担う形を「準国産」と呼び、将来の「純国産」への起点と位置づける。2026年度内に100台を量産し、現場稼働時間の累計10,000時間を目標とする。
保険は三井住友海上火災保険、導入支援はGMO AI&ロボティクス商事とQuickが担い、医療のCUC、桜十字グループ、CHCPおよびリース3社とは活用を検討する段階にある。
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ジールス、“準国産”コンパクトヒューマノイド「D1」を発表 年度内に100台量産、人手不足の現場で10,000時間稼働を目指す
※アイキャッチは株式会社ZEALS公式プレスリリースより引用
【参考動画】
ジールスがD1発表リリースでコンセプト動画として公開したもの。
【編集部解説】
「準国産」が指しているのは、部品比率ではなく主導権
「準国産」と聞くと、部品の何割が日本製かという話に聞こえます。しかし発表資料が定義しているのは比率ではありません。AI、ソフトウェア、制御、組立、そして日本の現場に合わせた導入・運用——これらをジールスが国内主導で進める、という範囲の宣言です。部品そのものは世界から調達すると明言しており、日本経済新聞はその調達先を米中と報じています。
この言葉が今このタイミングで置かれた意味は、政策の側を見ると立体的になります。自民党ロボット議員連盟で事務局長を務める山田太郎氏は以前から、議員会館の清掃ロボットや飲食店の配膳ロボットの多くが中国製である現状を、安全保障上の課題として繰り返し指摘してきました。
ただし、規制の側の動きは国別ではありません。米FCCは2026年7月28日、外国で製造された「高度ロボット装置」——ヒューマノイドや四足歩行ロボットを含む移動ロボット——をCovered Listに追加しました。対象は特定の国に限定されず、製造地が米国外であるかどうかで線が引かれています。追加後に認証を受けていない新規機種は機器認証を得られず、米国での輸入と販売が事実上できなくなります。
この線引きに従えば、日本で組み立てられたD1も、米国から見れば「外国製」です。ジールスは日本で生まれたヒューマノイドを世界の現場へ展開すると述べていますが、その世界に米国が含まれるとき、準国産であることは規制の外に出る理由になりません。国内の安全保障上の懸念に応えることと、海外市場で認証を取ることは、別々の課題として残ります。
その前提のうえで、部品は世界から取りつつ設計と制御は国内で握る、と切り分けてみせた。「純国産か否か」という二択で語られがちだった論点に、実務的な第三の選択肢を提示したのが、この発表のもっとも独特な部分だと考えています。もっとも、部品が米中由来である以上、供給網の制約から完全に自由になるわけではありません。同社もそれを承知のうえで、社会実装の速度を優先する判断だと説明しています。
なお、D1のデプロイパートナーであるGMO AIRは、Unitree Roboticsの国内正規代理店でもあります。ヒューマノイドを日本の現場に届ける経路には、海外製機と準国産機の双方が含まれているということになります。
8か月半で、借りた身体から自前の身体へ
ジールスの歩みを並べると、この会社がなぜ今ハードウェアを出せたのかが見えてきます。
同社は2015年にロボット事業を手がけたのち撤退し、チャットボットへ転じました。2025年に音声AIエージェント「Omakase.ai」を米国で立ち上げ、2025年11月18日にロボティクス事業「Omakase Robotics」を発足。この発足イベントで披露されたのは、中国企業製の四足歩行ロボットに自社の接客AIを載せたデモでした。2026年3月には筑波大学附属病院でUnitree G1を使ったPoCを実施し、そして8月、自社設計のD1に至ります。
他社のハードウェアを借りて現場に入り、知能の側を先に鍛えてから、自前の身体を出す。ジールスは、他社製ハードウェア上でOSを現場検証したのちに自社機を発表する、という順序をたどりました。
病院で転ばなかったのは、D1ではありません
D1の安全性を説明する「特長3」に、筑波大学附属病院のPoCで「人との接触ゼロ、転倒ゼロ」を達成したという記述があります。ただし、3月に公表され、Omakase Roboticsのサイトに8月4日付で掲載されたPoCリリースを読むと、この検証の中身は次のとおりです。
- 実施日は2026年3月23〜25日の3日間、時間は外来診療が終わったあとの19〜21時
- 機体はUnitree G1(中国Unitree Robotics製の二足歩行ロボット)に自社のOmakase OSを搭載したもの
- 検証項目は二足歩行の安定性、障害物回避、自律歩行、会話による道案内と運搬、異常検知
- 検証中に周辺機器への電源供給が遮断される事象があったが、全項目を完遂した
- 「日本初」には「2026年3月25日時点、当社調べ、公開情報ベース」という注釈条件が付く
つまりこのPoCが確かめたのは、Unitree G1とOmakase OSを組み合わせたシステムの挙動であって、D1という機体が病院で働いた実績ではありません。しかもD1は二足歩行ではなく台車型です。二足歩行機の「転倒ゼロ」は、D1本体の転倒安全性を直接検証した結果にはなりません。
あわせて、PoCリリースの結果として記載されているのは転倒がなかったところまでで、「人との接触ゼロ」がどう測定されたのかは、公式の2文書を突き合わせても読み取れません。
ナビゲーションや病院内での運用について得られた知見まで、D1と無関係というわけではありません。ソフトウェアから入ってハードウェアに到達したという同社の歩みからすれば、むしろ地続きです。ただ読む側としては、すでに確かめられた範囲と、これから確かめる範囲を分けて受け取ることになります。
「10,000時間」というKPIが引き受けている問題
今回の発表でもっとも意識的だと感じたのは、目標の置き方です。同社は販売台数でも納品台数でもなく、ロボットが実際に業務を担った「現場稼働時間」を最重要指標に据えました。
山田氏はかねて、日本のロボットは作れるのに使われないと述べ、これを技術ではなく構造の問題だとして、現場への橋渡しを担うSIerやディストリビューターの整備を求めてきました。ジールスが医療・保険・リース・デプロイという4領域のパートナーを同時に並べたのは、この構造への回答として読めます(これは記者の解釈です)。
同時期に動く三菱自動車とHighlandersについては、2027年後半に月産1000台の製造能力を目指すとITmediaが報じています。公式の共同発表が明記しているのは2027年の早い時期の生産開始を検討しているところまでですが、指標そのものの置きどころが違うことは読み取れます。
なお100台と10,000時間という2つの目標を単純に割ると、量産1台あたり100時間に相当します。ただし100台すべてが同時期に稼働を始めるとは公表されておらず、10,000時間の集計対象となる台数も示されていないため、1台あたりの実運用値までは算出できません。現時点で確かなのは、同社が納品台数ではなく稼働時間を指標に選んだという一点です。
保険の設計にも同じ性格が出ています。三井住友海上との補償範囲には、カメラやマイクを通じて取得される映像・音声の情報漏洩や不正アクセスが含まれています。ロボットが人と同じ空間に入るとき、事故だけでなくデータの経路そのものがリスクになる——その認識が商品設計に織り込まれています。
留保しておきたい3点
1.何をもって成功とするかが、まだ確定していません。「現場稼働時間」は現場でD1が実際に稼働している時間と定義されていますが、待機や充電、デモンストレーションを含むのか、誰が計測し、どのように公表するのかは示されていません。第三者が検証できる形でなければ、指標は主張のままにとどまります。
2.自律で担える作業の範囲が明示されていません。双腕を使う業務については、いきなり完全自動化を目指すのではなくデータ収集と検証から始めると明記されています。誠実な書き方である一方、発売時点でどこまで自律実行できるのかは読み取れません。加えて、安全機能の実装状態は公式情報の中で書き方が揃っていません。製品サイトは全7軸の関節トルクセンサーと各関節のブレーキを標準装備と記載する一方、発表資料は接触を検知して停止する仕組みについて「実装を進めています」と書いています。センサーの搭載と、それを使った停止機能の完成は別のことですが、どこまでが完了しているのかは公式情報だけでは判別できません。医療パートナー3社とリース3社も、現時点では検討を進めている段階です。
3.価格の全体像が公表されていません。本体500万円から、OS・サポート月20万円からという下限のみで、構成や上限は示されていません。公式サイトに税の表記はなく、税別と報じているのは日経とITmediaです。SDKは要相談、保守条件、耐用年数、バッテリー交換費用も公表されていません。製品サイトの最高速度は単位が欠落しており、現時点では読み取れない状態です。
「純国産」への地図は、まだ描かれていません
同社は最終的に純国産を目指すとし、国内の部品メーカーや製造事業者との連携で主要コンポーネントを段階的に国産化すると述べています。ただし、どの部品を、いつまでに、誰と国産化するのかは示されていません。
海外製の部品や機体を使いながら国内で組み立てるという段階には、ほかの国内勢も到達しています。ドーナッツロボティクスは中国製をベースにした機体を国内で組み立てる形で法的な日本製を実現している段階だとITmediaが報じており、三菱自動車とHighlandersも国内生産を検討しています。そこから先で差がつくのは、国産化ロードマップの具体性です。D1が現場で積み上げる稼働時間は、そのロードマップを裏づけるデータになり得ます。1台あたり100時間という控えめな目標を、あえて指標の中心に据えた理由も、おそらくそこにあります。
日本の課題から世界の標準をつくる、と清水氏は述べました。その第一歩として想定されているのが、病院のロビーで地図や案内票を手渡す仕事である——この落差の小ささこそが、今回の発表でもっとも現実的な部分だと感じています。
【関連記事】
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D1のデプロイパートナーであるGMO AIRが、なぜロボットの商社事業に踏み出したのかを、発表資料から読み解いた記事。
【編集部後記】
3月の実証実験を伝えるリリースに、清水氏の言葉が残っています。ハードウェアだけでは足りない、そのままでは大きなラジコンだ、と。当時ジールスが病院で動かしていたのは、他社製の機体でした。
その約4か月後、同社は現行のロボティクス事業における自社製品としてD1を発表します。ラジコンではないと言い切る根拠になるのは、スペック表の数字ではなく、病院の廊下で積み上がっていく時間のほうだと考えています。
【用語解説】
コンパクトヒューマノイド
人型のロボットのうち、人間の平均身長より小さく設計されたもの。D1は全高129.3〜159.3cmで、日本の屋内空間の通路幅や扉、エレベーターを通れることを前提としている。
準国産
全部品を国内で構成する「純国産」に対し、部品は世界から調達しつつ、AI、ソフトウェア、制御、組立、導入・運用を国内主導で担う形をジールスが呼んだ表現。業界の確立した用語ではない。
台車型
脚ではなく車輪で移動する構造。自律走行する台車はAMRとも呼ばれ、地図を持って自ら経路を決めて動く。二足歩行に比べて転倒の危険が小さく、段差への対応では劣る。
PoC
Proof of Conceptの略。本格導入の前に、想定した機能が実環境で成立するかを限定条件下で確かめる検証。期間、場所、時間帯といった条件が結果の意味を左右する。
Unitree G1
中国のUnitree Roboticsが販売する二足歩行ヒューマノイド。ジールスは2026年3月の筑波大学附属病院での実証実験で、この機体に自社のOSを搭載して用いた。
Omakase OS
ジールスが開発するロボット向けの基本ソフト。自律ナビゲーションと会話インターフェースを備え、機体の種類を問わず搭載できる設計とされる。
トルクセンサー
関節にかかる回転方向の力を測るセンサー。人や物に触れた瞬間の力の変化を検知して停止させる制御に用いられ、人と同じ空間で動く機体の安全設計の中核となる。
現場稼働時間
ロボットが実際に業務を担って動いた時間。ジールスは販売台数ではなくこの指標を社会実装の達成度に据え、2026年度内に累計10,000時間を掲げる。
SIer
System Integratorの略。個々の製品を現場の業務や既存システムに組み合わせて動く状態に仕上げる事業者。ロボット普及の隘路として、その層の薄さが指摘されてきた。
FCC
米連邦通信委員会。2026年7月28日、外国で製造された「高度ロボット装置」をCovered Listに追加した。対象は特定の国に限定されず、製造地で線が引かれる。追加後に認証を受けていない新規機種は機器認証を得られず、米国での輸入・販売が事実上できなくなる。国防当局と国土安全保障省による条件付き承認で除外される道は残る。
【参考リンク】
D1(Omakase Robotics)(外部)
D1の製品サイト。ページ下部の「D1 FULL SPECS」に、重量、自由度、センサー構成、電源、対応OSまでの全仕様が並ぶ。
株式会社ZEALS(外部)
音声AIエージェント「Omakase.ai」からロボティクスまで手がける東京都目黒区の企業。代表取締役CEOは清水正大氏。
Unitree Robotics(外部)
筑波大学附属病院のPoCで使われた二足歩行機G1を製造する中国のロボットメーカー。四足歩行ロボットの分野でも広く知られる。
三井住友海上火災保険(外部)
D1の保険パートナー。施設賠償責任保険、動産総合保険、サイバー保険を組み合わせた補償を提供するとしている大手損害保険会社。
GMO AI&ロボティクス商事(外部)
GMOグループでAI・ロボティクス領域の商社事業を展開する企業。D1のデプロイパートナーとして、導入と展開の実務を担う。
GMO AIR、Unitree Roboticsの国内正規代理店に(外部)
GMO AIRがUnitree Roboticsの国内正規代理店になったことを伝えるリリース。販売から導入支援までを担うとする。
【参考記事】
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FACT SHEET: FCC Updates Covered List(外部)
2026年7月28日の措置に関する一次情報。対象が外国で製造された高度ロボット装置であり、国を限定しないことが確認できる。
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