19回目の記念日、新たな分岐点
2025年9月22日、19回目のOne Web Dayを迎えました。 ハーバード・ロー・スクールのSusan P. Crawford教授が2006年に創設したこの記念日は、「オンライン生活の維持・進展・普及」を目的に掲げてきました。WWW誕生から36年、One Web Day創設から19年が経過した今、WWW発明者Tim Berners-Leeは「AIとデータ支配」を最大の脅威として警告しています。
2025年という年は、過去・現在・未来が交差する象徴的な時期です。 私たちのデジタルライフはかつてないほど便利になりました。しかし同時に、何か大切なものが失われつつあるようにも感じます。
One Web Dayの19年の歩みは、私たちがインターネットに何を求め、何を懸念してきたかを映し出しています。
2006年から2025年へ — テーマが語る変遷
創設時の実験
2006年の第1回One Web Day、現実世界の複数都市だけでなく、バーチャル世界のSecond Life上でもセレモニーが開催されました。 物理空間とデジタル空間の境界を超えた試みは、19年後のメタバースやSolidプロジェクトを予見していたのかもしれません。
2008年には30以上の国でイベントが開催され、Lawrence Lessig、Craig Newmark、Jonathan Zittrain、John Perry Barlowといった専門家が集まりました。インターネットガバナンスへの関心が、世界規模で広がっていた時期です。
テーマの変遷が示すもの
One Web Dayの年次テーマを追うと、私たちの関心の移り変わりが見えてきます:
- 2012年: ローカルコンテンツの推進
- 2013年: アクセシビリティ(Webアクセシビリティ推進者Cynthia Waddellの追悼)
- 2014年: インターネットコア価値の認識
- 2015-2016年: 次の10億人の接続
- 2017年: コミュニティネットワークのための「パイプを開く」運動
技術的課題から社会的包摂へ、そして現在のデジタル主権へ。19年間で議論の焦点は確実に深化してきました。
2025年の現実 — AIが突きつける問い
データ支配への警告
「私たちのデータがLLMs(大規模言語モデル)に消費されることを黙認すれば、結果として私たちはそれらの下僕になってしまう」。Tim Berners-LeeのビジネスパートナーであるJohn Bruceは、2025年の私たちが直面する現実をこう表現しています。
Berners-LeeはFinancial Times紙で、個人データの管理方法がAIの未来を決定する根本的な問題だと指摘しました。 現在、データは少数の大手プラットフォームに分散保存されています。この状況は、企業にとってリスクを増大させ、消費者にとって利便性を制限しています。
同時進行する議論
今月、「Community-Driven Digital Futures(コミュニティ主導のデジタル未来)」をテーマとしたDigital Inclusion Week 2025が10月6-10日に開催されます。One Web Dayとの時期的な重なりは、デジタル包摂とインターネットガバナンスという2つの課題が、今まさに交差していることを示しています。
Internet Governance Forum 2025では「Building Governance Together」をテーマに、フォーラムの20周年を記念しながら、年末のWSIS+20会合に向けた議論が進んでいます。
Solidプロジェクト — 個人データの主権を取り戻す
「Web 3.0」という構想
Tim Berners-LeeはSolidを「Web – take 3」または「Web 3.0」と呼んでいます。 Solidは既存のWebに新たな標準層を加えます。アイデンティティ管理、アクセス制御、データの汎用標準により、データを個人中心に再編成し、真のデータ所有権と向上したプライバシーの実現を目指すものです。
Solid Podは、私たちのデータのための安全な個人Webサーバーとして機能します。 Pod内のデータへのアクセスを自分で制御し、誰とどのデータを共有するかを決定し、いつでもアクセスを取り消すことができるようになります。
変化の可能性
私たちは自分のデータを管理し、整理し、共有する主体性を取り戻しながら、よりパーソナライズされたサービスから恩恵を受けられるかもしれません。企業側も、責任と規制の制約を軽減しながら、より質の高い顧客理解を得られる可能性があります。
世界の動き — 各国のデジタル主権
多極化する取り組み
2025年、インド、ブラジル、ロシア、UAE、サウジアラビアなど多くの国々が、それぞれの国家デジタル主権の強化を推進しています。各国のデータ収集規制強化、重要インフラ保護の徹底、オンラインコンテンツ検閲の拡大により、「サイバー・バルカン化」や「スプリンターネット」への懸念が高まっているという指摘もあります。
希望的な動き
ブラジルでは市民の幅広い連合がデジタル主権憲章を発表しました。 大手テクノロジー企業による地元データの無制限な抽出と操作に対して声を上げ、政府に相互運用可能でオープンなテクノロジーおよび共用データセンターの支援を求めています。グローバルな協調と地域の実情、その両立を模索する動きが各地で生まれています。
私たちの選択
One Web Day 2025は、単なる記念日以上の意味を持っています。 19年前、Second Life上でバーチャルセレモニーが開催されたとき、物理とデジタルの境界を超えた「新しい繋がりの形」が実践されていました。その試みは、Solidプロジェクトが目指すデジタル空間での主権確立へと続いています。
Bruce氏の言葉を借りれば、「人々はそれをある程度理解し、ある程度理解できずにいますが、自分自身にその機会を、それを理解するチャンスを与えてください」。インターネットが少数の大きなサービスと同じものになり、本来持っていた革新的な可能性が忘れられつつあります。
Tim Berners-Leeは2025年への展望として、「標準化の波…データの権利、人権、そしてデジタル主権」と「偏向したソーシャルメディアに対する反発」を語りました。 その実現は、今この瞬間の私たち一人ひとりの選択にかかっています。
テクノロジーは私たちの進歩を助ける力となるのか、それとも私たちを縛る道具となるのか。One Web Dayが19年間問い続けてきた「オンライン生活の維持・進展・普及」という根本的な問いに、私たちはどう答えるのでしょうか。
Information
参考リンク
- One Web Day 公式サイト
- Solid Project
- Tim Berners-Lee on AI and data sovereignty – Financial Times
- Internet Governance Forum 2025
- Digital Inclusion Week 2025
用語解説
One Web Day 2006年にSusan P. Crawford教授により創設された、オンライン生活の維持・進展・普及を目的とする国際的な記念日。毎年9月22日に世界各地でイベントが開催される。
Solidプロジェクト Tim Berners-Leeが主導する、個人データの主権を取り戻すためのWeb技術プロジェクト。Solid Podと呼ばれる個人用Webサーバーを通じて、ユーザーが自分のデータを完全に制御できる仕組みを提供する。
デジタル主権(Digital Sovereignty) 個人、組織、国家が自らのデジタルデータとインフラを管理・制御する権利と能力。2025年現在、世界各国で重要な政策課題となっている。
IGF(Internet Governance Forum) 国連が主催するインターネットガバナンスに関する国際的な対話の場。政府、民間セクター、市民社会、技術コミュニティが対等な立場で参加するマルチステークホルダーモデルを採用している。































