猫という種が背負う宿命
5歳を過ぎた猫の多くが、やがて腎臓病という病に直面します。飼い主なら誰もが知る、この避けがたい現実。実は猫の腎臓病は、単なる病気ではなく、進化が刻んだ生物学的な宿命です。
1999年、宮﨑徹氏が発見したタンパク質「AIM」(Apoptosis Inhibitor of Macrophage)が、この謎を解き明かしました。本来、AIMは体内の老廃物を掃除する清掃員のような存在。ところが猫では、AIMがIgMという分子から離れず、掃除ができない。腎臓にゴミが蓄積し続け、炎症が起こり、やがて機能を失っていく。
猫の優雅さと引き換えに、進化は彼らに重い代償を課したのです。
2027年春、変わりゆく運命
AIM医学研究所代表の宮﨑氏が開発するAIM治療薬は、2027年春の実用化を目指しています。治験では、末期に近い状態の猫が注射後に食事を始める様子が何度も確認されました。「猫の寿命を30年に延ばすことも可能」――宮﨑氏の言葉は、もはや夢物語ではありません。
2021年夏、研究資金打ち切りの危機。全国から約2万人の愛猫家が、計3億円近くを寄付しました。
貧血治療でも進展があります。2024年発売の「エポベット」は、奏効率84.2%(従来は56%)を実現し、投与も2週間に1回で済みます。
食べることから始まる予防
治療薬の登場を待つ間、予防医学が動き始めています。
犬猫生活が開発したキャットフードは、金沢港の旬の魚を使用し、特許製法の天然シルク成分を含む無味無臭の腎ケアサプリメントを実現しました。再春館製薬所との共同開発による和漢植物おやつも登場。従来の「療法食」を超えた製品群が、初期段階の腎臓病進行を遅らせようとしています。
見えない変化を捉える技術
首輪型デバイス「PetVoice」は、9軸センサーで猫の日常行動を精密に記録します。内蔵温度センサーが首周りの温度から直腸温を推定し、全国150以上の提携病院とデータを共有。「いつもと違う」を、人間が気づく前に察知します。
犬用の「INUPATHY」は心拍から感情を読み取り、LEDの色で5つの感情状態を表示。猫の鳴き声をAIで解析する「MeowTalk」も実用段階に入りました。
AI搭載見守りカメラは、水飲み・食事・トイレの行動回数を自動カウント。異常行動を検知し、スマートフォン経由で飼い主に通知します。
すべての人が猫と暮らせるわけではない
住環境、アレルギー、介護施設での生活。様々な制約が、生きた猫との暮らしを阻みます。
感情表現に特化した「LOVOT」は、カメラとセンサーで人の顔を認識し、抱きしめると喜びます。「Moflin」は人とのふれあいで感情が育ち、飼い主の声を学習して覚え、育つ環境で性格が変わる設計です。
数字が語る期待
国内ペットテック市場:2018年度7.4億円→2023年度50.3億円(年平均成長率46.7%)。世界市場は2025年に約2.5兆円規模へ。
この成長を支えるのは、ペットの「家族化」です。経済的に豊かになった層が増え、ペットは「飼うもの」から「家族の一員」へ。健康管理への投資意欲が高まっています。
近い将来、AIがペットの健康診断書を自動生成し、体調に応じて食事内容を調整する時代が来るでしょう。ペットとAIが対話する知育玩具、排泄物処理の自動化、ドローンによる見守り。
ただし課題もあります。プライバシー保護、誤検知による過剰通知、高額な導入費用、AIの判断の限界。技術への過度な依存リスクも指摘されています。
開かれた扉の向こう
8月8日の「世界猫の日」。AIM治療薬の実用化まで、あと2年ほど。
猫の宿命的な弱点に、科学が解答を示そうとしています。同時に、日常のケアから感情理解まで、テクノロジーが提供する選択肢は日々増えています。
猫が30歳まで生きる日は、もはや遠くありません。
科学とテクノロジーは、愛猫との時間をどこまで変えるのでしょうか。
Information
参考リンク:
- AIM医学研究所(AIM治療薬の開発情報)
- 犬猫生活(腎ケアフード)
- PetVoice公式サイト(AIウェアラブルデバイス)
用語解説:
- AIM(Apoptosis Inhibitor of Macrophage):細胞死抑制因子。体内の老廃物除去に関与するタンパク質。猫ではIgMから離れにくい性質があり、これが腎臓病の原因となる。
- 9軸センサー:加速度(3軸)、角速度(3軸)、地磁気(3軸)を検出するセンサー。動物の細かな動きや姿勢変化を精密に記録できる。
- ペットテック:ペット(Pet)とテクノロジー(Technology)を組み合わせた造語。AIやIoT技術を活用したペットケア製品・サービスの総称。































